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「第二十四-価値観(前編)-」

人それぞれ価値観は違う。

同い年である純司と裾野の決定的な違いとは?

また、橋本に思いを寄せる裾野は……?


※約8,000字です。


2015年6月10日 午後(天気:晴れ)

後鳥羽家 執事寮 橋本と乞田の部屋

裾野(後鳥羽 龍)



 龍也さんと藤堂さんを招いた場所は、本日話す内容を考えるとここしか無かった。

橋本は3人の執事を連れて訓練に出るというので、夕方までは使っていいとのことであった。

ちなみに藤堂さんの処分はあの後何も無かったらしく、総長、副総長や役員陣には逆に解決したことから褒められたらしい。

 今日2人が来たのは、昨日飲みに行ったときにたまたま出た話題のことを聞いて欲しいからだそうだ。

ちなみに経緯はこうだ。


 昨日の夜、藤堂さんはいつもより酔っていたらしい。

そもそも2人は時折飲みに行く程度に仲良いこともあり、あの面倒臭がりの藤堂さんが、空いていれば誘いに乗っているという。

そんなシックなバーでの出来事だそうだ。

「今日はよく酔うなぁ~」

バーカウンターの背の高い椅子で体育座りをし、ジンを片手に身体を揺らしていたという。

藤堂さんがジンを飲むときは、だいたい疲れている時か、何かあった時というのを月道から聞いていた為、この時点で不安ではあった。

それから仕事の報告を烏から受けたということもあり、立て続けに入っていることに危機感を感じていたらしい。

というのも、藤堂さんも独身34周年に突入し、ご両親も心配してお見合いの写真などを送っているそうで、それを鬱陶しいと思いつつも期待には応えたいそうだ。

そこで龍也さんから明日あるという婚活の話が持ち上がり、藤堂さんは付いて行くように言ったというのだ。


「……なるほど、分かりました。それなら湊さんも連れていったらどうですか?」

俺が橋本のデスクの椅子に腰かけながら言うと、橋本のベッドで横たわっていた藤堂さんが薄く目を開けた。

二の腕あたりに取り付けられた小さいキーボードから画面を起動させ、何かを検索し、

「あー。冷泉(れいぜい)だっけ? 来んならいいんじゃね。それと”コンカツ”って、テクニックが結構面倒だな~。んあー、職業はITコンサルタントでいっか」

と、パソコン作業用のメガネをかけて言う藤堂さんは、面倒臭がりなのかそうでないのか、ときどき分からなくなる。

「たっつんは剣道の先生でいーし、冷泉は料理教室の先生でいーな、決まり」

藤堂さんは勝手に申込までしているらしく、相談も無しにどんどん何かを打ち込んでいる。

湊さんが料理教室の先生なのは、おそらく俺の料理を認めていない点からだろう。

まぁ龍也さんが剣道の先生なのは、言わずもがな。

「あの、いいんですか?」

俺はあきれ顔で藤堂さんの隣に腰を下ろしている龍也さんを見遣ると、龍也さんは小さく頷き肩をすくめた。

藤堂さんはそんな龍也さんを他所に無表情でパソコンを弄っている。

すると徐々に人一人分の空間が歪み、

「からすくん、楽しそうだね」

と、光明寺さんがふわっと目の前に現れ、落ち着く声で言った。

やはり優しくて、仏のように微笑む光明寺さんしか信じられない自分が居り、本当にこの人が腹黒いのか、未だに疑っている。

「そうですね。どうやら光明寺さんは、もう邪魔になっていないみたいですよ」

俺が藤堂さんに後ろから抱き着いている光明寺さんだけに聞こえるように、最近覚えた腹話術で言うと光明寺さんは目を細め、藤堂さんのもしゃもしゃの髪の毛を空気中でくるくると巻いている。

そのさまは、誰が見ても綺麗で無理に襲った先輩たちが惚れるのも無理はない、とまで考えてしまった。

「あー出来た。明日行ってくるけど、お前はいいの?」

藤堂さんは俺を見据えて言うが、龍也さんはすぐに「こいつ既婚者だぞ」と、ツッコミを入れてくださった。

「そーだった。忘れてた」

藤堂さんは悪気無く言うと、欠伸をひとつ。

「構いませんよ」

俺は目線を落とし薬指の指輪を撫でると、指輪に菅野の顔が映った気がし、バッと振り返ってしまった。

……そんな訳ないだろう。菅野は今、仕事をしている筈だ。

「大丈夫か?」

龍也さんは未だ扉の方を向いている俺の背中に声を掛けたが、俺は座り直して小さく頷くのが限界であった。

菅野の交際を祝えないのは、相棒として最悪だ。

未練どころか、菅野は絶対に俺に振り向かないというのに。

……我ながら諦めの悪い男だ。

 とっとと話してしまおう。

話し終え、いつかこの話を騅と空に伝えてくれる人が居ればいい。



2004年12月11日 夕方(天気:晴れ)

