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第二項 なにもない(第88話)

第一部 新世界の産声編 第五章 新世界へ 第三節 死出の旅路

 もうなにもない。すっからかんだ……誰か助けてくれ。


「さあ、今夜もいっぱいしましょうねぇ」


「待ってくれ、流石に身体が、もう……」


「大丈夫ですよぅ。そうやって言いながら昨晩だってすごかったじゃないですかぁ」


 そう言いながら兎塚さんが今夜もまた魔窟と化しつつある防音室へと連れ込もうとする。


 と、そこへ希望の女神――ではなく霞がやってきた。


「……うん、とりあえず待とうか?」


「霞っ! 助けてくれ! このままでは吸い殺される!」


 この女、兎どころの話じゃない。淫魔の類いだ!


 似た所ではお雪さん達が居るが、あちらと違ってこちらは本気で命の危機を感じると言う点がある。


 このままでは存えた命がここで尽き果ててしまう。


「はいはい、怖かったねぇ。で、なんでまたこんなに消耗しちゃってるわけ?」


「えっとですねぇ、燈牙さんとの相性が思いのほかよくってぇ……」


「やり過ぎたと?」


「はい……」


「あと、うちの防音室が魔改造されている件については?」


「な、なんのことですかねぇ?」


「しらばっくれても無駄よ! てかエロ配信に燈牙を巻き込まないで!」


「で、でも、好評なんですよぉ? 投げ銭とかもかなりの額でぇ」


「プライバシーってもんがあるでしょうが! せめてモザイクぐらいかけなさいよ!」


「生配信じゃ無理ですよぉ」


「とりあえずアーカイブは公開停止しなさい。今の燈牙は一般人なんだから」


「今どきは一般人も顔出し配信ぐらい――」


「それは現代人のネットリテラシーが低すぎるだけだから。常識的な一般人は顔出し配信なんかしないの。どう考えたってリスクの方がでかいんだから。あんたの場合はお店の宣伝とかもあるからいいけど、燈牙は違うでしょう?」


