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第五十二話「二十五年前の交差点」

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第五十二話「二十五年前の交差点」

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 翌日、メイが資料を持ってきた。


 NDIのデータベースから引いた、東京第三ダンジョンの出現記録だ。


「十二年前の十月、品川区東品川四丁目の地下に、最初の亀裂が確認されています」


「品川区東品川四丁目」と渉が繰り返した。


「はい。その後、三ヶ月で現在の規模まで拡張されました。出現以前のその場所の記録を調べたんですが……」


 メイがタブレットを渉に向けた。


 地図が表示されていた。


 赤い点が打ってある。現在のダンジョン入口の座標だ。


 その隣に、古い航空写真が並んでいた。


 写真の中の建物に、渉は見覚えがあった。



「……山下自動車解体工業だ」


 渉はタブレットを持ったまま、動かなかった。


「やはり、そうですか」


「俺が二十五年働いた工場の、真下です」


「ダンジョン出現の半年前に、工場は閉鎖されています。先代社長が体調を崩されたことが理由として……」


「体調を崩した、じゃなくて」


 渉は少し間を置いた。


「ここに来てたんだな、もう」



 渉は日誌を取り出した。


 もう一度、最初から読んだ。


 三ページ目に「地下の振動を感じた。工場の床がおかしい」という記述があった。


 十二ページ目に「床の一部が別の空間に繋がっていた。降りてみた。機械がある」。


 二十ページ目に「この機械、うちの工場の廃車解体機に似てる。でかいが、原理が同じだ」。


 渉は手を止めた。


「メイさん。第四層の回収残骸、今どこにありますか」


「スクラップヤードに。なぜですか」


「見たいです」



 スクラップヤードで、渉は残骸を一つずつ確認した。


 胴体部分、腕部分、動力系のパーツ。


 普段は「機兵の部品」として見ていたものを、今日は別の目で見た。


 第四層から回収した、比較的大型の胴体残骸の前で、渉は止まった。


 しゃがんで、内部構造を覗き込んだ。


 ヘッドライトで照らした。


 駆動軸の基部。コアの形状。冷却フィンの配置。


「……これ」


 渉は動かなかった。



「どうしましたか」とメイが聞いた。


「冷却フィンの配置。うちの工場にあった廃車プレス機と同じです」


「プレス機……廃車を圧縮する機械ですか」


「駆動軸の基部の形状も同じだ。素材は全然違う。でも、設計思想が同じ」


 メイが記録端末を向けた。


「計測してもいいですか」


「どうぞ」


 メイが各部の寸法を計測した。


 数分後、タブレットに何かを入力した。


「……渉さん。廃車プレス機の設計図って、JIS規格で管理されていますよね」


「そうです。国内メーカーなら全部JIS準拠です」


「この残骸の各部寸法、JISの廃車プレス機の設計図と照合しました。誤差二パーセント以内で一致します」



 渉は立ち上がった。


「品川の工場の機械が、ここに来て……変わったということですか」


「そうとしか思えないです」メイが言った。「ダンジョン出現時の時空の歪みで、工場の機械が取り込まれた。この世界のエネルギーと融合して、機兵として再構成された」


 渉は残骸を見た。


 廃車プレス機の成れの果て。


 山下義雄の工場にあった機械。


「……おい」


 渉は小声で、残骸に言った。


 誰かに言うのではなく、機械に言った。


「お前、あの工場にいたのか」



 メイが渉の横顔を見ていた。


 何も言わなかった。


 渉の手が、残骸の表面に触れた。


 さびた金属の感触。


 でも渉には、その金属の下に、かつての機械の記憶が残っている気がした。


「俺の技術が通用したのは」渉は静かに言った。「俺が元の構造を知ってたからか」


「……そう思います」とメイが言った。「機兵の解体手順が本来の設計と一致していた。だから急所が見えた」


「先代が作った現場の機械を、俺が解体してたということか」



 帰り道、渉は工房に寄らずに、管理センターの屋上に上がった。


 品川の空が見えた。


 ダンジョンの入り口の上、地上の街が広がっている。


 十二年前、この地下に亀裂が走った。


 その半年前、山下義雄がここに降りてきた。


 その工場で二十五年後、渉はクビになった。


 そして渉はここに来た。


 全部、繋がっていた。


「……先代、何も言ってくれなかったな」


 渉は空を見ながら呟いた。


 怒ってはいなかった。


 ただ、少しだけ、笑った。


 先代らしかった。


 全部やって、記録だけ残して、何も言わない。


 そういう人だった。


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           〈第五十二話 了〉

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【次話予告】

 日誌の後半に、こんな記述があった。

 「第八層への門がある。開けようとしたが、全面錆び固着。俺の力では無理だった。次の者に任せる」

 渉はその一文に線を引いた。

 「……行くか」



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【あとがき】

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 第五十二話、お読みいただきありがとうございました。


 「廃車プレス機の成れの果て」というアイデアは、書いていて一番好きな部分かもしれません。渉がずっと解体してきた機兵が、かつて自分が働いた工場の機械だった。だから急所がわかった。だから技術が通用した。全部の伏線が、一点に収束する瞬間です。


 「おい、お前、あの工場にいたのか」というセリフは、渉が機械に向かって話しかける珍しい場面です。渉は普段、感情を外に出しません。でもここでだけ、機械に語りかけた。それだけの場面だったということです。


 山下義雄が「何も言わなかった」ことに、渉が怒らないのが彼らしい。先代もそういう人だった、と理解している。職人同士の、言葉のない了解があります。


 品川の空を見上げるラストシーンで、渉が少し笑う。この作品で渉が笑う場面は多くありません。でもここでは笑う。先代らしいな、と思えたから。


                   (作者)

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