後醍醐家 純司の部屋

裾野(後鳥羽 龍)



 俺は『今度な』と返事してから4日後に、純司の部屋を訪問していた。

というのも、土日休みにしているので、少し考え事をしてしまえば橋本のことを考えてしまうからだ。

それに”嫉妬”の透理兄さんが、俺への嫉妬が原因で吸血鬼に成り果て執事長を襲ったらしく、自分にすら嫉妬し家出したということを、乞田から連絡を受けて知った。

そのうえ父上様は放っておけと仰るので、調査にも出かけられないと、橋本は嘆きのメールを送ってきた。

だが純司の子どもっぽく無垢な顔を見ていれば、考えずに済むと思ったのだ。

 純司は俺が部屋に入るや否や小躍りし、落ち着くように促して椅子に座らせると足元でお座りしている黒猫に視線をやった。

「この子、元は人間なんだよ! かわいいでしょ?」

純司はハムスターのような口の口角をあげ、黒猫を抱きかかえた。

黒猫は嬉しそうに喉をゴロゴロと鳴らしている。

「ほう」

俺は純司に歩み寄り、黒猫の頭をふわふわと撫でると、目を細めて「みゃ~」と、甘えた声で鳴いた。

「可愛いって言ってよ~」

純司は黒猫を前に出し、俺の胸にぐりぐりと当てた。

そのときに見えた部屋の隅に転がる人のものであろう腕と爪……それから黒い髪の束と仮面?

あれは失敗したものだろうか?

「そ、そうだな……可愛いよ」

俺は顎の下を指先で撫で、焦りを悟られないように黒猫の顔で純司の顔を隠し、頬をむにむにと伸ばしてやった。

「だよね! そうだ、そこ座って~?」

純司は黒猫を床の近くで放すと、失敗作の山付近から折り畳み式の革張りの椅子を引っ張り出し、油と得体の知れない液体まみれの自分の椅子の向かい側に置いた。

「あぁ、ありがとう」

俺は遠慮なく座ることにしたが、一応座る直前に罠が無いかどうか軽く確かめた。

幸いこの行為はバレていないらしく、純司は目を細めている。

「透理さんが出て行ったから、”嫉妬”について色々調べてみたんだ。はぁ……人間って本当に弱いんだね。だって嫉妬とか傲慢とかが行き過ぎると、その感情をむき出しにした動物になって、身体の一部にも表れるんだって」

純司は机の上にある本棚から18世紀ごろに書かれたと思われる、ところどころ擦り切れている古い魔導書を出し、めくるだけで破れそうな本をバラッと開き、目当てのページを探し当てた。

「ほら、これ。レヴィアタンっていう嫉妬の魔神知ってる?」

近代英語で書かれた活字は、年月を経ている為かなり読みづらい。

だが純司がしなやかな指で指す文章は、レヴィアタンの概要が事細かに書かれている。

「あぁ。水難事故を起こすことと大蛇のような見た目から、クラーケンと勘違いしている人も多いな」

俺は顎の下を擦ってそう言うと、純司は大きく頷いた。

「そうそう。この神様も、最初は水難事故を起こす厄介者だったんだけど、中世以降にその見た目から勝手に嫉妬の化身になっちゃったんだ。ねぇ、言いたいこと分かる?」

純司はくりくりの丸い目で俺の顔を覗き込み、徐々に目を細めて言う。

このように回りくどいのはA型の人間に多いから何とも思わないのだが、純司は何を考えているのか、時折見えてこない時がある。

だがこのまま黙る訳にもいかない為頭をフル回転させ、純司が言いたいであろうことを汲み取った。

「あぁ。透理兄さんの大本の性格に問題があるのではなく、周りの人間やプレッシャーから性格そのものを歪めてしまった、とでも言いたいのか」

俺が目を伏せて言うと、純司はまたしても大きく頷く。

「本当は良い人だよ。だって”嫉妬”していない時の透理さんって、ただの甘えん坊の可愛いウサギっ子だよ?」

純司はあまり透理兄さんと話し込んでいないのに、ほぼ見かけで言っている。

たしかに見た目と可愛さと外面のよさは純司同様完璧とも言われるうえに、おじ様世代にはモテるのだ。

「そ、そうだな」

俺はなるべく深く掘り下げられないよう顔を伏せると、純司は「あれ? 暗い顔……」と、独り言のように呟き、

「人でも死んだ?」

と、歪んだ笑顔で訊いてきた。

俺の価値観が間違っていなければ、暗い顔している人間に対して掛ける言葉ではない。

……体調や近況を聞き出して、外堀から突くのが常套手段ではないのか?

