聖へと至る道
「くぅ……くぅ……」
眠りから覚め瞼を開くと、未だ人間の姿のアキが|穏«おだ»やかな寝息を立てていた。
背中に回された手を取り、起こさないように|外«はず»させる。
(この姿ならば起きているかの判断はつきやすい)
上体を起こしなるべく音を殺しながら、刀の二振りを掴んで荷台の外に出る。
|外套«がいとう»を|羽織«はお»り刀を腰に差し、|轅«ながえ»を掴みゆっくりと歩き出し、足元に石が転がっていないか注意しながら段々と速度を上げていく。
(この調子ならば日が暮れる前には国境を越えられそうだ)
|暫«しばら»く走り続け日が|昇«のぼ»り始めた頃、荷台の方から起き上がる音が聞こえた。
振り返ると|垂«た»れ布の|隙間«すきま»からアキがこちらを|のぞき«»覗き込んでいた。
「人間……」
まだ眠いのか|瞼«まぶた»は開ききっておらず、いつもの様な|鋭«するど»さを感じさせる表情は隠れている。
「起きたか、腹は空いているか?」
「……寝る」
そう言ってアキは再び布の向こうへ消えた。
(朝が弱いのは|妖故«あやかしゆえ»か、それとも|元来«がんらい»元来の性質か)
アキが起きたならばさらに速度を上げようと考えていたが、|暫«しばら»くはこのままにしておいた方が良さそうだ。
――
――
「あれがこの国と聖国の|境«さかい»」
日が沈み世界が|橙«だいだい»に|染«そ»まり始めた頃、高く積み上げられた石の城門と、その横へ永遠と続く長い壁が現れた。
「そこ、止まりなさい」
「人が馬車を引いている……」
毎度このような反応をされているが、それ程までにおかしいのだろうか。
「この門より先は聖国フィアールだ、|国家間通行証«こっかかんつうこうしょう»は持っているのか」
「いや、持っていない」
「ならば通せない、出直して来る事だ」
ここを通るにはそういった物が必要になるのか、街を出る際に聞いておくべきだった。
「その通行証というものを入手するにはどうしたらいい」
「そこの分かれ道を左に向かえば街がある、その|街役場«まちやくざ»に向かい国家間通行の|申請«しんせい»を行えば発行出来るだろう」
思わぬ事で時間が取られてしまいそうだ、次からは戦闘同様に事前準備と調査を徹底しなければ。
「分かった、ありがとう」
荷馬車の向きを変え、教えられた方向に歩き出す。
「通行証の発行料と通行費も用意しておく事だ、また出直しになりたくなければな」
「気をつけておこう」
道を進みながら地図を広げると、確かに国境に一番近い街と|記載«きさい»されている。
その後、どうにか閉門前に街の中へ入ることができた。
馬車置きに荷台を停めておき、弓と矢筒を背負い街を歩く
「街役場は既に閉まっているようだ、今日の所は食事を済ませ休もう」
「肉だ、肉を食わせろ」
アキは今朝から現在に至るまでずっと人の姿のままでいるが、この方が過ごしやすいのだろうか。
「肉は大抵の店で置いているだろうが、まずは聞いてみるのが一番いいか」
この街にも連盟はあるだろう、そこでいい|食事処«しょくじどころ»を聞いてみるのが早そうだ。
と思っていたが。
「お二人さん、何かお探し?」
「なんだ貴様は」
青い髪を雑に伸ばした|軽薄«けいはく»そうな男が話掛けてきた。
「まあまあそんな怖い顔しないでって……」
男の手が肩に触れる前に、アキの手を掴んで|傍«そば»に寄せる。
「ハハハそんなそんな、取ったりしませんて」
「……街中での殺しは|控«ひか»えてくれ」
「ちっ」
アキは鋭く伸ばしていた爪を仕舞うと、殺気を|鎮«しず»め後ろに下がる。
「私達は食事が出来る場所を探しているんだが、どこか知らないか」
「でしたらウチの店来てくださいよ、いい酒も食事も揃ってますよ!」
