表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

56/168

クラーケン討伐を行うようです⑤

 クラーケンが近づいてくる。

 それは、もはや1つの山が近づいてくるようだった。足の太さは10メートルを超え、吸盤の1つでさえ大きさは2メートルに達し、そのおびただしい吸盤は見る者に嫌悪感を与えた。


 第一次防衛ラインの中型船から一斉に『光球(ライトボール)』がクラーケンの頭上に向かって打ち上げられる。

 魔法使い達の放つ光の球は、照明弾のようにクラーケンの周囲を照らした。

 月夜の晩とはいえ、夜の海はクラーケンの足やベビー達の動きを隠していた。それらの驚異を明らかにするために、次々と光が打ち込まれる。


 ドンッ!ドドンッ!ドンッ!


 前方の艦隊が一斉に火を吹き、大砲がクラーケンとベビー達目掛けて降り注いだ。


 てらてらと粘液質なクラーケンの頭部が、大砲の衝撃により大きく歪む。

 しかし、難体質な身体は衝撃に耐性があるのか、クラーケンの怒りを買うだけで、その動きを抑えることはできないようだ。


「接触するぞ!」


 見張り台の男が叫ぶ。

 足の一本が、艦隊に届いた瞬間。クラーケンは足を高々と天空へと掲げた。

 一斉にその足を目掛けて、狙われた船から大砲が打ち込まれる。

 衝撃は足に届くが、振り下ろされるクラーケンの足を海中に引き戻すことは叶わない。


「危ない!」


 イスカの叫びも虚しく、無慈悲に振り下ろされた足の一撃は、一艘の中型船を真っ二つに叩き折った。


 クラーケンが艦隊に近づくに連れ、次の足が今度は別の船にまとわりつく。その船には魔法使いがいないのか、魔法による抵抗が見られることもなく、万力のように締め上げるクラーケンの足によって船体はへし折られる形となった。


 船の油に引火したのか、海面が炎によって真っ赤に染まり、その中では火に炙られてもがき苦しむ人影が豆粒のように見えた。

 そして、その人影に吸い寄せられるかのようにクラーケンベビーが集まり、その足をもって人影を水中へと引きずり込む。


 まさに地獄絵図だ。

 前に出ようとしても、500メートル以上離れている第一次防衛ラインまで跳ぶ手段は、現状僕の跳躍しかない。


 3隻目が、轟音を響かせ船体をへし折られる。

 そうなれば、最早クラーケンが入り込むには十分な隙間ができてしまう。


「ラインが破られたぞ!」


 ポッ・ポッ・ポッ・ポッ


 トナミカ側から信号弾が上がる。

 それを見た、見張り台の男が叫んだ。


「包囲網を敷けとの合図だ!右舷をクラーケンに向けろ!」


 クラーケンが防衛ラインを破ったのは、レグナント号よりやや右側だ。


「取り舵いっぱーい!」


 デッキからビビの声が響き渡る。


「アイ・マム!取り舵いっぱーい!」


 復唱の後、操舵員が舵を左にとる。

 レグナント号は帆に夜風を受けながら、船体を左に向けた。


「右舷、準備良いかぁ!」


 ビビの声に、乗組員が叫び返す。


「3番砲に不具合あり!他29問異常なし!」


「時間がないよ!左舷の砲と取り替えな!」


 乗組員達が慌ただしく甲板の上を行き交う。

 大鬼族(オーガ)を中心とした乗組員が、軽々と砲を取り替えるために走り回った。


「キャプテン!いつでも行けますぜ!!」


「アンタ達!先走るんじゃないよ!!早いのは何にしても嫌われるもんだ、やるならドサクサに紛れて撃つんだよ!」


 乗組員の報告に、ビビは船員達を嗜める。


 ──まぁ、言い方ってものがあると思うのだけど⋯⋯


 ただ、先走って真っ先にクラーケンの怒りを買うのを避けたいビビの意図は伝わってくる。


「おい!ベビーが先に来るぞ!!」


 見張りの男が船の右舷、海中を指差して叫んだ。


光球(ライトボール)を撃て!」


 ビビの声に、乗組員達が一斉に光球(ライトボール)を海面に向けて発射した。

 生活魔法の一部の魔法であるため、皆が使える魔法だが、その光源としての力は微々たるもののようだ。


「イスカ!魔力譲渡でありったけの光球(ライトボール)を作れるかい?」


 僕の言葉にイスカは頷く。


「多分数分は光り続ける物が撃てますよ!」


 イスカの頼もしい言葉を聞いて、僕は右手に魔力を集中させる。

 体内を駆け巡る魔力が右手に集中する。


「いくよ、『魔力譲渡(アサイメント)!』」


 僕の右手から放たれる白い光がイスカの身体に触れると、譲渡される魔力にイスカはピクッと身体をよじらせた。


「いきます!『光球(ライトボール)』!」


 イスカが右手を高々とレグナント号の頭上へと掲げる。


 ──キュインッ


 甲高い音が聞こえたと思うと、眩いばかりの光の矢が放たれた。


「なんだ!?攻撃魔法か!?」


 その光の強さに、見張り台の男が思わず攻撃魔法と見間違えた程だ。

 光はグングンと高度を上げ、100メートル程上昇すると小さな太陽が作られたのかと思うほどの光を放つ、直径10メートルの光球を作った。


 ──カッ!


