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第三項 異なる世界を生きる者(第73話)

第一部 新世界の産声編 第四章 其々の帰還 第三節 墓標への報告



 霞の探偵事務所の世話になり始めてから三週間が経ったある日。


「おはよ」


「……おはよう」


 寝坊した。原因は……昨晩から今朝がたに掛けて、ずっと起きていたせいだ。


 それは霞も同じはずなんだが、妙に元気だ。肌の色艶も良い。


 それはそうだろう。俺を相手にあれだけ堪能したのだから。


「昨日は白熱したわねー。やっぱ対戦ゲームは対人戦に限るわね!」


「付き合わされるこちらの身にもなって欲しいんだが……」


 徹夜で格闘ゲームとか正気の沙汰じゃないだろう。


 おまけにゲームをするなど十数年ぶりだったので、ひたすらボコボコにされた。


 しかし元気だな。徹夜をしたという点では同じ条件のはずなんだが……これが若さか。


「燈牙ってば思ったよりゲームが下手よね。子供の頃にやらなかったの?」


「やってはいたが、いつの世代だと思っているんだ。昔のゲームのキャラクターは今ほど機敏な動きをしない」


「あー、もっさり世代かぁ……それ以降はやってこなかった感じ?」


「周りの友人達も含めて、ゲームより運動の方が好きだったからな」


「あーね。そういう世代ってわけね……思いのほか年上でドン引きしてるんだけど」


「俺の実年齢は知らなかったか。今年で59歳になる」


「えぇ……見た目は二十代にしか見えないのに? そういえば、結社と戦っている頃に会った時より若返って見えるわね。これも気の調整とやらの影響?」


「それと、怪人化の影響だな。怪人化した頃の肉体年齢で止まっているんだ」


「怪人化かぁ……そう考えると、こうして生きてること自体が不思議なのよね?」


 俺と同時期に怪人化した者達は、ほとんど死んでしまったからな。


「そうだな。その点では、俺は運が良かったのかもしれない。否、悪かったと言うべきか……?」


「いや、生きてるだけめっけもんでしょうが。ポジティブに捉えなさいよ。あんた、しばらくしたらパパになるんでしょ?」


「ああ、そうだな」


 霞には雪女の村落の事はすでに話してある。


 合わせて氷雪結晶の話もしたから、しっかりと秘密は守ってくれるだろう。


「それにしても、怪人って子供を残せたのねぇ……あたしは大丈夫なのかしら?」


 霞が下腹部をさすりながら呟いた。


 ……いや、避妊はしていたはずだ。


「その、きちんと着けていたと思うんだが……?」


 思わず確認するが、霞はそれを鼻で笑って言い放った。


「いーい? 燈牙、覚えておきなさい。女の大丈夫はね、大丈夫じゃないのよ?」


「大丈夫は、大丈夫じゃない……? 大丈夫だと言っていた日は大丈夫じゃなかったのか!?」


 大丈夫だと言うから要望に従って着けなかったんだぞ!?


「当たり前でしょ。そもそも、安全日なんてまやかしに過ぎないのよ」


「な、に……?」


「いや、愕然とし過ぎでしょ。学校の保健体育で習わなかった?」


「保健体育ではあまり詳しく習わなかったな……」


 或いは昔のこと過ぎて忘れているのかもしれないが。


「時代かしら? まあ、覚えておいた方が良いんじゃない? 今度必要に駆られてすることもあるでしょうし」


 確かに、今後はそういう事がありそうで怖いな。


「そうだな……いや、待て、そもそもなぜ大丈夫じゃない日に大丈夫だなどと?」


「そりゃあんた……って、あたしの口から言わせるつもり?」


 そこまで言われたら、流石に気づく。気付いてしまった。


「あ、いや、そ、そうだったのか……」


「照れんな狼狽えんな! こっちまで恥ずかしくなるわ!」


「すまん。あー、その、なんだ。もしもの時は必ず責任を取る」


「……なるほど、既成事実を作れば責任を取ってもらえるのね」


「当然だろう。自分の行いの責任は取るべきだ」


「あんた、なんてまっすぐな眼で……これね!? これにウララもやられたのね!?」


「大丈夫か? 情緒がおかしいぞ」


「誰のせいだと……はあ、まあ、できたらできたでその時考えましょ。と言うわけで、今後はこれ、要らないでしょ? こんな薄っぺらいの一枚だけでも訓練の効率が落ちるのよ。不思議なもんだわ」