声を掛けてきたのは最初からこれが目的だったのだろう。
「上等な肉は置いているのか?」
「それはもちろん!ささ、こっちへどうぞ」
付いて行こうと考えていたのだが、アキが動こうとしない。
「どうせ|碌«ろく»なものではないぞ」
「その時は|相応«そうおう»の|処置«しょち»処置を取る、行くぞ」
|渋々«しぶしぶ»歩き出すアキを引き連れ男の後に続くと、やや歴史を感じる建物の前で立ち止まった。
「さあ、中へどうぞ」
男は扉を開き、その先へ続く階段へと降りていく。
「この店はさぞ燃える事だろうな……」
「判断するにはまだ早い」
建物は木材を主要に使われており確かに燃えやすいだろう、だが肝心なのは内装と料理の味だ。
やや幅の狭い階段を降りていくと、|薄汚«うすよご»れた服装の男達に出迎えられた。
「……おい」
「……まだだ」
|僅«わず»かに爪が伸び始めた猫又の指先に触れ、止めさせる。
「……いらっしゃませ、お二人ですか?」
従業員の男は|値踏«ねぶ»みをするように視線を下から上へと動かす。
「ああ」
「ではそちらにどうぞ」
案内された席に座る。
思ったよりも綺麗にされているというのが第一の感想だ、埃などは積もっておらず、椅子や机にべたつきなどもない。
「注文が決まったら呼んでください」
「あっ、ちょっと……!」
従業員は店まで案内してくれた男を掴むと、裏側へと引っ張っていった。
「がっはははは!」
「そりゃいいや!」
外観の質素さに反して、店内はそれなりの客数で賑わっている。
商品名が並ぶ|冊子«さっし»に目を通す。
金額は連盟の酒場より少し高い程度で、特別おかしなところはない。
「へっへ、良い女だな」
「脱がしやすそうで最高だ」
「ああ酒が進んじまうぜ」
声の大きさも変えず他人を評価し|下劣«げれつ»な視線を向けてくるなどと、客の質は最低だと言っていいだろう。
「……ちっ」
アキが暴れ出す前に、早々に食事を済ませここを出るべきか。
従業員を呼び止め、肉と適当な料理を幾つか注文する。
「ご一緒にお酒はどうですか?」
「いいや」
「飲む、持ってこい」
「か、かしこまりました」
アキの顔を見ると、この上なく不快そうな表情をしている。
酒に逃げる程ここが気に食わないのだろうか。
「なんだ」
「明日もある、動けなくなるほどは飲まないでくれ」
「私に指図するな、人間め」
同行者の私でさえも|睨«にら»みつけてくる、そこは何時もと変わらなくはあるが。
好意的に考えるとすれば暴れない為の酒だ、今は好きに飲ませておこう。
「お待たせしました」
従業員が酒の入った器と、料理の乗った皿を次々並べていく。
「随分と早いのだな」
「はい、当店には自慢の|火台«ひだい»があるんです、提供の早さには自信がありますよ」
と、誇らしげに語る従業員。
「肉はまだか」
「えっと、中まで火を通す性質上、他よりも少し時間が掛かるのです」
「そう急かすな、来るまでに他の料理を楽しめば良いだろう」
「ふん」
アキは酒を一息で飲み干してしまった。
妖は酒好きだと知識にはあるが、アキも同じらしい。
「おい、もう一杯ついでこい」
「すぐに持ってきます!」
アキが手を付けようとしない料理を消費すべく手近な物から食していく。
ずいぶんと濃く味付けをされている様だが、ここの客層にはこれが好まれているという事なのだろうか。
私は今後|通«かよ»いたいとは思わないが
「お待たせしました、こちらお酒と魔獣焼きです」
鉄板に載せられた分厚い肉と酒が置かれる、鉄板は熱を保っているのか肉の焼ける音が心地よく響いている。
「|是非«ぜひ»、ごゆっくりどうぞ……」
従業員が消え、アキが肉へ伸ばした手を掴んで止める。
「おい、何をする貴様」
