009 ゲルマン魂が奏でる精神科医サイトウハルヒが究極技『Windeln für die Pflege』
リアリテス装置が行う網膜へのレーザー照射が続く中、精神科医サイトウハルヒの脳内物質が生み出したのであろう、この脳内異世界。
そこで、白衣の戦闘メイドが一人としての設定で、戦ってきた精神科医サイトウハルヒは、御本尊こと、プラナリアもどきの怪異とサディスティック・ムチ子を前に苦戦していた。すでに、武器は介護用オムツただひとつ。いかに戦闘メイドであっても、これでは戦いにくいだろう。
その時、私の頭の中で、
「サイトウハル匕よ。精神科医が威を示せ。」
という重々しい声が再び鳴り響いた。
そうだ、私は、戦闘メイドとしてではなく、精神科医サイトウハルヒとして、御本尊とムチ子に対処しなければならなかったのだ。
正解を私に教えてくれたその声に感謝しつつ、精神科医サイトウハルヒとしての私は設定どおりであろうつぶやきをおこなった。
「かしこまりました。ではこれからは、白衣メイドではなく、精神科医サイトウハル匕としての対処を開始いたします。」
そして、精神科医サイトウハルヒは、フライと唱え、空中高くに静止した。
今度こそ漏らしちゃいそうだったが、ここから精神科医サイトウハルヒが何らかの呪文を唱えるのが設定なのだ。
下からの吹き上げる風を受け、ちょっとだけ尿意が本格化した時に、精神科医サイトウハルヒは閃いた。介護用オムツは生分解性物質でできている。この右手に持った生分解性能力をあのプラナリアもどきに、いや、この世界全体に叩きつけることができたならば、仮想現実支援機器リアリテスが生み出したこの仮想空間は消滅するはずだ。精神科医サイトウハルヒは、そう確信した。
なぜなら、精神科医サイトウハルヒは介護用オムツの生分解性能力を開放する呪文を既に知っているからだ。
そう、ドイツはミュンヘンで精神科医として第一相治験に参加した精神科医サイトウハルヒが真っ先に覚えた、ドイツ語の一つが何を隠そう、Windeln für die Pflege。そう、日本語で言うところの介護用オムツなのである。ミュンヘンの病院での第一相治験で使われた化学物質は、抗がん効果が期待されている他に下剤のような副作用を持つことが分かっていた。そう第一相治験に参加する健常者成人は男女を問わず、基本的に日本製の介護用オムツを穿いていたのである。精神科医として治験に参加している私は、治験参加者からヒアリングを行い、彼らが飲用している化学物質が精神に異常をきたすような副作用を現さないかを聞いてまわることがミッション。しかし、幸いにしてそんな副作用は現れなかった。一人ひとりの患者さんを巡回して治験参加者の様子を伺う私は、日に何度も何度も、看護スタッフたちが交わすWindeln für die Pflegeという語を聞き続けた。そして、スタッフによるおむつ交換のさまを目にする日々を続けるうちに、そう精神科医サイトウハルヒである私はごく自然に「Windeln für die Pflege」とゲルマン風に口にできるようになっていたのだ。
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空中にフライする精神科医サイトウハルヒは、右手に持っていた介護用オムツを誇らしげに左の手に重ねた。そして、まさしく設定上の戦闘メイドと同じポーズを決めた精神科医サイトウハルヒは、厳かに、しかし、ゲルマン魂を込めて、
『Windeln für die Pflege』
と言い、介護用オムツの生分解性能力を開放した。
その刹那、御本尊たちもその下の黒いサディスティックなムチ子たちも、そして、当の精神科医サイトウハルヒも消え去っていった。
たぶん敵だったのであろうプラナリアもどき御本尊たちを倒した精神科医サイトウハルヒは、決め台詞を言いそこねたまま、リアリテスの仮想現実化機能が精神科医サイトウハルヒの脳内に作り出した仮想現実から消えていった。
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Windeln für die Pflegeにより、異世界の重力すらも消え去ったのであろう。私は、ただ、その空間に漂っていた。何もかもなくなった脳内異世界を、私はまさしく無我の境地で漂っていた。このままでいると悟れそうだが、私本体の方の介護用オムツの状態が心配なので目を覚ましたいところだ。さて、目を覚ます呪文を私は知っているのだろうか?




