第9話 タッグ始動
名前だけ浮かんで、顔も性格もよくわからない子に話しかけて──
そしたら、なんかずっと笑ってて。いや、笑ってるんだけど……なんか違う。
でもまあ、黙ってても始まらないし。
なんとなく喋ってみた。なんとなく、行動してみた。
そんな話。
「……ともえ?」
初めて声に出してみたけど──
発音、あってるのかな。
てか違う人だったら、めんどくさいな。
話しかけたはいいけど、こっち見てるだけで何も言わない。
え、なに? 正解? 不正解? どっち?
……てか、そもそも──ともえって誰だっけ。
名前だけ覚えてて、中身がすっぽり抜けてる感じ。
ああもう、こういうの一番めんどくさい。
じっと見てるけど、反応なし。
あー、これ絶対人違いだ。
めんどくさ……帰ろ。
踵を返して、森の奥へと戻ろうとした──その瞬間。
──ん?
裾、引っ張られた。
なんで? ていうか、こわ。
今の何? 反射で鳥肌立ったんだけど。
振り返ると、さっきの子がこちらを見上げていた。
「そうだよ。三日月ともえ」
……ぬるっと喋った。
口元は笑ってるのに、目が死んでる。
なんか、感情のフリをしてる顔。
──こわ。
なにこの子、ホラー?
「あなたは──どうして、私のこと知ってるの?」
さらに笑顔。
でも、ぜんぜん和まない。
この笑顔、誰に教わったの?
嘘みたいな「正解の顔」。
喋ろうかと思ったけど──めんどくさくなった。
思い出せないし、しゃべる気にもならない。
ただ、目の前の子はずっとこっちを見てる。
……ともえって、こんなんだったっけな。
その笑顔は崩れないまま、ゆっくりと言葉を吐いた。
「……聞き間違いだったかも。ごめんね」
その声もまた、どこか空々しくて。
ともえはそう言いながら、そっとアムルの裾から手を離した。
アムルはその場に立ち尽くしながら、ぼんやりと思った。
(名前、言ってもらったし……私も名乗らないとな)
そう思いながら、ほんの少しだけ口元を動かし、声を出す。
「……私は、アムル・バーンデッド」
言い終えたあと、自分の声がちゃんと届いたかどうか少しだけ不安になる。
でも、ともえはちゃんと聞いていたらしく、ゆっくりと反応を見せた。
「ともえって名前、なんか……生まれたときから、記憶の片隅にあるんだよね。
君を見た瞬間に浮かんできて。だから、呼んでみた。
……君は、こんなところで何してるの?」
ともえは、またあの笑顔を貼りつけたまま、静かに首を傾けていた。
「私は……いらない子だから。たぶん、お母様に捨てられたんだと思う」
ともえは、笑顔を崩さないまま、静かにそう言った。
「えっと……アラム? はなんでここにいるの?」
(名前違うぞ……)アルムは心の中で小さく突っ込む。
けれど問いに答えるように、アルムは口を開いた。
「私は……お母様とお父様が、急に倒れたから。森に探検に来たの。一人で生活するなんてしたことないからさ、色々知っておきたかった。でも……あとで叱られるかな。めんどくさいな……」
ぽつりぽつりと語るその言葉は、どこか投げやりで、けれど静かな決意を帯びていた。
(……この子のことほっとけないかも)
(私は一人なら魔物倒して、肉を焼いて、なんとかなるけど──)
ちら、とともえを横目で見る。
(この子……弱そう。たぶん、魔物に出くわしたら、すぐ死んじゃう)
(……一回、戻ろうかな。あの老婆の家に。ノンナ、だっけ?)
(お父様とお母様も、もしかしたらそこに戻ってるかもしれないし)
(この子、ついてくる気まんまんっぽいし……しょうがない。帰るか)
そう思ったところで、アルムはそっとともえの方に目を向けた。
アルムは、ともえに何も言わず、そのまま歩き出した。
ゆっくりと森の奥へ──あの老婆、ノンナの家の方角へ。
ともえは一瞬きょとんとしたが、すぐに「ああ、置いていかれるんだ」と察したように、大樹のほうへ足を向けた。
──その瞬間。
(……え? ついてこないの!?)
アルムは思わず振り返った。
(めちゃくちゃ“付いてくる顔”してたじゃん……!)