「手が汚れるだろう、食器を使え」
「いちいちうるさい奴だ」
実際に使えないという訳では無いのか、アキは食器を手に取ると肉を綺麗に切り分ける口に運び始めた。
|念願«ねんがん»念願の肉だというのに表情の一つも変わらず、淡々と分厚い肉を減らし続けていく。
この分ではすぐにでも食べ尽くしてしまいそうだ。
アキに合わせ食べる速度を上げ、皿を空にしていく。
全体の八割ほど食べ終えた所で、アキの動かす食器音が止まった。
「どうした……」
アキは食器を持ったまま|瞼«まぶた»を閉じ寝息を立てていた、もしや酒一杯で酔ってしまったのだろうか。
違和感を覚えながらもさらに加速して食べ進めていくと、毛布を持った従業員が|傍«そば»にやってきた。
「眠ってしまいましたか、奥に部屋がありますから是非寝かせて上げてください」
「結構だ、時期に食べ終わる」
空になった皿を端に置き、鉄板を引き寄せ残った肉を切り分け口に運ぶと、かなり濃い味付けがされている事が分かった。
「いやしかし、ほかのお客さんの目もありますから……」
「私は必要ないと言った、終わるまで下がっていろ」
「うっ……」
軽く|睨«にら»みを効かせると従業員はたじろぎ、毛布を抱えたまま店の裏側へと下がっていった。
「おいおい兄ちゃんそらねえって、あいつも気を利かしてくれたんだからよ」
「せっかくの新切を無駄にしちゃいけねえよ」
話を聞いていたのか客の男達が席から立ち、取り囲う用に近づいてきた。
「そうだな、だが既に食事は終えた」
食器を置いて席から立ち上がると、男の一人が私の肩に手を置いた。
「まだ酒が残ってるぜ」
アキが注文した酒の匂いを|嗅«か»いでから一息で飲み干すと、酒の苦みの中に別種の|渋味«しぶみ»を|僅«わず»かに感じとれた。
「これで文句無いな?」
「……嘘だろ」
男達を押しのけ、アキの|傍«そば»に行き横向きに抱える。
「……っ!」
「なんだ今の力……」
不自然な|迄«まで»に眠ったままのアキを入り口の階段に座らせ、呼び出しの|鐘«かね»を鳴らす。
すると先程の従業員では無く、店まで案内をした男が汗をかきながら走ってきた。
「会計ですか?少し待っててくださいね」
「この店の味付けはいつもあれだけ濃いのか」
「……は、はいそれは勿論」
出会った時とはまるで違う、どこか緊張をしているように見える。
「先程注文した酒、未開封の物を持ってきてくれ」
「えっと、どうしてでしょうか……?」
「私はあの味を気に入った、金なら払おう」
「あ、あれは|秘伝«ひでん»の酒でして、結構な値段が……」
どうしてか酒を持ってこようとしない。
「持ってこないのなら、お前も関わっていると判断するが」
「|直«ただ»ちに!」
|脅«おど»しを|掛«か»けると、男は店の裏へと急いで戻っていった。
つまりは酒や食事に何かを|施«ほどこ»した事を知っている、確証があるわけではないが男の反応を見るに確実だろう。
「……ちっ」
そして他の客達も店と|共謀«きょうぼう»していると見て間違いない、私が薬に対して耐性が無ければどうなっていたか想像をするだけで怒りが|湧«わ»いてくる。
「持ってきました!これです!」
先程よりも多く汗を流した男から|酒瓶«さかびん»を受け取り、|封紐«ふうひも»が切れてないことを確認し、|蓋«ふた»を開け中の匂いを|嗅«か»ぐ。
香りは特に変わらないがその中に独特な刺激を感じない、瓶を傾け中の酒を口に含むと苦味と甘みだけが来て、渋味を全く感じ取れなかった。
蓋を閉じて瓶を軽く振り再度味を確かめてみるが、やはり味が見つからない、純粋な旨さしか感じ取れない。
「何を入れた」
「……えっと、自分はよく分かんないんですけど、|配膳«はいぜん»がこれを入れてました」
