もうそのキャラで手を打ったらどう?……同じ次元にいるのに手が届かなくて、苦しいよりマシでしょ。
私と佑白はサークル棟そばの休憩所へと向かう。
自動販売機とテーブルがいくつか置いてある席だ。
昼間なら煙草を吸う学生がごろごろしている場所だが、夜になると照明がないためか人はいない。
陰と同化するようにランランが座っていた。
「あ、先輩! おつかれさまです!」
「いいよいいよ、座ってて」
椅子を慌てて引いて立ち上がろうとする彼を座らせ、私たちは彼の向かいに座る。
ランランは強張った面持ちで、私たちへと交互に視線を彷徨わせる。
忙しなくトレーナーの袖口をいじる様子は寒そうにも、不安にも見えた。
「あの、一体何の話なんですか? ……ノートの件、ですか?」
「いや、その事もちょっとは聞くけどね。一番聞きたいことは別の話なの」
一応ノート探しの話も聞くだけに、いじめているみたいで申し訳なくなってくる。
穏便に話しかけようと努める私の隣で、佑白がいきなり話を切り出した。
「先にノートのこと、教えてくれるかな」
ランランが大げさにびくつく。
「な、なんでしょうか」
「本当に昨日、誰もノートを持ち出さなかった?」
「……僕はその、副部長の話についていくのに精いっぱいで、その。他の事を見る余裕なんてなかったので……すみません」
佑白と目を合わせられず、ランランの視線は羽虫を追うように落ち着かない。
「間違えて持ち出したりはしてない?」
「まさか!」
ランランは青ざめ、悲鳴に似た声で否定する。
「ぼ、ぼく疑われてるんですか?」
「まあまあ。佑白もそういうつもりじゃないから、ね?」
完全に身構えてしまったランランに慌てて取り繕う。
「ランランが持ち出してくれてるのが、一番話が丸く収まって助かるんだけど」
「佑白!」
私は佑白を睨む。
佑白は私を凪いだ眼差しで一瞥すると、きもち柔らかさを含んだ声で言いなおす。
「ランランだったら『無断持出禁止の決まりを知らなかった』ってだけで済むからね。ランランは真面目だし悪気がある奴じゃないって皆知ってるから。深刻な事情があるならしばらく黙認することだって俺たちならできるし、もし持ってるなら言ってほしいと思ったんだ」
「そうだとしても、疑ってかかっちゃ可哀相でしょ」
私を無視して、佑白はランランをじっと見つめる。
「あ……」
視線を振り払うように、ランランは切実に首を左右に振った。
「そうか、ごめん」
佑白はあっさり引き下がる。
やや拍子抜けした様子で、ランランは視線を落とし縮こまる。
「なんだかすみません、その、ノート持ってなくて」
「いやいや、ランランが謝るのも違うから。あ、そうだ!」
私は努めて明るい声を出し話題を変える。
本題の質問を忘れるところだった。
「ねえ、ランランは打ち上げに参加してた?」
違う話題になり、ランランの青ざめた顔がほんの少し熱を取り戻す。
「僕は参加してないです。あんまりその、はしゃいだりする席、苦手なので」
「そっか」
期待はしていなかったので私も軽く返す。
今はとにかく話題を逸らすのが目的だった。
「じゃあさ、これくらいのショートカットの黒髪で、華奢で社会人っぽいお姉さん知らないかな」
私は手で顎のラインを示しながら話す。
「多分、エキストラとして参加してもらってた人なんだけど」
説明しながら、こちらもあまり期待していなかった。
普通すぎる特徴を言われたって、仮に一、二度会っていても記憶に残っていないだろうに。
だがランランは、的を射たような顔をした。
「……その人、エキストラでいた方でしょうか?」
「えっ」
私は思わず身を乗り出す。
ガタッと椅子が大きな音を立てた。
「知ってるの!?」
「し、知ってるというか」
ランランは軽く身を引く。
「見た気がするなあと思っただけなんで、違ってるかも……。前髪が長くておでこを出した感じで、背が少し高めの……黒っぽい服着たお姉さんですよね?」
反射的に、私はランランの両手を掴んでいた。
「ヒー!!!!」
ランランは悲鳴を上げた。
「絶対その人! その人だよ! どこで会ったの!? 知り合い!? 連絡取れる!?」
「佐紅、落ち着いて」
口を挟む佑白の落ち着いた声音に我に返り、私はランランの手を離す。
「ごめん」
「は、はあ……」
突然興奮した私に、ランランは唖然とした顔で瞬きを繰り返す。
私は深呼吸をしたのち、ランランに尋ねた。
「その人にどこで会ったの?」
「……」
