Round55 合宿の終わりに
結局、スラステア様は一日眠り続けた。
翌日の朝になってようやく目を覚ましたスラステア様だったけれど、どうやら化け物となっている間のことはまったく覚えていないらしい。
ただ、すっかり記憶がない時間の直前のことは、かろうじて覚えていることがあったらしい。
目の前に全身紫の変な男性が現れたかと思うと、急激に全身に力が入らなくなったのだとか。だけど、それ以上のことは思い出せないとのこと。
それだけでも証言が取れればとりあえずはオッケーだわね。
ファブニールに確認すれば、やっぱり見たことのある人物と合致するとのことだった。
それにしても魔王かぁ……。できれば、そんな単語は聞きたくなかったわね。
まさか、自分の異世界転生でもそういう存在が裏でうごめいているとか、正直頭が痛くてしょうがないわよ。
すべての事情を聞いたスラステア様は、私とネイリア様のところにやって来て、見事な土下座を披露していた。
「本当に申し訳ございませんでした」
「あ、いや……。伯爵令嬢が、男爵令嬢二人に土下座はちょっとどうかと思います」
誠心誠意謝っているスラステア様の姿に、私はどこか胸がチクチクする思いだった。うん、あんまり心がよろしくない。
「スラステア様、私たちは気にしておりませんので、どうか顔をお上げください」
ネイリア様も慌てふためいている。
「いいえ。下級貴族に対して個人的な恨みから暴力を振るうというのは、やはりあってはいけません。さぁ、気の済むまでお殴り下さいませ」
土下座をやめたかと思えば、今度は私たちに向けて頬を差し出してくる。相当混乱している感じだわ。
なんとしても詫びないと気が済まないといった感じである。
私とネイリア様は顔を見合わせてしまう。
そして、少し悩んだ後に、二人揃ってスラステア様に告げる。
「では、お友だちになりましょう」
「許して下さるのですか?」
私たちの言葉が信じられないといった表情をしている。
「はい。どうもスラステア様の嫉妬は意味のないことのようですからね。私は婚約者候補になってはいますが、肝心の私には殿下に対する思いはこれっぽっちもありませんからね。ソニア様と結ばれることを願っておりますもの」
「そ、そうなのですか……」
私が困ったような表情で告げると、スラステア様も困惑した表情を浮かべている。
操られていたとはいえど、殺意を向けた相手にこう言われるのは、そりゃまあそうでしょうね。
だけど、私たち二人から手を差し伸べられると、スラステア様は戸惑った様子を見せながらも、最終的には私たちの手をしっかりと握っていた。うん、やっぱり友情よね。
ところがどっこい、これでスラステア様の問題は終わらなかった。
立ち上がれるまでに回復したところで、今度はグリフィス殿下に呼び出されたのだ。
当事者である私たちも同行して、本当に大丈夫なのかというチェックを受けることになった。
虫は叩き出して潰したとはいえど、その影響が残っていないとも限らないからね。
ファブニールによれば、魔族というのは分からないようにしながらじわじわと人間たちにその魔の手を伸ばしてくるらしいので、本当にスラステア様が大丈夫かということには疑問が残るというわけだ。
眠っている間では問題がなかったものの、起きている間に合わせて発動するような魔法もあるらしいので、そのチェックを行うためだった。
「ふむ、どうやら問題はないな。どうやら、虫を植え付けられただけのようだ」
「いや、その虫だけで気持ち悪いんだけど?」
ファブニールが断言している目の前で、唯一スラステア様の耳から虫が出てきた様子を見ていた私は、とにかく気持ち悪がっている。
本当にあれば、絵面的にきつかった。思い出すと夏場だというのに寒気を感じてしまうほどだわ。真夏の怪談というべき状況だったわよ。
「それにしても、魔族が動き出したとなると、早急に対策を講じねばならんぞ。あいつらは本当にどこから入り込んでくるか分からんからな」
「うげぇ、やめてよね、そういう展開は」
ファブニールの話を聞いて、私は殿下たちの目の前だというのに、つい前世のような反応をしてしまう。
「もう合宿も終わりですので、王都に戻り次第、私は父上とすぐに相談を行う予定です。フィストニーナ嬢たちも十分にご注意ください」
「はい」
こうして、ゲームにおける最初のボス戦が発生するイベントは終了した。
まさかの上振れ展開の上に、イベントの真実を突きつけられた私は、どう反応していいのか分からない。
もしかしたら、これから起こるゲーム内イベントの多くが、こうした魔王絡みなんじゃないかと考えると、気が滅入るどころじゃすまないわ。
このままゲームが進行して、予定通りのイベントが起きるとすれば、秋にある学園祭で確実でしょうね。
これからもゲームのヒロインとして様々な困難が待ち受けているでしょうけれど、絶対にくじけたり負けたりするもんですか。
私はゲームの最推しであるファラン様と添い遂げるためにも、全部乗り越えてやるんですからね!
大きな決意を再確認して、私たちは王都へと戻っていったのだった。




