人生
件の湖にたどり着く。
「ここが花の生えている湖か。」
ガサッ
「!?」
思わず近くの茂みに隠れる。
「ゲヒッゲヒッ」
「…何の声?」
茂みから少し顔を出し、声のしたほうを見ると、緑色の肌をした人型の何かが2体いた。前世の知識から思いつくものなら、ゴブリンが一番近い。
ゴブリンは先ほどまで自分がいた場所にいる。僕を捕まえようとしているのか、あるいは殺そうとしているのか、目的はわからないが僕を探しているらしい。
「あっ!」
逃げる機会が無いかと、ゴブリンの様子を観察していると、思わず声が出てしまった。ゴブリンの足元に、探していた花があったからだ。
しかし、声を出してしまったせいで、ゴブリンたちは少しずつこちらに近づいてくる。
2匹の手にはこんぼうのようなものがある。それに対して僕の持っている武器は、ちっぽけなナイフしかない。ゴブリンの体は僕より少し大きいぐらいだろうか。自分の足の遅さはじぶんが1番わかっている。今自分がこの茂みから飛び出し、必死に逃げたところで間違いなくあいつらに捕まり殺されるだろう。
隠れていてもこのままではいずれ見つかってしまう。
そうならないために僕に出来るのは一つだけ。戦って勝つ。それしかない。
ゴブリンと戦えば死ぬかもしれない。僕が何も取りえが無いことは十分承知だ。でもだからといって何もしないままでも死んでしまう。それなら少しでも望みのあるほうにかけるしかない。
・・・勝てるだろうか。
前世のころでさえ、1度も勝ったことのないこの僕に。
いっそのことこのまま隠れていれば、やり過ごせるのではないか。
そんな考えが脳裏を掠める。いや・・・勝たなくちゃ。もし、この場はしのいだとしても、いずれまた似たような場面に遭遇するかもしれない。そのときも僕はただ隠れて息を殺してじっと脅威が過ぎるのをただただ待つだけになってしまうだろう。そんな敗北者のような生活がいいのか? そんなのいいわけがない。
そんな生き方はもうたくさんだ!
「うおおおおおおおおお!」
「ゲヒャッ!?」
大声で叫びながら、勢いよく茂みを飛び出す。突然、叫びながら現れた僕に驚いたのか、一瞬ゴブリンの動きが止まる。その間にゴブリンの体にナイフを突き刺す。すぐにナイフを引き抜き、もう1体のゴブリンの元へ駆け出す。これで終わりだ!
「おおおおおおおおおお!」
後ちょっとでゴブリンの首にナイフが刺さるというところで、突然ゴブリンの姿が消え巨大な壁が現れた。いや、正確には横の湖から飛び出した巨大な何かにゴブリンがさらわれた。目の前の壁が湖へと移動し始める。
「グギャア!グギャア!」
声のする方を見ると、消えたはずのゴブリンが巨大なヘビに食わえられていた。目の前の壁は巨大なヘビの胴体だったようだ。ゴブリンをくわえたヘビは、あるで逆再生のビデオを見ているように器用に体をくねらせながら湖へと戻っていった。
「グギャア!」
そうしていると、僕が刺したゴブリンは湖から一目散に逃げだした。だが、再び湖から現れたヘビに一瞬で捕まってしまった。ヘビは先ほどとは異なり、今度は湖に戻ろうとせず、その場でゴブリンを丸飲みにし始めた。ゴブリンは必死に抵抗するが、抵抗むなしく食べられてしまった。ヘビは2匹目のゴブリンを食べた後、こちらを向く。どうやら、僕も食べようとしているらしい。ゴブリンを食べたことで満足し、帰ってくれるのではないかと期待していたが、どうやら無駄だったようだ。
僕は2匹目のゴブリンが丸飲みにされ始めた時点で腰を抜かし、座り込んでしまった。今はもはや逃げようとすら思わない。僕がナイフを刺してけがをしていたとはいえ、僕より足が速いであろうゴブリンが一瞬で食べられるのを見て、逃げきれないと悟ったからだ。手にはまだナイフがあるがこんなものではどうにかなる相手だとは到底思えない。
僕はこのまま、ヘビに食べられて死ぬのだろう。
結局、僕はどうやっても死ぬ運命だったのだろう。
…どうして自分はこの異世界に転生したのだろう。何の力も持たぬまま、何も出来ず死んでいく、そんな人生。もし、この世界に神さまがいるのなら、おそらく僕のことが嫌いなのだろう。
ヘビはゆっくりと口を開けながらこちらへ迫ってくる。まるでスローモーションを見ているようだ。いや、これは死ぬ直前に周りの景色がゆっくりとなる現象だ。ふと、自分の目の前に走馬灯のようなものがよぎる。村を魔物が襲い、村のあちこちで火が燃え、助けてもらったあの日。 その恩人に全く相手にされず、気づけばこんなところにいる。こんな時に思い浮かぶものは、楽しい思い出ではなく、どれも思い出したくないつらい過去ばかりだ。
本当に何もない人生だった。異世界に転生できたと浮かれて、こんな自分が勇者になってチートを使って女の子を侍らせながら悪を倒す、そんな人生を望んでいた。
それがこのざま。何もなさず、何も成さぬまま死んでしまう。そんな人生。そして今まさに死が近づこうとしている。
ヘビはゆっくりと近づいてくる。このまま僕はヘビに食べられ、そして死ぬのだろう。
・・・やだ。
いやだ。
いやだいやだいやだ!
死にたくない死にたくない死にたくない!
逃げるために必死に体を動かそうとするが、身体は石のように固く重く、僕の思うようには 動かない。
いやだいやだいやだ! こんなところで死にたくない! 死にたくない死にたくない死にたく・・・
「だれか・・・助け・・・」
そうつぶやいた瞬間に目の前のヘビの頭が地面に叩きつけられた。その横にはこの数日間見ていた大きな男が立っているのが分かった。
「おじ・・・さん?」
「もう大丈夫だボウズ。ケガはないか。」