 光は夜の帳を退け、レグナント号を中心に煌煌と周囲を照らし始める。


「ベビーが登ってくるぞ!」


 甲板の乗組員が、手にカトラスや斧を構えながら、船体をよじ登り始めたベビーに対処するため集まり始める。


「くそっ!タコだけになかなか切れないはずだ⋯⋯ここにも魔法使いがもっといれば⋯⋯ドグだけじゃなぁ」


 見張り台の男が悔しそうに呟く。

 その声に、隣に立つイスカとフーシェが顔を見合わせると頷きあった。


「大丈夫ですよ。魔法使いはいませんれけど、魔法剣士と──」

「ん。凄腕双剣使いがいる」


 イスカとフーシェが揃って剣を抜き放つ。 

 二人はクルリと僕の方を振り返ると、ニッコリと笑った。


「チビダコさんは私達が。ユズキさんはクラーケンを!」


 あの巨体を僕だけで何とかできるのだろうか?

 しかし、二人はできると信じている。


 能力値譲渡を二人にかけようと手を伸ばしたが、その手をフーシェは静止した。


「ん。あのタコ達くらい素でやれる。ユズキは過保護すぎる」

「そうです!魔力はクラーケンのために取っておいて下さい!」


 二人にたしなめられ、僕は右手をおろした。

 そうか、それだけの強さが二人にはあるのだ。


「行ってきます」

「お先」


 そう言うと、フーシェは自由落下するようにヤードの上から後ろ向きに飛び降りた。イスカは、身軽に下のヤードへと飛び移ると、更にその下のヤードへと降りて行く。


「あれを、どうにかするか⋯⋯」


 僕は、沖合で足をくねらせるクラーケンを睨みつける。

 既に被害は甚大だ。

 僕はクラーケンを倒す為の策を講じるために、頭を回転させた。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 レグナント号の甲板に着地すると、今まさにクラーケンベビーが甲板へとその身を露わにしようとしているところだった。

 その足の吸盤が、2メートル程の体躯を思った以上に素早く動かすことに驚きと、ギョロリと周囲を見回す動きに、私は生理的な嫌悪感を抱いた。


「来たぞ!」


 ベビーの足と頭部が、船体を登り甲板に雪崩込む瞬間、屈強な魔族の乗組員さん達が手に持った斧で足に斬りつける。


 ──ビギイッ!


 魔族の一撃をもってしても弾力に富む足を切断することは叶わない。

 その姿を見て、私は自分の剣がベビーに通用するのか不安になる。

 だけど、自分のレベルはユズキさんの力を借りているとはいえ、39だ。


 自分の力を確かめるために、私は敢えて魔法を使わずに嫌悪感を抱かせるベビーの足に斬りかかった。


 ズムッと、刃が難体質の身体に当たり軽い抵抗感を柄を握る手に感じるが、その感触から斬れると私は判断する。


「ハッ!」


 力を込めて剣を振り抜くと、私の太腿くらいの太さがある足は一刀の下に両断された。


「スゲェよ!嬢ちゃん!」


 乗組員さんが笑顔を向けてくれる。

 その表情に明るさが灯ると私も嬉しい。


「『属性付与(アナザーエンチャント)』!」


 私は刀身に属性付与を行う。

 中級魔法を覚えたことで使えるようになった雷属性の付与だ。

 眩いばかりの光を放ち、刀身が雷光を纏い金色に輝いた。


 ──!!


 ベビーから伸びてきた足を、身を捩らせながらかわして斬りつける。


 バヂッ


 肉が焼ける音と共に、先ほどよりも簡単にベビーの足が切れる。

 おまけに、斬りつけると雷がベビーの本体にまで衝撃が行くのか、動きが鈍くなった。


「ハアッ!!」


 私はジタバタともがくベビーの足を避け、跳躍する。

 そのまま、ベビーの頭部に刀身を突き刺して雷の衝撃を加えればベビーは断末魔をあげて動かなくなった。

 ホッと一息をつきたいところに、フーシェの声が飛んできた。


「イスカ!後ろ!」


 私が反応するよりも早くフーシェが駆けつけ、私に伸びてきた別のベビーの足を斬り払う。

 フーシェの一撃を受けて、ベビーの足はまるでプリンの様に甲板に打ち付けられることとなった。

 私の倒したベビーよりも2回り大きい、5メートル級のクラーケンベビーが私たちを見下ろしていた。

 その足の一本には、レグナント号の乗組員の魔族を1人捕らえている。


「ん。敵がいなくなるまで油断しない」


 ごもっともです。

 私はフーシェの加勢に加わろうとしたが、フーシェは首を横に振った。


「これは、フーシェが倒す。イスカはみんなを助ける」


 周りを見渡せば、5体程のベビー達が甲板に登ってきており、そこかしこで戦闘が始まっている。


「分かりました。フーシェも無茶しないで」


 フーシェが軽く頷くと同時に、私達は左右に散った。

 左側に剣を巻き取られようとしている乗組員さんを見つけ、私は駆けつける。


「危ないぞ!」


 心配してくれているのは嬉しいけれど、今助けなければ乗組員さんはベビーにやられてしまう。

 6本の足が伸びてくるのを見て、私はスキルを発動する。


「『剣舞踊(ソードロンド)』!」


 雷光を纏った剣が光の軌跡を描く。

 軽いステップを踏めば、研ぎ澄まされた神経が周囲の流れを緩慢にさせる。

 足捌きを意識すれば、最小限の動きでベビーの足をかわすことができた。


 右上、左、足元!


 ほんの僅かなベビーの足が繰り出される隙間を狙って、私は剣を振るう。

 剣が足を斬りつける度に、ベビーの足は面白いように斬れていく。


 その瞳が本能的な恐怖に染まるのをみて、私はほんの少しの罪悪感を抱きながらも、とどめの一撃を頭部へと叩き込んだ。


 ジュッ、と焼かれる臭いは少し香ばしいのだけど、その見た目から暫くタコやイカを食べられないかもしれない。


 私はベビーが甲板に崩れ落ちるのを確認して、今度は油断をすることなく、次の敵へと走り出した。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