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011 夢魔の類

 私の無我の空間に現れたのは、昨日、礼文れぶん家でメイドをしている理由を尋ねた私に、「姫王閣下ひめおうかっかにお仕えするためです。」と応えたイープだった。今は異世界人らしい彼女のその嗤いにお漏らししてしまった私。

 しかし、お漏らしをしたことで、今や私にも身体があることが分かり、私は慄然りつぜんとした恐怖感から立ち直ると、ホッとしていた。異世界人とはいえ、イープとは会話ができるはずだ。

 

 口を開いたのはイープだった。

 「姫王閣下ひめおうかっかのご先輩、サイトウハルヒ様。こんばんは。仮想現実支援機器リアリティ・クリエイターリアリテスですか。人間の方々もすごいものをお作りになったものですね。」

 

 私は、イープにこの閉鎖的な脳内空間リアリティからの出方を聞こうとした。

 しかし、イープは

 「今宵のリリスケの饗宴をどうぞお楽しみくださいませ。」

 とだけ言うと、私の脳内空間リアリティからスッと去ってしまっていく。

 

 再びなにもない空間にひとりとなった私は、そこで重力が復活していることを知った。少しずつだが、私は下の方に落ちていっている。その落ち方はゆっくりだったので、私はイープが現れてからのことを反復して考えることができた。

 

 (考えてみると、私の脳内空間リアリティが生み出したイープとの対話は私自身と対話しているようなものにすぎないな。)

 (おそらくは、イープの今話した内容は、昨日のイープの話を受けて、私の基底意識エスが生み出したもの。サイトウハルヒという私の本名を知っているのも当然。)

 (仮想現実支援機器リアリティ・クリエイターリアリテスの刺激によって外部から活性化された基底意識エス自体は、この脳内空間リアリティからの出方は知らないはず。)

 

 と、ここまでは、合理的な推論が出来た気がする。

 しかし、《リリスケの饗宴》とはなにのことだろうか。

 リリスと毛?

 リリス、とはひょっとすると、リアリテスのイープなりの、いや、私の基底意識エスなりの略称なのだろうか。そして、毛とは、先程、私がサディスティック・ムチ子と名付けた毛の怪異のことなのだろう?いや、あのSMプレイ怪異の中がリリスなのかもしれない。

 

 そう思ううちに私は、落下速度が大きくなっていることに気がついた。いや、これは万有引力に従っての加速度直線運動という奴なのではなかろうか。私の身体はまったく踏みとどまれない無の空間を無限に落下していった。

 

 ☆

 

 目を覚ますと、私は元の研究室で、仮想現実支援機器リアリティ・クリエイターリアリテスのべットに横たわっていた。ゴーグルを外し、脳内イメージング装置から抜け出した私は、奇妙なことに気がついた。胸のところにかけてあったはずのタオルが私の腰のあたりにしいてあった。逆に白衣を前に来ていた。そして白衣を取った私は、穿いていたはずの介護用オムツが無くなっていることに気がついた。最後に、リアリテスの脳内イメージング装置に突っ込みっぱなしだったはずの私の頭には、私の、おバンティがしっかりと据え付けられていたのである。

 

 そうした今の姿を確認した、私はもう、リリスが何か気がついていた。

 『夢魔リリスね。』

 

 そう、時としてサキュバスと呼ばれることもある、猥雑な淫夢を見せる怪異の夢魔リリスである。腐女子サイトウである私は当然に、夢魔リリスのことを知っていた。

 とはいえ、全身をぐったりとさせてしまっていた私は、そんなことはおいといて、呟いた。

 「記憶がぶっ飛んじゃうくらい、気持ち良かった。」

 そう無限の加速度の中、私はなんども絶頂体験をしてしまった気がするのだ。何しろ、その全身の虚脱感はそう物語っているようだ。

 

 しかし、そんな私は右手と左手それぞれの側に介護用オムツとは別のモノがあるのを見てとった。肩こり用のハンディマッサージャー である。25種の振動パターン・リニアな振動スピード変動ができるそのハンディマッサージャーは、深夜勤務などで悪化した肩こりを癒やすことができるだけでなく、なんていうかちょっとムラムラしてしまったおねえさんがあそこにあてようなものならば、数分で昇天できてしまうことも可能な一品なのだった。そのハンディマッサージャーが二本、電源が差された状態でリアリテスの両脇にある。

 

 このことによって、淫夢を見せる夢魔リリスとか、毛の怪異ムチ子などを持ち出さずとも、ぐったりとしながらも体内の余韻が残る私の今の状態は説明がつく。すなわち、私は元々こんな格好で、リアリテスにダイブしていたのだった。そして、私の基底意識エスか、あるいはもうひとつの意識外である超自我スーパーエゴがなぜだか私のハンディマッサージャーを器用に操り、私の意識を気持ちよさで飛ばしてしまったのだ。そう、その全ては私自身で完結できること。なぜなら、私はこの二本のハンディマッサージャーを持って、この室内に入っているからだ。けっして、猥褻なことをしようとしたためではない。いまだ慣れない英文作成で疲れた私はちょっとした肩こりを感じていたため、実験を始める前のリラックスタイムで必要に応じ使おうと考えていたのだ。そう、今の私は記憶が飛んでしまっている。実際には、仮想現実支援機器リアリティ・クリエイターリアリテスを使用する前に私は肩こりを二本のハンディマッサージャーで癒やしていたのかもしれないのだ。

 

 リケジョらしく(いや、物理と数学がだめなエセリケジョだが)、そう冷静に分析した私だったが、さらにもう一つの可能性に思い至った。

 

 この二本のハンディマッサージャーは、年末の忘年会の後で、院長から私率いる精神科女子チームに贈られたもの。そう、コウの初診を終え、私が学校医に入院を打診したあとのことである。ふつうに堅物な院長が贈るにしては、いくら高性能であるにしても、黒光りし、まるで男の人のあれのような形状を持っていると見えなくはないハンディマッサージャーはちょっと我々の女子チームには刺激的すぎる。包みを明けた時に看護師たちはキャーキャーギャーギャー言って騒いだものだ。このハンディマッサージャーが礼文レブン家が密かにこの病棟に持ち込んだトロイの木馬だとしたら、昨日のイープが私の東新宿の自宅を知っていることは説明がつくのだ。忘年会の場で院長から二本のハンディマッサージャーが中に入った包みをプレゼントとして受け取った私は、その包みを持ったまま、私は自宅に帰っているのだ。

 仮にハンディマッサージャーが本当にトロイの木馬的諜報器だとするならば、それはそんなものものも置いていそうな花道通りの、サティステックミカ子を通り名とするお店である可能性が考えられる。なぜなら、そんなお店の名前を聞く前だったが、院長たちとの忘年会は、まさしく花道通りで開催されていたからだ。

 

 ☆

 

 ともあれ、いろいろと考えすぎた。

 一休みしようと思い、実験室をそれなりに片付けた私は服を着て部屋をでる時にふと思う。

 (花道通りのお店を仕切っているのは、礼文レブン家ではなく、夢魔リリス家なのかも。)

 と。

 

 そのあと、

 「そもそも、なんで実験するのに、なんでほぼ全裸になったのよ。」

 と自分にツッコミを入れてから、実験室を出た。

 夢魔リリスたぐいならば、そんなことも可能なのではと思いつつ。

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