クラーケン討伐を行うようです⑥
「二人は大丈夫そうかな⋯⋯」
僕はレグナント号のヤードの上から、甲板の上で立ち回るイスカとフーシェの様子を見て呟いた。
「兄ちゃんのお仲間スッゲェなぁ。クラーケンの方を任せられていたけど、アテがあるのか?」
僕よりも頭上にある見張り台で、見張り役をしている魔族の男が僕に話しかける。
そうなのだ、イスカとフーシェに任せられたのは良いのだけれど、いざあの小さな山の様な大きさのクラーケンに太刀打ちできるかといえば、現状僕のスキルだけでは単独で打ち破ることは困難だ。
そんな葛藤に襲われる僕の脳裏に、セラ様の空間で出会ったもう一人の女神さま、アマラ様の言葉を僕は思い出した。
『──貴方はセラの世界において誰よりも強いけど、最強ではないわ』
「⋯⋯そうか」
アマラ様の言葉を僕は頭の中で反芻する。
すると、突然頭の中の靄が晴れたような気分が僕を襲った。
「どうした?」
見張りの男の声が届くが、僕は今感じた感覚を忘れないように考えをまとめる。
そうだ、僕は強いけれど最強ではない。
この意味をちゃんと理解はしていなかったのだ。
なまじ武器を持っているために、自分でどうにかしようという考えを捨てきれていなかった。
女神さまの前では、自分を戦略家のように動けば良いと言ってみたものの、アースドラゴン戦だって本当に倒すための立役者となったのはフーシェだ。ワイバーン戦の時はイスカや『城壁の守護者』パーティーのアルティナ、そしてサユリだ。
考えろ。
どうすれば一番の効果が得られるのかを。
イスカとフーシェはクラーケンベビーを相手にすると言った。
つまり彼女達こそ、僕がいくら強化を行おうともクラーケンには効果的な攻撃手段を持っていないと自覚していたのだ。
──ドゴンッ!
また、一艘の船がクラーケンの巨大な足によって沈められる。
時間はない、クラーケンは手当り次第に近場の船を攻撃しているようだが、レグナント号とクラーケンの距離もさほど離れてはいないのだ。
「ヒッ!」
焦る僕の耳に眼下から、耳に残る声が聞こえてきた。
──そうだ!
僕は甲板を逃げ回る、魔族のドグを視界に収める。ドグは、戦場と化した船の上で魔法を使うこともせず、慌ただしく逃げ回っていた。
その動きは俊敏だが、彼は一向に仲間を助けようとする気配はなく、ただただ保身のために走り回っていた。
その動きに内心僕は腹を立てたが、彼の魔法こそが、この状況を打開する一石になるのではと閃いた。
「行ってくるよ!」
僕は見張り台の男の返事を待たずに、ヤードの上から飛び降りた。
軽くマストを蹴っているため、加速のついた僕の身体は自由落下よりも早く、デッキの端で震えているドグの目の前に着地した。
「ヒ、ヒッ!──旦那!!」
ドグは、突如眼前に降ってきた僕の姿に面食らったのか、ギョロギョロとした瞳を大きく見開いた。
「ドグ!君の力が必要だ!その魔法の力を貸してくれないか!?」
僕の言葉にドグは眼を丸くする。
しかし、次の瞬間には両手を目の前でヒラヒラとさせながら叫びだした。
「無理じゃ、無理!ヒッ、儂の魔法は狙いも下手くそで、こんな所じゃ撃つこともできんのじゃ!こんな役立たずを当たるより、他を当たれぃっ!」
なるほど、仲間を巻き添えにしないために、魔法も使えなかったのか。
「魚人族の時だってそうじゃ。しこたま撃って、当たったのが2発!こんなところで使ったら仲間を氷漬けにしてしまうわい!──って、旦那、後ろ後ろ!」
ドグが恐怖に満ちた顔で、僕の後ろを指差す。
振り向くと、3メートル級のベビーの2本足が僕を目掛けて伸びてきていた。
しかし、その足は僕に到達する前に、一人の人影によってバラバラにされることとなった。
「ん。セーフ?」
漆黒の双剣、『アースブレイカー』を身体の一部の様に振り回したフーシェが、僕の目の前に着地する。
その刀身は、ベビーの足を斬ったのに汚れ一つついていない。
「ありがとう、フーシェ」
僕がお礼を言うと、フーシェは少し嬉しそうに頷きながら、再び甲板を蹴った。
どうやら、ようやく『アースブレイカー』を振れることが嬉しいらしい。
次々と獲物に向かって行く姿は、遊び相手を見つけた肉食獣のようだ。
「さて、ドグ。大丈夫だよ、仲間に誤射してしまうことはないよ」
僕はドグに向き直る。怪訝な顔をする彼に、僕は砲撃を受けながらも怯むことのないクラーケンを指差した。
「狙ってもらうのはクラーケンだ。思う存分撃っていいんだ」
僕の言葉に、ドグは気は確かかという風に、乾いた笑いをあげた。
「ヒ、ヒヒッ!馬鹿言っちゃいけねぇ。ワシの魔法なんぞ、20メートル飛べば御の字じゃ!あんなに離れとるやつなんぞ撃っても届きゃせん!届いても吸盤一個が固まれば拍手喝采万々歳じゃ!」
