第二項 無粋な輩(第84話)
第一部 新世界の産声編 第五章 新世界へ 第二節 再びの襲撃
シルフィーネの頼みを聞く為、我らは秘密結社の残党の排除と怪人研究機関とやらで取り扱っていた資料を探す事となった。
「すみません。私も手伝いたいのですが、急に仕事を休みにするわけにも行かなくて……」
「うむ、わかっておる。シルフィーネはここで待っていてくれ。怪人とやらは我に任せよ」
「研究機関の方は私ね。調査関係は得意だから任せておきなさい」
「ありがとうございます。何かあったら連絡をしてくださいね?」
連絡。そう、我は新しい連絡手段を手に入れたのだ。
「うむ、心得た。しかし、我もコレを持つ日が来るとは……」
「いや、今どき携帯を持ってないってのは流石に無いから」
「使ってみたら便利だったでしょう?」
携帯電話、或いは携帯端末とも言うそれをシルフィーネとリンの勧めで購入することになったのだが――
「うむ、思いのほか便利で驚いたくらいだ。もっと早くに気付いて居れば……」
これほど便利な物を今まで避けていたとは、損をした気分だ。
「そう言う所は年寄りみたいねぇ。実際、年齢はお爺ちゃんなわけだけど」
「我らは老いることはないのだがな。しかしまあ、新しいものを受け入れる際に時間が掛かるのは否定できぬ」
「そうですね。私も今生の両親に勧められるまでは持っていませんでしたから」
「む、今生の両親か。一度挨拶に伺った方が良いのだろうか?」
「あ、いえ、両親は秘密結社の怪人に殺されてしまったので、もう……」
「そうか……」
怪人共め、草の根分けてでも探し出して始末してくれよう。
「そう言う世界とは言え、やるせないものね」
「そうですね。あの時ほど、力を失っていたことを悔いたことはありません」
「魔素の無い世界では致し方あるまい」
「はい……」
「それだけ悲しむってことは良い両親だったのね。うちの親なんか、毒親ってやつだったわよ?」
毒親? 毒持ちの親……? わからん。
「毒親とはなんだ?」
「あー、こっちの世界独特の言い回しだと思うけど、子供を虐待するような親だと思ってくれたらいいわ。うちの場合はそれ以上だったけど」
「子供を虐待だと? なぜそのようなことを?」
「まあ、家庭によって事情はあるんでしょうけど、うちの場合は魔女の家系ってこともあって子供の頃から魔法の英才教育を受けていたのよね。それと、魔女に相応しい身体にするために肉体改造をされたりとか? いやー、あれはきつかったわぁ」
しれっと言っておるが、それは最早虐待の域を超えておるのではないか?
「お母さまの身にそのようなことが……」
「ま、こういう事もあるから、貴女は良い両親に恵まれただけ、まだ幸運だった方よ。ご両親が亡くなってしまったのは残念だけれど、今の世界にはドッさんや私、それにシルヴィアだっているんだからさ。あ、そうだ。今度一緒にお墓参りにでも行きましょうよ。そっちの世界にもそういう文化はあるでしょ?」
「はい、その時はシルヴィアも一緒に連れて行きたいです」
うぅむ、宰相もか。大人しく来るだろうか?
「奴は出不精な所があるからな。渋るようであれば我が担いでいこう」
「いや、そんなことされるくらいなら自分で歩くでしょうよ」
「ふむ、それもそうか。ともあれ、墓参りはもうしばらく後だな。我としても個人的に怪人と言う存在に興味も出てきたことだしな」
「ドッさんは怪人に遭ったことは?」
「ない。だからこそ気になるのだ。聞けば怪人という物は人為的に生み出されたと言うではないか。異世界の技術が新たな種を生み出す事も可能となると、放置は出来ぬ」
「ドッさん的に怪人は新しい種って解釈なのね」
「うむ、むやみやたらと使われては種族の均衡が崩れかねんからな。人族の時とはまた違った問題が起こるであろうよ。それは何よりもシルフィーネが実感しているのではないか?」
「そうですね……そう考えると、私はこの手の問題と何かと縁があるみたいです」
「前世では人族に殺されて、今生では両親が怪人に、か……因果は巡るとは言うけれど、なにもこんな形で巡らなくたっていいのに」
「ふん、そのような物、今生で断ち切ってくれるわ」
「あら頼もしい。ついでにしぶとく生きてるうちの両親も始末してくれたら助かるわぁ」
「お母さま……」
「リンがそう言うのなら構わぬが、本当に良いのか?」
「遠慮なくやっちゃっていいわ。あいつら私が近づくと逃げるから、どうやって殺してやろうかって思ってたのよね」
「復讐であれば、自分の手で行いたいのではないか?」
「あー、別にそんなんじゃないわよ? 復讐はもう済ませたようなもんだし。私が危惧しているのは、あいつらを生かしておくと本当にろくでもない事件しか起こさないから、この世から消し去りたいのよ。じゃないとこの先、安心して生きていけないわ」
「それ程の危険人物という事か」
「実力的には大した事が無いんだけど、悪知恵だけは働くのよ」
「お母さまは魔女なんですよね? そのご両親はいったい……?」
「母親が私と同じく魔女で、父親が自称・吸血鬼だけど、その正体はただの死人よ」
「魔女はともかく、シビトと言うのは初めて聞いたな」
「死人と書いて死人ね。文字通り死んでいる人間なんだけど、特殊な魔法によって生き永らえているわ」
