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凍結惑星シェフィル  作者: 彼岸花
第八章 星の継承者

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星の継承者20

 地震。それはこの星でも、全く起きない現象ではない。大きさも様々で、身体で感じられないぐらい小さなものから、岩が崩落するぐらい大きなものもある。

 今回の地震は、激しさでいえばそこそこ。シェフィルほど足腰が丈夫ではない、アイシャも難なく立ち続けられる程度のものだ。

 しかしこの地震、何かおかしい。

 シェフィルは本能的にそう感じていた。何がおかしいかは分からないが、最大級の、目の前にいるダリウスよりも警戒が必要だと思う。ひとまずアイシャを抱き寄せ、自分の傍で守ろうとする。アイシャも本能的に嫌な予感を覚えたのか、シェフィルに抱き着いていた。

 そんな二人の姿を見て、ダリウスは不敵に笑う。


「ふ、く、くはははは! 地震を怖がるとは正に原始人だな!」


 どうやらダリウスは、この地震の異様さに気付いていないらしい。シェフィル達の怯えを、無知故の愚かさと勘違いしているようだ。


「……いっそ清々しいほどに間抜けですね、コイツ」


「そりゃあ、いくら私達の不死性とか能力が魅力的と言っても、一人で突っ込んでくるぐらいだし」


「ふん。強がりを言えるのも今のうちだ。今すぐにでもあの原生生物どもを全滅させて、軍の艦隊がこの星に下りてくる」


 シェフィル達の正直な感想も、ダリウスはまるで気にせず。むしろこちらが如何に愚かなのかについて語る有り様だ。

 ダリウスは勝利を確信していた。実際人類は、これまであらゆる種族との戦いに勝利し続けていたのだろう。だからこそ数多の星に植民し、膨大な資源を独占して繁栄してきた。

 されど、それは未来の勝利を約束しない。

 どれほど繁栄した種族だろうと、時には呆気なく絶滅してしまう。それは人間とて例外にはならない。


「ぬ、ぐっ……!?」


 強がっていたダリウス、彼の操る強化外骨格が膝を付く。

 地震が強くなっている。どんどん、際限なく、止め処なく……ついにはシェフィル達も立てなくなり、座り込んでしまう。隙だらけの姿だが、攻撃してこない辺りダリウスも動けないらしい。

 まだまだ地震は止まらず、強くなっていく。


「な、なんだ、これ、は……!?」


「っ! 何か、来る……!?」


「ええ。しかも、相当大きい……!」


 そして戸惑うダリウスと違い、シェフィルとアイシャは気付く。

 地中から、何かが来ていると。

 その何かは、シェフィル達の言葉に呼応するように地中から現れた。

 巨大な存在だった。

 いや、巨大という言葉では到底足りない。()()()()()()()()()()()()ものを単に巨大と称するのは、あまりにも不適切な表現だろう。山が新たに生えたかのよう、と例えるべきか。色合いは黒く、明確に宇宙よりもどす黒い景色が広がっていく。

 これが地殻変動による現象で、本当に山が生えてきたのであればまだ良かった。

 だが、現れたそれには『口』がある。大きく裂け、四方向に裂ける口器だ。中に牙のような突起物は見られないが、生々しいぬめりを放つ。黒い表皮は凹凸すら見えないが、口の内側だけは粘液によるものと覚しき艶がある。

 口があるという事は、恐らくそこが頭部なのだろう。そしてコイツは山や大地ではなく、『生物』の類だ。

 シェフィルの予想が正しい事を物語るように、現れた生物の身体がどんどん地上に出てくる。体躯は非常に細長く、山のような横幅でありながら、それよりも遥かに長い身体が宇宙目掛けて伸びていく。その速さは恐らく秒速数百キロ。普通これほどの速さで空を飛ぶには、空気がないこの星ではなんらかの物質を噴出するか、強力な電磁波による電磁推進を用いるしかない筈だが……シェフィル達の身体に風などの物理的衝撃が押し寄せてくる事はない。電磁波なども感じられない。一体どんな推進力を用いて空を飛んでいるのか、シェフィルには見当も付かなかった。

 全身が宇宙に飛び出すと、生物は身体に生えている四枚の翅を広げる。細長いと思った体躯は意外とずんぐりしていて、蛆虫とイモムシの中間ぐらいの体型だ。翅以外に明確な突起物はなく、手足や触角も見られない。

