表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王の庭に咲く花~身売り同然の婚約なんてお断りです!~  作者: 幽々子由馬


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/32

第17話


第17話 守られる檻

 

 光が、やわらかく差し込んでいた。


 白いカーテンが、静かに揺れる。

 風は穏やかで、温度も心地いい。

 

 ――王宮に来てから、一週間。

 

 同じ朝。

 同じ光。

 同じ静けさ。


 何も変わらない。

 

 目を覚ます時間も。

 用意される衣服も。

 運ばれてくる食事も。


 すべてが、整えられている。


「お目覚めの時間でございます」

 

 声が落ちる。

 優しくて、柔らかい。


 けれど――どこか、遠い。


 ミラベルは、ゆっくりと身体を起こした。

 視線を上げると、侍女が三人。

 昨日と全く同じ場所で佇んでいる。

 そこに乱れは、ひとつもない。

 

 彼女達は、ミラベルが身体を起こすのに合わせて一斉に動き出す。

 一人は、ガウンを。

 一人は、顔を洗い口を濯ぐ水差しと盆を。

 最後の一人が恭しく予定表を開き、読み上げた。

 

「本日のご予定でございます」

 

 午前は読書。

 午後は散策。

 夕刻に食事。


 昨日と、同じ。


「……散策は、どこまで行けるのですか?その……中庭以外まで足を運ぶことは……」


 淡い期待は、すぐに打ち砕かれた。

 

「中庭まででございます。それ以上のご案内は致しかねます」

 

 何度尋ねても、変わらない答え。

 

「そう……ですか」


 それ以上、言葉は続かなかった。

 

 一歩、部屋を出る。

 後ろで、足音が揃う。

 

 歩く。

 同じ距離で、ついてくる。

 

 止まる。

 同時に、止まる。


「……あの」


 振り返る。


「「「はい」」」


 揃えられた、返事。

 言いかけて、言葉が止まる。

 何を、どう言えばいいのか分からない。


「……今朝の、朝ごはんのメニューをお聞きしていいですか」


「はい、もう一度ご説明致します」

 

 結局、それだけ。

 侍女たちは聞かれた事以外、余計な一切を口にしない。

 スープやパンの香りが漂う。

 磨かれた銀食器と茶器が整然と並べられる。

 朝食でさえ、隙がなく、完璧だった。

 

 午前中は、予定通り読書と軽い昼食で終わった。


 食後の紅茶が片付けられ、侍女に先導され中庭へ向かう。

 行動に制限がある中、ここが唯一、外の空気が吸える時間だ。

 

 中庭へ出た。

 空は広い。

 風も、光もある。


 それでも――どこにも行けない。

 

 見えない線で、区切られているようだ。

 踏み越えてはいけない場所が、分かる。

 言われなくても。

 

(……ここまで、なのね)

 

 胸の奥が、わずかに重くなる。

 守られている。

 痛いほどわかる。


 確かに、不自由はない。

 何も困らない。

 何も、不足はない。


 それなのに――。


「……息が詰まりそう」


 誰にも聞こえないくらい、小さく零れる。

 返事がないのも、当然だった。

 誰も、それに答える役割ではない。

 ただ、整えられた空間があるだけ。


 中庭の木から、鳥が飛び立った。

 その鳥は空へと羽ばたいて、やがて見えなくなる。

 ふと、思い出した。

 森の空気。

 風の匂い。

 揺れる葉の音。


 そして――。


「……マルクス」


 名前が、自然に浮かんだ。

 少しだけ痛む胸を誤魔化すかのように。

 自然と胸元のペンダントに手が伸びる。


 会いたい。


(……何、してるのかしら)


 同じ王宮内に居るはずなのに、どこにも居ないみたいだ。

 

 ――あの時は、確かに隣にいたのに。

 ずっと、自分を見てくれていたのに。


「……あの」

 

