エピローグ
池のある中庭の、大きな木の下。私はエディアスとリッテの二人と一緒にピクニックをしていた。
布を敷いて、菓子をつまんで、お茶を飲む。ただ、それだけの時間。
――あれから、数日が経った。
アレスはリッテの暗殺未遂によって処刑された。彼は最後まで、『人魚姫』と叫んでいたという。
イリオスもまた、共犯としてその王子の座を追われた。今はどうしているのか、私は何も知らない。
レベリオ王妃は王国の王女になり、今は定期的に会っている。彼女のことは許したつもりでいるけれど、胸の奥に小さな棘が残っている。
それでも、彼女とはもう"お友達"でいいと思っている。
リッテは前よりおてんばになった。私と遊びたがる頻度が増えて、エディアスが頭を抱えるのがいつもの光景になりつつある。
すっかり元気になって、私は顔を合わせるたびに嬉しくなる。
それから――
「……ねえ、エディアス。」
風が静かに吹く中で、私はゆっくり口を開いた。アイスラベンダーの双眸と視線が交わる。
「どうした。」
膝の上で寝ているリッテに視線を移す。起きる気配はなく、ぐっすりと眠っている。
聞こえるのはリッテの小さな寝息だけ。
「私たちの契約、もう必要ないわ。」
彼はすぐには答えなかった。ただ一度だけ、まばたきをした。視線を少し彷徨わせてから、やがてまたこちらを見る。
「それでも、私は……貴方の隣にいたい。」
言い切ったあと、少しだけ息が震えた。これが、私の中にあった本音なのだ。どうしても、伝えたかった。
彼は、ほんのわずかに目を細める。それから、私の手にそっと大きな手を重ねていた。
「嫌だと言うと思うか?」
「……そうは思わないわ。」
「ならいい。俺の隣は、お前だけだ。」
その言葉に、胸の奥が静かに満たされていく。
ああ、やっぱりエディアスが好きだ。
私は一歩だけ近づいて――そっと、並んで座る彼の頬に触れた。
ためらいは、もうなかった。
それから、少しだけ首を傾けて彼に近づいた。
間にあった距離が消えていき、お互いの吐息が混ざっていく。
やがて――彼の唇に触れた。
一瞬だった。けれど、確かにそこに残った。
私が顔を離して目を開けると、エディアスは目を見開いて驚いた表情をしていた。
「……今のは。」
「契約の代わりよ。」
私がそう言うと、彼はほんのわずかに息を吐いた。
「……そうか。」
再確認できた。私はやっぱり、彼の側にいたい。それ以外は何もいらない。
彼から離れようとした瞬間――手首を軽く引かれた。
もう一度、今度はわずかに深く触れる。
「……契約は更新だな。」
その言葉に、理由なんてもういらなかった。
「いちごのケーキ……」
静かな空間に響いたのは、身じろぎをしたリッテの場違いとも言える寝言だった。
エディアスは肩を震わせている。私もまた、口を引き結んで耐えている。
それがなんだかおかしくて。
幸せそうなリッテを起こさないように、私たちは小さく息を潜めて笑った。




