「京極高次という男」
僕が佐和山城の広間に入ると正継さんは明らかに疲れた顔でため息をついていた。
「お疲れのようですね?」
僕が話しかけると正継さんは苦笑いを浮かべて
「この前も聞いて貰いましたが京極氏について、面倒というかどうしたものかと考えているのです。」
「新たに問題を起こしたのですか?」
僕が聞くと正継さんは首を横にふり、
「いえ、これから何かあるかもしれない。
そんな程度の不安ですよ。
前回もお話ししましたが、京極氏は浅井氏に下克上されるまでこの地を治めていた一族です。その誇りとかそういうものもありますし、何より心配なのが現当主の高次という男です。
彼の妹が太閤様の側室となっているのと浅井家の三姉妹の初殿を正室にされているので、太閤様のお気に入りと言っても過言ではありません。」
「妹と奥さんのおかげで出世した人ってことですか?」
「間違いではありませんが、正しくもないですね。
高次が無能で周囲の影響で出世したなら何も恐れる事はありません。ですが、問題なのは高次が影に隠れるタイプの男だという点です。隠れて何をしているのかわからず、更なる野心を持っていないとも言いきれません。
私も正澄も太閤様から領地を頂いていますが、これも三成ありきの話です。三成に何かあれば確実に太閤様は高次よりの人間になられるでしょう。
そうなった時に一族の元の領地である北近江を取り戻そうとする可能性があります。」
「可能性の話ですよね?」
「周りからは大谷さんが言ったように奥さんや妹のおかげで出世した男とされているのが、また危険なのです。
ほっといても大丈夫、『奥方達がいなければ何もできないやつ』と思われて警戒すらされないうちに背中に周り切りかかって来るかもしれないのです。」
「言い方が正しいかはわからないのですが、実は優秀な男だと正継さんは思われているんですか?」
「能ある鷹は爪を隠すものです。
一族の歴史も長く、土地への執着もあるのではないかと私は思います。」
「三成さんにはその話はされたのですか?」
「私が気にかけているだけで実際に裏がとれている事ではないので余計な心配をかけさせるわけにも行かないので今は様子を見ています。もちろん、今後を見据えてどうなるかは重視して行こうとは思っていますけどね。」
正継さんは領内の色々なことを把握しているがために、前時代の統治者であった京極氏の影響力というものを軽くは見れないのだろう。そして、その発言から京極氏を刺激してしまうことも恐れているのだろう。
難しい立場だからこそ、色々なことを知り、そして対策をとる責任も担っているために疲れているのだろうと思った。