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001 ゲーム症罹患が疑われる所見

 ゲーム依存症の治療への活用が期待されている仮想現実支援機器リアリティ・クリエイターリアリテス。

 その年明けからの国際共同治験の第Ⅰ相開始に向け、私、精神科医サイトウは、お盆明けより4ヶ月ほど、少しずつ、リアリテスの試験稼働を行っていた。

 はじめはリアリテスによる網膜への医療用レーザーの1分以内の短時間照射からはじめ、3分、5分、10分と少しずつ、照射時間を長くしてきていた。脳内の基底意識エス・イドへの活性化作用を有するそのレーザー照射試験の対象者は、私。動物実験での安全性確認は十分になされてきたとはいえ、人体への照射試験を通じた治験蓄積はまだまだ少ない。今回の第Ⅰ相治験では、参加していただく健常者の方々への照射試験に加え、患者さんへの短時間の照射試験も予定されている。準備は念入りに行うべきである。私は同僚の精神科医の先生の助けも借りながら、幾度もの試験を重ねていた。

 結果、2032年も師走の頃には、年の瀬の激務の中、私は世界でもっとも多くリアリテスのレーザー照射を受けていた。それにより、私の基底意識エス・イドは、私が意識しないままに超覚醒状態となり、精神医学の治療介入では望ましくない、患者さんとの転移・逆転移関係が亢進していると気づくこともないまま。

 そして、その超覚醒状態の中行ったリアリテスの1時間の照射時間を通じ、私が主導するリアリテスの国際共同治験は静かに暴走を始めた。これは、私、精神科医サイトウのかなり恥ずかしい行動録。だが、結果として、リアリテスの実用化は早まり、世間様からも患者さんからも歓迎していただける成果を出すことができたのだ。

 私、サイトウはやるときはやる女。そう、私、サイトウは、夜は時々腐女子なのだが、ボン・キュッ・ボンのグラマナスな女史でもあるのだ。


☆ ☆ ☆ ☆


 コウとの初めて面談から約一月。今日は師走も締日の大晦日。

久々にお休みをいただいた私サイトウは、同僚の臨床心理士ミカちゃんを部屋に連れ込み、紅白を見ながら、

 「あのね。なぜだかここんとこ、自分のベッドで眠れなくなっちゃって。」

と、いい年した大人が言うべきではない甘え言葉を呟いた。


 私の中には、いつの間にやらどこぞの海パン男子の人格がいついているらしい。もちろん、患者さんに治療的介入を重ねる精神科医は、患者さんの症状や固執の一部が中に入ってくる、すなわち、転移を受けることはありうること。

 だが、私の言動や行動に影響を与えている、私が海パン男子と名付けたところの人格には、思い当たる患者さんのエピソードなどないのである。海パン男子は、気がついたら、私の中にいた。

 そして、私の担当患者である少女コウとの治療的関係において、その海パン男子的人格は必要なものなのかもしれない。私は、自宅のコタツに手足を突っ込みながら、これまでのエピソードを、今一度、思い返す。

 


 

 中学1年生の礼文コウが、二女医の精神科外来を受診したのは、年の瀬の日の昼下がり。今朝起きられなかった理由のことを聞いた私に、コウはこう話しだした。

 「ちんは、未だに朝の寒さというものが苦手でのう。それで、炬燵おこたから出れなかったわけだよ。もういい歳だというのに、執事長にお迎えに来てもらうのもなんなのじゃが。」

 確かに、その日の朝は冷え込んでいた。

 

 コウの診断名は、解離性同一性障害、いわゆるDIDである。DID患者に多く見られる症状は、別人格の憑依。ある日より、年齢、性別、さらには、使用言語まで異なる別人格が患者に憑依する。

 午前に私の診療室を訪れた中年女性は、黒人ブルースシンガーとなっていた。お化粧として肌を黒く塗りたくってきた彼女は、見事な歌声ブルースを披露してくれた後に、聞き取りがいささか困難な南部訛なんぶなまりの英語で、ある日気がつくと見たこともないオフィスにいたと重々しく語った。それまで10年以上も行っていた月次の経理業務書類が理解できなくなってしまった彼女は、母に付き添われ診療室を訪れた。彼女は母のことを歌の仕事を取ってこれないダメなマネージャーだと思い込み、嘆いていたが。

 

 コウの場合は、異世界の姫君として生まれつき、次代の王となるべく大切に育てられたのだという。自身を示す一人称がちんなのはご愛嬌として、異世界の生まれながら、日本語を話してくれているため、私との会話はスムーズに進められている。

