第三項 逆鱗に触れる行い(第85話)
第一部 新世界の産声編 第五章 新世界へ 第二節 再びの襲撃
秘密結社の残党狩りはあれ以来、足取りは掴めども姿が確認できない。
どうやら我の接近が感知されているのか、逃げているようだ。なかなか逃げ足が速い。
「まあ、無意味なのだがな」
逃げられると言うのであれば、我としては無理に追わず、奴らが残していく資料やらを回収していくだけだ。
本当に大事な物は持ち去られているのであろうが、それでも、立て続けに逃げ出すようなことになれば漏れは出てくるものだ。まあ、今回の忘れ物は想定外であったが。
「……人族の子か。何かの実験体か?」
奴らが何らかの研究を行っていると言うのは分かってはいたが、まさか新たに怪人を生み出そうとしているのではあるまいな?
幸いにも、この人族は眠らされているだけのようであり、特別これと言った何かをされたような痕跡はない。
とはいえ、こうして捕まって眠らされているという事は何らかの利用価値があったのだろう。
「他にめぼしい物は無い、か。ひとまずはこの子供を連れて行くとするか」
シルフィーネなら何かわかるかもしれないからな。
リンの方も新たな情報を得ているかもしれないから、一度戻るのが賢明か。
今回は子供も居ることだし、直ぐに戻るとするか。
「我が意に従い彼の場へと導け――間隙の法」
魔法で切り開いた空間の先に、シルフィーネの自宅の居間が見えた。現在は誰も居ないらしい。
そのまま空間を通り抜けて居間に出――る前に履物を魔法で収納しておいた。土足は不味い、怒られる。
「ただいま――おわっ! ドッさんが壁から生えてる!」
「間隙の法だ。空間魔法は忘れたのか?」
「ああ、空間魔法ね。うっすら残ってる前世の記憶だと、相性が悪いからって、あまり使って無かった覚えがあるわ」
「そうであったか」
そうであった。精霊は魔法との相性問題が顕著に出るのであったな。
「で、その子供は? まさか攫ってきたわけ?」
「違う、保護したのだ。最近は奴らに逃げられることが多いのでな。追いかけて始末するのも面倒なので適度に追い詰めながら取りこぼした資料を集めて居ったのだが、今回はこの子供がいた」
「ふーん、特に何かされたって感じじゃないけど……寝てるだけよね?」
「うむ」
「じゃあ、シルフィーネに見て貰った方が良さそうね」
と、そこへシルフィーネがやってきた。どうやら風呂上りらしく、髪が濡れている。
「呼びましたか? あ、二人ともお帰りなさい」
「うむ、今帰った。こちらの時間は夜か?」
「はい、随分と遠くまで行っていたようですね」
「うむ、流石に子連れで戻るのは骨が折れるのでな。間隙の法を使った」
「子供? あら、この子は?」
「ドッさんが奴らの潜伏先で見つけたみたいね。何かをされた様子も無くて寝ているだけのようだけど、何かわかるかしら?」
「少し調べてみましょうか。こちらへ連れてきてください」
「うむ」
別室へ移動する最中、リンがすまなそうに言ってきた。
「ごめん、私先にお風呂入っていい? 今回行ってきたところがぼろ屋でさー」
確かに、リンの姿は小汚くなっている。
「はい、良いですよ。服はありますか?」
「あるから大丈夫よ。それじゃ、お風呂借りまーす」
リンは風呂か。人種は風呂好きが多いな。
「あなたも、この子の検査が終わったらお風呂に入ってくださいね?」
「むっ、浄化魔法ならば毎日掛けているのだが?」
「まあまあ、そう言わずに後で試してみてください。なかなか良い物ですよ? お風呂から上がる頃には晩御飯も用意していますので」
「うむ、そこまで言うのであれば仕方がないな」
しかし、風呂か。思えばこの姿で入るのは初めてかもしれないな。
そのようなことを考えている間に、別室へ着いた。
「この部屋は初めて利用するな」
「今はあまり使っていないので……」
そうしてシルフィーネが部屋の戸を開けた先には医務室のような造りの部屋があった。
「医務室か? なぜこのような部屋が?」