「こちらで言う所の不死者の類いか」
奴らの多くは魔法的手段を用いて人為的にそう言った種族へ変異しているからな。
怪人もまた似たような物だが、そちらに関しては魔法を用いずに行っているのが問題だ。
そもそも、種の変異というのは魔素が無ければ成立しえない現象なのだ。
だからこそ、魔素の存在しない世界でどのような手法を用いてそのような存在を作り出しているのか、それが気がかりなのだ。
「まあ、そんなところね。特に死人の方は生きているだけで人様に迷惑かけているような状態だから、早く見つけて処分しないと」
だんだん親の扱いが雑になっていくな。これは最早、嫌悪を通り越して無関心の域に達している。
殺害したい理由も他者を慮っての事であるしな。
「わかった、その二人の処分は我に任せよ。しかし、探すのであれば魔力の痕跡が欲しい所であるな」
「んー、痕跡か……昔、一家で住んでいた屋敷とかはどうかしら?」
「ふむ、住んでいたのであれば何かしら残っている可能性は高いな。所在は?」
「今携帯で送るわ。地図アプリは使えるでしょ?」
「う、うむ、まだ慣れぬところはあるが問題はない――むっ、ここか。凡その位置は把握したぞ」
画面に表示された位置の場所はすぐに把握できた。
やはり今の世界は地形がそう大きく変わっているわけではないらしい。
「携帯の使用はもたつくのに世界地図は全部把握してるって、どういう頭してんだか……」
場所が分かっただけなのに、なぜかリンには呆れられた。解せぬ。
さて、情報の少ない秘密結社の怪人より先にリンの両親を始末しにやってきたぞ。
……冷静に考えて字面が宜しくないな。魔女と死人を退治しに来た。うむ、これだ。
「ここか」
あの後、さっさとリンが住んでいた屋敷へ向かい、両親の物と思われる魔力の痕跡を見つけた我は、その痕跡から魔力を探り、あからさまに怪しい建造物へと辿り着いたのだ。
「……このような建造物は我の記憶には無いが、別の世界の物であろうか?」
その建造物は城とも塔とも見て取れぬ歪な形をしていた。
建造物の中からはリンの両親以外に妙な魔力を持った者の気配が複数感じられた。まさか怪人ではあるまいな?
そのように都合の良い事があるのだろうか?
……まあよいか。まずは標的の始末からだ。
「あまり派手にやると不味いか」
おまけに相手は魔女だと言うしな。無詠唱の速攻魔法を使うか。
死人の方は――傍に居るのがそうか。
双方共にそれなりの手練れのようだが、人の域を一歩出た程度か。これなら魔弾で十分だな。
さて、念のため記憶を覗いておくか。間違えて殺してしまってはことだ。
「彼の者の記憶を映し出せ――」
――さて、消えて貰うぞ。貴様らの存在は今後一切、リンの人生には不要だ。
「……ふむ、呆気なかったな」
魔女は初手即死、死人は核を撃ち抜かれでもしない限り死ぬことが無いらしく、倒れ伏して藻掻いていた所へ魔弾を数発撃ちこんで行ったら動かなくなった。どうやら核が複数あったようだな。周到なことだ。
問題は魔女達を殺したことで我に追手が掛かったことだ。
隠蔽魔法を使っていたのだが、何か別の手段でこちらの位置を探り当てたらしい。
迷うことなくこちらへ向かってくる追手の魔力は先ほど感じた妙な魔力の持ち主だ。
なので怪人の可能性を考慮して、ひとまずは迎撃せずに様子を見ることにした。
ほどなくして、虫のような甲殻を全身にまとった人型のなにかが現れた。
主な特徴はシルフィーネに聞いていた通りだ。あれが怪人か。
「……気配はここか? ちっ、姿が見えねぇ。おい、居るのは分かってんだ。出てこい」
だからと言って素直に出て行く奴は居るまい。どれ、小手調べに魔弾を一発。
「こねぇならこっちから――いっ!」
頭部に向けて放った魔弾が直撃し、怪人らしきものはそのまま倒れ伏してしまった。威力を抑えていたので殺してはいないが、あの程度の威力で気絶するのか……。
まあ良い。怪人を間近で観察する良い機会だと思っておくとしよう。
隠蔽を解いて倒れた怪人の傍へ寄り、その甲殻に触れてみた。
「ふむ、この甲殻は鎧ではなく皮膚が変質した物なのか。人の身体がここまで変異するとは……これが怪人化か」
このような存在を生み出す為に、いったいどれほどの犠牲を出してきたのだろうか。
「さて、問題は――やはり、そうなのか」
甲殻に触れた状態で魔力を探ってみたが、我の気掛かりが的中したようだ。
怪人の身体を構成しているのは――人族とそれ以外の生物、そして、我等のような魔法生命体の因子だ。
因子とはいわば人種における遺伝子のような物であり、それ自体が大きな魔素を秘めている。
これで異世界に無いはずの魔素を補っていた物が判明したが、新たな疑惑が浮上した。
「この因子の持ち主は、何処からやってきたのだ……?」
魔素の無い世界で魔法生命体が生きていくことは不可能だ。
しかしながら、秘密結社は怪人を生み出す為に魔法生命体の因子を用いている。
魔法生命体が魔素の無い世界で生きられないように、その因子も同様に魔素の無い環境ではその構成を維持できない。
シルフィーネとて因子は保有すれど、魔法生命体ではなく人族として転生して暮らしていたのだ。
「……因子の保有? まさか、他の転生体が?」
シルフィーネと同じように異なる世界から来て生まれ変わった者が秘密結社を?
