本編
出会いは必然、それ如何にも否定しがたい。
彼はそう言います。
ですがわたしは思う、心底思う。
出会いは偶然、それ以下にもなるのでは、と。
あなたとの出会いは偶然以下を希望します。出会ってはならなかったのです。
それは世のため人のため、いいえ何よりわたしの心の安寧の為に。
「和ちゃん、帰ろう」
「帰りません」
「居残りするの?じゃぁ僕も待つ」
「必要ありません」
「えぇ、一人で帰るの寂しいじゃん」
「それならばご安心を。周囲を見渡せば見渡す限りの女子の壁。聞かれる前に答えましょう。学年一の人気者、宮本和正さん、あなたを愛するファンメンバーです。一言声をかけて差し上げればよりどりみどりの素敵女子とすごす登下校が毎日楽しめること間違いなし。さぁ遠慮なさらずトライ。麗しの小鳥ちゃんたちがあなたの声を待ち望んでいます。女子の皆さん、わたしはこれにて失礼いたします。宮本さんの孤独を埋めてあげられるのは言わずと知れたあなた方だけ。取り囲むなら今です。ではさようなら」
すかさず人気者を取り囲み始めた女子の隙間をするりと抜け、わたしは颯爽と帰路につきます。
先ほど「帰りません」と述べたのは何だったかって?お察しの通り、「人気者と一緒には帰りません」ということです。
今の時代、校内にファンクラブが存在するのは本の中だけだと思っていました。
そう思っていたわたしは甘かったのか、いいえそんなことは無いはずです。
華の女子高生、セーラー服に身を包み、新生活に心躍らせたのは二年前。
部活に励み、スカートを短くし、黒ぶちといえどオシャレ眼鏡の範囲であるだて眼鏡をかける姿がわたしの定番となった一年生。
後輩という存在に向け、先輩風を吹かしたくなる心を抑えながらも抑えきれない、そんな矛盾も青春の一部だと思いながら二年生を順調に過ごせていたのは夏までのこと。
夏休み、あぁ夏休み。
なぜわたしはあの日外に出歩いてしまったのか。
暑いならクーラーの効いた部屋で大人しくしていればよかったのです。
電気代が勿体ないからと若者らしくない考えを発揮して図書館に足を伸ばそうとしなければ、順調な高校生活二年目の後半部分を心おきなく楽しめていたはず。
「和ちゃーんっ」
ちっ、ファンメンバーの小鳥さんたちよ、包囲網が甘過ぎやしませんか。
この際、小鳥から女豹に変化したって何の問題もありません。むしろしてください。
獲物はしっかり捕獲しておいて頂かなければ困ります。せめてわたしが自宅に入り、玄関の鍵をしっかり締めるまでは。
「和ちゃんってば、相変わらず足が速いんだね」
今年の夏まではのんびり歩くのが好きだったんですが。
ところ構わず現れる誰かさんのおかげで、歩く速さが倍になりました。
今やわたしの平穏は我が家のみ。ホーム・スイート・ホーム。
「あ、コンビニ発見。アイス買いに行かなーい?」
「どうぞ行ってらしてください」
「つれなーい。コンビニアイスは僕らの出会いの象徴でしょ」
訳が分かりません。
蝉の鳴き声をうるさく思っていたあの日のわたし。何故この人に声を掛けてしまったのでしょうか。
いくら手に持つアイスが落ちる瞬間を目撃したとしても。
たとえその人が待ちきれんばかりにアイスの袋を開封した瞬間の、冷たそうな中身が元気よく飛び出した場面だったとしても。
遠目から見ていても明らかに落ち込んでいると分かるポーズで項垂れていたとしても。
陽炎が立つほどのアスファルトの暑さで、足元のアイスがみるみる溶けていく様を観察できたとしても。
声を掛けるべきではなかった。
外見が小柄だったからといっても、相手は見るからに同年代。
声を掛けてしまわなければ。
足元の砂糖水が最後の小銭が具現化したものだと言われることも。
思わず可哀想になって同じアイスを買ってあげることも。
ではさよーなら、と分かれて数日後、校内でいきなり背後から抱きつかれることも。
「和ちゃんっていうの?僕、和正っていうんだよ。すごいね、ダブル和だね、運命みたいだねーっ」
なんて高二男子とは思えぬ発言を聞くことも。
教室移動中に廊下でいきなり名前を叫ばれることも。
素敵女子の皆さんに睨まれるのを恐れて素早い行動に慣れてしまうことも。
あぁもうとにかく何もかもなかったのに。
順調に華の高校生活二年目後半を楽しみ、苦の受験生でもそれも青春さ高校三年目を経験してから、すこし大人に近付きます大学生への門を叩く順調で平和な日常生活を経験できたはずのわたし。
「和ちゃん、そろそろ諦めようよ」
隣を歩く人が言う。
「何をですか」
「僕から逃げようとしても無駄だからね」
「何がですか」
「狙った獲物は逃がさないんだよ」
「アイスを簡単に逃がした人の発言とは思えませんね」
「ぐっ…それはそれ、です。とにかく、できるだけ早く降伏することをおススメします」
「さっさとわたしに飽きることをお勧めします。可愛いリホちゃん、マキちゃん、アカリちゃんその他の女子を彼女にして青春時代を謳歌してください。何なら日替わりでも可能でしょう」
「ムリだよ、僕一途だし」
「一途、良い言葉です。しかしそれは大事な人へのとっておきの台詞として取っておきましょう」
「おっ、じゃぁバッチリ今が使い時だ」
「脳みそわいてますか」
「和ちゃん時々辛口だよね」
「あなたは常時発言が意味不明ですね」
「愛の告白なんだけどなぁ」
華の高校生活あと一年半弱。
半年後を境に隣を歩く人の身長がタケノコのごとく伸びまくるとか。
さらに半年経っても隣の人の興味は薄れる気配すらないとか。
その半年後にわたしが悲鳴をあげながら白旗をあげることになるとか。
そんなことは知らない。
だって、今を生きるの高校二年生。
「和ちゃん…アイス落ちた」
「学習しませんねあなた」
蝉が鳴いた!夏だ!
というわけで、どうしても夏に投稿したかった話をポン投げ。ずっと夏を待っていた…。
後日小さなおまけをポンします。