既読:予定通り犯人追い詰めるからね。佑白の協力がすっごい重要だから、たのんだよ!
あの人と出会った夜から、十三日目。
部室の緊急集会に集まってくれたのは、役員の半分と部員二十人ほどだった。
佑白も参加していたが、私たちは一瞬目を合わせただけでそれ以上会話はしなかった。
打ち合わせは昨日二人でしっかり済ませていた。
私の恐れていた噂は案の定、女子の間に多少広まってしまっているようだった。
普段そこそこ親しく話す程度の女子は私に近づいてこない。
みすずさんたちグループは、突然の呼び出しにも関わらず律儀に参加していた。
彼女たちは私から遠くて、噂が彼女たちまで広がってるかどうかはわからない。
集合時間を少し過ぎたところで、部長が前に立つ。
ざわついた場が静まり返った。
「皆知っていると思うけど、明日はサークル委員会議だ。俺は明日、ノート持出事件を未解決のまま、委員会に報告する」
「待ってください!」
言葉が終わらぬうちに声を上げたのは副部長だ。
「サークル活動無期限停止にさせられるかもしれないんですよ!報告は探し終えた後でも――」
「隠していてもすぐにばれる事を誤魔化しても悪い結果にしかならないよ」
部長は静かに諭すと部員全体を見回す。
「一度目の持出騒ぎに関しては数日前に解決した。持ち出された経緯、関係者もすべて把握していて行き違いによる悪意のない事件だったと結論が出ている。ただ二度目の持出に関しては、完全な盗難だ」
ここで部長は私を見やる。
「最上」
「はい」
私が姿勢を正すと、部員たちの視線が一斉に集まる。
緊張と不安は後でいくらでも感じればいい、今は無心になることを意識した。
「一度は見つかったノートが、再び持出してしまったのは私、最上と斎灯の責任です。もし明日のサークル委員会議までに返却されないのであれば、私たちは退部して責任を取りたいと考えてます」
場がざわついたところで一呼吸置く。
「もちろん退部して終わりという事にはしません。退部が決まったとしてもノート捜索は見つかるまで続けます。それ以外にも、サークルが廃部・活動停止処分等にならないよう、役員の方々にも協力をしていただきながら精一杯最善を尽くします。もしノートを持っている人、ノートのありかを知る人がいるならば、明日の午前までに役員の誰かに申し出てください。よろしくお願いいたします」
「待て」
会計が口を挟む。
「役員の最上はともかく、どうして斎灯まで辞めるんだ?」
その返事は佑白がしてくれた。
「俺の不注意で二度目の持出騒ぎが起きたからです。……当然です」
佑白が副部長ではなく全体を見て答える。
多少副部長へのあてつけも含んでいるように、私は感じられた。
凪いだ眼差しの決意に、女子がしんと静まるのが感じられた。
「俺もできれば、これ以上大きな騒ぎになって欲しくないと思ってます。よろしくお願いします」
締めは部長が引き継いだ。
「この話は俺の方から、出席していない部員にもメッセージを流す。――じゃあ、解散」
ぞろぞろと部員たちが解散する。
会計が退出際に私をちらりと見て口をとがらせる。
「委員会への報告、引きのばしといてこういうオチかよ」
会計が去り際に聞こえるように言い残す。
私は聞かなかった振りをして、会議室から出る部員の流れを眺めた。『今回の計画』を知るのは部長と私と佑白、この三人しかいない。今は何を言われても無視するしかない。
廊下に出た女子のグループが早々に大声を出す。
「最低! あいつだけでいーじゃん、辞めるの!」
「つか、最上さんがノート持ってるんじゃないの?」
気にしてはダメだと、分かっていてもじくじくと胃が痛む。
不意に視線を感じて振り返ると、望月先輩が気遣わしげに私を見ていた。
「最上さん。……色々大変なことになっちゃったみたいね」
「先輩」
数日前にランランと二人で先輩にアトラス・シトラスについて聞いたことを思い出し、私は頭を下げる。
「この間はありがとうございました。貴重なお話をしていただいて」
「いいのよ、あれくらい。どう? 探していた女の人は見つかった?」
「はい、おかげさまで」
なんだかすごく昔の事を持ち出されている気分になる。
アトラス・シトラスを追い求めた自分はもう、あの高級マンションのドアの奥に置いてきてしまっていた。
「斎灯くんと一緒に退部するとか言ってたけど……二人とも辞めるなんて言わなくてもいいでしょうに」
「いえ。任されてたんですからそれくらいの責任は取らないと、ですし」
先輩は悲しげな顔をする。
「もう少し副部長がしっかりしてくれてたらよかったんだけどね……」
先輩はそう言って一人で会議室を出た。そういえば副部長の姿はない。
そこに今まで話したことのない女子が一人、私の方に興奮した眼差しで近づいてきた。
「どうしたの?」
彼女は興奮した様子で私に詰め寄った。
「私、禁断の恋愛とかめっちゃ応援しちゃうタイプなんで! 応援してますね!」
それだけを言い残し、キャーと叫びながら去っていく。
行ってからずいぶんしてようやく、彼女は私の噂について言ったのだと合点した。
私は思わずしかめ面になった。
「なにそれ。禁断でもなんでもないよ。……不倫なんかじゃないんだから」
「不倫なんかじゃない、ね」
背後から低い声が響き、ぎょっとして振り返ると佑白がいた。
佑白は視線を落とし、ぎこちなく隣に立つ。
「確かにそうだ」
「まあ私も不倫未遂したし、人のことは何も言えないけど」
私たちは顔を見合わせた。
会議室から人気が無くなった頃、部長が私たちに声をかけた。
「昨日決めた件だけど、うまくやれそう?」
佑白が答える。
「ちょっとした賭けですが、やるしかありません」
私はそれに続いて頷く。
「もう時間はありませんしね」
「頑張れ。手続きは俺が全部やっておくから」
部長は私たちの肩を叩き、会議室を出る。
最後に出た私たちは階段の踊り場で、副部長が窓にもたれ掛かって黄昏ている所に出くわした。
いつになく生気が感じられない。吹いたらそのまま粉になってしまいそうな背中だった。
「副部長、どうしたんですか」
声をかける私に、副部長は泥のような眼をよこす。
「……どうしたもこうしたもないぞ、最上」
隈ができて酷い顔色だ。いつものリクルートスーツもアイロンがあまりかかっておらずよれよれだ。
「終わりだ。色々終わりだ」
「まだ終わってませんよ。きっと委員会議までに……」
「ノートの話だけじゃなくてだな」
口走った直後、副部長は一瞬しまったという顔をする。
「ノートだけじゃなくて?」
「……いいや、なんでもない。忘れてくれ。疲れてるんだ」
「はあ」
サークル棟を出たところで、私は佑白を見上げる。
「なんだったんだろうね。明日ダメだったら退部することになるからかな?」
「どうだろう」
あまり気にならないという風な、そっけない素振りで佑白は首をかしげる。
「他にも色々あるだろうね。体は大きいけど、先輩結構、気が小さいから」
「わかる」
私は頷く。
「だからちょっと憎めないんだけどね」
冬の眩しいばかりの日差しに、佑白はブロウフレームの奥で目を細める。
彼の横顔を見上げていると、急に私のなかで、こうして当たり前のように佑白と話せることへのありがたさが湧き上がってきた。
「ん。どうしたの」
黙り込んだ私を、佑白は凪いだ瞳で見下ろす。
昨晩の猛った眼差しが嘘だったようにけろりとしている。
佑白は唇の端で笑った。
「ノートの件、上手くいくといいね」
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