 いや、正確には見えないと言うべきか。生物の色は宇宙よりもどす黒い。それは黒い色素があるのではなく、あらゆる電磁波を発していないからだ。つまりあらゆる情報が遮断されており、宇宙を背景にして浮かび上がる輪郭以外に知りようがない。

 その輪郭から推測するに、体長はざっと数千キロあるだろう。惑星シェフィルに暮らすどんな生物よりも巨大な、途方もなく大きな『種』だ。


「な、な、ん。な、な」


 ダリウスは言葉を失い、強化外骨格は棒立ちしている。青ざめた顔、震える瞳、言葉を紡がない口……現実を受け入れる事が出来ていないようだった。

 対して、シェフィルとアイシャは驚きながらも混乱はしなかった。

 何故ならこの生物がなんであるのか、二人は知っていたから。それどころか一度だけ、間近で見た事があると確信している。全体像を見るのはこれが初めてだが、あれしかあり得ない。

 生物の名は『シェフィル』。

 惑星シェフィルの中核にして、この星に棲む全ての生物の始まり――――起源種シェフィルだ。


「なんで、シェフィルが出てきたの……!?」


【それについては私が話しましょう】


 とはいえやはり訳が分からない事に違いはなく、アイシャが思わずといった様子で疑問を独りごちる。するとすぐ傍から、それに答える声があった。

 振り向けば、母がいた。

 身体は傷だらけ。触手も何本か千切れており、体表面はぬらぬらとした体液塗れになっている。つい先程まで人類文明と、余程激しい戦いを繰り広げていたのだろう。

 それでも母が無事に帰ってきた。その事実にシェフィルは喜びが抑えきれず、思わずアイシャから離れて母に抱き着いてしまう。アイシャも母を心配していたのか、シェフィルよりも遅れてだが傍に駆け寄る。ダリウスだけが突然現れた母に仰天したように、跳び退いて距離を取ろうとした。


「母さま! 戻ってきたという事は……」


【ええ。人間達はどうにかなりました】


「やっぱり! 流石です!」


「ど、どういう事だ! 戦闘艦は五百隻以上の大艦隊で、お前らを粉砕するには十分な量の筈……!」


 はしゃぐシェフィルに対し、ダリウスは困惑を露わにする。


【そうですね。未だあなた達の艦隊は三割が現存しています。対して我々の一族は交戦前の一割以下にまで減りました。思いの外手強かったですね】


 そのダリウスの言葉を、母は淡々と肯定した。

 怯えを見せていたダリウスに、自信が瞬く間に戻る。


「は、はははは! なんだ、ただ逃げてきただけか! 下等生物が驚かせないでほしいものだな!」


【下等生物相手に七割もやられている方が問題ではありませんか? それと、逃げてきたのは事実ですが……戦略的後退です。シェフィルが出た以上、我々が戦う必要はなくなりましたから】


 母がそう言って見つめるのは、空に浮かぶ漆黒の生物……星の外に飛び出した起源種シェフィル。シェフィル達、そしてダリウスも空を見上げた。

 皆の注目を集める中、起源種シェフィル目掛けて無数の白い線が飛んでいく。

 恐らく、戦闘艦が放った電磁波ビームだ。母達の身体を消し飛ばし、その数を減らした大出力攻撃。星さえも焼き払う一撃であり、人類がこの宇宙で覇権を掴んだ力の一端であろう。

 起源種シェフィルはその巨体もあって、戦闘艦からの攻撃を躱せない。全ての光線が全身のあちこちに命中する。

 攻撃を受けている間、起源種シェフィルは反撃一つしない。一見して人類側の猛攻撃に手も足も出ないように見えるが……起源種シェフィルは微動だにしていない。まるで何一つダメージを負っていないかのように。

 よくよく見れば、戦闘艦からの攻撃は起源種シェフィルに命中した瞬間から消えていた。弾かれるでも、爆発するでもない。まるで底の見えない大穴に放り込んだ石のように、すっと消えていく。

