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和界転生 ~45歳の俺が17歳で目覚めたら、知ってる平成じゃなかった~  作者: 泥沼之羊 座金


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1000_響け明日のその先へ.log

2037年4月12日(日) 午後


「もう1回。2番の前から行くよ」


菜月が譜面台に固定したスマホの録画を始め、スティックを2度鳴らした。


ギターが入る。


美咲のベースが追う。


半拍遅れて、ドラムが床を押し上げる。


4小節。


5小節目で、わたしの左手が遅れた。


弦が嫌な音を立てる。


「はい止まった」


美咲が即座に弾くのをやめた。


菜月も最後の一発だけ叩いて、スティックを膝に置く。


「今の、ウチじゃないかんな」


「誰も菜月って言ってないじゃん」


「顔が言ってたもん」


「ああ、響の顔はだいたい誰かのせいにしてるね」


「ちょっと、美咲まで何なの」


久里川高校、日曜の午後の軽音部。


狭い部室に笑い声が跳ねた。


窓は閉めてある。


壁には学校が買ってくれた吸音材と、先輩が勝手に貼った段ボールが混在している。


どこまで効いているのかは知らない。


少なくとも、わたしたちにはうるさい。


床からベースが上がってくる。


キックの振動が靴の裏に来る。


自分のギターが間違えれば、2人にも、自分にも、逃げ場なく聞こえる。


それがいい。


イヤホンで1人なら、失敗したところだけやり直せる。


3人だと、そうはいかない。


「やっぱテンポ落とそっか?」


「嫌」


「即答」


「言ったじゃん。この速さでやりたいの。ライブでやるなら、これじゃないと」


美咲がベースのネックを持ち上げる。


「ライブ以前に、2番へ入れない人が1名おります」


「今入ったでしょ」


「5小節目で死んだ」


「4小節は生きてた」


「蛮ガール、寿命短っ」


その名前を聞くたびに、少しだけ笑う。


蛮ガール。


3人で初めてちゃんとスタジオに入った帰り、久里川の蛮人カレーへ寄った。


地元ではみんなバンカレと呼ぶ。


そこで菜月が言った。


「ウチらガールズバンドだし蛮ガールでよくない?」


美咲が笑った。


わたしも笑った。


翌日になっても、もっといい名前が出なかった。


だからそのまま残った。


将来もし売れたら、絶対に由来を聞かれる。


美咲はそう言う。


売れてから困ればいい。


「頭から行こ」


「2番の練習じゃなかったの?」


「頭からやった方が気持ち入るっしょ」


「それで走るんだけど」


「今日はもう走らない」


「それもう聞き飽きた」


それでも菜月はカウントを出した。


新曲の『詩に戻り』は難しい。


自分で作っておいて、何でこんなに弾きにくくしたのかと思う。


でも、最後のサビで、客席が勝手に円を作って回り始めるところを想像すると、少しくらい無茶でもこのままやりたかった。


その前にやる『明日の余白』は、もう3人で最後まで通せる。


4分12秒。


先週、何度も撮り直して、ようやく「これなら人に見せてもいい」と3人で決めた。


スマホを譜面台に固定して、部室で演奏した動画も作った。


お父さんにも送った。


進路の話をする前に。


こんな田舎町から飛び出すって何度も言ってきた。


わたしがどれくらい本気なのか。


言葉だけじゃなく、まず聴いてほしかった。


返ってきたのは、


〈いいんじゃない〉


だった。


7文字。


小さい「ゃ」を1文字と数えなければ6文字。


数えてどうする。


「響」


美咲の声で戻った。


また止まっていた。


「今度は弾いてすらないんですけど」


「ごめん、考え事」


「演奏中に考え事って器用だねぇ」


「いや、演奏してすらないんですけど」


「ごめんて」


菜月がスティックで譜面を指した。


「これ、マジで次のライブでやるんだよね」


「やる」


「3曲目が『明日の余白』で」


「うん」


「4曲目がこれ?」


「うん」


菜月と美咲が顔を見合わせた。


「きつくない?」


「何がよ」


「全部。『明日の余白』だけでも4分12秒あるのに、そのあとこれだよ?」


「客が?」


「バカ。まず私らが」


それは、そうだった。そもそも高校生バンドのライブでそんなにお客さんが本気で聴いてくれるか?