 そう言って、霞が避妊具の入っていた箱をくしゃりと握りつぶした。


「あっ」


 もったいない。


「空箱よ。一昨日使い切ってたでしょ?」


「ああ、そうだったな……」


 そうだった。ついでに大丈夫だと言われた日でもあった。女性の恐ろしさの片鱗を見た気がする。


 密かに慄いていると、霞が話題を変えてきた。


「それにしても、あんたが探している怪人も爺さんも、全く手掛かりがつかめないわね。あたしの情報網に引っかからないって、かなりすごいんだけど?」


「ああ、どちらも神出鬼没だからな。おまけにどちらも死んでいてもおかしくない」


「死んでんじゃないの? ってあたしは思うんだけど、あんたはそうでもなさそうね」


「ああ、勘でしかないが、どちらもまだ生きている気がする」


「あんたの勘はやけに当たるのが嫌なのよね……付き合いは短いけど、それだけはよく覚えてるわ」


「あぁ……何度か危険な目に遭わせてしまったな」


「何度も、の間違いでしょ。こちとら普通の人間だってのにさ」


「……そうだったか」


 言われてみたらそうかもしれない。


「おかげで何度死にかけたか。まあ、人生で本当に死にかけたのは三回くらいだけど」


「奇遇だな。俺も同じ回数死にかけているぞ」


「いやな偶然ね」


「まったくだ。それで、今日の仕事は?」


「とくになーし。ここのところ稼いでたし、あんたも疲れてるでしょ?」


「……確かに、少し疲れていたかもしれないな」


 そもそも、疲れているという自覚がなかった。


「ふーん、あんたを保護してくれた雪女達は、随分と優しくしてくれたみたいね」


「彼女達にとって、男は貴重な存在だからな」


「それだけじゃないと思うけど……まあそういう事にしといてあげるわ」


「事実なんだが……しかし、仕事がないなら、少し出掛けてもいいか?」


「そういや外着だわね。いいけど、どこ行くの? お墓参りなら付き合うけど」


「いや、今日の目的は買い物だ」


「買い物かぁ。車で行くの?」


「ああ」


「それじゃあ、帰り際にお米とお醤油買ってきてくれる? あとお味噌も。あ、お米は俵入りのやつね。お醤油は一升瓶で、お味噌も小樽に入った大容量で」


「重いものばかりだな」


「大きく買って小分け冷凍にするのは一人暮らしのコツよ。今は二人だけど。ま、そのくらいはあんたにとったら軽いもんでしょ」


「そうだな。それじゃあ、行ってくる」


「はーい、いってらっしゃーい」



 家を出た後は車で目的の店へ向かう。今回の目的地は、おもちゃ屋だ。


「……あるだろうか。俺のフィギュア」


 怪人化した姿を見たいと言っていたお雪さん達への土産の一つだ。


 太郎助が言うには色々な種類があるが、お勧めはマイスターメイドと言うグレードの物が一番品質が良いとのことだ。なんでも職人が手掛けた逸品なんだとか。


 太郎助と言えば、ネクシオを登録した翌日にはいつのまにかフレンド申請と言うのが届いていたが、知らせなくても伝わるのか。と驚いたものだ。


 肝心のフィギュアだが、この街のおもちゃ屋は規模が大きく、取り扱っているものが多く幅広いので置いてある可能性が高い。と言うのも太郎助情報だ。


「ここか」