 ダリウスは最初勝ち誇った笑みを浮かべていたが、途中から違和感を覚えたのか。段々表情を引き攣らせる。


【シェフィルにあの手の攻撃は通用しませんよ。我々に特定周波数帯の電磁波が吸収出来ないのは円滑な通信を行うためです。シェフィルにその必要はありませんから、問題なく吸収出来ます】


「な、に……!? だ、だとしても、他の攻撃手段はある!」


 ダリウスの言葉に呼応するように、宇宙を飛び交う光景に変化が起きる。

 白い何かが飛んでいた。ただし今度は線ではなく点。なんらかの『弾丸』のように見える。それが何千何万、いや、何百万と飛ぶ。


「質量弾攻撃に切り替えたようだな。お前達の体質上、ビームやレーザー兵器は通じない可能性があると判断し、副兵装として装備している。主砲ほどの威力はないが、惑星の地殻までなら簡単に貫通するぞ」


 ダリウスは空で繰り広げられている光景について語る。

 曰く、今回搭載している副兵装は超電磁砲と呼ばれるもの。亜光速に近い速さで超硬質弾頭を放つらしい。質量と速度を用いた原始的攻撃ではあるが、エネルギー吸収に対抗する物理的手段としては極めて有効だ。

 ダリウスの言葉通りなら、星の地殻まで貫く威力がある。一般的な惑星でも

直径は一万キロ前後。体長数千キロしかない起源種シェフィルの皮膚を粉砕し、内臓をぶち抜くには十分な威力である。

 そう、十分な筈なのだが……直感的にシェフィルは思う。

 あんな豆鉄砲が通じる訳ない、と。

 そしてその感覚は、すぐに正しいと証明された。宇宙空間を駆け抜けていく光る点(超電磁砲)は起源種シェフィルに衝突した瞬間に消失したのだから。


「……………え?」


 ダリウスの口から、あまりにも間の抜けた声が漏れ出す。

 そんな馬鹿な、あり得ない――――そう言いたげな声を、目の前の現実は容赦なく否定する。数え切れないほどの光の弾が飛んでいくが、起源種シェフィルの表皮に当たった瞬間全て消えていく。先程の電磁波ビームと同じく、まるで穴の中に投げ込むかのように。

 どす黒い起源種シェフィルの身体にも変化は何一つ起こらない。傷はおろか、汚れすらも見えなかった。起源種シェフィルは大きな四枚翅を広げ、宇宙空間を優雅に泳ぐ。

 人類文明が繰り出した攻撃は、微塵も通じていなかった。


【やはりあの程度の攻撃が限度でしたか。まぁ、戦闘中に交わしていた通信記録から出し惜しみはしていないと考えていましたので、予想通りですね】


「ば、馬鹿、な。ほ、星の、地殻、まで」


【シェフィルの体表面を惑星程度の強度と想定するのは、認識が甘いと指摘しておきます。シェフィルのエネルギー吸収に例外はありません。エネルギー保存則を理解していれば、そのぐらいは想定出来たでしょうに」


 母の言葉を聞いて、ダリウスは一瞬呆けた。だがすぐに目を見開き、首を横に振りながら後退る。

 彼は思い出したのだ。エネルギーと質量は『等価』である、と。

 質量はエネルギーに変換可能であり、逆もまた同じだ。そしてエネルギーは形態を変えても、本質的には等しい。熱を運動に変える事も、運動を電気に変える事も、電気を熱に変える事も出来る。

 ならば『完全』なエネルギー吸収能力は、あらゆる物質、あらゆる攻撃を吸収出来る。母はそう答えたのだ。シェフィルは納得し、アイシャは口許を引き攣らせ、ダリウスは間抜け面を晒す。

 母の話はまだ終わらない。


【補足しますと、超新星爆発程度のエネルギー量であれば問題なく処理出来ます。恒星自体を高速で衝突させても、シェフィルにとっては餌に過ぎません。ブラックホールなどの巨大重力源も解体出来ますので、無意味なのを付け加えておきます】


「か、かい、たい……?」


【あと、人類はまだ実用化していませんが、真空崩壊も問題ありません。自身の周囲に限定されますが、シェフィルは物理法則の改変が可能です】


 真空崩壊。その言葉ぐらいは、シェフィルは幼い頃母から聞いた。確か宇宙の物理法則が崩壊する事象らしい。

 物理法則の崩壊とは、単に投げたものが地面に落ちなくなる、なんて可愛いものではない。原子や素粒子がその形を維持出来るのも、物理法則がそう定まっているため。物理法則が崩壊すれば素粒子が崩壊する。よってあらゆる生物、あらゆる物質、あらゆるエネルギーが跡形もなく崩壊してしまう。