男は言い訳を並べながら小瓶を取り出す。
受け取り中を確認すると、小さな白い|粒«つぶ»が|幾«いく»つか入っていた。
「手を出せ」
「へ?」
男の腕を掴み引き寄せ、手の平に薬を一粒落とす。
「い、痛いです……!」
手を離し瓶の蓋を閉める。
「飲め」
「いや、それは」
「さもなくば斬り捨てる」
「飲みます!」
刀に手を掛けると男は薬を口に入れ、飲み込んだ。
「ぐうう……」
すると、男は受け身も取れず顔から床に倒れ、深い寝息を立て始めた。
「新規二名様ご案内でーす、あれ……?」
階段の上から別の客引きらしき男が、二人組の男女を連れて降りてきた。
「な、何この状況……!」
こうして客引きを使い連れてこさせ、睡眠薬を飲ませているという事なのだろう。
「あの、お客さん……?これは一体どういう」
「説明が必要か?」
男に薬入りの小瓶を見せつけると、表情が|緊張«きんちょう»したものになる。
「なにここ、ちょっと怖い……」
「うん、別の店にしよっか……」
男女が店を後にしようとするのを呼び止める。
「えっと、僕たちに何か……?」
|警戒«けいかい»した表情で男が前に立つ。
「ここに騎士を呼んでもらえないか」
「騎士?」
「私の連れが、この店の者達に薬を盛られたのだ」
アキは深い眠りについたまま、目覚める気配は一向に無い。
「そんな、酷い……」
「分かりました!僕達騎士を連れてきます!」
「頼む」
怒りを|顕«あらわ»にした二人は店の階段を登り、そして店内に扉の開閉音が響いた。
「クソっ!」
階段へ走る男達の服を掴み、床へ投げつける。
「ぐわ!」
「ぐは!」
「な、なんて馬鹿力だよ、魔力は封じた|筈«はず»だぞ……!」
「それよりあの酒飲んでなんで眠らねえんだ……!」
睡眠状態で行動|不能«ふのう»にし、魔力を封じる事で抵抗させないというわけか。
「お前達の悪行もここまでだ、騎士が来るまで大人しくしていろ」
「くっ、お前をここで殺せばバレねえ!」
腰の剣を掴んだ男の|懐«ふところ»に飛び込み、重傷にならない程度に加減をした拳を腹に打ち付ける。
男は机や椅子を巻き込みながら吹き飛び、壁に|衝突«しょうとつ»し落下した。
「ひ、|怯«ひる»むな!魔術で攻めるぞ!」
周囲から放たれる炎や雷の弾丸を刀で切り裂き、飛来する鋭い岩の大槍に裏拳を当て打ち砕き、魔術を唱える男達の腹や胸に打撃を当て戦闘不能にしていく。
「ば、バケモンが……」
「お前達の様な者よりはマシだ」
刀を収めていると扉の閉会音と共に、多くの階段を下る足音が聞こえてきた。
「全員武器を捨て手を上げろ!」
「こ、これは……」
騎士の方へ歩いて行くと、剣を突き付けられた。
「止まりなさい!」
一応足を止め手を挙げ、敵意が無いことを示しておく。
「騎士を呼ぶように頼んだのは私だ」
「……おい」
先頭の騎士は小声で近くにいる女騎士に話を|促«うなが»した
「……腰の二本差し、背中の大弓、情報は|一致«いっち»一致しています」
「……そうか、話を聞かせてもらえるかな」
私を気遣っているのだろう、騎士の口調が柔らかくなった。
「ああ」
騎士達に店で起きた事、そして薬の事を話す。
「そうですか……、それでその薬というのは」
薬入りの小瓶を手渡すと、騎士は蓋を開け手で仰いで匂いを嗅ぐ。
「これは……、これより店内の調査を行う、二人はこの者達の拘束を」
「はっ!」
「行くぞ!」
店の事は騎士達に任せ、アキを抱え頭をぶつけないように階段を登り外へ出る。
かなりの騒音が鳴っていたというのにアキは未だ目覚めず、深い寝息を立てたままだ。
「だ、大丈夫ですか?」
先程の二人組が駆け寄ってきた。
「私は大丈夫だ、この者も今は深い眠りに落ちているが、怪我などはしていない」