 確かにでかい。倉庫のような外観をしているが、それを装飾でおもちゃ屋らしく整えてある。地下一階、地上五階建ての六階層構造だと言う話だが、横や奥行きも広い。


 駐車場は併設されており、地下一階、地上四階建て+屋上と言う構造になっているようだ。


 本日は平日という事もあり、駐車場の空きが多くて停め易いな。


 それでも、平日とは思えないほどに人が来ているようだ。


 感じる気配はなぜか子供が多いが……そうか、今は夏休みの時期だ。


「もうそんな時期か……時間が経つのは早いな」


 師匠と奴の捜索は早い所で打ち切って雪女の村落に帰る準備をしないと、あっという間にお雪さんの出産予定日が来てしまうな。


 せめてどちらか見つかってくれたら、少しは気が楽になるんだが。


 地下駐車場に車を停め、駐車場内から店舗に続く入り口を通り抜けて店内に入ると、おもちゃ屋らしいと言うべきか、店内にはアニメの歌が流れ、ほどよく空調が効いていた。


 地下一階は大人が多いな。店舗の内容も大人向けの物が多いらしい。


 ロボットや車のプラモデルとそれらのパーツ類及びそれらに使用する道具類の販売店。


 よくわからない綺麗な絵柄のカードの専門店では対戦ゲーム要素もあるのか、遊べるコーナーが設けられている。


 階層の隅に設けられた広いスペースでは、子供達が自分で作ったと思われる車のプラモデルをレース場のようなコースで走らせて早さを競い合っている。あれは見たことがあるな。電池で走るおもちゃだ。


 他にはテレビゲームの本体やソフト、周辺機器を売っている店もある。子供がR18と描かれた暖簾の前で挙動不審な動きをしているな。それは君にはまだ早いぞ。あ、店員に連れていかれた。


 あとはフロアの約半分を埋めているのはゲームセンターだ。


 フロアを真っ二つに分断する壁は防音効果があるらしい。人が出入りするたびに賑やかな音が漏れ聞こえてくる。中にはフードコートもあるらしい。


 とりあえず、ここに目的の物は無いようだな。次だ。


 エスカレーターで地上一階に上がると、今度はファンシーと言うか、小さい子供向けの商品が売っている階層に来たらしい。音楽も落ち着いたものとなっている。そして、ここはぬいぐるみを中心に取り扱っているようだな。手芸用品も置いてあった。あと喫茶店があるらしい。


 そのまま二階層へ向かうと、懐かしい子供向けアニメの歌が流れてきた。うちの娘が好きだったな……おもちゃを墓にお供えするのはどうなのだろうか? 帰ったら霞に相談してみよう。ここは乳幼児期の子供が喜ぶようなおもちゃが置いてあるようだ。俺も知っているキャラクターものが多い。ここは後日だ。


 次の階層である三階では何か楽し気と言うか、不思議な曲調の音楽が聞こえてきた。この階には様々なボードゲームや地下一階とは違う方向性のカードゲーム、子供用の実験キット、パズル類、駄菓子屋と言った店舗があるようだ。ここも子供向けだな。駄菓子屋に子供がたくさんいる。ここの駄菓子コーナーにもあの危険なガムが置いてあるんだろうか……霞に買って行ったら怒りそうだな。やめて置こう。あのノリが通じるのは太郎助くらいだ。


 四階に着いた。ここは女の子向けの人形や着せ替え用の服、人形と揃いの小児服まで置いてあるようだ。靴やアクセサリーといった小物類もあるらしい。あとは変身ヒロインのステッキやらが置いてある。となると、俺の目的の物はこの上か。