……否、目的が解らぬ。利用されていただけという場合も考えられるが、それにしても自ら因子を有していることを明かす必要があるし、何よりそれを活用して怪人などという存在を生み出す発想を魔素を持たぬ世界の者が思いつくわけもない。
一つだけ確かなことをいうなれば、秘密結社という組織は人に仇成す組織であったという点だ。
怨恨が理由か? 人族に対して? こちらの世界の者だとして、異なる世界の者相手にそのようなことをするか?
「……駄目だな。情報が足りぬ。ひとまずは――この場に居る怪人共をすべて再起不能にしておくか」
殺しはしない。しかし、脅威となり得る怪人は排除させて貰うぞ。
「――と言った具合にな。怪人を使った実験の結果、奴らの中の因子を除去することで無力化が可能だという事が解った」
「ほ、本当ですか!?」
「うむ、そして回収した因子なのだが……腑に落ちない点があってな」
「腑に落ちない点って何よ?」
「因子の種類がいくつか――という点はともかく、全く同じ因子を使われている者がいた」
「まったく同じ? それは流石にあり得ないんじゃ――」
ありえないと言うリンの言葉を遮るように、シルフィーネが言葉を吐いた。
「いえ、おそらく秘密結社の技術による物かと。私達の調査でも同一の因子を持つ怪人の存在が確認されていたので、秘密結社は因子の複製技術を持っていると推測していました」
「なんと」
「魔素もない世界の奴らが因子を複製? そもそもどうやって保管を?」
「因子の複製については詳細不明です。保管に関しては……」
「人の肉体か。怪人に成れなかった者はそのまま因子の容れ物としての役目を負う、と」
「……はい」
「うわ、えっぐいことするわね……」
「まったくだ。そして、奴らの根城からこのような物を見つけて来た」
「なにこれ、今どき紙の資料って――おわっ!」
「こ、これは……因子複製技術の記述ですか!?」
「うむ、頭のおかしい老人が持っていたのだが、発言が不快だったので記憶を消し飛ばしてやった後に奪ってきた」
なんとも不快で無粋な輩であったな。存在が不快とはあの男のような者を差すのであろうな。
「頭のおかしい老人……? まさか、秘密結社の鷺沼博士では?」
「名前は知らんが、怪人を作ったのは自分だなどと豪語しておったぞ」
そして、どこぞの自称・神のように自身を神だと抜かしておった。
「鷺沼博士ですね。あのクズがこのような形で無力化されるなんて……さすがはドルガノス様です!」
「シルフィーネにクズって言わせるとか、どんな人だったのよ……」
「……身元確認のために奴の記憶を読んだが、記憶を読んだことを後悔する程度には人格が破綻していたな」
「正真正銘のクズってわけね。記憶を消し飛ばしたっていうけど、そいつ、かなり重要な情報を持ってたんじゃないの?」
「そうですね。とは言え、あの男は自身の手柄を決して人に譲るようなことはしないことで有名でしたので、肝心の情報は頭の中にあるかと」
「その頭の中の情報だが、要るか? 念の為、封印しておいたのだが」
「要ります! こ、これで計画が一歩前進します!」
「はいはい、子づくり計画ね」
「ちがっ、うわけではないのですが、言い方という物が……」
「なんにせよ役立つようで良かった。では、我は引き続き秘密結社の残党狩りをしてくる」
シルフィーネが準備しているものに関しては薄々察してきたが、果たして上手く行くのだろうか?
まあ、その辺りはシルフィーネに任せるとしよう。
「……なんかもう、全部ドッさんに任せればよくない?」
「……それは言わないでください」
何やらリンの呆れ声とシルフィーネの嘆くような声が聞こえた気がするが、きっと気のせいだな。