 達筆で書かれた紹介状には、紹介元の学校医と精神科医にこれまでコウが語ってくれたという「設定」が、簡潔にまとめられていた。曰く、


 ・ ちんの国プシは年中寒く、人々は皆、毎晩、炬燵こたつで眠る。

 ・ 姫であるちんは、毎晩眠る前にメイドたちから御炬噺おこたばなしを聴かせてもらっていた。

 ・ 6人いたメイドたちは今思うに、現代日本からの転移者であった。

 ・ 御炬噺おこたばなしは、日本の昔話などを脚色したものであった。

 ・ そのため、日本に転生したちんは日本語を話すのに困らなかった。


 とのこと。午前中の黒人ブルースシンガー女史よりも凝った設定のようである。設定に首尾一貫性が高い若年性のDID患者の場合、いわゆるゲーム症の併発が想定される。ゲーム症を併発している場合、治療に用いる薬物等に特別の配慮が必要とされる。そのため、ゲーム症の精神科的診断面接を専門としている私への紹介が行われた、という次第。


 コウと話しはじめてから10分ほどで、私もゲーム症の典型症状ありとの印象を受けていた。多くのDID患者は、自身がゲームに依存しているという記憶を持たない。DIDはかつて多重人格障害と呼ばれていた。ゲーム依存症併発型のDID患者の場合、自宅でゲームをしているのは別人格であるため記憶を持たないのである。すなわち、コウのように寒いから朝起きられないといった、直接にゲームに言及しない愁訴しゅうそから始まる語りは、ゲーム症患者の典型に当てはまっている。

 ただ、私にとっていささか奇妙なことは、別人格で参加しているであろうゲームの内容が、コウの語りから浮かばないことであった。国際疾病分類(ICD)にゲーム症(ゲーム依存症)が盛り込まれたばかりの2021年に研修医となった私は、一貫して、ゲーム症患者の診断と治療を担当してきた。ゲーム依存症の患者には、コウのような女子中高生も多い。いまだ若輩の女医である私は、女子中高生のゲーム症患者を担当することが多い。治療方針を定める上で、ゲームの好みを把握することは非常に大切である。そのため、女子中高生が好むであろうゲームのほとんどを私は把握している。...精神科医の職業病のひとつは患者の症状が乗り移る転移と言われる。私は、どんなに疲れていても夜には必ず彼女たちが語ったようなゲームをしてから眠るようになっている。いや、私の場合、ひとり暮らしを始めた医学生時代からそうであったため、患者からの転移とは言い切れないが。


 ☆


 とにもかくにも、精神科医である前にコアなゲーマーでもある私が、中学1年生の別人格がしているであろうゲームについて想像がつかないということは珍しい。私は慎重にコウとの対話を続けていく。

 「朝起きられないんだと、夜は逆に寝れないなんてことはあると、おねえさんは思うんだけどね。そのあたりはどう?」

 私は、患者のプライベートに踏み込んだ話を始めるときには、一人称をさりげなく「おねえさん」に変え、患者との距離を縮めるよう努めることにしている。


 「いや、ちんは、寝付きはいつも良い方なのじゃ。おこたに入れば結構早くにぐっすりと眠れるのじゃ。」

 「プシ国では、毎晩、御炬噺おこたばなしを聞いていたのでしょう? さみしくはないの?」

 コウが転生して来たというプシ国の名を出してみる。...精神科医の間の会話では「プシケ」または「プシ」は患者を意味する。紹介元の精神科医は、コウが初発だとしているがもしかすると精神科以外の別症状での入院経験があるのかもしれない。

 

 「我が国プシでは12歳で成人となるのじゃよ。ちんはもう成人ゆえ、御炬噺おこたばなしがなくともさみしくはないのじゃ。もっとも、ちんとは別にプシから転移してきてくれたメイドのイープがおっての。少々夜ふかしをする週末には、を聞かせてくれているのじゃ。」

 

 メイドのイープは会話に初登場である。コウのさらなる別人格の可能性を念頭に、私はカルテにメモを取る。

 

 「イープは最近は、成人向けの御炬噺おこたばなしをしてくれるようになっておっての。そんな話を始める時は、こんな笑顔になるのがゃ。美人さんなのじゃが、少し台無しかもしれない。」


