チャプター 7-2
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「彼が噂の……」
「なるほど、たしかにあれなら……」
導かれるまま廊下を歩く。
廊下を歩いていた生徒達は脇に寄って、何事かを話している。
さすがに何を話しているのかは聞き取れなかった。
「えっと……」
そんな好奇心に満ち溢れた視線に耐え切れず、俺は肩越しにローザを見た。
「…………」
なぜかイライラしているようだ。
……そんな目でこっちを睨まないでくれ……
視線さえ逃げ道がなくなり、どうしたものかと思ったとき、
「さ、こちらです」
ついに、前を歩く教官が足を止めた。
目の前の両開きの扉に手をかけ、押し開ける。
瞬間、十数人の視線がこちらを捉えた。
「あ、もういらっしゃっていたのですね」
そう言って俺の方へ歩み寄る生徒が1人。
「重ね重ね、本当にありがとうございました」
スカートの裾を掴んで、優美にお辞儀をしてくる。
「い、いえ……それほどのことは……」
だんだんとこの件で礼を言われるのが気恥ずかしくなってきた俺は、次の話題を探す。
「そういえば、これからここで何かするんですか?」
「ええ。 これからここで、あなた方へのお礼を込めて、歓迎会をしようと思っていまして」
手を向ける先には、大量のお菓子と飲み物。
そして、俺たちを珍獣を見るような目で見てくる生徒たち。
「21時まで学校は開けておきますので、節度を持ってお過ごしください」
俺たちの後ろで、先導してくれた教官がそう言う。
「話は忘れずに聞かせてくださいね」
「分かってますよ」
「…………」
ローザは黙ったままだ。
「ま、そう言うわけですから、天風さん」
後ろから聞こえたアイリの声に振り向くと、プラスチックのコップを手渡された。
「あら、アイリちゃん。 それにアイリスちゃんも」
「シエルさん、どうしてあたしたちが見えてなかったみたいな言い方を……?」
「まぁまぁ、そう怒らないでよー」
「こう見えても150近くあるんですから!」
「何を怒ってるですか? アイリ」
「あはは……」
少し前までのローザを見ているように見えて、なんだか微笑ましかった。
かくして、俺たちのための歓迎会が幕を開けた。
何人もの生徒から質問攻めされ、お菓子など食べる暇もない。
だが、質問を受け答えしているうちに、この学校がどういうシステムになっているのかがわかってきた。
どうやら聖堂学院は中高一貫校らしく、それ故か、6学年内のネットワークと連携力は底知れないものを持っているようだ。
「一緒にいるあの方は、天風さんの彼女さんなんですか?」
「い、いや……まだそんな関係じゃなくて……」
「"まだ"ってことは、将来そうなる可能性はあるってことですか!?」
「えぇ!? い、いや、えっと……」
興味深そうに前のめりになって聞いてくる生徒。
そしてその周りでその話に背びれ尾びれをつけて盛り上がる生徒達。
……くっそ……こういうのは得意じゃないんだよ……
どうにか逃げられないものかと、さっと辺りを見渡すも、普通の講堂の設備しかなくて話題を変えられない。
「すみません。 遅れました」
そのとき、扉を申し訳なさそうに開いて中に入ってくる生徒が。
「あれ……?」
俺はその機を逃さず生徒の輪から離れ、入ってきた青年のもとへ。
「あぁ、やっと来たのね……。 アイリ、紹介してあげなさい」
シエルと呼ばれていた生徒が、アイリを手招く。
「え、ええ。 ……ちょっと、ソウマ! 遅すぎじゃない!?」
「……ご、ごめん。 報告書作るのに時間かかっちゃって……」
……そうだ……忘れてたけど、ここは女子高じゃないんだよな……
こそこそ話していた2人は俺の方へ。
「天風さん、紹介します。 こちらはうちの戦術部隊のリーダー、ソウマよ」
「えっと、よろしく。 天風さん……だよね? 話は聞いてるよ」
どちらかと言えば中性的な顔立ちのソウマ。
だが身体つきを見れば、彼が男であることは明白だった。
「あの……早速で悪いんだけど、僕と勝負してくれないかな?」
「「……はい?」」
俺とアイリが反応したのはほぼ同時だった。
「何言ってるのよ!? そんなこと急に言ったって――」
「いいぞ」
「――って、えぇ!?」
「たしか、一学年に一枠だけ用意されている"特別枠"で入ったんだろ? その実力、ぜひ見せて欲しいな」
ついさっき知った情報を使って、挑発してみる。
「……へぇ。 よく調べていますね」
ソウマはどことなしか悲しそうにそう呟いた。
「ちょ、本気なんですか? 天風さん!」
「ああ。 そろそろ身体を動かしたいと思っていたところだったし」
……それに、これ以上ここにいたら、何を暴露させられるかわかったものじゃないしな……
「……よし。 シエル! アイリス! 一緒に来てくれ」
「わかりました」
「はいですー!」
「ごめんね、みんな。 今日の主役を借りることになって」
……リーダーってだけで、ここまでの自由が許されるのか……?
