44.それぞれの進む道
「それじゃ、ニナの出所と再会を祝して! かんぱーい!」
「乾杯!」
軽やかに音を鳴らし、酒の入ったグラスをぶつけ合う。
兄弟4人が、王都の酒場で顔を合わせていた。
事件解決から五年。
今日はニナが服役を終えて出てこられたことを祝う集まりだ。
アシュリーはアイス屋を辞めて、貯金をはたいて王都に酒場を開いた。
トットが大陸軍の騎士たちを連れてきたところから評判が広がって、酒場はいつも繁盛している。
カストルは、成人して家に戻ってきたリーシェナの護衛として忙しくしている。
父の背を追って外交官を目指すリーシェナは、隣国との関係改善のために活動しているらしい。
トットはアンリが言ったとおり、四年目になる頃に騎士爵を得た。
異例のスピード出世だと言われたが、きっとアンリのおかげだと思う。
大陸軍第一師団にアンリはさまざまな任務を回してきて、そのほとんどをトットが解決していた。
「みんな立派になったわね。牢の中からじゃ分からなかったから、出てきてびっくりしたわ」
「一番出世したのはトットだな。あの日の悪ガキが今やお貴族様だ」
「カストルだって変わらないでしょ。ご令嬢の護衛なんてすごい仕事じゃない」
「騎士ってつくかつかないかだけの違いだな」
アシュリーの酒場で出てくるのは、港町では定番の、香辛料と海の幸をふんだんに使った味の濃い料理の数々。
ほかほかと湯気を立てる美味しい料理を食べていると、酒が進んでしかたない。
「それにしてもここの料理は本当に美味いよな」
「でしょ〜? 海の魅力をみんなに知ってもらおうと思って、港町から料理人を連れてきたんだから」
アシュリーは嬉しそうに笑う。
その会話で思い出したように、カストルがトットに話を振った。
「そういえば、海軍はだいぶ改革が入ったらしいな」
「ああ。アルフェン……俺の訓練兵時代の同期だったやつが、怖〜い父親に文句を言ったらしい。軍の幹部の偉い人なんだけどさ」
「親が道を違えたとき、最後にただせるのは子どもだけなのよね」
ニナが真剣な面持ちで深いことを言う。
マザーのことを思い出しているのかもしれない。
「海軍がよくなったら、海賊もいなくなるかな? そしたらクルーズに行きたいな〜」
「いいわね。私が海を案内してあげる。無人島暮らしのおかげで詳しいのよ」
「わあ、それすっごく楽しそう。自分たちで航海するなんて夢みたいじゃない!? 二人も来てね、用心棒として!」
「……力仕事を押し付ける気だろ」
調子のいいアシュリーとニナに、トットは目を半分にして文句を言う。
女子というのはいくつになっても夢見がちらしい。
「それに、海が安全になったら次は隣国との交渉だ。そういうのが全部終わるまで、遊びじゃ海には出れないんじゃないか?」
「まぁ、そっかぁ。今ごろ王太子さまは大忙しなんでしょ?」
「おー。もうすぐ王太子さまじゃなくて国王陛下だぜ」
隣国との交渉役に名乗りを挙げたアンリは日々忙しそうにしている。
そのうえ父王が「健康なうちに退位して余生を楽しみたい」と言い出したとかなんとかで、アンリの即位の噂がまことしやかに囁かれているのだ。
トットもそればっかりは噂以上のことは知らないが、アンリのことを万全にサポートしてやろうとは思っている。
「あら。私、その忙しい王太子殿下に手記を提出しちゃった。仕事を増やしたかしら」
「ああ、それ。喜んでたよ、ありがとうって」
ニナが獄中で書いた自伝は、禁教だった海の女神カトナを信じる宗教の教義と歴史、それから元信者たちの辿った道ゆきを記す重要な文化誌になっていた。
アンリにその話をすると、彼が予想外に強く読みたがったのだ。
過去を紐解き、宗教との向き合い方を考えるための重要な資料になるのだという。
「ならよかった。海から入ってきたものと、陸に住む私たちがどう向き合っていくか……たくさん考えたから、王太子殿下にも響くと嬉しいわ」
そう言いながらニナは魚のホイル焼きを綺麗に骨から外して食べていた。
魚の食べ方には几帳面さが出る。トットは自分の目の前の、食べ残しが骨にちらほらと残ったままの魚を見て苦笑する。
「なんかね、あたし最近、未来が本当に楽しみなの。前の酒場でバニー服を着てたときは絶対思わなかったよ」
「バニー!? そんなはしたないもの着てたのか!?」
酒が入って声の大きくなってきたカストルが、驚きのあまりグラスを机に叩きつけながら言った。
過保護なその反応に、一同はケラケラ笑う。
騒がしい店の中、ウェイトレスたちは怯える様子なく、好きな格好をして楽しそうに働いている。
店主であるアシュリーが陽気に客と飲み交わしているのだ。
自由な雰囲気が漂っていて当然の、働きやすい職場になっていることだろう。
「みんなは? これから、やりたいこと! 何かある?」
明るい声で尋ねたアシュリーに、真っ先に答えるのはカストル。
「俺にはリーシェナ様を結婚まで見守る役目があるからな。心とマウフェル様に誓っているんだ、俺に決闘で勝ったやつにしかリーシェナ様はやらん!」
これまた過保護なカストルのセリフを聞いて、アシュリーとニナの視線はトットに向いた。
「……なんで俺を見るんだよ」
「だって勝ったんでしょ? 決闘」
「あんなに負け続きだったのにね」
そういえばそんなこともあった。
アンリにもリーシェナとの関係を聞かれたことを思い出し、トットは気まずく目を逸らす。
「トットは? 騎士として、何を為すんだ?」
「俺は……お前と似たようなもんだ。アンリを見守る。あいつも俺みたいに背負うタイプだからな、国を背負うには一人じゃ心もとないだろ?」
「……王太子殿下にそんなことを言えるのは、トットだけね」
ニナは肩をすくめて笑う。確かに不敬だと怒られてもしかたないが、トットにとってはいつまでもアンリはただの友人だ。
「ニナは? 出てきてやりたいこと。いっぱいあるだろ」
「……わたしは…………やっぱり、マザーみたいになりたい。いや! マザー以上の、いいお母さんになりたい!」
最初は言い淀んだニナだったが、だんだん勢いが強くなる。
言い切った、と言わんばかりに酒をぐっと煽るニナの肩を、カストルがべしべし叩く。
「…………なれる。すぐなる。マザーよりずっと、お前はみんなを幸せにできる!」
「うわカストル酔ってんなぁ」
「王太子殿下から手記が返ってきたら、自伝にして売ろうと思っているの。最初は誰にも読ませるつもりはなかったけれど……売上で、孤児院を建てようと思って。もちろん、ハウスの跡地にね」
照れくさそうに笑うニナの言葉に、アシュリーとトットは思わず椅子から腰を浮かせる。
「うわ、それって最高! この店からも寄付させて!」
「俺も!!」
盛り上がる勢いのまま、誰からともなく4人はグラスをそれぞれ手に持った。
「さっきもしたけどな」
「何回でもしようよ」
「……私たちの明るい未来に」
カストル、アシュリー、ニナ。
3人の視線が、立ち上がったトットに集まる。
グラスを高く突き上げて、トットは高らかな声で言った。
「乾杯!!」
そうして、夜は更けていく。
その先に夜明けがあることを、今や誰もが知っていた。