ランランは窺うような目で佑白に視線を移す。
先ほどの詰問が堪えているらしい素振りだ。
「佑白先輩もいらっしゃった、副部長作品のラストシーンを撮影した日です」
「……は?」
反射的に私は佑白を見た。
佑白は僅かにうんざりとした様子で肩をすくめる。
「だから、覚えてないって」
「本当に、なんとなく印象に残ってただけなんですが。僕、そのとき作品のマイクを担当していたんですけど、その人なぜか絶対カメラに映らないようにしていたんですよね。エキストラなのに。だからちょっと、不思議だなあと思ってて」
「カメラに映りたくない人……か」
私は首を傾げる。
エキストラ募集に来る一般人は、わざわざ暇を作って参加するような人間だ。
しかし、アトラス・シトラスの彼女は映りたくなかったのか。
「サークル部員に友達がいて、嫌々誘われたとかなのかな」
「いえ、その可能性はあまりないと思います」
否定したのはランランだった。
「その人が誰かと話しているところは見ませんでした。常に一歩引いたところから、微笑ましく眺めてるって感じで」
「じゃあ、本当に本当の部外者なのかもね」
映りたがりのエキストラなら記念DVDを受け取るため、きちんと連絡先をこちらに教えてくれているはずだ。
また、部員に強引に呼ばれた人なら、連絡先を調べずとも縁のある部員さえ探せば糸口は見つかる。
しかし彼女はそのどちらでもない。
悩む私の思考を見抜くように佑白が言う。
「その人、アトラス・シトラスじゃない単なる通りすがりかもよ?」
一番考えたくない結論だった。
「でも特徴は同じだし……」
「エキストラ参加の人も学生も、どれだけいると思ってるの」
佑白はおもむろに眼鏡を外し、袖でレンズを磨く。
そういえば、私は今眼鏡男子二人に囲まれていた。
同じ黒髪メガネでもランランと佑白は与える印象が随分と違う。
思いながらランランに視線を移せば、彼はスマートフォンで何かを小忙しく探しているようだった。
「あの、佐紅先輩。もしかしてこういう感じの人じゃなかったですか?」
見せられた画面には、おっとり微笑むショートカットのアニメキャラがいた。
ランランはためらいがちに続ける。
「ちょっとこの子に似てたから覚えてたんですよね。もし雰囲気が近いなら、間違いないかなって、その。どうですか?」
「ああ……」
私は天を仰ぐ。
「こんな感じだわ。わかるわかる。こんな感じ」
ランランの表情がぱっと明るくなる。
「ですよね! あずささんに似てましたよね!!」
「あずささんって言うんだこの子!! そうそう、似てる似てる!!」
「…………」
佑白が理解不能な眼差しを向けてくる。
我々は無視を決め込み、画面を覗き込んで白熱した。
「このキャラクターみたいな胸の大きさじゃないけど、わかるわ」
「はい、僕もそれは思いましたが……い、言ったら失礼かな、なんて」
「イラストに起こしたら確かにこんなだよ。うん、間違いないわ。ランランはこの子が好きなの?」
「え、ええと……まあ、はい」
「このキャラが好きなならさ、君もあの人が好みだった? とか?」
「いやいやいや」
彼は即座に手と首で否定した。
「現実の女の子の好みはその……まあ、二次元とはちょっと違いますからね」
「へー……そんなもんなの」
「でも、あの人は確かに綺麗な人でしたね。カメラから離れた場所でニコニコ笑ってるのが、なんだか引率の保母さんみたいな顔で」
「わかる! 笑顔がとろっとしてて綺麗なんだよねー」
撮影に参加していたのはどうやら確からしい。
佑白は呆れ顔で眼鏡を弄んでいたが、しびれを切らしたように私に口を挟んだ。
「佐紅。例の単語の事は?」
「あ、そうだランラン」
「はい」
「『アトラス・シトラス』って単語でさ。何か思い浮かぶものはない?」
「アトラス・シトラスですか……」
「なんでもいいの」
「単品ならわかりますが……地図とか、ゲーム会社とか……うーん、……すみません」
「オッケーオッケー、しかたない」
アトラス・シトラスが副部長作品の撮影に参加していたかもしれない。
それが判明しただけでも大きな前進だ。
副部長は覚えていなさそうなので、他のスタッフに話を聞く必要がある。
聞き込みの際はランランに同席してほしいと頼み、私と佑白はそのまま彼と別れた。
誤字脱字ご連絡、心から感謝です!
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