「いや……そのだな……」

俺は光明寺さんが亡くなったことを想い出してしまい、ぐっと唇を噛んで俯いた。

思い出すだけでもシグナルに気が付かなかった自分に腹が立つ。

「何で悲しい顔するの? 人が死ぬって、虫が死んだのと何が違うの?」

純司は今にも泣きだしそうな俺を見て目を丸くし、肩を掴んで揺すった。

残念なことに殺し屋の中にも快楽殺人者が少なからずいるが、純司も同じ類の人間なのだろう。

普段は一般人という仮面を被っているだけに、衝撃はかなり強い。

それと同時にこいつも弟の”悪食”の潤と同じ考え方ということにも、非常にショックを受けた。

「そ、そうだな……。人は虫と違って人は言葉を発し、抵抗したり、命乞いをしたりするだろう」

俺は自身の経験を交えながら話すと、純司は掴んでいた手を離し、椅子の上で体育座りをして考え込んだ。

「うーん、それは分かるよ。でも虫だって、殺そうとしたら逃げるよ? それに嫌そうな目で見てくる……」

純司は細々と言葉を紡いではいるが、食い下がっている。

「たしかにそうだな。だが虫の行動は本能でしかない。反対に人間は許しを請うとき、泣きながら、絶望した顔で、など情に訴えてくるだろう? ……間違っているか?」

俺は更に事細かに話すと、純司は首を捻りつつも小さく頷いてくれるようになってきた。

「そうだな、虫が嫌そうな目で見たり逃げたりするのが、純司にとって情に訴えてくるとすれば、それは人としての同情心が働いたということだ。言いたいこと、分かるな?」

俺は体育座りをしている腕を優しく握り、まさしく情に訴えてみる。

すると純司は目を見開き、納得したのかサラサラそうな髪を大きく揺らして頷いた。

「納得させられちゃった。流石殺し屋さん。じゃあ質問させてよ。もしそっちの弟さんかお兄さんが、龍にとって大事な人を殺したらどうする?」

純司は体育座りを解き、時折掌から火の玉を出しながら、あどけない笑顔を見せて訊いてきた。

「っ……!」

俺はすぐに「そんなことはあり得ない」と、言いたかった。

だがその言葉は割れたリードから音を出そうとするときのように、発音すら出来なかった。

数人の兄さんから嫌われている俺の事だ……もしかしたらこの先、婚約者、子どもを殺すことも……あり得る。

「まずは問い詰める。理由を訊いて、納得できなければ……っ!」

この後に続く言葉は想像通りだ。

だが言葉にしてしまうのは……違う。それに同じ血を分かち合った家族を殺すだなんてことが…………。

結局そう考える所を見ると、俺は腐っても家族なんだから、という考えの持ち主なのだろうか。

「龍。納得出来なかったら?」

と、純司は答えを促した。あくまでも好奇心で。

俺は頭の中を整理するために、目を閉じた。

もしその状況になったら。答えは……初めから出ていたのではないか?

「俺が二度とその人の前に姿を現さない。そうすれば、誰も傷つけ合わないだろう?」

と、本心を押し殺して言い放った。

……これは人生最大の嘘にして、今でも家族を傷つけないようにする柱の言葉でもある。

本当は八つ裂きにして死体を燃やして灰にし、桜の木の下に埋めたい。

でもそんなことをすれば――

「そうだね。俺もそうしようかな」

純司は納得しているのかしていないのか、上手く読み取れない表情で感情を込めずに言うと、机の中から接着剤を取り出して失敗作が積み上げられた部屋の隅に行き、人間か人形の腕を拾い上げ、

「ごめんね」

と、急に涙ながらに呟き、接着剤で爪を付けていた。

「純司?」

俺は刀に手を掛けつつ徐に歩み寄ると、

「ごめんなさい……許して」

と、情に訴えて俺の脚にすがりつく純司。

「ん?」

俺が小首を傾げると、純司は動揺からか目を泳がせた。

「俺、絶対に、二度とっ……失敗しないから! 人を殺す人たちを逃がさないような研究、もっと……頑張るから……」

純司は俺の藍色のパンツを涙で濡らしながら言うと、嗚咽混じりに呟いた。

「情に訴えるのも、悪くないね」

こいつ、演技だったのか?