 再び、侍女に向き直る。

 今度は、ちゃんと口にする。


「第二王子殿下に、お会いすることは……できますか」


 ほんの少しだけ、言葉を選びながら。


「恐れながら」


 変わらない声音。

 

「殿下は現在、多忙につき、面会は控えさせていただいております」


 変わらない返答。

 理由も、変わらない。


「……そう、ですか」

 

 小さく、頷く。

 頼めばいいのかもしれない。

 けれど――ここでは、それが正しいのか分からない。

 自分は、何をしていいのか。

 どこまで許されているのか。

 分からないまま、胸の奥が、静かに沈む。

 

 程なく歩くと、中庭の一角に、整えられたテーブルが用意されていた。


 彩りの良い茶菓子が、皿に盛られる。

 紅茶が、静かに置かれる。

 香りが、やわらかく広がる。

 完璧だった。


 温度も。

 所作も。

 配置も。


 すべてが、正しい。

 

 カップに手を伸ばす。

 温かい。

 

 それなのに――。

 

 思い出したのは、マルクスから差し出されたスープ。

 あの味と、沁みるような温かさとは、程遠いものだった。


「失礼いたします」


 掛け声と共に、別の足音が響く。

 その中に僅かな不揃いの音が混じっている。


(――知らない、人?)

 

 繰り返しの日常では無い音に、顔を上げる。

 侍女が、一人増えていた。

 

「本日より、こちらの侍女を加えさせていただきます」

 

 馴染みの侍女が告げる。

 隣の少女が、一歩前に出る。

 わずかに、ほかの侍女とは歩幅が違う。


「ノエル・キャリーと申します」


 頭を下げる。

 少しだけ、角度が浅い。


「先日、一名が王妃付きへ異動となりましたため、補充として配置されました」


 淡々とした説明。


「この者は学園を卒業したばかりで、侍女としては未熟でございます。我々が王宮に仕える者として、教育をして参ります。ミラベル様もご容赦くださいませ」

 

 ノエルが顔を上げる。

 その動きが、ほんの少しだけぎこちない。

 

 目が合う。


 ミラベルは、言葉を探した。

 迎える言葉を言うべきなのだろうが、ここでの自分の立場が、はっきりしない。

 

 歓迎の言葉を掛ければいい?

 ただ頷けばいい?

 

 一瞬、迷う。


「……あの」


 少し遅れて、声が出る。


「よろしく、お願いします」


 形をなぞるように、言う。

 ノエルの肩が、ぴくりと揺れた。


「は、はい……!」


 少しだけ強い声。


「はい、は短く」


「はい」

 

 それはすぐに他の侍女により、修正された。

 そのまま、静けさが戻る。


 整えられた空間。

 完璧な距離。

 変わらない空気――。

 だった。


「あっ」


 突風だ。

 ミラベルが膝に掛けていたナプキンが風で飛ばされた。


「わたくしが取って参ります!」


 すぐに動いたのはノエルだった。


「ミラベル様、どうぞ」


「……ありがとう」

 

 ナプキンを差し出された。

 受け取る際に、指先がわずかに触れた。

 侍女たちの手はいつも冷たく、陶器のように滑らかだったが、ノエルの指先には微かな震えと、生きている人間特有の「体温」があった。

 驚いて顔を上げると、ノエルの瞳がほんの一瞬だけ、伺うような温度を浮かべた。


 ミラベルは、膝に掛け直したナプキンの皺を丁寧に伸ばし、カップに視線を落とす。

 

 ここは、閉じられている。

 ミラベルの周りにいる者たちもまた、同じだった。

 守り、という名の檻。

 快適で、隙がなくて――だからこそ、息が詰まる。


 それでも、ほんの少しだけ。

 ノエルからは、違う空気を感じた気がした。


 

 つづく


お読み頂きありがとうございます。少しでも楽しんで頂ければ嬉しいです。

宜しければブクマ、評価等頂けると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