最低の適性
測定水晶は、鈍い灰色に濁っていた。
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「……嘘でしょ」
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誰かが笑う。
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すぐ後ろで。
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遠慮もなく。
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教室中に、くすくすとした音が広がる。
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「適性、なし。魔力、微量。反応遅延、著しく不安定」
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試験官が、淡々と読み上げる。
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その声だけがやけに澄んでいた。
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「総評。——戦力外」
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言い切られる。
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間を置かずに。
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迷いもなく。
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それが、事実だから。
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「次」
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終わりだった。
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私の、最初の評価は。
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名前を呼ばれて、前に出る。
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手のひらは、少しだけ冷たい。
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いや、違う。
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冷たいのは、私じゃない。
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周りだ。
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全部が。
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視線も、空気も、期待も。
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最初から、なかった。
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「ミナ・アッシュ」
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自分の名前が、やけに軽く聞こえた。
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灰。
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燃え残り。
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そのままだ。
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水晶に触れる。
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反応は、さっきと同じ。
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鈍く、遅く、弱い。
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まるで。
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“壊れているみたいに”。
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笑い声が、少しだけ強くなる。
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「ねえ、あれで入学できたの?」
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「寄付でしょ、どうせ」
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「うわ、最悪」
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全部、聞こえている。
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聞こえているけど。
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どうでもよかった。
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慣れているから。
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ずっと。
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こうだったから。
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「次」
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名前が呼ばれる。
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別の誰か。
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前に出る。
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水晶が、鮮やかに光る。
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深い青。
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強い波動。
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教室がざわつく。
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「高位水属性。制御良好。将来性、極めて高い」
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拍手が起きる。
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自然に。
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当然みたいに。
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その子は、少し照れながら笑った。
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眩しい。
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直視できないくらいに。
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それが、普通なんだと思う。
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ここでは。
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この学院では。
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強いことが、当たり前で。
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才能があることが、前提で。
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それがないやつは——
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いないことになっている。
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だから私は、
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最初から、いない。
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「……あー、ミナ?」
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隣から声がした。
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明るい声。
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やたらと距離が近い声。
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「大丈夫?死んでない?」
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顔を上げる。
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そこには、笑っている顔。
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やたらと元気なやつ。
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「生きてる」
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「そっか、よかったー」
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本気で安心した顔をする。
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意味が分からない。
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こんな状況で。
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「気にしてない?」
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「してるけど」
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「だよねー!」
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なぜか嬉しそうだった。
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意味が分からない。
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「でもさ、ミナってさ」
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彼女は、少しだけ顔を近づけて。
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「なんか“変”だよね」
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「は?」
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失礼すぎる。
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「いや悪口じゃなくて!ほら、さっきの反応」
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手で、水晶の動きを真似する。
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ゆっくり、遅れて、鈍く。
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「普通さ、あんな“ズレ方”しないのよ」
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真面目な顔になる。
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さっきまでの軽さが消える。
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「壊れてるか、逆に——」
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一瞬だけ、言葉を切る。
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それから、笑う。
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「まあいいや!」
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軽く流す。
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それ以上言わない。
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でも。
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その一瞬だけ。
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確かに、何かがあった。
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「私、ユナね!」
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手を差し出してくる。
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「友達いないでしょ?作っときなよ、私で!」
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「余計なお世話」
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でも。
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手は、振り払わなかった。
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少しだけ。
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本当に少しだけ。
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温かかったから。
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その日の夜。
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寮の部屋。
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ひとり。
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静かな空間。
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ベッドに座って、手を見る。
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水晶に触れた手。
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何もなかった手。
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でも。
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思い出す。
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あの違和感。
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遅れて動く、反応。
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ズレ。
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「……なんなんだよ」
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呟く。
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誰に向けたわけでもなく。
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その時。
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指先が、少しだけ熱を持った。
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一瞬。
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ほんの一瞬だけ。
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何かが“逆流”する感覚。
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痛み。
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そして。
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すぐに消える。
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「……は?」
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何もない。
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何も起きていない。
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はずなのに。
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なぜか。
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嫌な予感だけが、残った。
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この感覚を。
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私は、まだ知らない。
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でも。
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これはきっと。
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壊れているんじゃない。
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——壊れて“いく”感覚だ。