「秘密結社が活発に活動していた頃の名残ですね。秘密結社に相対する人達の中には、このような部屋を用意していた人もいるんです。過去にはここも何度か利用されていました」
「ほう、そうであったか。しかしまあ、こういった部屋もいざという時に役立つな」
「はい、今がまさにそうですね。あ、その子はベッドへ寝かせてください」
「うむ」
保護してきた子供を寝具へ横たえると、様々な器具を持ってきたシルフィーネが検査を始めた。
「魔法的な検査では特に異常がなかったのですよね?」
「うむ、心身ともに異常なし。ごく普通の人族の子供であったな」
「となると、診断魔法外の何かがあるようですね。因子との親和性でしょうか……この子の遺伝子情報を見た方が良さそうですね。あなた、そちらの機器の電源を入れて貰えますか?」
「む? これか」
示された場所に置いてあった機械の電源を入れる――それくらい我でもできるのだ――と、機械が低い音を立てて起動した。
「血液を採取しないと。ええっと、採取機は――ああ、ここでした。少しちくっとしますからね」
聞こえていないだろうに、寝ている子供にやさしく語りかけながら、シルフィーネは作業を進めていく。
妙に手馴れているな。過去には医療関連の仕事でもしていたのだろうか?
「手慣れたものだ。今の仕事の他にも医療関連の仕事をしていたのか?」
「え? ああ、それもありますけど、こういった治療に関しては生前にも良く行っていました。あれはまだ、あなたと出会う前でしたね」
「そうであったか。何やら新鮮に映ったのでな」
そう言うと、シルフィーネは苦笑した様子で答えた。
「あなたはお怪我をなされませんでしたので……」
そうであったか? 少し思い出してみるか。
「……うむ、怪我らしい怪我など、魔物共と戦っていた頃くらいで、その後は殆ど負った覚えがないな」
「そうでしたね。だからこそ、私達はあなたに希望を見出したのです」
「我はただ奪われた力を取り戻そうとしていただけなのだがな。それがいつの間にか世界の王だ。おまけにどいつもこいつも我を置いていきおってからに」
最後まで残っていたのは宰相だけだぞ。
「それは……ごめんなさい」
「……もう、我を置いて行くな。そなただけは二度と失いたくない」
こちらに背を向けて作業を続けるシルフィーネを、背後からそっと抱きしめた。
「あっ……はい、これからは、ずっとあなたと共に在り続けます」
「じゃまするわよー。ふいー、いい湯だっ――し、失礼しましたー! あっ、一時間くらい外出してた方が良いかしら!?」
一時間? それはどういう――ああ、性交をすると思われているのか。
「い、今のはそう言うのじゃないです! そうですよね!?」
確かに紛らわしかったかもしれぬが、我にそう言うつもりは無かった。
「そうだ。そう言う事はだいたいシルフィーネの方から誘っ――」
「あなた!?」
「えっ、あっ、ふーん……やっぱそう言う感じなんだぁ。ドッさんはそう言うの淡白そうだもんねぇ」
淡白と言われても、そう言った行為の必要性が無いだけなのだがな。
子を成せぬわけではないのだが、龍種を増やすというのは世界の均衡を考慮するとあまりよろしくないのだ。
「もうっ! 怒りますよ!?」
「ごめんごめん……ん? なんかそこの機械が光ってるけど?」
リンの示す先を見ると、先ほどの機器についている明かりが点灯していた。
検査の結果が出たらしい。
「あ、検査が終わったみたいですね。結果は――やっぱり陽性でしたか」
「奴らに狙われる理由があったと?」
「はい」
「それで、その子が狙われた理由は?」
「検査の結果、この子の遺伝子は生前の私達のような魔法生命体の因子との親和性が高い物であることが解りました。お母さまの世界で言う所の魔法少女の素質を持つ人、と言えば伝わりますか?」
「ん? つまり、その……怪人の正体は、魔法少女の素養を持った人間に魔法生命体の因子を突っ込んで作られた改造人間ってわけ?」
「……そうなりますね」
「え、待って、それじゃあ、魔法少女も怪人ってこと!?」
「えっと、魔法少女の事はよく知らないのですが、契約という手段を用いて魔法少女に成るのですよね?」
