次こそは
道満達は目当ての影鰐の元へ向かう。
それは仁骨の住処の洞窟から近い海辺だった。
「道満、ここから少し先、東に居るね」
黒曜が言う。
「おら、一人にやらせてもらってもいいか?」
「ああ」
仁骨は、一人で影鰐の居る海辺に向かった。
それは巨大などす黒い鮫のような姿をしていた。
影鰐。
別名、『磯撫で』とも言われる妖怪である。
鮫に似た姿の妖怪であり、『鰐』は島根の方言で鮫のことを指す。
波一つ無い凪の日に船を出す者の前に姿を現し、海面に映った船乗りの影を飲み込む。これに影を飲まれた者は死んでしまうと言われている。
「人ではなく、妖怪が来るとは珍しいのう」
影鰐が言う。
「お前……小春という陰陽師は知っているか?」
仁骨は静かに尋ねた。
「小春……? はて? だが、女の陰陽師は最近殺したなあ。弱くて、頭が悪かった。一度痛い目に遭わせてやったのに、また来たんだ。そこで退いておけば死ぬことはなかったのにな。そして、次はお前を殺してやる!」
黒鰐は影の中に潜ると、一瞬で仁骨の目の前に現れた。
その鋭い牙が仁骨を襲う。
だが、その牙が仁骨に届くことはなかった。
片腕で、黒鰐の全身が止められたからだ。
(なに……全く動かん? どういうことだ?)
黒鰐は全力で襲い掛かった。
今までどんな敵ですら、自分の一撃を耐え抜いた者は居ない。
にもかかわらず、目の前の妖怪は全く力を込めた様子もなく、自分の全力の攻撃を受け止めたのだ。
「お前なんかに……お前なんかに、小春は……!」
仁骨から溢れる妖気。
それは黒鰐とは全く比較にならないほどの凄まじい妖気。
黒鰐は一瞬で格の違いを悟った。
(逃げねば……!)
黒鰐は逃げようと体を動かそうとするも、仁骨に掴まれ動くことができない。
少しずつ仁骨の手が、体が元の巨大な姿に戻る。
その大きな手は黒鰐の全身を簡単に捕らえる。
「わ、悪かった……助け……」
「小春の仇……!」
仁骨はその手で黒鰐を一瞬で握りつぶした。
技でもなんでもない。ただ、手で握り潰しただけで、仕留めた。
それほどの差。
だが、仁骨の心が晴れることはない。
(仇は取ったけどよお。小春はもう帰ってこないんだなあ)
「道満さん、すまねえなあ。付き合わせて。こんな体じゃ涙も出ねえや。俺は冷たい妖怪だ」
仁骨はぽつりと呟く。
その眼窩から涙は見えないが、仁骨の心が泣いているのは、道満にも十分すぎるほど伝わった。
「俺はお前程情に厚い妖怪を知らないよ。帰ろう」
「ああ。これから世話になるよお。一つだけ頼みがあるんだ。式神で名付けをする時、おらの名に『仁』の一文字を入れてくれねえか? 小春から貰った大事な名前なんだ」
「分かった。ならお前の名はこれから『仁骨』だ。誰よりも優しいお前に合った良い名だな」
道満はそう言って、仁骨に名を付けた。
「ありがとう。次は必ず……守るよお」
それから仁骨は長きにわたって、道満を支えることとなる。





