第一章「最悪の予知」
──── 1000年 帝国ゴーゼンメイヘム ────
この地球には、無数の世界が存在する。
火を扱うことで人類が頂点に立った世界もあれば、そもそも生物が一度も芽吹かなかった世界もある。
そして、わたしたちのいるこの世界は──人と獣がともに生きる中で、生命が抱く“想い”にエネルギーが宿ることに気づき、それを力へと変換することで、さまざまな文化を発展させてきた。
そのエネルギーを統べているのが、無数の世界一つひとつに存在するとされる上位存在──“監視者”と呼ばれるものだ。
なぜそんなことを知っているのか。
それはもちろん――このわたし、フィーネ・アスタロトに受け継がれた能力ゆえである。
なんとアスタロト家は代々、監視者に干渉、交信できる特殊体質なのだ。その恩恵により、他世界の認知やこの世界の未来を視ることができる。数百年前には、この能力によって飢饉を救ったとも伝えられている。
だが今や一族は縮小し、両親も流行り病で先に逝ってしまった。このままひもじい思いを抱えたまま人生を終えるのは、どうにも我慢ならなかったわたしは、一発逆転の策をひらめいた。それが──
「占い稼業よッ!!」
誰一人として客の居ない占いの館で、わたしはひとり、そう高らかに宣言した。
未来が視えるのなら、それを仕事にして何が悪い。
この能力を活かして生計を立てつつ、ついでに交際相手も見つけてしまおう――それがわたしの目論見だった。
相手を少々えり好みしている自覚はあるが、まだ二十五歳だし……焦る年でもないはず。
だが、現実は甘くなかった。
ほとんど白紙同然の顧客名簿に目を通し、深くため息をつく。
「はぁ……今どき占いなんて、信じる人いないよね」
獣人が暮らす王国ゴゴラドなら、“想い”を自らの身ひとつで操る特殊な術──想術が生活の中心にあるぶん、占いのようなものもまだ受け入れられやすいのかもしれない。
だが、人間が住まう帝国ゴーゼンメイヘムでは、“想い”によるエネルギーで稼働する道具──通称想具や、同じ原理で動く乗り物の想駆が街中にあふれかえっている。
どう考えても、こんな摩訶不思議な占いなど流行るはずもなく……平均来客数は、週に五人がいいところだった。
もう夜も遅くなり、最後まで客を待ち続けていたわたしも、ついに諦めて店を閉めようとした、そのとき──。
「あの……すみません。ここが占いの館で間違いないでしょうか」
おずおずと布の扉をかき分けて姿を見せたのは、肩口までまっすぐに伸びた灰色の長髪を揺らす、すらりとした若い男だった。
一目で上物とわかる仕立ての上着に、無駄のない所作。纏う空気が貴族と自己紹介しているような、端正な顔立ち。
その瞬間、わたしは思わず背筋を伸ばす。
──ついに現れた、新規顧客が。
「はいっ! 間違いございません! ささっ、どうぞお掛けになってくださいませ」
わたしは上着を受け取り、服掛けにしわが寄らないよう丁寧にかけると、いつもは三回以上は浸して使いつぶしていた茶葉を迷わず捨て、まだ一度も封を切ったことのない茶葉セットを取り出した。
「こんな夜更けに押しかけてしまい、申し訳ございません。……こうでもしないと、従者たちに気づかれてしまいますので」
「従者たち? ということはやはり、貴族の方でいらっしゃいますか!?」
「……はい。首都アーサットに在住しております、トレーソン・イニーツィオと申します。その、あまり騒がしくされると困るのですが……」
大当たりを引いた嬉しさが、どうやら表に出すぎたらしい。注意されてしまい、あわてて浮かれた気分を押し殺す。
ついでに言うと──彼はかなりわたしの好みだ。常連客になってもらうだけでなく、できれば玉の輿も狙いたい。だがその野望は胸の内にしまい込み、表向きはあくまで冷静を装って振る舞う。
「それでは、さっそくお伺いしてもよろしいでしょうか」
わたしは姿勢を正し、占い師らしく、少しだけ声のトーンを落としてみせる。
「本日ご相談になりたいことは……どのような内容についてでございましょう?」
彼は出された茶に視線を落とし、しばし迷うように指先でカップの縁をなぞった。
「少し、漠然としているのですが……」
ぽつりと、彼は口を開く。
「何をしていても、どこか満ち足りないのです。勉学も、社交も、舞踏会も……必要とされることは一通りこなしてまいりました。それなりに評価もされているのでしょうが、それでも心のどこかがずっと空っぽのままで」
そこまで言うと、彼は少しだけ苦笑した。
「この先も、この感覚がずっと続くのかと思うと……正直、怖くなりまして。そのあたりを視ていただければと」
詳しく話を聞くに、従者たちがかなり過保護らしい。
危険と判断されたものはあらかた排除され、転ぶ前に手を差し伸べられ、傷つく前に道を整えられてきた──そんな育てられ方をしてきたとのことだった。
今日もまた、従者に連絡を入れず、お忍びで四輪想駆を走らせてここまで来たのだそうだ。
恵まれているはずなのに、どこか窮屈そうなその表情が、彼の言葉の真実味を物語っていた。
「ご安心ください。このわたし、フィーネ・アスタロトにかかれば、確実な未来を予見し、あなたのお悩みを解決する道を示してみせます! 一回、銅貨五枚です!」
普段は三枚だが、このあたりは目をつぶってほしい。
「ああ、すみません。細かいものを持ち合わせておらず……金貨一枚でもよろしいでしょうか? お釣りはいりませんので」
「ぬぇッ!?」
自分でも聞いたことのない情けない悲鳴が口から飛び出し、思わず咳払いでごまかす。
金貨なんて、生まれて初めて見た。なんだこの大金、本当にもらっていいのだろうか――という葛藤を置き去りに、わたしの手はすでにそれを受け取り、水晶の位置を整えながら占いの準備に取りかかっていた。
「あまり占いという分野に知見がないのですが、こちらに私の未来が映るのですか?」
「ええ、そうですよ。原理については秘密なので教えられませんけど!」
言うまでもないが、原理もへったくれもない。
水晶はただの置物、雰囲気づくりのために用意した小道具である。
「それでは、あなたの未来を占います」
そう告げて、わたしは水晶の前に両手をかざし、いつも通り客寄せ用に編み出した謎めいた手つきをなぞる。そのふりをしながら、意識だけを静かに沈め、上位存在──監視者へと呼びかける。
瞬間、視界の奥で何かが弾けた。
誰かの耳元で、執拗に囁きかける彼の横顔。
殴りつけられ、血に塗れながらも、恍惚とした笑みを浮かべて立ち上がる影。
街の広場に整列させられた市民たちが、自らの首筋へ刃を当てる光景。
天を貫くような光の柱とともに、黒い球体が空高くから、星のように小さな影を保ったまま降りてくる。
支配に酔いしれ、暴力に震えながら、なお快楽を知ってしまう彼が、黒い球体──監視者へと手を伸ばす。そんな光景が、断片的な像となってわたしの脳裏を灼きつけていった。