 それを人為的に引き起こしても、起源種シェフィルは耐えると母は言っているのだ。シェフィルですら、流石にそれは盛っているんじゃないか? と思う。


「な、な、なん、なんなん、だ、なんなんだアレは……!?」


 ところがダリウスは、案外母の話を信じたらしい。何か裏付けを得ているのか、はたまた攻撃が通じない事実に心が折れたのか。パクパクと口を喘がせ、たった一言絞り出す事も満足に出来ていない。

 もう、ダリウスに冷静さは残っていないようようだ。


「アレは一体なんなんだ! お前達の生物兵器か!?」


【いいえ。あれは我々の本体であり、この星の始まりです】


 混乱状態に陥ったダリウスが問い詰めると、母はあっさり『シェフィル』の正体を答える。

 尤も、それはダリウスにとって想定外の答えだったのだろう。彼は壊れたように固まり、動かなくなってしまう。しかし母はダリウスの心境など気にせず、話を続ける。


【我々も、地表にいる生物も、全てあのシェフィルの端末です。シェフィルは誰にもコントロールされていません。その生命の誕生も、誰かの意図したものではありませんよ】


「う、嘘だ……こ、こんな、生物が、自然発生なんて……」


【仮にあなたの言う生物兵器だとして、誰も制御していない時点で野生生物と変わりないでしょう。自身の繁殖を優先するという点においても】


「繁殖……繁殖!?」


【そう言えば、シェフィルの繁殖行動はつい先程完了しました。なので彼女は今、とても空腹です。わざわざやってきてくれたのですし、遠慮なく頂くとしましょう】


 母が告げた『宣言』。

 ダリウスはその意味をしばし理解出来なかったのか、全く動かなかった。だが理解した時、顔を一気に青ざめさせる。

 彼は再び空を見る。

 見なければ、知らないままでいられただろうに。

 ――――起源種シェフィルは開いた口から、無数の触手を伸ばしていた。詳細な長さは分からない。体長よりも長く伸びるそれは、恐らく数万キロの射程を有しているだろう。

 そして触手は伸びた先で何かを掴み、猛烈な勢いで口に引き込んでいる。何を引き込んでいるのか、母の話を聞いていれば確認するまでもなく理解出来た。時折光が起源種シェフィルの口内に撃ち込まれていたが、口の中まで真っ黒なのを見るに無駄な抵抗だろう。

 今頃人間達の艦隊は大混乱に陥っている。尤も、混乱はすぐに収まる。混乱している者が一人もいなくなるからだ。大半の戦闘艦達は大急ぎで逃げていると思われるが、起源種シェフィルの触手は俊敏で、よく伸びている。きっと一隻も逃さない。

 更に、『シェフィル』の攻勢はまだ終わらない。


【それはそうと、あなた達の星はまだ無事なのですか? 戦闘中あなた達は連邦政府と通信を試み、失敗していたようですが】


「な、何故それを……まさか、連邦政府に何かしたのか!?」


【我々からは何も。ですがあなた達、この星の生物を何体か外に持ち出したでしょう? 我々との約束を破って。勿論バレないように、小さくて単純な生物を選んでいた事を把握しています】


 母の指摘に、ダリウスは反論しない。ただし顔面蒼白になった事から、恐らくはその通りなのだろう。

 同時に察した筈だ。母達を欺いたつもりが、掌の上で転がされていただけだと。その結果が、取り返しの付かないものである事も。


【我々のみならず、地表面に生活している種もシェフィルの一部です。生活環境でもあるシェフィルに不利益を与える事は好みません。そもそも環境を破壊するような個体は我々によって排除されます。繁殖出来ませんから、個体にとっても不利益です】


「なんの、話、だ……?」


【我々は常に、自らの遺伝子の増殖を求めているという事です。そしてあなた達は、その増殖の手助けをしたのですよ】


 『シェフィル』は本質的には極めて利己的で、自身の繁栄の事しか考えていない。起源種シェフィルとその上に暮らす生物は共生関係にあるが、決して互いを想い合ってはおらず、チャンスがあれば何時でも出し抜く気でいる。