 五階は下の階とは対照的に男の子向けの商品が並んでいた。ミニカーにブロックと言った定番のものから子供サイズのヒーローベルトなどが置いてある。あのベルトは見覚えがあるな。何度か共闘した企業戦士の物だ。最後の戦いの日、彼らは無事に脱出できたのだろうか? まあ、彼らなら無事だろう。しぶとさには定評がある者達だからな。


「さて、フィギュアコーナーは……向こうか」


 目当ての売り場を見つけ、そちらへ移動する。


 フィギュア売り場には大小様々な人形が並んでいた。


 太郎助からの前情報で聞いていたが、一つのキャラクターでも意外と種類があるものだな。


「銀狼はウララの事か。この手の名前はいつ付けられているんだか……」


 そして、当人の許可なしに人形を作って販売しているのは、どうなんだろうか?


 この手の事は霞が詳しそうだな。これも帰ったら聞いてみよう。


 で、俺のフィギュアは……あった。


「……多くないか?」


 種類が多いな。初期の不安定な時期と後の安定した時期。第一形態と第二形態だったか。その二つだけだったはずだが?


 そう思いながら商品を眺めて合点がいった。


「ああ、気功変異か」


 安定後に会得した気を用いた技術で、変身した状態からさらに変身すると言う荒業だ。


 これは相手の気を取り込んで変身するんだが、変身後の姿は特に意識していなかったな……そうか、こうも多彩な種類があったか。


 結社の怪人との戦闘の際によく使用していたが、取り込んだ気に応じて変化するみたいだ。


 む、銀狼バージョンなんて物まであるのか。ウララと協力して戦った際の物だな。


 よくもまあ、ここまで再現したものだ。


「とりあえず、普通ので良いな。となると、第二形態の方か。お、他の怪人仲間も第二形態まであるな」


 怪人化は姿が安定するまでは化け物みたいな姿をしていることが多いからな。


 結局、俺達がなぜ正常な意識を保ったまま怪人化できたのかはよくわからなかったしな。


 過去を懐かしみながらかつての仲間達のフィギュアを見ていると、意外な物を見つけた。


「ん? これは……」


 思わずそれに手を伸ばすと同時に、傍で声が上がった。


「あーっ! 兄ちゃん! あった! 白虎のふぃぎあ! ここにあったぁ!」


 子供だった。年の頃は十に届くかどうかと言ったところだ。


 しかし……どこかで見た顔だな?