 コウは口角を大きく上げ、両唇くちびるを吊り上げ固定して笑ってみせた。可愛らしい見た目のコウの顔が引きつり、少し凄みが出た。こうした顔面の緊張表情と固着はDID患者にしばしば見られる症状である。だが、それとは別に、その笑顔に私は見覚えがあった。異世界転生モノの古典ロールプレイングゲームに出てくる、まさしくメイドの笑い顔であった。アンデッドを主人公とするゲームだが、ちょうど主要なメイドの数も6名だ。女子中高生が好むゲームではないし、提供されていたのは私が腐女子医大生だった頃の2010年代である。しかし、DIDを併発しているゲーム症患者の場合、ネット上から自身の別人格に見合ったゲームを夜な夜なプレイしていることも珍しくはない。私は、記憶しているゲーム名と元になったライトノベルの名称をカルテに記した。主人公が性別不明のアンデッドであるという点は、姫王として育てられたというコウの主訴と近しい。医師国家試験合格前の腐女子経験が活き、私はコウの別人格の特性を推測することができた。...なお、準ヒロインといえるヤツメウナギのキャラクター、ふだんは女性の姿で登場してくる彼女が実は男性で、主人公のアンデッドとそうした行為に及ぶというSS本もあるにはある。...というか個人的にはそのSSがだいぶ好みなのだったのだけれど、専門的すぎるので、他の先生方には理解されないと考え、私はカルテには記さなかった。そう、書いてしまうと、ついつい、SS本で美少年に変化したアンデッドの前に突きつけられるヤツメウナギのアレはかなり煽情的で、などと、他の先生方からフロイトのエディプスコンプレックスですね、などと笑われそうな話をしたくなりそうな、なのだ。。。


 専門医である私は、しかし、こんなことを考えているとは微塵みじんも思わせないであろう、落ち着いた笑顔をコウに返しながら、言った。

「なるほど。おねえさんは、ちんのそんな笑顔も素敵だと思うよ。もう少し、ちんのメイドさんの話を聞かせてくれる?」

 

「良いぞ。イープはのう、成人となったちんには、R15ものの御伽噺おはなしが必要だというのじゃ。ということで、ちんが中学に入った時から、イープは土曜日の晩に不可思噺ふかしはなしを聞かせてくれることになっての。」

 

 (おおっ、フカシハナシ、キターーーっ。)

 私の心の中にウホッ、と歓声が浮かぶ。そう、フカシハナシと言えば、個人的には2020年代イチオシのほのぼの系ロープレゲーム「OUKIN」のアレである。原作は女子中高生世代の都合7名がわっほわっほと活躍する名作ラノベ。大人の事情で若干残念なことになってしまったというアニメ版とは異なり、ゲーム化にあたっては、原作の世界設定を活かしつつも開発予算の多くを対戦ビジュアルに回したことが功を奏し、当初展開したスマフォゲームはいきなりの当月最多ダウンロード数を記録していた。当時、研修医を終えたばかりだった私は、少し長めの通勤電車の中で日々楽しんだものである。対古竜戦などの格闘戦もさることながら、原作ラノベの先生が直々に監修されたというフカシハナシの数々も、また、ゲームの醍醐味。...それはそうと、御炬噺おこたばなしという設定を聞いてフカシハナシを思い浮かべないとは、私もゲーム症の専門医としてまだまだである。

 「OUKIN」は、2030年代に入る頃には、香港のネットワークゲームプラットホームGameShowへと移植され、今なお、定番ゲームの一つである。日々の診療に忙しく、もとい、日々の新作ゲームプレイに忙しい私は、最近の「OUKIN」にどんなフカシハナシが展開されているのかの委細を知らなかったが、SS公認を名言ささている先生の監修の元、他の作品とのコラボとして、6名の戦闘メイドなどが登場することもありえそうではある。私はカルテに、「患者プシケにはOUKIN(SS公認)の影響が見受けられる。」と、ドイツ語で記した。

 

 その後、フカシハナシの方の中身を聞いた私は、ゲーム依存症の疑いが強いとした診断書を書いた。併せて、翌々週から始まる学校の冬休みの時期にコウを専門の治療機器のある二女医病院の精神科病棟に短期入院させることを学校医に勧めた。


 翌週早くに、学校医よりコウの家族より入院の了承が取れた旨の連絡を受けた私は、看護師に治療機器の手配をお願いした。

 

 ☆

 

 当日、2名の成人同伴者に連れられ、コウは、現れた。

 コウに入院の緊張は見受けられないことは何よりであったが、それよりも私の目は2名の成人同伴者に釘付けとなり、思わず呟いてしまった。

 「まんまですやん。」

 

 そう、2名の成人同伴者は、アンデッドに仕える執事とスライム出自の戦闘メイドが一人、そのまんまの格好なのであった。


 コスプレと呼ぶにはそのまんますぎる2名を従えた、コウ。その治療は容易ではないかもしれない。ゲーム症専門医である私の直感は、そう告げていた。

先生こそ、まんま腐女子ですやん、とは突っ込まないでくださいねっ!

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