遅れてきた上に主賓を攫っていくのは、誰がどう見ても横暴な行為だった。
これほどのことが許される地位までに行くのは、容易いことではないだろう。
……いったい何をしたんだ……
それを探るためにも、手合わせするのは悪くない選択だったかもしれない。
「大丈夫よ。 ここにまだイジリがいのある娘が1人、いますから」
「……え?」
端っこの壁にもたれてストローでオレンジジュースを吸っていたローザが、集まる視線に気づいて顔を上げる。
「先ほど不法侵入者が出たと言う話を聞きまして……」
「あ、あぁ……」
その話題を持ち出された瞬間、ローザは涙目で後ずさりを始めた。
「あなたが関係していると聞いたのですが、どういうことか聞かせてくださいな」
「あ、それはわたしも興味あるかも」
「わたしもわたしも!」
「え、ちょっ、待って! 待ってよ~~!!」
わらわらとローザの周りに人が集まっていき、すっかり見えなくなってしまった。
「ローザ……これに懲りたら、クリスタルの使用を控えることだな……」
再会できることを祈って、合掌。
「……それじゃあ、行きましょうか、天風さん」
「ライトでいいよ」
「わかりました。 ライトさん」
「あの……大丈夫なんですか? 彼女は……」
「……ま、あいつなら大丈夫だ。 たぶん」
「えぇ……」
先導するソウマのあとを追うように、扉をあけて外へでた。
*********
「そういえば、アイリとソウマってどういう関係なんだ?」
道中、ふと気になったことを聞いてみる。
「ど、ど、どういう関係って!? どうもこうもないわよ!?」
「アイリ、誤魔化すの下手です」
「もう、恥ずかしがっちゃって、アイリったら!」
「二人は黙ってて!」
「……まぁ、しいて言うなら……幼馴染、かな」
三人のやり取りを見守ったソウマは、代わりに説明してくれる。
「そうなのか」
「ああ。 アイリは記憶障害持ちだから、憶えてないかもしれないけど」
「そ、それは言わなくていいから!」
……だったら、どうしてアイリはあそこまで慌てたのだろうか……
「……それと、聞きそびれてたけど、年はいくつだ?」
「今年で……僕とシエルが16。 アイリが14でアイリスが13だったよね?」
「どうしてそんなにぺらぺら喋るのよ~~!!」
アイリが先ほどから騒いでるのにもかかわらず、ソウマはどこ吹く風で流していく。
「俺はこの前17になったところだ。 ……にしても、本当にばらばらだな」
戦術部隊と呼ばれる小隊を組む際、どの学年から生徒を編成してもいいという規定がなされているという話は聞いていたが……
「仲間内だけで集まったら、自然とそうなったんですよ。 全員で任務に行ける時は少ないですけど」
トーラス戦でソウマとシエルの姿を見なかったことを思い出す。
「でも、この戦術部隊・雷光の騎士団が集まれば、この学院で最強クラスなんだから!」
アイリが自慢げにそう言う。
「ブリッツェス……ドイツ語か? 誰がその名前を?」
「あたしが名付けたのよ! かっこいいでしょ?」
その後ろでアイリスとシエルが賛同するように頷いているのを俺は見逃さなかった。
「……まぁ、かっこいいかはともかく、アイリのおじいちゃんがドイツ出身だから、アイリもそのへん詳しいらしくて……」
「なるほどな……」
……そういえば、ローザもそんなことを言っていたような気がする。
「さ、着きましたよ。 ライトさんはそちらへどうぞ」
「わかった」
"控え室3" とプレートに書かれた部屋に案内される。
「アイリ。 ライトさんにあのデバイスを渡してあげてくれ」
「え、ええ。 ……ってことは、あたしはこっちなのね……」
「シエル、アイリスはアリーナの準備を頼む」
「了解です!」「ええ。 任せて!」
ソウマは各員に指示を飛ばした後、俺に指差した部屋の隣の部屋へ入っていった。
「さ、どうぞ」
アイリが扉を開けて、中に誘導してくれる。
……さて、そろそろ頭を切り替えないとな……
俺は軽く息を吸って、開けられた扉の中へ足を踏み入れた。