「じゃあ、被り物とか――」


「却下。まったくもう……防音室が配信部屋に改造されるとは思わなかったわよ」


「そう言えばぁ、なんで防音室があるんですかぁ?」


「前の利用者が使ってたそうよ。配信活動をしてたみたいだけど」


「あぁ、それでぇ……」


「ん? なにかあった?」


「いえ、リスナーさんに見覚えがある部屋なんて言われた物でぇ」


「もしかして、あんたの同業者だったのかしら……?」


「私の本業は官能小説家ですけどねぇ。風俗店のオーナーは副業ですし、店員として働いてるのは趣味ですからぁ」


「なんにせよエロ関係でしょ。ここの住所割れてたらどうしよ……まあ、しばらくは出産とかで離れるから大丈夫かしら?」


「出産ですかぁ。私は子供は欲しいとは思わなかったんですけどねぇ」


「……ん? 思わなかったって言うか、絶対要らないとか言ってなかったっけ?」


「最近は子供も悪くないって思えて来たんですよねぇ」


「それ、変な意味でじゃないでしょうね?」


「さすがの私も精通前の子供は対象外ですよぅ」


「せめてそこは未成年と言って欲しかったわ……」


「大人になると大変ですよねぇ」


「詳しくは聞かないけど止めなさいよ。何をとは言わないけど……ん? 燈牙? あ、いつのまにか寝てたわ」


「あらぁ、霞ちゃんの胸の中で安心しちゃったんですかねぇ」


「そもそもあんまり寝てないってのもあるでしょ。あんたの相手で」


「寝てないのは私も同じなんですけどぉ?」


「あんたショートスリーパーでしょ。それにしたってよくもまあ身体がもつわね」


「平気なんですけどねぇ。あ、寝かせてあげないとですねぇ」


「そうね。それにしても――クッソ重いわね。メアも手伝ってちょうだい。あんたの馬鹿力でもないと無理だわ」


「はぁい。どっちの部屋ですかぁ?」


「私の部屋に決まってるでしょ。ほら、反対側持って」


「よいしょっ。あー、確かに重いですねぇ。ぐっすり寝てるみたいで良かったですぅ」


「寝かせなかったのはあんたでしょうが、まったくもう……」




 目が覚めたら、なぜか霞の部屋で両隣には霞と兎塚さんが居た。


「どういう状況だ……?」


 そもそも、何時寝たのかよく覚えていない。


 兎塚さんに散々絞られて本気で生命の危機を感じていたのは覚えているんだが……。


「……身体の調子は戻ったか。危なかったな」


 身体の為に必要な行為とは言え、やり過ぎるとああなるのか。よく覚えておこう。


 そう考えると、雪女の村落では皆が気を使ってくれていたのだという事が良くわかるな。


 ……まさかたった一人相手に数日でこうなろうとは思わなかったが。


「ん……? ふわぁ……おはよ。よく眠れた?」


 霞が目を覚ましてしまった。


「おはよう。もしかして助けてくれたのか?」


「そうだけど……覚えてないの?」


「夢中で助けを求めた所はなんとなく覚えている」


「ああ、そこで気を失ったのね。とりあえずメアにはやり過ぎないように言って置いたから、今夜からは平気なはずよ。ヤバそうだったら逃げて良いからね?」


「ああ、そうしよう。俺もあそこまで消耗するとは思わなかった」


 それくらい夢中になっていたことは口が裂けても言えないが……本業の技術を甘く見ていた。


 世の男性が風俗にはまる理由の一つが良く分かった。


「単にやり過ぎなのよ。何事も程々が良いって言うでしょ?」


「まったくだな。それで、兎塚さんは――起きてるのか?」


「あらぁ、ばれちゃいましたねぇ」


 むくりと起き上がり、笑顔で言ってくる。


 その姿だけならば癒しの対象なのだが、彼女は性的な意味では圧倒的捕食者であることを忘れてはいけない。


「聞いていたと思うんだが、今夜からは抑えめで頼む……」


「うーん、残念ですねぇ。期間限定なのが惜しいくらいですぅ」


「燈牙の子供を産むなら迎え入れても良いって、とある人からは許可が出てるわ」


 とある人と言うと……お雪さんか。


「子供ですかぁ……うーん、保留ですかねぇ。今はまだ独り身が気楽ですしぃ」


「まあ、強制じゃないし、気が向いた時で良いんじゃない?」


「はい、前向きに検討しておきますねぇ」


 それは駄目な時の返答ではないだろうか。


 ……いや、別に残念に思っているわけではないが。


「それ駄目な時の奴じゃん。まあ、あんたの事だから深くは考えてないんでしょうけど。」


「素直に受け取ってくれていいですよぉ? まあ、この先考えも変わるかもですし。今はただ燈牙さんと楽しみたいですねぇ。気の使い方も覚えたいですしぃ」


「そう言えば、そっちはどこまで進んだのよ?」


「気の使い方ですかぁ? 気配感知があと少しといったところでしょうかぁ?」


「ん? 思ったより遅いわね」


「色々と浮気しながらやってますのでぇ。剛体法とか、戦闘向けのは良い所までいってますねぇ」


「えっ、そんなのもあんの?」


「ああ、兎塚さんの場合は基礎がしっかりと出来上がっていたから教えた」


 戦闘関連の気の運用は基礎ができていないと危ないからな。


 霞の場合はもう少し基礎を固めてからでないと身体がもたないだろう。


 今は妊娠しているから中断しているが、出産後には基礎だけでも終わらせたいところだ。


「そうなの?」


「らしいですねぇ。自覚は無いんですけどぉ」


「俺の師匠曰く、そう言う人はごく稀に居るらしい」


 そうでなくとも、兎塚さんは妙に力が強いからな。どこか普通の人間とは違うんだと思う。


「おぉー、私ってレアな存在なんですねぇ」


「まあ、見た目以上の力持ちってところからして普通じゃないとは思ってたけど……あと異常な性欲も含めて、一回くらい病院で精密検査でも受けた方が良いんじゃない?」


「そうですねぇ。今はお金に余裕もありますし、次の健康診断に合わせて精密検査の予約も取りましょうかねぇ」


「そう言えば、あんたのとこの兄弟は元気なの?」


 行為の後の世間話で聞いてはいたが、兎塚さんの所は霞と一緒で両親が結社の怪人に殺されており、長女であった兎塚さんは兄弟達を養うために人民軍に入ったと言う経緯があるそうだ。