 そんな『シェフィル』を、人間達は自分達の星に持ち帰った。

 起源種シェフィルからのエネルギー吸収がなければ、生成した膨大なエネルギーは全て自分のもの。『シェフィル』はあり余るエネルギーを使って身体能力を強化出来る。戦闘能力は跳ね上がり、強化容器さえも簡単に破壊して脱走するだろう。逃げ出した先で瞬く間に成長し、何倍にも増大した繁殖力で無数の子孫を生む。食べ物は選ばない。無尽蔵のエネルギーがあるなら、原子を素粒子まで分解し、新たな元素に作り変える事は不可能ではないのだから。土も、金属も、地殻も、全てが餌と化す。

 そして人間達が持ち帰ったのは、繁殖力・適応力・再生力の全てにおいて惑星シェフィル最高峰に君臨する生態系最下層種(小型種)である。

 数週間どころか数日もあれば、星一つが宇宙から消えるだろう。


【あなた達は小さな虫を捕まえただけと思っているでしょうが、その虫は星を食い滅ぼすポテンシャルの持ち主です。地元では弱い生き物が、外来種になった途端猛威を振るうなんて、ありふれた話でしょう?】


「な、あ、そ、そん、な……」


【連絡が取れないのであれば、あなた達が度々話していた、連邦政府とやらは今頃壊滅している可能性が高いですね。早急に惑星を隔離していれば、被害は星一つで済むでしょうが……避難船が他の星に渡れば、装甲に張り付いた種によって更に被害は拡大すると思われます。その渡った先の星が滅びたら、また次の星へ。終息するのは何時になる事やら】


「ば、馬鹿、な」


 唖然としながら、ダリウスはそう独りごちる。独りごちて終わる。母の言葉を否定する、確たる証拠がないのだろう。

 実際のところ、母の言葉はただの推測だ。遠く離れた人類文明の出来事なんて、分かりようがない。けれども現状は母の話で説明が付く。

 それに、シェフィルは自分の『本来の力』がどれほどのものか、宇宙船内での戦いからよく知っている。戦闘能力だけでもダリウス達人間はシェフィルに敵わなかった。体重当たりならあの時のシェフィルに匹敵する戦闘能力の生物が、ほんの数時間かそこらで何十億や何百億にも増殖するのだ。星一つぐらい簡単に食い尽くすし、逃げる人々と共に宇宙中に拡散するのも難しくあるまい。何百世代か経て宇宙空間に適応すれば、最早人々と共に移動する必要もなくなるのではないか――――

 最悪を考えれば、人類文明自体が消滅している可能性すらある。事実を知る術がないからこそ、その最悪が否定出来ない。


「こ、こんな、事が……わ、我々人類の、俺の栄光が……!」


 否定の言葉をぶつぶつと呟きながら、ダリウスは後退りしていく。纏う強化外骨格の足取りは確かだが、彼の頭はぐわんぐわんと揺れ動く。

 ダリウスの注意力は散漫になっていた。母ばかり見ていて、この星までやってきたシェフィル達(目的)には目もくれていない。

 こんな隙だらけの『獲物』を、自然界は見逃すだろうか?

 残念な事に、この星の生き物はそこまで優しくない。


「ぎゃっ!?」


 後退りしていたダリウスが突如仰向けに転ぶ。自分の身体よりも大きな強化外骨格に身を包む彼には、足下に何がいるかなど見えやしない。

 強化外骨格の足をがっしりと掴む、触手の姿なんて分かりようがない。

 黒く、長い触手だ。液体を纏っているような光沢があり、石などが付着している辺りかなり粘着質らしい。表皮に鱗などは見られず、筋肉が剥き出しになったような繊維質が露わとなっていた。伸びている触手の数は一本だけだが、強化外骨格で覆われたダリウスの足首から膝まで、三周以上巻き付くだけの長さがある。巻き付く触手の内側は平坦で、巨大な吸盤のようになっているらしい。

