その後70 (囚われたアニエスとダンジョン)
(素っ裸に、首輪……これは家族には絶対に知られたくない姿ですね……)
アニエスは黒いフードの集団……『黒い羊』に連れられて、再び廃……いいや、もはや生きたダンジョンへと戻っていた。
しかし、今度は先程とは逆に人の魔脈の気配がする方へする方へと向かって歩いていく。
ダンジョンとは一から十まで不思議なものだが、温度や湿度が常に一定の適温で保たれていることも、その一つだ。
でなければ、こんな裸で裸足の状態で冬の中うろうろと歩き回るのは自殺行為だろう。
……とはいえエルフの体質が色濃いアニエスなら、実は雪山の凍る寸前の川や、逆に熱湯に近いグラグラと煮えたぎる湯や炎の中に一時、放り込まれても恐らくほとんどは平気に違いない…………何故ならエルフの身体は瞬発的に事故や災害から身を守るため『ヒート』や『アイス』が場合に応じて自動的に起こるように出来ているからだ。
そう、病気だけでなく、そういうことを想定され細胞レベルで保護もされているからこそ、エルフの不老長寿は可能になっている。
普通に静かに暮らす分にはあまりその恩恵に預かる機会はなさそうだが、百年、千年単位になってくれば、どんな人であれ事故や災害、戦乱といったことに見舞われるものだ。
だから、あらかじめ身体にそういった対策がいくつもなされているのである。
全くそんなにまでして長生きすることで、彼等エルフはいったい何を成そうとしたのか?
その答えの一つが、もしかしたら、このようなダンジョンに隠されているのかもしれない……。
『黒い羊』たちが、見上げるような大扉の前で止まる。
あまりの巨大さにとても、人の手で開けるのは不可能に思えた。
しかし、扉の下方には、まるで一般家庭の猫や犬が通るように備え付けた小さな扉みたいに、わざわざ人間サイズでそんな扉が付けてあった。
ガチャリと開け、くぐるように扉を抜けると、そこには……空に届きそうな高い天井のきらびやかなダンスホールが広がり、いくつものクリスタルの大シャンデリアが宙に浮きながら緩やかに踊るように常に移動を繰り返している。
そしてその下には、埋め尽くすように黒フードの者たちが立っていた。
「…………!」
アニエスが想像していたよりも遥かに大きなその規模。
よくぞ、こんな集会が今まで外部に漏れなかったものである。
また、彼等はアニエスを見咎めると、一点集中で裸のアニエスを見つめてきた。
(うっ……!)
長い長い沈黙があった。
誰一人、視線を外さずアニエスを上から下まで舐め回すように観察する。
すると、どこからかパチパチパチと手を打つ音が響いてきた……。
「ねえ、皆さん私が言った通り……あまりに素晴らしい身体でしょう? 特に黒山の中にただ一点。真白に輝く肌は夜の白鳥のようだわ……」
現れた人物を目にして、アニエスは予想通りだと思った。
途中から姿を消し、ダンジョンから戻ってもなお、彼女の姿は無かったし、何より片田舎で『黒い羊』にこれだけの武器を用意できるとすれば、そんな人間は相当に限られてくる。
この土地に大量の物資を運び入れることが可能な権力者の力を我が物のように扱えるであろう存在。
そう、やはりそれは『彼女』だった。
「セシリアさん……何だかすごくお久しぶりですね?」
「そう? まだ大して時間はたっていませんわ。裸だと体内時計が狂うのかしら……」
美しき夜会服に身を包み水色っぽい銀髪をなびかせ、中央の階段を数人の付き人を連れ、ゆっくりと降りてくる。
ああ、麗しき人は悪役さえも恐ろしく様になるなと、アニエスは思わず感心してしまった。
「こんな素人に武器を持たせて……知られればただでは済まなくなりますよ? とはいえ、全員ではなさそうですが……」
それにセシリアは頰に手を当てため息をつく。
「だって全員が魔法使いじゃないなら、武器を持たせるしかないでしょう? だってここは大切な秘密基地。自衛が必要ですもの!」
「おままごとにしては、目に余りますよセシリアさん。この街を起点に独立戦争でも起こす気ですか?」
それをセシリアは鼻で笑った。
「誰がそんなこと……私はただ自分の駒が欲しかっただけですわ……? あとね、この秘密基地には定期的に生贄が必要なんです。そう、今の貴方みたいにね!」
「転移陣を使ったところを人に見られていますよ? すぐに私の居場所はバレます。どうかそうなる前に自首してください……」
「それなら大丈夫。あの転移陣はもう、別な所に移してしまったから」
「そんな、転移陣なんて簡単にはっ…………ああ、あるほどそういうことですか?」
「あらあら、タネ明かしの前にバレてしまいましたか?」
「それが…………あなたの持つ『魔法』なのでしょう?」
「大正解。このダンジョンがどの座標にあるのかが解らない限り、外から別の転移陣は繋げませんよ? だってうっかり土の中に繋がったら生き埋めになってしまいますもの!」
「………………」
「さあ、このダンジョンの延命をお願いしますね? その生命が続く限り……」
セシリアがニヤリと笑う。勝利を確信して……。
だが……。
「あなた達この者を連れて……」
「動くなっ!!」
そう言い、セシリアの後ろにいた者がセシリアに銃を向けた。
いいや、このダンスホールの銃を持つ半数がセシリアに銃を向けている。
ついでにもう半分はアニエスに向けて銃を構えていた。
「な……にっ!?」
「邪魔者を一気に片付けるこの機会をずっとずぅっと待っていた」
そう言われたセシリアが吼えるように叫ぶ。
「あなた達……私がいなければ外には出られないのよ!? わかっているの!」
それに黒い羊の一人が答える。
「ええ、だから私たちも、ずっと前から出入り口を掘ってこの日に備えていたのですよ」
「なんですって!?」
「この金髪も貴方も……私達の信仰の障害そのもの……!! なので仲良く亡き者にしてあげる。あ、それから金髪を処分した真犯人は貴方だけになるから、私達にお咎めは下らないで済むわ。本当にありがとう」
「………………」
(……信仰?)
セシリアが取り押さえられ、数人の手が伸びてビリビリと服を破かれ始めた。それにセシリアは悲鳴を上げる。
「セシリアさんっ……!?」
アニエスはそれを見て、思わず助けようと身体が動くが、アニエスの周囲がぐるりと銃口で囲われ、首輪の鎖を数人に引かれながら鳩尾をおもいっきり蹴られ、アニエスはそれ以上、動かなくなる。
そしてセシリアは激しく抵抗したが、あえなく丸裸にされ、アニエス同じく首輪と手枷をはめられる。
「さあ、儀式の時間よ……」
いよいよ二人は生贄にされようとしていたのだった。