「そうね。私も詳しいわけじゃないけど、素養を持った子が異形から因子を受け取って契約を成すんだとか」
「我が見かけた魔法少女というのは妙な衣服をまとっていたが、あれは因子が変質した物であったか」
「因子、契約、変質……? 魔法少女が怪人と異なる理由は……あっ、より怪人に近い存在、他に居たわ」
「なに?」
「魔女よ。私もそうだけど、魔女って魔法少女の素養を持った人が異形の因子を直接取り込んで成るものなのよ。あっ、方法は聞かないで。その辺は魔女の契約で縛られてて、口外すると私が死んじゃうから」
魔女の契約? ふむ、これか? 確かに面倒な物に縛られておるようだ。
「なんだ。そのような物であれば我に言ってくれたらよいものを」
「えっ」
「その程度の縛りであれば簡単に破壊できるが。どうする?」
「できるの!? あっ、でも魔女としての力は――」
「失われないと思うが、その場合は我の因子を預けても良いぞ?」
こ奴も魔女であるならば、因子を受け入れることができる体質であろうしな。
「いやー、それは娘が怖いので遠慮したいけど――あ、とりあえず契約の破壊はお願いします。ドッさんの魔法の腕は信頼してますんで、へへ」
何か卑屈な物言いだが、まあ、頼まれたからには無事に遂行して見せよう。
「では……そちらのベッドを借りても良いか?」
「あ、どうぞ」
「そこに寝そべって楽にしていろ。なに、すぐに終わる」
「な、なんか別の事が始まりそうな言い方やめてよ」
「お母さま?」
「はいっ、冗談ですっ! すみません!」
なぜか圧を放つシルフィーネに謝ると、リンはベッドに寝そべって祈るように手を組んで目を瞑った。
「どれ、契約元は――そこか。ふぅむ、契約違反をすると頭部が爆ぜるのか。まあよいか」
「えっ、ちょっ」
「我が意の下に此の契約を破棄する」
「ひっ――あ、あれ? なんともない? 今ので終わり?」
「うむ、今ので契約元の頭が爆ぜたはずだ。破棄するだけではつまらんので呪詛返しをしておいた。なに、相手は異形とかいう存在、つまりは魔法生物なのであろう? その程度で死にはせん」
「うわぁ……」
「しかし、因子、因子か……お前達の中の自身の因子は今、どうなっておるのだ?」
「え? 普通にあるけど? まあ、ほぼ休眠状態だけどね。魔女に成ったとはいえ人族の身体だし」
「私も同じですね。とは言え、こうして無事なのは、私にも魔法少女の素養があるのでしょうか?」
「うむ、であれば、だ。二人の因子を活性化させても問題は無いのではないか?」
「……あっ。言われてみればそう、なのかしら……?」
「……ですね。おそらくですが、問題はないかと。いえ、むしろ因子が魂と結びついている分、相性はこれ以上ないくらいに最高なのでは……?」
「待った! その場合、身体に直接因子が入ってるわけで、魔法少女の契約とは違うわけでしょ? どっちかというと怪人の製造工程や魔女の契約に近いわけだから……どうなるの?」
「わかりません。ですが、やってみる価値はあります」
「なんでそんなに乗り気なの!?」
「実は、ドルガノス様に施そうとしているものがこの状態に近いので……誰かで実験するわけにも行きませんし、自分の身体ならいくらでも」
「待った待った! しれっととんでもないこと言ったわね!?」
「我は別に構わんが?」
「あんたは構わなくても私が構うのよ! 娘が危ない――かどうかもわからないけどヤバそうなことしてんのに止めない親がいますかって!」
「いや、そうではなく。二人の方は後回しにして、先に我の方を実験体として使うがよい。凡その予測は出来たが、人の身体に我の存在――魂と因子を容れるのだな?」
「はい、その為の身体はすでに用意してあります。ですが、今動くと秘密結社の者に感づかれる恐れがあって……」
「その身体がある場所が見張られているとか?」
「はい、怪人研究機関が使用していた重要施設の一つで、人を犠牲にせずに怪人を作り出す。という研究の重要資料でもあります」
「それって、勝手に使っても大丈夫なの?」