そうは思いつつも、どこか本音も混じっている気もし、俺は微笑んで頷いた。

「また来てね」

純司は涙痕の見えない笑顔を見せ、大胆に鼻を啜って咽ていた。

それから慌ててパンツの裾あたりを見てみれば、見事に純司の懺悔跡が残っていた。

「はぁ……」

俺は嬉しさ半分の溜息をつき、帰路についた。

 外に出て空を見上げてみれば、晴れ渡った冬の夜空が広がっていた。

「やはり森の中は、空気が綺麗だな」

俺は邪念を払うように伸びをし、森の新鮮な空気を吸い込んだ。

「……さて」

乞田がどんな反応を見せるか考えながら帰ろう。

俺の予想は、純司とお楽しみでしたか?、だ。自信はある。


 意気揚々と実家に帰ると、乞田は顔を真っ赤にして橋本の後ろに飛んで隠れた。

橋本の方が10cm以上背が高いため、屈んでいればある程度は隠れる。

「龍様、男性同士の戯れ事ですか?」

橋本はサラッと、廊下を歩いている執事や来客を驚かせるようなことを、しかもズボンの裾を指差しながら言った。

顔を見ればいたって普段通りのそれで、からかおうとも注意しようともしていない。

「いや、純司が学校でやる演劇の練習に付き合っていた」

俺こそ真顔で言ってのけてやろうと思ったが、言い終えてから橋本と目が合うと、大きい二重瞼の純粋な目に心臓が跳ね上がってしまった。

「おい、龍様。気持ち悪い顔しないでくださいよ」

橋本は面倒そうに後ろ頭を掻くと、表面温度が上がる俺の頬を両手で挟み、ぐりぐりと引っ張った。

「は、橋本! そういうのは部屋で!」

乞田はハッと我に返り、橋本を引き剥がすと俺を部屋まで送った。

それから夜も遅いので、2人には執事寮に帰るように言ったのだが、乞田は何かを思い出したように目を見開き、

「龍様。明日は予定を入れないでくださいね! 朝から橋本と一緒に部屋に朝5時に乗り込みますから!」

と、目を輝かせて言うと、依頼の意の最敬礼を橋本とし、何やら深刻そうな顔で話し合いながら歩いていく後ろ姿をいつまでも見ていた。

「……」

最近他の3人の執事の事を書いていないが、乞田と橋本に対し段々好意的になってきたらしく、廊下での悪口も減ってきたことから、何も告げ口も悪口を広めるなんてこともしていないようだ。

 やがて話し声も聞こえなくなったところで部屋に入った俺は、明日何をするのかという期待と橋本と近づきたい思いで胸がいっぱいであった。

……いや、初恋は乞田だからあまり強くは言えないが。



2004年12月12日 午前(天気:曇り)

後鳥羽家 自室

裾野(後鳥羽 龍)



 今朝は冬のわりに気温が高く、予報では俄雨程度の雨が降るということであった。

ということは、部屋の中で何かするのだろうか?

まぁ勉強会なら恋愛か料理について学びたいところだが、あの2人のことだ。

こんなことでわざわざ主人を縛りつける真似はしない。

 それにしても今は何時だ?

もう起きる時間だろうか。

……それともまだ夢の中、なのか?

