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残滓

闇が更に深まり、空気がますます重くなる。


いや、重いなどという言葉では足りなかった。


上から圧力がかかり全員を押し潰そうとしてくる。


呼吸が苦しく、全身が地面に押し付けられそうになる。


騎士たちが歯を食いしばり、膝をつきそうになりながら剣で身体を支えていた。


レイが顔を歪める。


「っ……!」


身体が動かない。


リアは耐えきれず、膝をついた。


「リアっ……!」


レイは叫ぶが、動けない。


支えに行きたくても足が前へ出ない。


大きく楕円に広がった塊はもぞもぞと蠢いている。


まるで深海の底から何かが出てこようとしているようだった。


ルシナスが何かを思いついたように目を細める。


そして、小さく何かを唱えた。


次の瞬間、轟と音を立てて水が溢れ出す。


透明な水流が渦を巻き、巨大な黒い塊を包み込んだ。


「……っ!」


重力から解放され、ようやく身体が動いた。


アルヴェインが静かに言った。


「おみごとです」


水の障壁で確実に“押さえ込んでいる”


騎士たちは息を呑んだ。


(――これが、ルシアン様の力……)


いつも飄々としていて掴みどころがない、王族としては自由すぎる男。


だが今、目の前にあるのは紛れもない“王家の力”だった。


しかも、これで“劣る”と言われていた。


では、レイやレオニスはその先にいるというのか。


誰かが、ごくりと唾を飲んだ。


リアはゆっくり立ち上がりルシナスを見て言った。


「すごいです」


燥いだ声だった。


ルシナスが笑う。


「まあ……どれくらい持つか分からないけどな」


その隣でレイが、さっきより更に苦い顔をした。


ルシナスは気づいていたが、何も言わずにただ口角を少し上げた。


とりあえず、全員体勢を整える、いつ突破されてもいいように。


その時、バシャッと水の障壁を突き破り黒い塊が飛来する。


レイが斬り、ルシナスが裂く、騎士たちも次々に迎撃した。


黒いモノは霧散するが、次から次へと現れる。


そして完全に、水の障壁が破られた。


王の姿をした呪いは消え、そこには深く何処までも続いていく闇のような“巨大な目”があった。


暗闇のような目が、まるで次の獲物を選別するようにじっとこちらを見ている。


怖気づかず、逃げる気配すらみせずリアもまたその目を見つめ返した。


しばらく見つめ合う。


その“沈黙”に耐えきれなくなったように、先に口を開いたのは目の方だった。


『なぜ……』


低く、深海から響いてくるような声。


『なぜ怖れない……』


『我は全てを支配する』


『何者も我を怖れ従う』


アルヴェインは、昔読んだ文献を思い出していた。


禁呪__強力な力に手を出した者は、代償として身体や精神を侵食される。


時に、魂そのものを乗っ取られることすらある。


この世界の裏側には、禁呪に長けた者たちが存在する。


きっとその力を借りたのだ。


この原初の王は支配の力に魅入られたのではない。


“支配の力そのもの”に、魂を喰われた。


だとすれば、さっき砕けた王の姿はただの記憶。


(今、目の前にあるこれが魂と呪いが一体化した“本体”か)



空間がミシミシと音を立て軋み再び、圧が強まっていく。


呼吸が苦しい、立っているだけで全身が痛い。


それでも、リアは目を逸らさなかった。


『なぜ……怖れない』


深く深く暗い声


『なぜ……貴様は怖れない』


リアはゆっくり答えた。


「……だって、一人じゃないから。」


目が動揺する。


「支配じゃ人は幸せになれないよ」


凛として言った。


「それに……」


リアの周囲がを細かい光の粒子が舞い始める。


雪のような


霧のような


細かな白い粒


サラサラと漂う光


冷たいのに不思議と優しい。


ユースティアとリアが完全に一つに重なっていく。


「私は……好きな人と一緒にいたい」


遠い記憶


凍てつく願い


『……愛する人と一緒にいたかった』


それはユースティアの想いと、同時にリア自身の願いでもあった。


「私がいなくなれば良いと思った」


『自分が犠牲になれば守れると思った』


レイが目を見開く。


リアは、前を向いたまま続ける。


「でも、私は……」


白い粒が舞うリアとユースティアの感情が、静かに溶け合っていく。


「私は……このまま離れたくなんかない!」


「貴方は本当に正しかったの?」


巨大な目が震える。


「私は支配されながら一緒に居るなんて嫌、気持ちは大事だよ……」


リアは巨大な目に近づいて行く。


「だから……変えたい!そのために来たの!」


「リア、近づくな!」


レイが叫ぶ。


リアは振り返り、そして微笑んだ。


「大丈夫だよ」


また、一歩前近づく。


巨大な目が狼狽える


「来るな……」


そこには怒りではなく怯えがあった。


再び黒い攻撃が放たれる。


だが、リアの周囲を漂う細かな雪へ触れた瞬間、静かに消えていく。


「来るな!」


耳を塞ぎたくなるような叫び声


それでもリアは止まらなかった。


ゆっくりと側に行き、巨大な目にそっと手を伸ばした。

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