 シェフィルはこんな器官を持つ生物など知らない。地下深くに生息している種か、はたまた空いた環境に侵入してきた外来種か。いずれにせよ本来なら地上の生態系に妨げられ、入り込めなかった種だと思われる。きっと、人間達が地上の生態系を徹底的に爆破した事で、コイツは此処まで侵入出来たのだろう。


「な、何、が」


 起きたのか。恐らくそう続けようとした言葉を、ダリウスは最後まで言い切る事が出来ない。

 彼の足に巻き付いた触手が、彼の身体を地中に引きずり込んだからだ。強化外骨格は即座に地面に手を突き立て、抵抗を試みる……が、まるで効果がない。それどころか触手は巻き付いている脚部を締め上げ、強化外骨格の装甲を容易く圧壊する。

 足が握り潰された痛みでダリウスの顔が歪み、苦痛の絶叫を上げる――――間もなく、彼は触手と共に地中に引きずり込まれた。触手一本であの装甲を破壊するような生物だ。活動圏である地中で、全身を使えば、強化外骨格なんて簡単に粉砕出来るだろう。当然、中にいるダリウス諸共に。

 あまりにも呆気ない末路は、彼等人類の行いはこの星にとってその程度という事か。


【さて。私もそろそろ行くとしましょうか】


 ダリウスの件が片付くと、母は一言呟きふわりと浮かび上がる。

 浮かびながら、くるりとシェフィル達の方を振り向いた。


【シェフィル。あなたには伝えていませんでしたが、私はこのままあのシェフィルの下に行かねばなりません】


「あのシェフィル? ……えっ、もしかして、宇宙にいる起源種シェフィルの事ですか?」


【はい、その通りです】


 母はそう言うと、宇宙に触手を差し向ける。

 シェフィルには、まだ母が何を言いたいのか分からない。


【シェフィルの生態について話しましょう。シェフィルは子が十分成長すると、栄養運搬管の分離を行います。他の生物で言うところの、産卵や出産に該当する行為です。通常ならばなんの問題もなく成功しますが、大きな衝撃やなんらかの化学的攻撃を受けると、失敗する可能性が僅かですが生じます】


 人間達の爆撃が始まったのが、丁度このタイミングだった。

 栄養運搬管(名前の通り栄養やエネルギーを運ぶ管ためのである)の分離が上手くいかないと、子供達は自分が親から『生まれた』と認識出来ない。すると摂食機能の切り替えが行われず、親から栄養は送られないのに『餌』を食べないという状態になってしまう。当然このままでは子供達は餓死。繁殖は失敗に終わる。故に人間達が攻めてきても分離作業を優先しなければならず、起源種シェフィルは今まで反撃出来なかった。

 母達の奮戦により、栄養運搬管の分離は無事完了。自由に動けるようになった起源種シェフィルは星から飛び出し、人間達の戦闘艦を壊滅させた。それが今、シェフィル達の見た光景である。

 かくして惑星シェフィルの平和は守られた……と言いたいところだが、実際は違う。


【一度星から抜け出たシェフィルは、元の惑星には戻りません】


 栄養運搬管の分離が終わると、親個体の起源種シェフィルは惑星から脱出。その後旅を始める。遠く離れた場所で新たな星を形成し、次の子を生み出すためだ。

 惑星シェフィルの環境は、起源種シェフィルによりコントロールされてきた。静かな秋も、過酷な冬も、穏やかな春も、賑やかな夏も……起源種シェフィルが吸い取る熱量を調整して生み出している。地域毎の環境も、吸熱量の差によって生じたもの。

 起源種シェフィルがいなくなったら、そのコントロールがなくなる。

 季節循環は崩壊し、不安定になるだろう。環境は頻繁に変化し、生物種の絶滅は今まで以上に多くなるため生態系は安定しない。地殻変動も激化し、大地の崩落も相次ぐ。

 起源種シェフィルの離脱と共に、惑星シェフィルは終焉を迎えた。いや、後はただ崩れるだけという意味では、既に終焉を迎えた後と言うべきだろう。

 だが、終焉は「全ての終わり」を意味しない。

 死んだ生物の身体が他の生物の苗床となるように、終焉を迎えた惑星シェフィルも新たな命の糧となる。


【親のシェフィルが去って数百年もすれば、子供達の時代が訪れます】


 親子体が離れた後の星には、八体の子が残る。親の離脱を皮切りに、子供達は惑星に残る資源(生物)数を掌握。エネルギー吸収のための周波数帯、管理権限の設定、子供同士の縄張り形成……等の準備に数百年を費やす。