「……は、しも……と……こった……」

どうやら正解らしく、2人を探して膝下まで積もっている雪の中をひたすら1人で歩いている俺が居る。

というのも、夢の中だからか第三者目線で見ており、俺は今にも凍死してしまいそうだ。

「……た、す…………」

ついに俺は歩けなくなり、その場に倒れてしまった。

だがそのとき、大声で俺の名を呼びながら(そり)で走って来る橋本と乞田が入場し、俺を軽々と持ち上げ橇に乗せた。

すると今度は第三者ではなく、夢の中の俺の視点に切り替わった。

下から見上げているアングルなので、どうやら橋本に膝枕してもらっているようだ。

「大丈夫ですか?」

そう言う橋本は、どこか苛立っているようにも見える。

「……寒い」

かじかむ声で言うと、橋本は熱を帯びた目で優しく微笑み向き合う形で膝の上に座らせ、そのまま――


「起きてください!!」

と、乞田に怒鳴られたうえに橋本に後ろから軽く蹴られた。

俺は寝ぼけ眼のままバッと後ろを振り返ると、すぐに橋本に頭を下げて謝った。

……どういった経緯でそうなったのかは分からないが、橋本のお腹あたりを枕にして寝ていたらしい。

ということは――いや、命が惜しい。

一方で乞田はベッドの横に立ち、銀色に光る矛先を俺の眉間に向けている。

「規則は程ほどに破れとは申し上げましたが、橋本に手を出すなんて! (わたくし)乞田、許しませんよ!」

乞田は揺れるワスレナグサを手でしっかりと抱え、ベッドに上がるとじりじりと距離を詰めてくる。

一体俺は寝ている間に何をしたというのだ。

低血圧も時間が経つと、夢遊病にでもなるのか?

「2人とも朝から悪い……。寝ていて全く記憶が無いから、教えてほしい……」

俺は白旗を上げるが如く諸手を上げて振ると、2人は顔を見合わせて首を傾げた。

橋本は疑った表情をし、乞田はごくりと生唾を飲み込んで覚悟を決めている。

「私は龍様の言葉を信じますから、事実を申し上げますね。……5時10分前に龍様の部屋に入ったとき、龍様はたしかに寝ておられました。ですが橋本がイタズラをしたいが為にベッドに上がったときに、龍様は橋本をベッドに押し倒しておりまして……私が一度は退けたのですが、そのときに布団まで剥いでしまったので、仕方なく腹枕をするように言いつけました。それで今に至ります……誠に申し訳ございません」

乞田が申し訳なさそうに言うと、橋本は不本意なのか視線を逸らし、

「腹枕してあげたんですから、寝返りうたないでくださいよ」

と、困惑の表情で肩を擦って言うあたり……俺としたことが。

寝ていたとはいえ、手を出しているようなものだ。

「橋本、乞田、ごめんなさい」

俺は2人に数秒間頭を下げ、「頭を冷やしてくる……」と、言い残し身支度を整えに行った。

 いつもよりも洗顔時間を長くし、人前に出ることが多い為肌の手入れもしなければ、とボトルに手を掛けた時、橋本が後ろからこっそりと新品のボトルを洗面ボール左にあるカウンターに置いた。

居るのには気づいていたが、ふわっと柔軟剤の香りが漂い、またドキと煩く鼓動が鳴った。

「空でしたよね。替えるのが遅くなって、申し訳ございません」

橋本は溶けそうなきめ細かい白い両手を俺の肩にポンと置くと、夢の中で見たような優しい微笑みを見せた。

「待って」

俺は眠たそうに歩く橋本の腕を引いて振り向かせると、細い身体に抱き着いた。

「何だよ、龍様。今日は何か変ですよ」

悪い言い方をすれば適当に橋本は俺の背中を何回かぽんぽんと叩き、やんわりと引き剥がすと、部屋に戻ってしまった。

「……」

自分がいかに惚れっぽいか、ということをここで思い知った。

だがそのせいで、また惚れただけかと気持ちをスルーしてしまうので、本当に好きな人を見つけられないままだ。

それはもしかしたら、現在もそうなのかもしれない。


「ごめん、待たせた」

俺は気まずくなってしまい、口ごもってしまうと、乞田はそんな俺の背中に手を添えて椅子まで一緒に歩くと、躓かないように座るまで見守っていた。

「いいんです。執事は待つのだってお仕事ですから」

乞田は珍しく歯を見せて笑うと、橋本と共に片膝をついて控えた。

「今朝早く起きてもらったのは、執事長からのお話があるからなんです。龍様が中学生になったら話そうとしていた話なのですが、今の龍様なら大丈夫だろうと判断したんです」

橋本はそう言うと、垂れてくる前髪を軽く除けた。

「……わかった」

俺は一息ついてから、2人を交互に見た。

 これから後醍醐、後鳥羽との因縁の関係について知ることになるのだ。

1人の男の子が生み出した、今でも続く暗黙の了解とは。


――後編へ続く。

執事長の乞田ではなく、執事の橋本です。

たまには喋ったらどうだ、と言われました。


これ、龍様こそ回りくどくないですか?

深く考えたこともない橋本には、さっぱりですよ。


さて次回の投稿日ですけど、来週の土日のどちらかです。

今回はギリギリになってしまって、申し訳ございません。

結局前編、後編を分けることで文字数問題は解決いたしました。

来週も楽しみにしていてください。


価値観って、難しいですけど、良い一週間をお過ごしくださいねー。


執事 橋本

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