第五十一話「バックアップ室の古書」
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第五十一話「バックアップ室の古書」
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ゴールドが「もう一冊、冊子がある」と言ったのは、夜だった。
渉が工房で道具の手入れをしていた時だ。庭に立っていたゴールドが、珍しく自分から話しかけてきた。
「バックアップ室の、奥の棚に。我が確認できていなかった区画があった。今日、点検中に発見した」
「マニュアルの続きですか」
「違う。形が異なる。薄い冊子ではなく、分厚い綴りだ」
◆
翌朝、第七層のバックアップ室に降りた。
メイを連れた。
バックアップ室の壁面棚を、ゴールドが指した。
棚の最奥、他のマニュアル類より奥に押し込まれるように、それはあった。
渉が手を伸ばして、引き出した。
ずしりとした重さがあった。
表紙を見た。
固まった。
◆
コクヨのキャンパスノートだった。
B5サイズ。ドット方眼。
表紙は黄ばんで、角が擦り切れていた。
表紙の右上に、ボールペンで文字が書いてあった。
「第三次整備記録 山下解体工業 品川区」
渉は棚に手をついた。
「メイさん」
「……はい」
「これ、読めますか」
「日本語です。読めます」
「タイトルだけじゃなくて……中身も」
メイが渉の顔を見た。
「……佐藤さん、顔色が」
「大丈夫です。続きを確認します」
◆
慎重に表紙を開いた。
黄ばんだ紙の匂いがした。
古い紙の匂いと、かすかに機械油の匂いが混じっている。
一ページ目。
ボールペンの筆跡。細かく、几帳面な字だ。
「昭和六十二年四月一日。第三次整備、開始。担当:山下義雄」
渉は動かなかった。
◆
「……山下さん」
小声だった。
メイには聞こえた。
「知っている方ですか」
「先代の社長です」渉は答えた。「俺が最初に雇ってもらった人。亡くなって、息子が継いで、それで俺はクビになった」
メイが黙った。
渉は次のページを開いた。
整備記録が並んでいた。日付、作業箇所、使用工具、所感。
几帳面な山下義雄の字で、びっしりと。
◆
五ページ目。
「解析不能な駆動系を確認。工場で見てきたダイナモに似た構造だが、素材が全く異なる。しかし、基本原理は同じと判断。順を追って分解を試みる」
渉はその一文を、何度も読んだ。
「……工場のダイナモ」
ダイナモ。発電機のことだ。渉が若い頃、山下義雄に「エンジンの仕組みはダイナモから覚えろ」と教わった。最初に触らせてもらった機械がダイナモだった。
渉はページをめくった。
十ページ目。
「ボルトの規格が現代のJIS規格と完全に一致している。これは偶然ではないと思う」
渉の手が、止まった。
◆
「JIS規格と一致している」。
以前、コアの基板に刻まれたJIS規格のマークを見つけた時、渉はそれを山下義雄が刻んだと考えなかった。
しかし。
渉は表紙を見た。
「山下解体工業 品川区」。
渉の頭の中で、何かが繋がり始めた。
「……メイさん」
「はい」
「この日誌、最後のページを見てください」
◆
メイが最後のページを開いた。
日付は五年前だった。
「帰れないかもしれない。でも、ここをちゃんとした現場にしたかった。俺がいなくなっても、誰かが続けてくれると思って、全部書き残した。道具の使い方は、使う人間が理解すれば、どこでも通じる。そういうもんだ。 山下義雄」
渉は日誌を閉じた。
胸の中に、何かが静かに詰まった。
◆
メイが渉を見た。
何も言わなかった。
渉も何も言わなかった。
バックアップ室に、二人の呼吸だけが聞こえた。
しばらくして、渉は日誌を開き直した。
最初のページから、もう一度読み始めた。
「……メモしてもらえますか。俺が読みながら口で言います」
「はい」とメイは手帳を開いた。「全部書きます」
◆
二時間かけて、渉は日誌を全部読んだ。
メイがそれを全部書き取った。
地上に上がると、夕方になっていた。
工房に戻って、渉はナンバープレートを手に取った。
品川 530 あ 12-34。
山下義雄の工場のプレートだ、と今なら確信できた。
先代は、ここにいた。
先代が作った現場に、渉は今いる。
「……そういうことだったか」
渉は小声で言った。
品川ナンバーを、そっと棚に戻した。
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〈第五十一話 了〉
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【次話予告】
日誌に書かれていた記録を、メイが解析した。
「品川の地下……ダンジョンが出現した場所に、解体工場があった記録があります」
渉は少し目を細めた。
「機兵の部品が、見覚えのある形をしてたのは……そういうことか」
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【あとがき】
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第五十一話、お読みいただきありがとうございました。
コクヨのキャンパスノートを、最高機密のバックアップ室に置く。これが今回書きたかった画の核心です。神秘的な場所に、徹底的に「日常的なもの」があることの奇妙な感触。魔導書でも羊皮紙でもなく、文房具屋で買えるノート。
山下義雄という人物については、第一話から「先代社長」として名前だけ出てきていました。渉をクビにした颯太の父親。渉に「本物の職人だ」と言ってくれた人。その人がここにいた、という事実が、物語の伏線として静かに回収されます。
「道具の使い方は、使う人間が理解すれば、どこでも通じる」という山下義雄の最後の言葉は、この作品全体のテーマでもあります。渉がここで通用した理由は、彼が「道具の原理」を理解していたからです。師匠が、弟子の知らない場所で、同じことをやっていた。
品川ナンバーの意味が、ここで確定しました。
(作者)