 今は後ろに振り返って、連れと思われる相手を呼んでおり、一人の青年がこちらへと歩いて来るところだった。


「お、あったか! 良かったなぁ。あちこち探しまわった甲斐があるってもんだ」


 その青年もまた、見覚えのある顔だった。こちらはしっかりと覚えている。


「白虎とは、こいつの事か?」


 手を伸ばしていた物を手に取り、傍で声を上げた少年――いや、おそらくは少女に向かって見せた。


 ぱっと見は男の子に見えるが、こうしてよく見ると女の子らしい顔立ちをしている。


 ……昔見た写真と、同じ顔だった。


「あ……おじさんも欲しいの?」


「いや、少し気になって手に取っただけだ。これが欲しかったんだろう? ほら」


「あ、ありがとう! やったぁ……白虎だぁ。ぼくね。正義の怪人では白虎が一番好きなんだぁ」


「そうか、よかったな」


「うん!」


「兄ちゃん、ありがとな。いやぁ、このフィギュアを探し回ってあっちこっち連れまわされてよ」


「そうだったのか。可愛らしい妹さんだな」


「おう、そうなんだよ……って、よくこいつが女だってわかったな?」


「よく見たらわかるさ。とりあえず、待ちきれなさそうだから、買ってきたらどうだ?」


「兄ちゃん! 早くぅ!」


「おおっ! わりぃわりぃ! ちょっと待っててくれ! なあ、あんた。少し話ができないか? フィギュアを譲ってくれた礼もしたいしよ」


「ああ、構わない。あと、俺の目的はこっちだ」


 こちらも見つけた。マイスターメイドの正義の怪人【悪鬼】のフィギュアだ。


「おっ、あんたもヒーローが好きなのか?」


「まあな。さあ、待たせるのも可哀想だ、会計に行こう」


「そうだな! ほら、明! 会計に行くぞ!」


「はーい!」


 なんとも元気な兄妹だな。



 フィギュアを購入した後は、地下のゲームセンター内にあるフードコートで一服しつつ話をすることにした。


 先ほどの様子から一転、兄の方は意気消沈し、妹の方はさらに元気になっていた。


 今は鼻歌を歌いながら買ってもらったフィギュアをパッケージに入れたままの状態で、満面の笑みを浮かべながら見つめている。


 そんな妹を尻目に、兄の方は頭を抱えている。


「たけぇ……フィギュアってこんなに高いもんだったのか」


「知らずに探していたのか?」


「ああ。子供のおもちゃだし、お値段も相応かと思ってた」


「まあ、俺もそれを知った時は驚いたがな。その分、出来は良いらしい」


「それはあいつの顔を見りゃわかるよ。見ろよ。あんなに嬉しそうな顔、そうそう見られないぜ?」


 そうだな。文字通りとろけるような笑顔を浮かべている。


「……良かったな」


「おう! 金が無けりゃ、またバイトすればいいしな!」


 バイトか。見た目は俺の知っている頃から大分若返っているようだ。


「君はまだ学生か?」


「ああ! って、名前を言うのを忘れてた。俺は坂本虎徹っていうんだ。妹の方は――」


「明だよ!」


 ……名前も同じか。


「虎徹と明か。俺は百鬼燈牙だ。名を呼ぶ時は燈牙で良い」


「燈牙さんか。年上だ、ですか?」


「ああ、口調は無理に改めなくていいぞ」


 俺の知っている虎徹も変な丁寧語を使っていたな。


「お、おう、悪い。慣れてなくて苦手なんだ……」


「まあ、いずれ社会に出るならしっかりしないといけないがな。それはこれから学んでいけばいい」


「あ、お、はい、がんばるますっ!」


「ははっ、今は良いと言っただろう?」


「うっ、そうだった……」


「今日は妹と二人で来たのか?」


「ああ、ちょっと離れた街から電車で来た。親父もお袋も共働きだからな。妹の面倒は俺が見てんだ」


「そうか。家族は大切にな」


「ああ! 言われなくたってそうするさ!」


「ねえねえ、おじさんは何のふぃぎあ買ったの?」


「ん? 俺はこいつだ」


「おー! 悪鬼だぁ! ぼくねぇ、悪鬼は二番目にすきぃ!」


「そうか。きっと悪鬼も喜んでいるだろう」


「えへへぇ。そうかなぁ?」


「ああ、もちろん」


「うん……ねえ、おじさんは、ぼくのことおかしいって思わない?」


「うん? なんでかな?」


「だってぼく、女の子なのにヒーローの……男の子のおもちゃが好きだし……」


「変なことはないさ。女の子だってヒーローが好きで何が悪い? あの銀狼だって女の人なんだぞ?」


「えっ!? そうなの!?」


