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第五十一話「バックアップ室の古書」

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第五十一話「バックアップ室の古書」

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 ゴールドが「もう一冊、冊子がある」と言ったのは、夜だった。


 渉が工房で道具の手入れをしていた時だ。庭に立っていたゴールドが、珍しく自分から話しかけてきた。


「バックアップ室の、奥の棚に。我が確認できていなかった区画があった。今日、点検中に発見した」


「マニュアルの続きですか」


「違う。形が異なる。薄い冊子ではなく、分厚い綴りだ」



 翌朝、第七層のバックアップ室に降りた。


 メイを連れた。


 バックアップ室の壁面棚を、ゴールドが指した。


 棚の最奥、他のマニュアル類より奥に押し込まれるように、それはあった。


 渉が手を伸ばして、引き出した。


 ずしりとした重さがあった。


 表紙を見た。


 固まった。



 コクヨのキャンパスノートだった。


 B5サイズ。ドット方眼。


 表紙は黄ばんで、角が擦り切れていた。


 表紙の右上に、ボールペンで文字が書いてあった。


 「第三次整備記録 山下解体工業 品川区」


 渉は棚に手をついた。


「メイさん」


「……はい」


「これ、読めますか」


「日本語です。読めます」


「タイトルだけじゃなくて……中身も」


 メイが渉の顔を見た。


「……佐藤さん、顔色が」


「大丈夫です。続きを確認します」



 慎重に表紙を開いた。


 黄ばんだ紙の匂いがした。


 古い紙の匂いと、かすかに機械油の匂いが混じっている。


 一ページ目。


 ボールペンの筆跡。細かく、几帳面な字だ。


 「昭和六十二年四月一日。第三次整備、開始。担当:山下義雄」


 渉は動かなかった。



「……山下さん」


 小声だった。


 メイには聞こえた。


「知っている方ですか」


「先代の社長です」渉は答えた。「俺が最初に雇ってもらった人。亡くなって、息子が継いで、それで俺はクビになった」


 メイが黙った。


 渉は次のページを開いた。


 整備記録が並んでいた。日付、作業箇所、使用工具、所感。


 几帳面な山下義雄の字で、びっしりと。



 五ページ目。


 「解析不能な駆動系を確認。工場で見てきたダイナモに似た構造だが、素材が全く異なる。しかし、基本原理は同じと判断。順を追って分解を試みる」


 渉はその一文を、何度も読んだ。


「……工場のダイナモ」


 ダイナモ。発電機のことだ。渉が若い頃、山下義雄に「エンジンの仕組みはダイナモから覚えろ」と教わった。最初に触らせてもらった機械がダイナモだった。


 渉はページをめくった。


 十ページ目。


 「ボルトの規格が現代のJIS規格と完全に一致している。これは偶然ではないと思う」


 渉の手が、止まった。



 「JIS規格と一致している」。


 以前、コアの基板に刻まれたJIS規格のマークを見つけた時、渉はそれを山下義雄が刻んだと考えなかった。


 しかし。


 渉は表紙を見た。


 「山下解体工業 品川区」。


 渉の頭の中で、何かが繋がり始めた。


「……メイさん」


「はい」


「この日誌、最後のページを見てください」



 メイが最後のページを開いた。


 日付は五年前だった。


 「帰れないかもしれない。でも、ここをちゃんとした現場にしたかった。俺がいなくなっても、誰かが続けてくれると思って、全部書き残した。道具の使い方は、使う人間が理解すれば、どこでも通じる。そういうもんだ。 山下義雄」


 渉は日誌を閉じた。


 胸の中に、何かが静かに詰まった。



 メイが渉を見た。


 何も言わなかった。


 渉も何も言わなかった。


 バックアップ室に、二人の呼吸だけが聞こえた。


 しばらくして、渉は日誌を開き直した。


 最初のページから、もう一度読み始めた。


「……メモしてもらえますか。俺が読みながら口で言います」


「はい」とメイは手帳を開いた。「全部書きます」



 二時間かけて、渉は日誌を全部読んだ。


 メイがそれを全部書き取った。


 地上に上がると、夕方になっていた。


 工房に戻って、渉はナンバープレートを手に取った。


 品川 530 あ 12-34。


 山下義雄の工場のプレートだ、と今なら確信できた。


 先代は、ここにいた。


 先代が作った現場に、渉は今いる。


「……そういうことだったか」


 渉は小声で言った。


 品川ナンバーを、そっと棚に戻した。


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           〈第五十一話 了〉

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【次話予告】

 日誌に書かれていた記録を、メイが解析した。

 「品川の地下……ダンジョンが出現した場所に、解体工場があった記録があります」

 渉は少し目を細めた。

 「機兵の部品が、見覚えのある形をしてたのは……そういうことか」



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【あとがき】

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 第五十一話、お読みいただきありがとうございました。


 コクヨのキャンパスノートを、最高機密のバックアップ室に置く。これが今回書きたかった画の核心です。神秘的な場所に、徹底的に「日常的なもの」があることの奇妙な感触。魔導書でも羊皮紙でもなく、文房具屋で買えるノート。


 山下義雄という人物については、第一話から「先代社長」として名前だけ出てきていました。渉をクビにした颯太の父親。渉に「本物の職人だ」と言ってくれた人。その人がここにいた、という事実が、物語の伏線として静かに回収されます。


 「道具の使い方は、使う人間が理解すれば、どこでも通じる」という山下義雄の最後の言葉は、この作品全体のテーマでもあります。渉がここで通用した理由は、彼が「道具の原理」を理解していたからです。師匠が、弟子の知らない場所で、同じことをやっていた。


 品川ナンバーの意味が、ここで確定しました。


                   (作者)

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