「みんな元気ですよぅ。ちょっと前に故郷からの手紙が届きましたけど、とても元気そうでしたぁ」


「それなら良かったわ。何かあれば私も援助くらいはできるから、いつでも言いなさいよ?」


「今は大丈夫ですかねぇ。お店も順調ですし、今回の大口の依頼も助かってますしぃ」


 大口の依頼とは俺の事だろうか? 兎塚さんとのあれこれに関する契約では前金の時点でそれなりの額が飛んだが、今の俺の預金残高の前には微々たるものだったな。


 ……金は相応に使っているので減ってはいるはずなんだが、残高があり過ぎて減った気がしない。


 後金は契約満了時とのことだったが、どうせなら色を付けても良いかもしれないな。


「兎塚さんの所は何人兄弟なんだ?」


「私を含めて七人兄弟ですねぇ。私以外はみんな男の子ですよぉ」


「男ばかりか。大変じゃないか?」


「いえいえ、今は一つ下の長男が面倒を見てくれてますのでぇ。いい子なんですけど、最近はさっさと結婚しろってうるさいんですよねぇ」


「きっと心配してるんだろう」


「なので燈牙さんの写真を送っておきましたぁ。今気になっている男性です。って」


「……ん?」


「あんたねぇ……」


「嘘はついてないですよぉ。まあ、結婚となると別問題ですけどねぇ。やっぱり結婚するならお金持ちの人が良いですし」


「……燈牙、あんたの通帳残高見せてやりなさい」


「待て、どういうつもりだ?」


「どうせ遅かれ早かれ気づくでしょうし、それだったらさっさと抱き込んで置いた方が良いでしょ? 私としてもメアの事は放っておけないし……」


「……わかった」


 俺は携帯の銀行アプリを立ち上げると、預金残高の項目を開いた。


 やっぱり桁がおかしい。十桁なんて数字の金額、いったいどうしろと言うんだ。


「ほら、メア。目ん玉かっぴらいてよく見なさい」


「えぇ? なんですかぁ? 燈牙さんの預金残高って――結婚してください! 子供なら何人でも生みますぅ!」


「……これが金に狂った女の姿よ?」


 霞が若干引きながら言った。想像以上の反応だったようだ。


「いやっ、男性としての好みに加えてこの資産とか超絶優良物件じゃないですかぁっ! 愛人でも良いので囲ってください!」


「落ち着いてくれ。困窮しているようなら援助くらいはするから」


「あ、いえ、今はそこまで困窮しているわけではないんですけど……両親が死んだ後が大変だったものでしてぇ」


「ああ、そう言う事か。それじゃあ、弟さん達の事を聞いてもいいか?」


「え? はい、いいですよぉ?」


「成人しているのは二番目――長男だけか?」


「はい、今は大学を出て働いています。貿易会社で、渡里貿易社っていう所だったと思います」


「……」


 知り合いの所か……。


「あのぅ、燈牙さん? どうかしましたかぁ?」


「ああ、いや、世の中は狭いなと思ってな。友人が居て、尚且つ世話になった会社だったから驚いた」


「えっ、そうなんですかぁ?」


「そうなんだ。という事は、弟さん達は海上都市に?」


「はい、実家が海上都市なんですよぉ。ちょっと前に里帰りした時はあまりの変わりように驚いちゃいましたけどぉ」


 それはそうだろう。あれだけ変わっていたら――うん?


「ん?」


「ちょちょちょっ、今なんて?」


「えぇ? 海上都市が変わってて驚いたっていう話ですよぉ?」


 兎塚さん、俺達と同じだったのか。


「……霞、兎塚さんもこっち側だと知らなかったのか?」


「最後に連絡取ったのって半年前位だったから……まさかメアもこっち側だったなんて」


「こっち側とはなんですかぁ?」


「メア、あんた半年前位から色々とおかしいと思わなかったの?」


「半年前ぇ……? あぁ! なんかやけにコスプレしている人が多いとは思ってましたけど、あれってコスプレじゃなかったんですかぁ?」


「それたぶん異世界の人よ。それをあんた、コスプレって……」


「異世界? どういうことですかぁ?」


「どうもこうも、他の世界と私達の世界が融合しちゃったのよ。良く気づかなかったわね……」


「みんな普通にしてたものですからぁ」


「大多数はそうなんだが、俺達のように世界が融合したことを認識している者も居るんだ。数は少ないが」


「そうだったんですねぇ。そう言えばご飯を食べに行ったときに見たことのない料理とか食材があったような……」


「あんた凄いわね。ちなみに今の世界は四つの世界が融合しているみたいよ? 何か心当たりくらいはあるんじゃない?」


「四つもですかぁ? 一つは私達の世界でぇ、二つ目がコスプレの人達の世界、三つめはぁ――あ、ロボットのある世界ですかねぇ? 海上都市で見かけましたぁ。そして最後にぃ――うーん、あっ、魔法少女が居る世界ですかねぇ? そう言う配信者がいますけど、あれってネタじゃなかったんですねぇ」


「おー、正解よ。魔法少女の配信者ってのは初耳だったけど」


「友人が見ていたな……そう言えば、魔法少女の世界の物とは違うが、魔法なら俺も使えるぞ」


「えっ、マジで? 見せて! そして教えて!」


「私も同じくですぅ」


「やっぱりそうなるか……」


 そうして魔法を見せた後、案の定覚えたいと言う霞と兎塚さんに魔法を教えることになった。

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