 それら諸々の設定をしたら、子供達による惑星シェフィルの『再管理』が始まる。熱吸収量をコントロールし、生命が発するエネルギーによって成長していく。そしてある程度成長したところ(凡そ三億年ほど)で、今度は星を八分割。自分の『星』を手にして、宇宙のあちこちに散っていく。

 分割した後の星は、子供達が育てていく。分泌物により星の外殻を少しずつ大きくしていき、身体も合わせて成長。凡そ三十億年掛けて成体となり、新たな世代を産み落としたら星から抜け出す……これが起源種シェフィルのライフサイクルだ。親が育んだ星の亡骸は、子供達が受け継ぐのである。

 しかし親は、全てを子供達に譲渡する訳ではない。


【星から出た親個体は、次の繁殖を行うため移動を始めます。そしてこの時、二つのものを星から持ち出します】


「持ち出す?」


【一つは、生態系で特に繁栄していた生物を数百種ほど。今回はあなたがウゾウゾやトゲトゲボーと呼んでいた生物の卵を持っていきます。すぐに繁殖する種を選ぶので、一種当たりの持ち出し量は少数です。あなた達の生活には影響しません】


「も、もう一つは……?」


【我々、シェフィル直属の端末です。以前も話したように、我々はシェフィルにとって免疫細胞のようなもの。シェフィルと共に行動する必要があり、故に私達はこの星を去らねばなりません】


「去るって、それじゃあ二度と会えなくなるのですか!?」


【はい。そうなるでしょう】


 シェフィルの悲痛な声による問いに、母は淡々と答える。

 母の言葉に嘘はない。何時だってそうだった。けれども今回ばかりは、シェフィルにも受け入れられない。

 いきなり母と離れ離れになるなんて、考えた事もなかった。


「嫌です! 母さまと離れるなんて! そ、そうです! 私も一緒に行けばずっと一緒にいられます!」


【それは出来ません。星の再形成には人間の暦に換算して数万年の歲月が必要です。運び出す生命は卵の状態で長期保管しており、生態系は星の再形成後に展開されます。つまり数万年の間、あなたの食べ物となるものはありません。我々はそれに耐えられますが、あなたは飢えて死んでしまう】


「そ、それ、は、でも、でも……」


【まぁ、あなたが一人であれば連れて行くのも一つの手でした。食糧についても、私の肉片なり廃棄個体の肉体なりで賄えたでしょう。ですが、今のあなたには繁殖相手となるつがいがいるでしょう? 個体数が増えては、流石に管理しきれません】


 母から指摘され、シェフィルはハッと我に返る。

 気の所為だろうか。自分にしがみつくアイシャの力が、先程より少しだけ強くなっているように感じた。自分を、決して離さないように。

 シェフィルもアイシャを抱き締める。自分の、『今』の気持ちを伝えるために。


「……そう、ですね。私は、もう、一人じゃないですもんね」


【その通りです。では、私はそろそろ行きます――――ああ、そうです。最後に一つだけ。自由に生きなさい。此処は、あなたの星なのですから】


 母はそう言い残すと、瞬く間に姿を消す。

 それから数秒と経たずに、今まで宇宙に浮かんでいた『シェフィル』も動き出した。何千キロもあるであろう巨体は、小虫のように素早く宙を駆けていく。どうやら起源種シェフィルは超光速移動も出来るらしい。一秒と経たずに目の前から消え、見えなくなってしまった。

 残されたシェフィルとアイシャは、どちらともなく座り込んだ。二人揃って空を見上げ、二人揃って相手を抱き締める。

 しばらくの間沈黙していた二人だが、やがてアイシャが口を開いた。


「なんか、感動の別れでもなかったわね。いきなりあれこれ言われただけで」


「まぁ、母さまからしたら単なる報告でしょうし。それに私は一応独り立ちした身ですから、あの挨拶も本来いらない筈なんですよ。ふつーの野生生物なら」


「ああ、確かにね」


 親から丁寧に別れを告げられる生き物など早々いない。そもそも親の顔すら知らないのが大半で、子育てをする生物も本能的なものが大半。時期が来れば勝手に親と子は離れていく。