「良かった……、こんな店があるなんて私達初めて知りました」
「我々も今日ここに来たばかりでな、もう少し警戒をするべきだった」
長椅子にアキを寝かせようと考えたが、硬い材質のため私がまず座り、腿の上に頭を乗せることで一先ずの解決としておく。
店の騎士を待ちながら二人組と話していると、アキの瞼がゆっくりと開かれた。
「ここは……」
「目が覚めたか、身体に違和感はあるか?」
「頭が、痛い……」
「頭か」
頭に手を乗せてやると、アキは両手で掴むと再び目を閉じる。
普段であればこの場から跳ね起き暴言の一つでも吐いてくるのだろうが、それがないアキの精神は|謂«い»わば|半覚醒状態«はんかくせいじょうたい»と言ったところか。
騎士の一団が縄で繋がれた男達と、沢山の小瓶が入った木箱を持ち外へ出てきた。
「|摘発«てきはつ»の協力ありがとうございました、もしまた怪しい店や人物を見つけたらすぐに通報してください」
「はい」
「ありがとうございました」
長椅子から立ち上がり、アキを再び抱え上げる。
「騎士を呼んでくれて助かった」
「いえ、当然の事をしたまでですよ」
「彼女さんをゆっくり休ませて上げてくださいね」
「ああ、二人も今日は出店で食事を済ませるといい」
「あはは、そうします……」
二人と分かれた後、宿で二人部屋を取りアキを寝台に寝かせ、汗を流してから自分用の寝室に入り寝床につく。
「どう説明したものか……」
今日の事を教えればアキは確実に殺しに行くだろう、人里内での殺しはそれなりの|騒動«そうどう»になる、国境を越える前に余り事を起こしたくはない。
たとえ外であったとしても|無益«むえき»な|殺生«せっしょう»などさせるつもりは無いが。
睡眠に入って|暫«しばら»く、部屋に入って来たアキの気配で起こされてしまった。
アキは足元の布団をめくると、中へ潜り込んできた。
「折角二人部屋を取ってやったというのに」
「どこで寝ようが私の自由だ」
確かに何処で寝るかなど制限するつもりは無いが、寝る場所が限られた馬車旅ならまだしも、室温が一定に保たれた宿でなぜ私の寝床へ来る必要があるのだろうか。
「あの店で肉を食べてからの記憶が無い、何があったのか説明しろ」
はっきりと伝えるべきか、否か。
ここはしっかりと伝え、素直に謝罪をするべきだ。
「あの店で提供された食事には薬が盛られていた」
「…………」
「それは眠りを誘い、抵抗の力を奪う類の物であった」
アキの体温が急激に上がっていくのを感じ、ここから飛び出さないよう背中に腕を回す。
「無論、お前には指一本たりとも触れさせてはいない」
「……奴等は」
「一人残らず拘束されている」
「生きているのか?」
アキは目を見開きなぜ殺さなかったという視線をぶつけてくる。
「人里の中で殺しを行うわけにはいかなかった、済まない」
「…………」
アキは無言で私の背中に腕を回し身体を寄せて来る。
「貴様はなぜ眠らずにすんだ」
「昔からの体質でな、どういうわけかああいった|類«たぐい»の物は効かないんだ」
それも魔導学術院で調べられると考えていたが、結局機会は逃してしまった。
知ったから何が変わるという訳では無いが。
「やはり貴様は人間ではないな」
「何を言う、私は人間だ」
「いいや、お前は他の人間とは違う……」
アキは腕の力を強め、額を胸に|擦«こす»り付けてくる。
「今だってこうして押しつぶそうとしているというのに、お前は全く応えない」
「なぜ潰そうとする」
「ふっ、我を危機に|晒«さら»した罰だ」
アキはかつて人と共に暮らしていた、こうして共に眠ろうとするのは私に彼女を重ねたからなのか、人の熱に|飢«う»えているだけなのか。
理由は分からない、|問«と»うべきでも無いのだろう。