「……研究機関の解散にあたって各地に置いてあった資料は国と人民軍によってすべて回収されたことになっていますので」
「あー、そういうことね。回収漏れがあった所で責任は回収した側だから、残ってる物を使ったところでこちらに責任の追及は出来ないと。そもそも、あちらは資料が残っている事すら知らないから、使ったところでバレないってわけね」
「しかし、そうであるならば、なぜ秘密結社の残党はその施設を狙わないのだ?」
「施設は閉鎖されていますがセキュリティは生きていますので、何かがあった際には企業戦士が駆けつけるようになっています」
企業戦士? 企業に所属する戦士とは? 用心棒のようなものだろうか? わからん。
「企業戦士とはなんだ?」
「私も初めて聞いたわ。なにそれ?」
「企業戦士は秘密結社に怪人に対抗する為に各企業が用意した人族の戦士――という解釈で考えていただければ」
ほう、戦う力のない企業が金を使って戦士を育成したという事か? 企業らしいやり方ではあるな。
「でもそれって結局は一般人じゃ……まさか秘密結社みたいに人間の改造を?」
「中にはそう言った方も居るのかもしれませんが、彼等の大半は厳しい訓練を施され、最新の兵器を身につけただけの人間です。えっと、確かここに彼らの映像資料が――ああ、これです」
そう言ってシルフィーネがリモコンを操作すると、室内のテレビ――とは違うのか? それらしい画面に映像が映る。
画面上には全身鎧というには些か装甲が薄く見える鎧を身にまとった者達が居た。
人数は五名で、それぞれの区別の為か、装甲には別々の色がついている。
「あー、そう言う感じなのね。特撮の戦隊ものみたいね」
「実際、怪人退治の様子はテレビ番組で放映していましたね」
「あぁ、そっちの世界では本物だものね……」
「テレビというのはそのような物まで放送するのか」
なんでもあるな。我が国で導入する際にはそのようにするか……。
「そう言えばテレビ番組ってどうなってんのかしらね。あんま見ないけどあとで確認しとこ」
「えっと、話が脱線してしまいましたが、あなたの因子を新しい身体に移す作業は秘密結社の脅威が完全になくなってからという事で――」
「いや、そこはあえて強行せぬか? 奴らが来るのであれば、迎え撃てばよい。これまで奴らの足跡を追ってきたが、その間に我も色々と見聞きしてきたのだ。奴らの所業は目に余る。何より、奴らは我の逆鱗に触れる行いをしてきたことがよくわかった。故にここらで纏めて始末しておきたいのだ」
「ドッさんの逆鱗に触れる行いって何? ドッさんが何かに対して怒ってる印象がないんだけど?」
「あぁ、お母さまは覚えていないのですね。ドルガノス様達は人種の守護を目的に産み出された存在ですので、人種を消費物のように扱う秘密結社は殲滅対象と認識されてしまったようです」
「へぇ、そうだったんだぁ……ん? ってことは、私やシルフィーネも何らかの目的があって産み出された存在ってことよね?」
「そうですけど、その記憶も思い出せていないのですね」
「まあね。とは言え、大気の精霊ともなるとおおよその想像はつくけど。大方、星の環境の維持と保護とか、そんな感じじゃないの?」
「正解です」
「まあそんなところよね。ところで気になるんだけど、秘密結社の人間もまた人種なんじゃないの?」
「人種にも守るべき対象とそうでないのが居る。秘密結社の連中は守るべき対象から外れた」
「あー、そう言う感じなのね。そう言うのって本能的にわかる物なの?」
「本能と言われるとまた異なるのだが……まあ、概ねそのような解釈で構わん。なのでシルフィーネよ。準備の方は頼むぞ?」
「わかりました。とは言え本日はもう遅いので、お風呂に入ってご飯を食べたら寝ましょうね? あなたはともかく、お母さまは疲れているでしょうし」
「む、奴らの殲滅であれば我一人でも――」
「いいですね?」
「……はい」
うぅむ、やはりシルフィーネには逆らえぬな。
ひとまずここまで残り一話は執筆中です(2024/07/14)