 母の一族は繁殖の際、子育てをしない。それを思えば、母はかなり『過保護』な部類なのだろう。冬など本当に辛い時には助けてくれた。そう思うと独り立ちしていたとは言い難い……今更な話ではあるが。

 その過保護な母と、今度こそ別れた。

 これからは本当に自分の力だけで生きていかねばならない。冬は何時終わるか分からず、原種返りを撃退する術もない。勿論宇宙に飛び出す事も不可能だ。星の中核に残る起源種シェフィルの子がいずれ母達のような端末を生むだろうが、それらはシェフィルとはなんの関係もない存在。どんなに頼んだところで、こちらを守ってはくれないだろう。

 今まで以上に過酷な暮らしが始まる。助けてくれる絶対的存在はもういない。死はより身近になり、何時死んでもおかしくない。

 だけど一人じゃないなら、きっと大丈夫。


「これからもっと大変になるかもですけど、二人で切り抜けていきましょう」


 その気持ちをシェフィルはアイシャに明かす。

 するとどうした事か。アイシャは一瞬目を逸らした。

 あまつさえ肯定的な返事をしない。どうしたのだろうか? 何か問題が? そう思って顔を覗き込んでみれば、アイシャは何やら気恥ずかしそうにしている。


「……じ、実は、二人じゃなかったり、するかも?」


 次いで出てきたのは、前提の否定。

 しかし意味が分からない。この星に自分達の『種族』は、自分とアイシャしかいないとシェフィルは思っている。先程喰われたダリウス以外に、人間がこの星に残っているとも考え難い。

 どういう事か分からず、シェフィルは首を傾げてしまう。するとアイシャは身体を乗り出し、誰もいないというのにシェフィルの耳許に、真っ赤に染まった顔を近付けた。

 そこでぼそりと答える。


「あ、赤ちゃん、出来たっぽい、かも」


 不確実で曖昧、本人も自信なさげな、だけど何処か確信めいた言い方で。

 アイシャはゆっくりと離れ、シェフィルと見つめ合う。

 シェフィルは、動けない。目をひん剥いて、アイシャをじっと見てしまう。しかしそんな間抜けを晒していたのはほんの数秒だけ。

 すぐに胸の中から、抑えきれないほどの歓喜と愛が溢れ出したのだから。


「アイシャーっ!」


「きゃっ!」


 シェフィルは衝動のままアイシャに跳び付き、アイシャはそのまま押し倒される。二人はそのまま見つめ合い、くすりと笑い合ってから互いに唇を重ねた。

 ――――数千億年と続く、『シェフィル』という生命の在り方。

 自らが星を生み出し、星に棲まう生命の力を糧とするかの種族の繁栄は、あらゆる星が重力の特異点に飲み込まれようとも、全てが引き裂かれる宇宙の終わりが来ようとも、途絶える事はない。

 異なる宇宙に飛び立とうとも、次元の狭間に落ちようとも、原種より受け継いだ不滅の肉体は耐え、数多の世界に広がっていく。

 そしてこの星に生きる二人の愛の結晶と、その末裔達にも、大地である『シェフィル』がもたらす永遠は分け与えられる。

 愛し合う二人の血筋は、本能と愛のままに星中に広がっていく。全てが凍り付く星は、いずれ暖かな心に満ちた世界へと変わるだろう。

 尤も、当事者達はそんな事など知らない。知る必要もない。

 彼女達は最初から自分達の愛が永遠のものだと、疑ってなどいないのだから。

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百合は食わず嫌いでした 先生わたし百合いけます むしろシェフィルが男性だったら愛なのか庇護の対価なのか微妙な感じになるかも 蚕のサナギの獣臭さと生臭さなど思い出しながら読みました 楽しかったです
なんだかんだ人類ってしぶといから、R-TYPEみたいな侵略種に対抗する戦闘艦みたいな世界観になってそう じわじわと追い詰められながらも色々と対策して、シェフィルの技術を取り込んだりとかして辛うじて的な…
完結おめでとうございます 生態系SF部分もとっても興味深く楽しかったですし、最終的に親からの自立と愛をもって締める物語の読後感も素晴らしい作品でした 2人は新惑星シェフィルのアダムとイブになれるのか…
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