第五十二話「二十五年前の交差点」
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第五十二話「二十五年前の交差点」
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翌日、メイが資料を持ってきた。
NDIのデータベースから引いた、東京第三ダンジョンの出現記録だ。
「十二年前の十月、品川区東品川四丁目の地下に、最初の亀裂が確認されています」
「品川区東品川四丁目」と渉が繰り返した。
「はい。その後、三ヶ月で現在の規模まで拡張されました。出現以前のその場所の記録を調べたんですが……」
メイがタブレットを渉に向けた。
地図が表示されていた。
赤い点が打ってある。現在のダンジョン入口の座標だ。
その隣に、古い航空写真が並んでいた。
写真の中の建物に、渉は見覚えがあった。
◆
「……山下自動車解体工業だ」
渉はタブレットを持ったまま、動かなかった。
「やはり、そうですか」
「俺が二十五年働いた工場の、真下です」
「ダンジョン出現の半年前に、工場は閉鎖されています。先代社長が体調を崩されたことが理由として……」
「体調を崩した、じゃなくて」
渉は少し間を置いた。
「ここに来てたんだな、もう」
◆
渉は日誌を取り出した。
もう一度、最初から読んだ。
三ページ目に「地下の振動を感じた。工場の床がおかしい」という記述があった。
十二ページ目に「床の一部が別の空間に繋がっていた。降りてみた。機械がある」。
二十ページ目に「この機械、うちの工場の廃車解体機に似てる。でかいが、原理が同じだ」。
渉は手を止めた。
「メイさん。第四層の回収残骸、今どこにありますか」
「スクラップヤードに。なぜですか」
「見たいです」
◆
スクラップヤードで、渉は残骸を一つずつ確認した。
胴体部分、腕部分、動力系のパーツ。
普段は「機兵の部品」として見ていたものを、今日は別の目で見た。
第四層から回収した、比較的大型の胴体残骸の前で、渉は止まった。
しゃがんで、内部構造を覗き込んだ。
ヘッドライトで照らした。
駆動軸の基部。コアの形状。冷却フィンの配置。
「……これ」
渉は動かなかった。
◆
「どうしましたか」とメイが聞いた。
「冷却フィンの配置。うちの工場にあった廃車プレス機と同じです」
「プレス機……廃車を圧縮する機械ですか」
「駆動軸の基部の形状も同じだ。素材は全然違う。でも、設計思想が同じ」
メイが記録端末を向けた。
「計測してもいいですか」
「どうぞ」
メイが各部の寸法を計測した。
数分後、タブレットに何かを入力した。
「……渉さん。廃車プレス機の設計図って、JIS規格で管理されていますよね」
「そうです。国内メーカーなら全部JIS準拠です」
「この残骸の各部寸法、JISの廃車プレス機の設計図と照合しました。誤差二パーセント以内で一致します」
◆
渉は立ち上がった。
「品川の工場の機械が、ここに来て……変わったということですか」
「そうとしか思えないです」メイが言った。「ダンジョン出現時の時空の歪みで、工場の機械が取り込まれた。この世界のエネルギーと融合して、機兵として再構成された」
渉は残骸を見た。
廃車プレス機の成れの果て。
山下義雄の工場にあった機械。
「……おい」
渉は小声で、残骸に言った。
誰かに言うのではなく、機械に言った。
「お前、あの工場にいたのか」
◆
メイが渉の横顔を見ていた。
何も言わなかった。
渉の手が、残骸の表面に触れた。
さびた金属の感触。
でも渉には、その金属の下に、かつての機械の記憶が残っている気がした。
「俺の技術が通用したのは」渉は静かに言った。「俺が元の構造を知ってたからか」
「……そう思います」とメイが言った。「機兵の解体手順が本来の設計と一致していた。だから急所が見えた」
「先代が作った現場の機械を、俺が解体してたということか」
◆
帰り道、渉は工房に寄らずに、管理センターの屋上に上がった。
品川の空が見えた。
ダンジョンの入り口の上、地上の街が広がっている。
十二年前、この地下に亀裂が走った。
その半年前、山下義雄がここに降りてきた。
その工場で二十五年後、渉はクビになった。
そして渉はここに来た。
全部、繋がっていた。
「……先代、何も言ってくれなかったな」
渉は空を見ながら呟いた。
怒ってはいなかった。
ただ、少しだけ、笑った。
先代らしかった。
全部やって、記録だけ残して、何も言わない。
そういう人だった。
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〈第五十二話 了〉
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【次話予告】
日誌の後半に、こんな記述があった。
「第八層への門がある。開けようとしたが、全面錆び固着。俺の力では無理だった。次の者に任せる」
渉はその一文に線を引いた。
「……行くか」
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【あとがき】
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第五十二話、お読みいただきありがとうございました。
「廃車プレス機の成れの果て」というアイデアは、書いていて一番好きな部分かもしれません。渉がずっと解体してきた機兵が、かつて自分が働いた工場の機械だった。だから急所がわかった。だから技術が通用した。全部の伏線が、一点に収束する瞬間です。
「おい、お前、あの工場にいたのか」というセリフは、渉が機械に向かって話しかける珍しい場面です。渉は普段、感情を外に出しません。でもここでだけ、機械に語りかけた。それだけの場面だったということです。
山下義雄が「何も言わなかった」ことに、渉が怒らないのが彼らしい。先代もそういう人だった、と理解している。職人同士の、言葉のない了解があります。
品川の空を見上げるラストシーンで、渉が少し笑う。この作品で渉が笑う場面は多くありません。でもここでは笑う。先代らしいな、と思えたから。
(作者)