 ……しまった。ウララは表でも活動していたから、人前で変身しないんだった。


「……実はそうなんだ。おじさんは昔、人民軍で働いていてな。その時に知り合ったんだ」


 嘘は言っていない。人民軍の協力者として働いていた時期はあったからな。


「すごーい! 人民軍にいたの!?」


「おいおい、まじかよ……」


「まあな」


 危ない。どうにか誤魔化せた。


「じゃあねっ、じゃあねっ、白虎に会ったこともあるの!?」


「ああ、もちろん。彼は立派な男だった。君のお兄さんによく似ていたかな」


「いぃっ! 俺に似てたって本当かよ!?」


 似ているどころか、別の世界のお前だ。


「えー、兄ちゃんが白虎ぉ? うーん、まあ、兄ちゃんならいっか」


「なんだよそれ……」


「明ちゃんにとって、虎徹はヒーローってことだろ」


「うん! 兄ちゃんはぼくのヒーローなんだ!」


「まったく調子のいい奴め! おらおら!」


「きゃー!」


 じゃれ合う兄妹――異なる世界で生きる二人を見て、俺はまた一つ、救われた気がした。



 坂本虎徹、彼は秘密結社による被害者の一人で、怪人化手術を受けた者の一人だ。


 幸か不幸か、怪人因子に適合した彼は、怪人【白虎】として秘密結社の怪人と戦っていくことになる。


 彼にはたった一人の肉親が居り、その子の名前が明と言う名の妹だった。


 両親を早くに亡くしていた彼等には身寄りがなく、とある町の孤児院の世話になっていた。


 一足先に孤児院を出た虎徹は、明を引き取る為に危険な仕事も引き受けており、彼が怪人化した原因もまた治験と偽った秘密結社の実験による物だったんだ。


 兄が怪人化したことを知らない明は、秘密結社の起こした事件に巻き込まれた際に【白虎】に助けられており、何時しか彼を慕うようになっていった。


 それを、秘密結社が利用しないはずがなかった。


 当時、秘密結社の活動は活発化しており、【白虎】が明ちゃんを助けに向かったという報せを聞いて現場に駆け付けた時には、全てが終わった後だった。


 明ちゃんを失った虎徹は、自分を責めて、責め続け、やがて壊れてしまった。


 以降、彼は自身を顧みることなく結社の怪人達と戦い続け、最後には力尽きてしまった。


 そんな彼に救われた者は数多く、後に発足される企業戦士達の中には、彼に救われた者が二人居る。



「企業戦士ねぇ……あんまりぴんと来ないな」


 白虎に救われた二人を企業戦士名鑑と言うアプリで見せてみたが、特に変わった反応は見られなかった。


「彼らは白虎の……まあ、後輩みたいなものだ。彼に救われて、彼のように誰かを救いたいと立ち上がったんだ」


 よく考えたら、当時の虎徹が助けた者達を覚えているわけもない、か。


 しかし、代わりに反応を示したのは明ちゃんだった。


「そうなんだぁ。ぼく、この二人も好きかも」


「お前は誰にでも好きっていうだろ」


「誰でもじゃないもん! 白虎が一番だもん!」


「……気になっていたんだが、明ちゃんは何で白虎が一番好きなんだ?」


「うんとね。ぼくね。病気で死んじゃいそうで、苦しくて、変な夢を見たの。その時にね。助けてくれたのが白虎なんだぁ。それでね。起きたら苦しいのがなくなってたの!」


「……遺伝子系の疾患で、治療は絶望的だって言われてたんだけどさ。すっかり治っちまって、医者は奇跡だって言ってたんだ。そんで、明の夢の話を聞いた親父とお袋まですっかり白虎のファンなんだよ。すげぇだろ?」


「……そうか。良かったな」


「ああ、明が生きててくれて、本当に良かったよ。まあ、その後、俺も事故で死にかけてたりするんだけどな」


「……車にひかれたのか?」


「お、おお、そうだけど。よくわかったな?」


「事故だと言うから、真っ先に思い浮かんだだけだ」


「ああ、それもそうか」


「ああ、ただの偶然だ」


 ……白虎の最後は、力尽きて倒れた所を怪人から逃げようとしていた一般人の運転する車にひかれた、と言うのが直接の死因だ。


 偶然にしては出来過ぎている。出来過ぎてはいるが……怪しむよりも感謝の念しか湧いてこない。


 もしも、これが何者かの意思によるものなら……他の、異なる世界を生きる者達にも、どうか同じ奇跡を与えて欲しい。そう祈らずにはいられなかった。

参考にしたおもちゃ屋

ハムリーズ(リージェント・ストリート)

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