「……なんで髪を撫でる」
「そうしたくなった」
同情をしている訳では無いが、そうすべきだと思い|至«いた»った。
――――
――
翌朝、許可証を貰うべく|街役場«まちやくば»に来ていたが、他にも用がある者達で|溢«あふ»れており長く待たされていた。
『|鬱陶«うっとう»しい事この上ないな』
「役場は人が集うものだ、仕方が無いだろう」
『ふん、無駄な時間だ』
小さな獣の姿となったアキが大きな欠伸をし、膝の上で丸くなった。
『我は寝るぞ』
「そうか」
|瞼«まぶた»を閉じるアキの身体に手を乗せ軽く|撫«な»でると、喉を鳴らし尻尾を緩やかに動かした。
――
「リュウガンジ様、三番受付にどうぞ」
眠ったアキを抱え、名前を呼ばれた真ん中の受付に向かい椅子に座る。
「おはようございます、本日はどういったご要件でしょうか」
「聖国への通行証が欲しい」
「通行証ですね、何か身分や職業を証明できる物はお持ちですか?」
証明できる物とは連盟具でも良いのだろうか。
「これならば持っているが……」
腰から連盟具を外し机の上に置く。
「冒険者認可証ですね、お預かりします」
受付は連盟具を持ち裏側へと下がっていく。
「確認ができました、こちらお返しします」
|案外«あんがい»、楽に事が進みそうだ。
「ではこちらの必要事項に記入をお願いいたします」
「分かった」
街で連盟に加入しておいて正解だったようだ、ミーアには感謝しなければ。
紙への記入を終え、発行料を支払い、|漸«ようや»く目的であった通行証を手に入れることが出来た。
役場を後にし荷台の元へ向かっている途中、悪意の込められた視線が幾つも向けられ始めた。
昨日の今日だ、潰した店の関係者だろう。
『路地に入れ』
「ああ」
まだ残っている勢力がいるのならば、いっそここで潰してしまうのが街の為か。
路地へ入り人目の届かない広間へ出るとアキが人の姿へと変わる。
「分かっていると思うが」
『殺さなければ良いのだろう』
複数の足音が聞こえ、振り返ると武器を持った男達が現れ小道を|塞«ふさ»ぐ。
|一際«ひときわ»背の高い男が片刃の分厚い剣を肩に|担«かつ»ぎ、眉間に|皺«しわ»を寄せ|睨«にら»みつけてくる。
「お前等、よくもウチの店を潰してくれやがったな」
「ならばどうする」
「決まってんだろ、お前らには行方不明になって貰うんだよ」
後ろにいる男達が取り囲う用に展開していく。
「おい女、俺の愛人になるってんならお前は生かしてやっても良いぜ?」
「汚い口を開くな、鼻が|曲«ま»がる」
不快そうに放たれたアキの言葉に、男は|青筋«あおすじ»を浮かべる。
「気が変わった、てめえは家無し共の奴隷にしてやる、お前らやっちまえ!」
動きは遅く訓練もされていない、素手で十分だ。
――
街を出て再び国を隔てる門の元までやってきた。
「よし、通っていいぞ」
重厚な扉がゆっくりと上がっていくと、全身を白い鎧で固めた二人が奥に見えた。
「分かっていると思うがくれぐれも問題を起こさないように」
「ああ」
門の下を通り国境の線を越えると、白鎧の片方が前にやってきた。
「……通行証を」
全身を確かめる様に見てくる白鎧に通行証を手渡す。
「馬は居ないのか」
「居ない、引くのは私だ」
「……ここから暫くは|険«けわ»しい道が続くぞ」
声音は平坦そのものだが、心配をしてくれているんだろうか。
「問題ない」
「そうか、ならば先は進め」
|轅«ながえ»を掴み直し、門へぶつけないようゆっくりと走り出す。
「彼の果てに|導«みちび»きの光があらんことを」
祝福の言葉だろうか、他国の人間であっても送っているのだろうか
『ふん、我ら妖に導きの光など不要だというのに』
「私を妖に含めるな」