いや、聴かせたい。


聴かせて、『明日の余白』が終わったあと、少し静かになる。


そこへ間を置かず『詩に戻り』をぶつけたい。


じっと聴いていた人が、立っていられなくなるような曲にしたい。


最後のサビでサークルができるくらい。


そんなの無理かもしんない。でも、そんな景色を見たいって思って何が悪い。


「だから練習してんじゃん。成せばなんとかなる」


「出ました。作った人の責任逃れ」


「作った人が一番練習してます」


「一番ミスもしてます」


「細かいこと気にしないでってば」


「ど真ん中でミスして細かいわけないっしょ」


怒っているわけでも呆れてるわけでもない。これが、いつものわたしたちの合わせ方。


もう一度、頭から。


行け、わたし。


今度は2番へ入れた。


弾け、わたし。


5小節目も抜けた。


最後のサビに入る直前で、わたしの喉から魂の叫びが飛ぶより先に、菜月のスティックが飛んだ。


演奏が崩壊した。


スティックが飛んだって分かったのは、そのあとわたしと美咲の前に落ちて跳ねて回って落ちてからだ。


3人で床を見る。


美咲が言った。


「スティックがダイブしてきた」


「スティック1本で左回りしてね」


菜月がそろそろとドラムの後ろから出てきて、わたしたちの前からスティックをかっさらって行った。


「今の、動画撮っててよかったね」


「拡散しなきゃ」


「使うな」


「蛮ガール、ドラム脱退の瞬間」


「脱退しない!」


笑いながら、もう一度やった。


完璧じゃない。


でも、できなかった4小節ができる。


次はその先で失敗する。


それを繰り返して、考えなくても指が動くところまで持っていく。


わたしは、そういうのが好きだった。


菜月は失敗すると、まず口が動く。


美咲は逆で、笑いながら黙って合わせてくる。


菜月は制服にしわが着くのも気にしないで袖をすぐ肘まで上げるし、美咲は垂れてくるなら留めればいいのに、いつもわざわざ前髪を耳へ掛け直してる。


わたしは、やりたいことばっかり先走ってるめんどいやつ、とかかな。


帰る頃には、外は暗くなり始めていた。


金沢みたいな街とは違って、田舎の久里川は駅前から1本外れるだけで、夜が早くなる。


ガタつく歩道。自転車を漕いで家へ戻る。


玄関にはお父さんの靴があった。


珍しいわけじゃない。


お父さんは東京で働いたあと久里川へ戻り、今は自宅で仕事をすることが多い。


仕事部屋だけは、家の中なのに会社、ていうかコンピュータールームだ。


なんでそんなに要るのか分からないけど、パソコンが何台もある。


モニターもハッカーかってくらい並んでる。


床中に伸びてるケーブルはいつも増殖している。


お母さんに言わせると、あれは「ほっとくと勝手に繁殖して、あとで間引く予定の生き物」らしい。


「ただいま」


「おかえり」


キッチンからお母さんの返事がした。


「響。金沢のライブハウス、日にち決まった?」


「まだ仮」


「マジで出演する方でいいんだよね」


「うんマジで。だから今日も練習で遅くなった」


「じゃあちゃんと決まったら、会場と終わる時間送って。帰りどうするかも」


「電車」


「終電に間に合うならね」


お母さんは反対とも賛成とも言わない。


誰と行くのか。


何時に終わるのか。


お金はいくらかかるのか。


夢の話をしたのに、交通費の話にされると腹が立つ時もある。


でも、その話を全部終えると、夢が少し現実に近づいている。


「お父さんは?」


「いますよ、そりゃ。自分の家なんだから」


「そういう意味じゃなくて」


「部屋。たぶんAIと会議中」


「人間とも会議しろっつの」


「言葉遣い。してるよ、人間とも」


廊下の奥へ行く。


お父さんの仕事部屋のドアが少し開いていた。


通り過ぎようとした時、中から声がした。


「……俺、そんな変なこと言ったか?」


会議相手にする声ではなかった。


次に、落ち着いた合成音声が返す。


『どの言葉を気にしていますか』


お父さんが家で作っているっていうAIだ。今どき、もっと人間みたいに喋るAIはいくらでもいるのに、これは妙に事務的な言い方をする。お父さんは「仕事はできる」と言っていたけど、わたしにはよく分からない。


名前は、おむすび。


何でAIにおむすびなの、と昔聞いたことがある。


高専の頃に作ったロボットの名前をそのまま使った、と言われた。


それ以上は聞かなかった。だって、お父さんがわたしの音楽に興味ないなら、わたしだって、お父さんのやることに興味もつ気がしない。


「大学行きながら趣味で続ければいいだろって。音楽で食えるかどうかは別の話だろ。ただ夢を応援するなんて、そんなの親の責任放棄じゃないか?」


『ご相談に関連する資料を整理しました。音楽家の収入と活動継続に関する統計、進学と演奏活動を両立した事例、未成年の進路選択と保護者の関わり方についての研究です』


「やっぱり問題山積みじゃないか。で、結論は?」


『進学とバンド活動は必ずしも二者択一ではありません。活動費や移動時間を含めた複数の計画を比較できます』


「それは俺が言ってることと同じだろ」


『選択肢としては妥当です。ただし、「趣味で続ける」という条件は響さんが言ったものではありません。それは当人の希望しないところで選択肢を狭める行為として受け取られる恐れがあります』


