千年の因縁の終焉
山を下る道は、静かだった。
国中を黒く染めた呪いと、千年間漂っていた霧が全て消えていた。
あれほど重くまとわりついていた空気が嘘のように、冷たく軽い夜風が広がっている。
リアはレイに支えられながら歩いていた。
疲労は残っているが、その足取りは確かだった。
少数の騎士たちも後方に続く。
戦いの緊張はまだ完全には抜けておらず誰も言葉を発しない。
ルシナスが先頭を歩き、アルヴェインが周囲を確認している。
やがて、村が見えてきた。
相変わらず静寂に包まれ、家々には明かりはなく扉はすべて閉じられている。
リアが小さく呟く。
「……まだ、怖がってるんですね」
レイは短く答える。
「当然だろう」
村の中心まで歩くと、足音に気づいた村長の家の扉がゆっくりと開いた。
ギィ……
重い音がした。
中から出てきた村長の顔色は青白く体調が悪そうだった。
リア達を見る村長は恐怖というより“理解が追いついていない者の顔”をしていた。
「……っ」
村長の頭の中には、昨日見た光景がそのまま浮かんでいた。
王家の紋章を持つ者とその隣にいた少女、伝承の通りなら少女は戻って来ないと思っていた。
村を襲っていた異様な気配と少女を、代々伝わる言い伝えの“白きお方”と、勝手に結びつけていた。
村長は喉を鳴らし、声を震わせ話し出す。
「……あなた方は……あの異常を……?」
「全部終わった」
レイが一歩前に出て、短く、はっきりと答えた。
村長は意味を理解できずに目を瞬かせる。
「……終わった、とは……?」
アルヴェインが静かに続ける。
「村の異常も、霧の異常も、すべて収束しました」
村長は、まだ信じられないような顔をしている。
「……では」
「もう……あれは……?」
ルシアンが肩を竦め言う。
「少なくとも、もう出て来たりはしない」
その言葉で、村長の表情が少しだけ安堵した。
恐怖からようやく解放されたようだ。
村の中からは誰も出てこない。
ただ、隙間からこちらを見ている気配を感じる。
レイは村長へ言う。
「祠の中にあったものを後日運び出す、使いの者に場所を案内してほしい」
村長はすぐに頷く。
「……承知しました」
声はまだ震えていた。
そして、リアの方を見る。
その視線には怯えが残っているが、同時に別の色も混ざっていた。
昨日、闇の中から王家の紋章を持つ者と共に現れた少女。
村長は“白きお方”の実物は見たことはない。
ただ、そう“見えて”しまっていただけだった。
村長はそれ以上語らず深く頭を下げた。
リアは少しだけ目を伏せた。
騎士たちは、緊張を残したまま周囲を警戒している。
だが、もう呪いの気配はもうない。
村の中を柔らかな風が通り、星が輝く夜空が静かに広がっていた。
リア達が村を出ると、夜明けはすぐそこまで来ていた。
足元には冷気が低く流れており、身体の熱を冷ましていく。
村の出口に乗ってきた馬車はあった。
その周囲で待機していた従者の一人が、リア達の姿を見つけると嬉しそうに叫んだ。
「……戻られた!」
その声に、周囲の従者たちが一斉に顔を上げる。
「皆、無事だ!」
「よかった……本当に……!」
張り詰めていた空気が、ようやく解けていく。
駆け寄ってきた従者の一人が、少し震えた声で言う。
「……皆様、ご無事で」
その一言に、ようやく全員が安堵したように頭を下げる。
「ありがとうございます、皆さんも大丈夫でしたか?」
リアがそう言うと、従者たちは揃って頷いた。
「こちらは大丈夫でした」
「光の粒子が空を舞って……あれは……言葉にできませんでした」
「恐ろしいのに、綺麗で……夢のようでした」
まだ現実に戻りきれていない声音だった。
「リア様、肘が切れてます!」
一人の騎士が気づいて声を上げる。
別の騎士がぼそりと呟く。
「……お前、本当にリア様ばっか見てるな」
リアは言われて自分の肘を見る。
「あ…夢中で気づきませんでした」
軽く笑ったリアの腕を、レイがすぐに掴む。
確かめるように傷を見ると、その表情がわずかに歪んだ。
「……すまない、早く手当てを」
レイは、傷に気付なかったことを悔やんでいるようだった。
従者が急いで救急箱を取り戻って来た。
「これくらい平気」
そう言いながらも、従者が薬草を当てると傷に染みたようでリアの肩が小さく跳ねた。
「っ……」
「……平気じゃないだろ」
「とりあえず歩けるな?」
レイが短く言う。
「もう、自分で歩けます」
リアが答えると、レイはそれ以上何も言わずただ少しだけ歩幅を合わせ馬車に向かった。
リアが先に乗り、レイとルシナスも後に続いた。
リアは自然と中央に座る形になる。
右にレイ、左にルシナス向かいにはアルヴェインと従者たち。
座った瞬間、レイとルシナスの視線が交差する。
「……」
「……」
無言だが二人の間の空気は静かに戦っている。
レイが視線を逸らさずに言う。
「リアに近い」
ルシナスは肩を竦め薄ら笑いをする
「近い?リアに近いかどうかはお前が決めることじゃないだろ」
「私が決める」
「初耳だなそれ」
リアは二人の間に挟まれたまま、顔を赤くし困り果てていた。
アルヴェインは静かに目を伏せる。
「……平和ですね」
誰も否定しなかった。
やがて馬車が動き出し、その揺れが一定になる頃には緊張から抜け出していた。
リアの身体がゆっくりと傾き、レイの肩に自然と寄りかかる形になる。
レイは一瞬面食らったが何も言わずに受け止め、そのまま視線を外し小さく息を吐いた。
ルシナスは欠伸をしながらぼそっと言う。
「今日はもう無理だわ、普通に」
そして目を閉じる。
レイもいつの間にか寝ていた。
アルヴェインは窓の外を見ながら、静かに言った。
「……終わりましたね」
従者たちは並んで眠る三人を見て、ようやく理解する。
戦いは終わり、平和が戻ってきた。
夜明けの光が、馬車の窓からキラキラと差し込んでいた。
まだまだ続きます。




