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第五十三話「深部への固着した門」

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第五十三話「深部への固着した門」

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 日誌の記述は、後半に日を追うごとに短くなっていた。


 体が弱っていたのだろう、と渉は思った。


 それでも最後のページの手前、「第八層への門」という記述だけは、他より字が大きく書かれていた。


 「第七層の最奥部に、さらに奥がある。巨大な金属の門。ラスペネを三本使ったが、びくともしなかった。俺の力では無理だった。次の者に任せる」


 渉はその一文に、ボールペンで線を引いた。



 翌朝、勇馬を呼んだ。


「行くぞ」


「どこへですか」


「第八層への門」


 勇馬がメモ帳を持ち直した。


「……打音検査の応用ですか」


「今日は別の道具を使います」


 渉は工具箱から、普段より大型の機材を取り出した。


 大型スピンナハンドル。ロングエクステンション三本。そして、スクラップヤードで機兵の脚部から取り外した大型ジャッキ機構を、バラムに頼んで改造してもらったものだった。


「それは……」


「テコの原理を最大化したやつです。十トントラックの修理に使う規格に近い」


「でかい……」


「門もでかいんで」



 第七層の最奥部に向かった。


 第七層の封鎖シャッターを越えて、さらに奥に続く通路がある。ゴールドに案内させた。


 通路の突き当たりに、それがあった。


 高さ六メートル。幅は四メートル。厚みが相当ある。素材は他の壁と同じ黒い合金だが、表面の加工密度が違う。


 全面が、赤茶色の錆に覆われていた。


「……でかいですね」と勇馬が言った。


「でかいな」と渉が言った。



 渉はヘッドライトで門の全体を照らした。


 継ぎ目を確認する。蝶番の位置を確認する。閂の跡を確認する。


 点検ハンマーを取り出した。


 コン。コン。コン。


 音が詰まっている。全体が固体だ。


 次に、隅の方を叩いた。


 こん。


 少し違う。


「ここだな」


「何がですか」


「一番腐食が進んでいる箇所。つまり、一番脆いところ。ここから始めます」



 ラスペネを取り出した。


 門の継ぎ目全体に、丁寧に吹いた。


 シュッ、シュッ、シュッ。


 隙間という隙間に浸透させた。


「これ……先代が三本使ったやつですか」


「そうです。でも俺は今日、六本持ってきました」


「倍ですか」


「時間もかけます。浸透させてから、力をかける。焦ると失敗する」



 二十分待った。


 その間、勇馬は壁の打音検査をしていた。自主的に。メモ帳に記録しながら。


 渉はそれを横目で見て、何も言わなかった。


 よくなっていた。


 二十分後、渉はジャッキ機構をセットした。


 門の継ぎ目の一点に、ジャッキの先端を当てた。


 スピンナハンドルをジャッキのネジに差し込んだ。


 ロングエクステンションを三本継いだ。


 全長一・八メートルになったバーを、渉が両手で持った。


「勇馬、反対側を押さえてください。テコが滑ったら危ないんで」


「わかりました」



 渉は腰を落として、体重をバーの端にかけた。


 ゆっくりと、静かに。


 力で押すのではなく、重力を使う。


 ぎっ。


 金属が軋んだ。


 ぎっ……ぎっ。


「もう少し」


 渉がさらに体重をかけた。


 勇馬がジャッキ本体を押さえた。


 ぎぎぎぎ……ごっ。


 何かが、ずれた。



 継ぎ目が、一センチだけ開いた。


 渉はバーを引いた。


 ラスペネをもう一本、開いた隙間に吹き込んだ。


「浸透させます。もう一度待ちます」


「どのくらいですか」


「十五分」


「……了解です」


 勇馬が壁の打音検査を再開した。


 渉はジャッキ機構を点検した。


 ゆっくりと、確実に。焦らない。


 先代もここで止まった。でも先代は一人だった。



 二回目。


 渉と勇馬が並んだ。


「一緒に押してください。俺がタイミングを言います」


「はい」


「いいですか」


「いつでも」


「……いまだ」


 二人が同時に体重をかけた。


 ぎぎぎ……ぎぎぎぎぎ。


 金属が悲鳴を上げた。


 門全体が、微かに震えた。


 そして。


 ごおぉぉぉん、という重低音とともに。


 門が、開いた。



 一センチ、五センチ、十センチ。


 ゆっくりと、しかし確実に、内側に向かって動いた。


 重い金属の扉が、百年以上ぶりに動いた音が、通路に響いた。


 暗い空間が、その向こうに見えた。


 冷たい空気が流れ出してきた。


 渉は開いた門の縁に手を触れた。


 金属の温度が、少し低かった。


「……開いた」と勇馬が言った。


「先代が止まったところまで来ました」渉は言った。「続きをやります」



 ゴールドが後ろから言った。


「マスター。奥から、音声ログの反応がある」


「音声ログ?」


「設計者のものと思われる。再生可能な状態だ」


 渉はヘッドライトを向けた。


 暗い第八層の入り口が、そこにあった。


「……行くか」


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           〈第五十三話 了〉

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【次話予告】

 第八層の奥で、音声ログが再生された。

 山下義雄の声だった。

 「聞こえているか。渉か? お前が来ると思っていた」

 渉の手が、止まった。



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【あとがき】

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 第五十三話、お読みいただきありがとうございました。


 今回の核心は「二人で開ける」という場面です。


 先代・山下義雄は一人でここまで来て、この門で止まった。渉は先代が止まったところから先に進んだ。それが可能だったのは、勇馬という「隣にいた人間」がいたからです。


 「一緒に押してください。俺がタイミングを言います」という渉の言葉は、この作品の中で渉が他者に頼る数少ない瞬間の一つです。渉は一人でやれることは一人でやる。でも、一人でできないことは「頼む」と言える。それが本当の職人のプライドだと思っています。


 テコの原理で六メートルの門を開ける、という泥臭い突破法にこだわりました。魔法も爆発も使わない。ラスペネを浸透させて、待って、体重をかける。その地道さがこの作品の美学です。


 次話でついに、山下義雄の声が登場します。


                   (作者)

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