「卒業してからもバンド続けたいって。東京行くってことだろ? こんな田舎から、あんな街で音楽やる厳しさなんてイメージできてんのかな」


『響さんは、卒業後もバンドを続けたい、東京でも演奏してみたいと話しました。すぐに音楽だけで生活する、といった趣旨の発言記録はありません』


「分かってるよ。バイトしながら、とかだろ。それで上手くいかなかったら? そういうのを心配してるんだよ。親なら当然だろ?」


『それは恒一さんの心配です。響さんが何を準備しているかは、まだ確認できていません。それらは、夢、願い、希望だけではなく決意、覚悟などの人間的複合要素と共に周到な生活設計まで推定することになります』


「……じゃあ何を聞けばいいんだ?」


『賛成か反対かを決める前に、東京でどんな活動をしたいのか、どう準備するつもりなのかを聞けます。それに対して肉親として取るべき行動の指針は出せます』


少し間があった。


『それから、響さんは進路の話をする前に動画を送っています』


「今度、金沢のライブハウスでやる曲だろ。聴いたよ。再生したのお前だろ」


思わずドアを見る。


『タイトルは「明日の余白」。全体は4分12秒ですが、恒一さんの再生は1分24秒で停止しています。私の管理する端末には、それ以降の再生履歴がありません。別の端末で続きを聴きましたか』


沈黙。


長い。


「……してない」


胸の中で何かが冷えた。


分かっていたような気もした。


あの返信だったから。


でも、数字で言われると痛い。


1分24秒。


1番のサビを過ぎたあたり。


わたしが一番好きなところには、まだ全然届いていない。


「仕事の呼び出しが来たんだよ。それもお前が受け取ったんじゃん」


『はい。指示どおり再生を停止し、会社からの通話を繋ぎました』


「そのあと……忘れてた」


『はい。再生を再開するリマインドも設定されていません』


「なんだよ、俺のこと責めてるのか?」


『依頼に応じて記録を確認しています』


「そういう言い方が一番責めてる感じするんだよ」


少しだけ笑いそうになった。


でも笑えなかった。


「心配してるんだよ。プロになりたいって言われて、じゃあ頑張れだけでいいのか?」


『心配することと、話を最後まで聞くことは両立します』


「……じゃあ、何が足りなかった?」


『響さんが進路の話より先に曲を送ったことから、評価を受ける前に、まず演奏を聴いてほしかった可能性があります』


「……そうなのか?」


『可能性は高いと考えます。受け取った映像を元に私は楽曲の構成や3人の演奏を分析し、既存の楽曲に照らした評価はできます。ただし、商業的成功の可能性を計算したとしても、響さんがそれを伝えたかったとは確定しません』


「その何を伝えたかったかを推定して欲しいんだけど……本人に聞けってことか?」


『推定も助言もできます。しかし、響さんの考えを確かめるには、響さん自身の言葉が最も確実です』


「それが難しいから、お前の助言が必要なんだけど」


『はい。ですが、私に相談することと、響さんに聞くことは別です。必要であれば響さんの帰宅後の習慣から対話を要求するに適した時間を移動時間も含めて算出します』


お父さんが黙った。


わたしは自分の部屋へ戻った。


腹が立っていた。


反省までAIに手伝わせるのか、とも思った。


でも、ドアは強く閉めなかった。


スマホを机へ置く。


蛮ガールのグルチャに、菜月から動画が来ていた。


さっきスティックが飛んだ場面。


〈素材〉


美咲が、


〈使うな〉


と返している。


少し笑った。


その時、お父さんからメッセージが来た。


〈明日、時間ある?〉


返信欄を開く。


〈何〉


と打って、消す。


もう1件。


〈明日、曲、最初から一緒に聴かせて〉


しばらく画面を見る。


既読だけつけて、スマホを伏せた。


それから、また表に戻した。


『明日の余白』の動画を開く。


菜月のカウント。


美咲のベース。


わたしのギター。


お父さんが止めた、1分24秒。


そこを過ぎる。


2番のサビが終わり、美咲のベースだけが残る。


そこへ、わたしのギターが戻ってくる。


歌が終わっても、叫んだように鳴らしたギターの余韻がドラムに乗って残る。


4分12秒。


明日は、その先の話をしようと思った。

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