なんで!?と顔には出さないが、内心で混乱する。
「……ついてこないの?」
ぽつりと声に出すと、ともえはピタリと立ち止まり、目を大きく見開いた。
さっきまで貼りついていた不気味な笑顔が、ほんの少しだけ崩れる。
初めて見せた、驚いたような、子どもらしい表情だった。
「……ついていって、いいの?」
ともえが恐る恐る尋ねた。
アルムは数秒だけ無言のまま彼女を見つめ──
(……なんじゃこいつ。めんどくさ)
と心の中でだけ呟いた。
そして突然、ともえの体を軽々と抱き上げる。
「きゃ──っ!?」
そのまま、森の奥へ向かって全力で駆け出した。
風が巻き起こる。
前方に木があっても、茂みがあっても、構わず突っ込む……かに見えた。
──バシュンッ!
アルムの前方、わずかに先行する空気が圧縮され、
鋭い膜となって飛ぶ。
木の幹も枝も、膜が通る瞬間に“穴”を開けられ、何もなかったようにすり抜けていく。
ともえはその異常な光景に目を丸くし、
アルムの首にしがみついたまま、声すら出せなかった。
(……空気、押しのけてる?)
このとき、彼女はまだ気づいていない。
それが「風魔法」の応用であり、
何より──この子が、いかに規格外かということに。
ノンナの家の扉が、軋む音を立てて静かに開かれた。
中を覗き込んだシンは、思わず息を呑む。
――古びた小屋とは思えない。
中はまるで、王都の宮廷の玄関のようだった。
磨かれた床に重厚な家具、壁には精緻な装飾が並び、空間全体にただよう上品な香り。
「……本当に、ここ森の中の小屋なのか……?」
思わず足が進む。吸い込まれるように、シンは玄関の敷居をまたいだ。
そのとき、家の奥からバタバタと駆ける足音。
黒衣を翻し、ノンナが飛び出してきた。
その表情は焦りに満ち、何かに気づいたように外へ駆け出そうとしている。
シンはとっさに呼び止めようとする。
「ノンナ様──」
だが、ノンナはまるで彼の声を聞いていないかのように、すれ違いざまにそのまま外へと飛び出した。
次の瞬間だった。
バゴォン!!
外の木が、雷に打たれたような轟音とともに、何かに貫かれた。
吹き飛んだ木片とともに、ひときわ細い影が飛び込んでくる。
それは、真っ黒な髪をなびかせた小柄な少女だった。
腕にはもう一人、年端もいかない女の子――淡いダークブラウンの髪をした子どもを抱えている。
風が巻き起こり、少女の周囲の空気がきらめくように震えていた。
まるで風そのものが彼女を導くかのように。
シンは呆然と立ち尽くした。
ノンナもまた、その場で目を見開いたまま動けずにいた。
そして――
離れた茂みから様子をうかがっていた、二人のエルフもまた、信じがたいものを見たように目を見張っていた。
風と木片だけが静かに舞う中、誰も言葉を発することはなかった。
一つ目:風魔法による加速
アルムが自分の体に風をまとわせ、空気抵抗を減らして加速する――
これはれっきとした**「風魔法」であり、無詠唱で発動しています。
この魔法を使い、アルムは時速60km前後の速度でおよそ30分間、森を走り続けていました**。
たった3歳の少女が、自分の意志で速度調整と魔力の持続制御をしながら走る。
それだけでも常識外れですが、アルムにとってはそれすら「ちょっとめんどくさい」程度の感覚です。
ともえが何も言わずに必死でしがみついていたのも納得ですね。
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二つ目:空気に“穴をあける”現象
森の木々や茂みを“吹き飛ばす”のではなく、“穴をあけて突き抜ける”あの描写。
これは風魔法ではありません。
魔法として分類できるものではなく、アルム自身の魔力が空気を無理やり押し込み、圧縮された“魔力の膜”を作っている状態です。
風の応用でもなく、技術でもない。
ただただ、とてつもない魔力量による“力技”。
しかも本人はそれを魔法としてすら認識していない、という恐ろしさ。
アルムにとっては「走るために空気をどかしてるだけ」という感覚。
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でも──アルムって“平均”のはず?
ここでひとつ気になることがあります。
ノンナによる検査では、アルムの魔力量も、魔法適性も**「平均的」**だったはずです。
ではなぜ、こんなことができるのか?
その答えは──まだ、物語の外側にあります。
伏線はすでに張られていますが、それが明らかになるのはもう少し先の話。
どうか楽しみに待っていてください。
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次回は、いよいよ本格的にともえとアルムの物語が動き始めます!
ありがとうございました!




