第五十三話「深部への固着した門」
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第五十三話「深部への固着した門」
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日誌の記述は、後半に日を追うごとに短くなっていた。
体が弱っていたのだろう、と渉は思った。
それでも最後のページの手前、「第八層への門」という記述だけは、他より字が大きく書かれていた。
「第七層の最奥部に、さらに奥がある。巨大な金属の門。ラスペネを三本使ったが、びくともしなかった。俺の力では無理だった。次の者に任せる」
渉はその一文に、ボールペンで線を引いた。
◆
翌朝、勇馬を呼んだ。
「行くぞ」
「どこへですか」
「第八層への門」
勇馬がメモ帳を持ち直した。
「……打音検査の応用ですか」
「今日は別の道具を使います」
渉は工具箱から、普段より大型の機材を取り出した。
大型スピンナハンドル。ロングエクステンション三本。そして、スクラップヤードで機兵の脚部から取り外した大型ジャッキ機構を、バラムに頼んで改造してもらったものだった。
「それは……」
「テコの原理を最大化したやつです。十トントラックの修理に使う規格に近い」
「でかい……」
「門もでかいんで」
◆
第七層の最奥部に向かった。
第七層の封鎖シャッターを越えて、さらに奥に続く通路がある。ゴールドに案内させた。
通路の突き当たりに、それがあった。
高さ六メートル。幅は四メートル。厚みが相当ある。素材は他の壁と同じ黒い合金だが、表面の加工密度が違う。
全面が、赤茶色の錆に覆われていた。
「……でかいですね」と勇馬が言った。
「でかいな」と渉が言った。
◆
渉はヘッドライトで門の全体を照らした。
継ぎ目を確認する。蝶番の位置を確認する。閂の跡を確認する。
点検ハンマーを取り出した。
コン。コン。コン。
音が詰まっている。全体が固体だ。
次に、隅の方を叩いた。
こん。
少し違う。
「ここだな」
「何がですか」
「一番腐食が進んでいる箇所。つまり、一番脆いところ。ここから始めます」
◆
ラスペネを取り出した。
門の継ぎ目全体に、丁寧に吹いた。
シュッ、シュッ、シュッ。
隙間という隙間に浸透させた。
「これ……先代が三本使ったやつですか」
「そうです。でも俺は今日、六本持ってきました」
「倍ですか」
「時間もかけます。浸透させてから、力をかける。焦ると失敗する」
◆
二十分待った。
その間、勇馬は壁の打音検査をしていた。自主的に。メモ帳に記録しながら。
渉はそれを横目で見て、何も言わなかった。
よくなっていた。
二十分後、渉はジャッキ機構をセットした。
門の継ぎ目の一点に、ジャッキの先端を当てた。
スピンナハンドルをジャッキのネジに差し込んだ。
ロングエクステンションを三本継いだ。
全長一・八メートルになったバーを、渉が両手で持った。
「勇馬、反対側を押さえてください。テコが滑ったら危ないんで」
「わかりました」
◆
渉は腰を落として、体重をバーの端にかけた。
ゆっくりと、静かに。
力で押すのではなく、重力を使う。
ぎっ。
金属が軋んだ。
ぎっ……ぎっ。
「もう少し」
渉がさらに体重をかけた。
勇馬がジャッキ本体を押さえた。
ぎぎぎぎ……ごっ。
何かが、ずれた。
◆
継ぎ目が、一センチだけ開いた。
渉はバーを引いた。
ラスペネをもう一本、開いた隙間に吹き込んだ。
「浸透させます。もう一度待ちます」
「どのくらいですか」
「十五分」
「……了解です」
勇馬が壁の打音検査を再開した。
渉はジャッキ機構を点検した。
ゆっくりと、確実に。焦らない。
先代もここで止まった。でも先代は一人だった。
◆
二回目。
渉と勇馬が並んだ。
「一緒に押してください。俺がタイミングを言います」
「はい」
「いいですか」
「いつでも」
「……いまだ」
二人が同時に体重をかけた。
ぎぎぎ……ぎぎぎぎぎ。
金属が悲鳴を上げた。
門全体が、微かに震えた。
そして。
ごおぉぉぉん、という重低音とともに。
門が、開いた。
◆
一センチ、五センチ、十センチ。
ゆっくりと、しかし確実に、内側に向かって動いた。
重い金属の扉が、百年以上ぶりに動いた音が、通路に響いた。
暗い空間が、その向こうに見えた。
冷たい空気が流れ出してきた。
渉は開いた門の縁に手を触れた。
金属の温度が、少し低かった。
「……開いた」と勇馬が言った。
「先代が止まったところまで来ました」渉は言った。「続きをやります」
◆
ゴールドが後ろから言った。
「マスター。奥から、音声ログの反応がある」
「音声ログ?」
「設計者のものと思われる。再生可能な状態だ」
渉はヘッドライトを向けた。
暗い第八層の入り口が、そこにあった。
「……行くか」
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〈第五十三話 了〉
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【次話予告】
第八層の奥で、音声ログが再生された。
山下義雄の声だった。
「聞こえているか。渉か? お前が来ると思っていた」
渉の手が、止まった。
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【あとがき】
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第五十三話、お読みいただきありがとうございました。
今回の核心は「二人で開ける」という場面です。
先代・山下義雄は一人でここまで来て、この門で止まった。渉は先代が止まったところから先に進んだ。それが可能だったのは、勇馬という「隣にいた人間」がいたからです。
「一緒に押してください。俺がタイミングを言います」という渉の言葉は、この作品の中で渉が他者に頼る数少ない瞬間の一つです。渉は一人でやれることは一人でやる。でも、一人でできないことは「頼む」と言える。それが本当の職人のプライドだと思っています。
テコの原理で六メートルの門を開ける、という泥臭い突破法にこだわりました。魔法も爆発も使わない。ラスペネを浸透させて、待って、体重をかける。その地道さがこの作品の美学です。
次話でついに、山下義雄の声が登場します。
(作者)