口から唾を飛ばしながら熱弁するドグを見て、僕は頭を悩ませる。
「あそこまでは僕が連れて行くよ。レグナント号に乗り込むのを見ただろう?すれ違いざまに一発打ち込んでくれればいいんだ」
あまり時間はない。
クラーケンが砲撃の隙間を縫って、移動を開始しようとしていた。
「やらんと言ったらやらん!あんな近くまで寄ったら死ににいくようなもんじゃ!」
「ここにいたって、このままだと死ぬんだぞ!」
ドグの言葉にいらついた僕は、思わず語気を強める。
「ヒッ!死ぬ場所をなんで旦那に決められなきゃならんのじゃ!同じ死ぬなら、可愛いトナミカの嬢の上で死にたいわい」
ウットリと眼を閉じるドグを見て、僕はその顔を引っぱたきたくなる気持ちをなんとかこらえる。
このままでは拉致があかない。
『ユズキさん、こういった場合『知性』を上げてみることをお勧めします』
脳内にセラ様AIの声が響き、僕に語りかけてきた。
躊躇している暇はない。
僕はセラ様AIを信じることにした。
「『能力値譲渡』!」
有無を言わさず、僕はドグに向かってスキルを打ち込む。
譲渡するのは、『知性』と勿論『魔法攻撃力』だ。僕の右手から迸る青い光がドグを貫く。
「ふほっ!!」
驚きと共に素っ頓狂な声をあげる。
変な声があがったが、聞きたくない色っぽい物ではなかったのは良かったというべきか⋯⋯
能力を譲渡されたドグは、背筋を伸ばすと慌てたように身体を触り、どこにも異常がないことを確認すると安堵したように息を吐いた。
「旦那、なんてことをするんです。ちゃんと、やる前には声をかけてくださいよ」
──ん?
なんか、キャラが変わっているんだけど。
ドグの瞳には文字通り知性が宿り、あの耳にさわるような笑い声もでない。
折れ曲がった背筋もしゃんと伸び、言葉遣いも丁寧なことに僕は驚く。
「さて、あのクラーケンに私の氷魔法を打ち込むのですね?ですが、問題があります。私の最大魔法『氷結の吐息』は対象を凍らせますが、有効射程距離は5メートルしかありません。そして、先程も言いましたが、私はクラーケンの所まで辿り着く手段がありません。旦那は、その点を解決してくれるのでしょうか?」
スラスラと現状把握と自身の能力を分析し始めるドグの反応に、僕は面食らってしまった。
「あ、あぁ。僕がクラーケンまで運ぶよ」
「分かりました。次の問題はレベル差です。クラーケンが『災厄級』の魔物であることから、レベルは少なくとも60台、高くて70台と推測されます。私の魔法では、足を少し凍傷にするレベルです。先程頂いた力で強化されていますが、それでも一回の魔法で凍らせられるのは足の一本が限度です。それも、一回で魔力を全て使い果たしてしまうでしょう。この船にはマナポーションもありません。この点は旦那はどのように考えますか?」
最早別人だ。的確な戦力分析は、本当に僕から譲渡された能力なのだろうか?
だとしたら、僕の頭の回転ももう少し早くなっても良いものだが⋯⋯
ドグの変貌に、自分の頭があまり良くなっていないことを自覚して、僕は軽いショックを覚えた。
「僕の魔力譲渡でマナポーションの代わりができる。多分足と頭部の回数分を合わせて9回くらいならドグの魔法を撃てるようにするよ」
「それは旦那がレベル99と仮定しても消費魔力と旦那の魔力総量が釣り合っていません。嘘をついてはいませんか?」
うわ、これは逆に面倒くさいやつだ。
理詰めで来られると、時間がない中での押し問答程不毛なものはない。
「ドグ!やらなきゃ死ぬんだ!ここで問答をするより、試して活路を見出した方が生き残る確率は高まるよ!」
僕が業を煮やして叫ぶと、ドグは理解したという風に頷いた。
「なるほど、やらぬ後悔よりも試した方が確率は少しでも上がりますものね」
なんか、失敗すること前提なのだけど、やる気になってくれたのならしめたものだ。
「あぁ、いつでも撃てるように頼むよ」
ドグが頷くと同時に、僕はドグの身体を抱きかかえる。
⋯⋯正直臭い。
近距離での余りの臭気に顔をしかめたくなるが、これもトナミカ船団の乗組員の命と比べると安いものだ。
「あぁ、不衛生でしたね。この場合、アルコールによる消毒を簡易的にした方が⋯⋯」
あぁ、時間がないんだ!
僕の『魔力譲渡』は5分しか保たないのだ。
ブツブツと考え込み始めるドグを無視して、僕は助走する。
「待ってられないから行くよ!いつでも 『氷結の吐息』を撃てるようにしておいてよ!」
そう言い終えると僕は、今やレグナント号をも射程距離に捉えようとしているクラーケンに向かって跳躍する。
レールガンのように空中に放り出されたことで、鼻につくドグの悪臭が紛れたことが唯一の救いだ。
さて、それではクラーケンを冷凍させに行こうじゃないか。




