13 ロダンの実験
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神楽面をタオルで包みながら小脇に抱えて沢へと降りて行くロダンの姿は道具箱を小脇に抱えて歩く江戸の頃の大工職人の様に見える。
もし口にキセルでも加えれば、よりもっともらしく見えるだろう。然しながらロダンは今それらを演じているわけではない。
現実にある事実を証明するために水辺の沢へと降りてゆく、――極めて現実的な科学者のような心持だ。
それを証明する相手である人は後ろからついてくる財前先生。
「先生」
ロダンは大きな岩が見える場所で立ち止まって降り返る。
ロダンはいつもあの岩の上で寝そべるが、今は違う。
彼はそこで屈むと小さな水溜りに膝をついた。膝をつくとロダンの瞳に川魚の群れが一列になり、ロダンの人影から逃れようと方向を変えるのが映った。
財前先生はじっとロダンが何をするのかを見ている。
彼は無言で宵闇迫る夕暮れの中で神楽面を包んでいるタオルを広げた。そこに見えるのは財前先生の次女、志穂が被る神楽面。それは白地に塗られた女顔の面だ。
ロダンが言う。
「…先生、お手はもう洗われましたか?もしまだならばそこの沢で洗ってください。きっと濃度が薄いものならば…害はない筈ですから」
――濃度が薄いものならば…害はない筈ですから
言われた瞬間、先生は瞬時にはっとして目を見開いた。
見開いてはっとした先生はまさかと言う信じられない表情になり、急ぎ沢の中に手を入れると、じゃぶじゃぶと音を立てて川水で手を洗い流してゆく。
そして洗い終えると先生はズボンからハンカチを取り出し、急速に白くなった顔つきでロダンをまじまじと見た。
そう、先生は何か核心を得たのだ。
そしてロダンはその事実を今公にしようとして、神楽面を水だまりの中に入れた。―
――入れて数秒…
急に川魚たちの群れは息が苦しそうに水中をぐるぐると動き回るとやがてぴょんぴょん跳ねる様に飛び出した。
「まさか、面に…!!」
しかしながら先生は驚きの中でもさもこうした結果が出るだろうと予測していたのか、次の瞬間には冷静になってロダンの側に屈みこんだ。
「…まさかあれが、塗られていたなんて」
ロダンは先生の顔を見上げた。先生の顔は宵闇せまる中、青白くなってゆくが、そこに浮かぶ表情には何かを隠し切れなかった後悔が浮かんでいた。
その後悔を共に苦しもうとロダンは精一杯の優しさと慰めを籠めて先生に向かってポツリと言った。
「これはやはり、毒…。そう、恐らくですが、トリカブトですね、先生」
言ってからロダンは頬を震わせながら白蝋の様になってゆく先生を静かに見つめた。




