14
翌朝、リアの目覚めは久しぶりに軽かった。
身体が動く。
頭も重くない。
胸を締め付けていたような倦怠感も、今日はかなり薄れている。
「……あれ……?」
自分でも少し驚くほどだった。
しばらくして、様子を見に来た侍女へ体調を伝える。
すると間もなく、朝食が部屋へ運ばれてきた。
焼きたてのパン
温かなスープ
柔らかな卵料理
果物まで添えられている。
王宮の食事は美味しかった。
王宮へ来たばかりの頃は、緊張と恐怖で喉を通らなかった。
その後は、救世主として扱われる重圧。
“使われている”感覚。
倒れてはいけないという焦り。
それらがずっと身体へ張り付いていた。
けれど今朝は違う、少しだけ安心している。
昨日、殿下が見せた表情、優しく頭を撫でた手、体調を軽視するなと言った声、利用価値だけを見ているわけではないと分かった。
(ちゃんと、“私”を見てくれていた。)
その事実が、リアの中の恐怖を少しだけ和らげていた。
「……いただきます」
小さく呟き、リアは久しぶりにしっかり食事を口にした。
食後、侍女が食器を下げる。
リアは慌てて立ち上がり、ペコリと頭を下げながらお礼を言った。
「ありがとうございました」
侍女は少し驚いた顔をした。
王宮では、使用人にそんな風に礼を言う貴族はいない。
まして今のリアは、王宮内で特別扱いされる存在だ。
「……本日はお加減も良さそうですね」
「はい。今日はもう、お仕事できそうです」
リアは小さく微笑んだ。
侍女はどこか困ったように会釈し、静かに部屋を出ていく。
扉が閉まり、部屋は静かになる。
リアは鏡の前へ座り髪を整え、服を直す。
いつ呼ばれてもいいように。
「昨日休んじゃったし……」
小さく呟く。
「今日は行かなくちゃ……」
たが、いくら待っても誰も来ない。
侍女や使いの者が、何も知らせに来ない。
広い部屋に一人で少しだけ寂しい。
リアは窓の外を見る。
白い霧
王宮の庭
遠くの鐘の音
そして無意識に思ってしまう。
(……殿下、来ないかな。)
思った瞬間、自分で驚いた。
「……私、何考えてるんだろ」
顔が少し熱くなる。
その時、扉がノックされた。
「は、はい」
返事をすると、軽い調子の声が返ってくる。
「失礼しまーす」
入ってきたのは、ルシナスだった。
初日に顔を合わせてから、廊下で会う度に軽口を叩いてくる。
体調を気遣い、無理するなと言ってくれる。
王宮の中では、一番気を張らずに話せる相手だった。
「体調どう?」
ルシナスは気軽に尋ねる。
リアは少し嬉しそうに笑った。
「今日は本当に大丈夫です」
その笑顔を見てルシナスの胸がぎゅっと締め付けられる。
(良かった、本当に…)
そう思う。
けれど同時に、苦しくもあった。
昔と変わらない、自分を助けてくれた霧の中で会った少女。
「そっか」
ルシナスはいつもの軽い笑みを浮かべた。
「なら安心かな」
リアは少し迷ったあと、小さく尋ねる。
「……今日は、お仕事しなくて良いのでしょうか?」
ルシナスは肩を竦めいう。
「今日はまだ休みじゃない?」
「明日も、きっとね」
レイが、大臣や貴族達を抑え込んでいることをルシナスは知っていた。
あれほど冷徹だった王太子が…
今は明らかに、この少女を優先している。
ルシナスは視線を伏せた。
今なら守れる。
昔のように、助けられる側ではない。
その辺のならず者なら、簡単に排除できる。
けれど…王宮という巨大な権力からは、守れない。
その事実が、どうしようもなく悔しかった。
その時だった。
ルシナスの目がわずかに細まる。
廊下を歩いてくる気配に近づく足音を聞き、
「あーあ」
と小さく呟く。
扉をノックはしたが、返事は待たずに扉を開けレイは入ってきた。
黒髪の王太子は、部屋へ入るなりルシナスを見て低く冷めた声で言う。
「何をしていた」
「何も?」
ルシナスはおどけた絶妙に腹が立つ言い方をし、そしてリアへひらひら手を振る。
「じゃ、またね」
そのまま、するりと部屋を出て行った。
レイは少し不機嫌そうだった。
「……何もされてないか?」
リアは目を丸くする。
「え?」
「何もされてません」
少し慌てながら答えた。
「ルシナス様と、ただお話していただけです」
そして、小さく微笑む。
その笑顔を見た瞬間、レイの纏っていた空気が、わずかに緩んだ。
「何も無いなら良かった」
「嫌なことや、辛いことがあれば言ってほしい」
レイは静かに声をかける。
「皆さん良い人ばかりで、嫌な事なんか無いです」
「家族にあまり会えないのは辛いですが、殿下やルシナス様が話かけてくれるので寂しくはないですし」
リアは、気を使いがちに目を伏せながら答える。
でも、寂しくないと言ったのは事実だ。
リアは、こうして心配し会いに来てくれるレイに少しずつ惹かれていた。




