第二項 不可思議な街並み(第64話)
第一部 新世界の産声編 第四章 其々の帰還 第一節 老技師の帰還
工場に備え付けてある風呂から上がった俺は、どうにか身支度を整え終えた。
「よし……もう大丈夫だよな?」
風呂に入った後に自分の体臭を確認したが、正直解らん。
家族との再会に加えて来客とあって念を入れて全身を洗浄したが、若干の不安が残る。
「……ま、これ以上は気にしてもしょうがねぇか」
少なくとも先ほどと違って自分で感じるほどの臭いは感じないから大丈夫だろう。多分。
そうして俺は工場を出てすぐそばにある自宅の方へと向かった。
自宅前には嫁の車が止まっているので、買い物からは帰って来ているようだ。
「……なんで自宅に帰って来ただけで緊張すんだよ」
色々と理由はあるが、何よりもまずは嫁に帰ってきたことを知らせないとな。
呼び鈴――は鳴らす必要ないか。自宅だしな。そのまま扉を開け――ようとしたところで向こうから開いた。
「あら、あなた。おかえりなさい」
四十年以上連れ添った嫁が、いつものように出迎えてくれた。
「お、おう。ただいま」
自宅に戻ったのは半年以上前のはずなんだが、なんともあっさりとした帰宅になってしまった。
「お母さん、お爺ちゃんとお婆ちゃんが抱き合ってる」
「しっ! 言わなくていいから!」
……まあ、たまにはこういうのも悪くはないな。うん。
小っ恥ずかしい目に遭ったが、帰宅の挨拶は済んだ。
帰って来るなり熱烈な抱擁を交わしやがってくれた嫁は素知らぬ顔で義娘と孫――ステラとエスタと共に料理に戻って行った。
アルフの方はさっき話した俺の動向をまとめるという事で離席中だ。
結果として、我が家のリビングに残ったのは俺と来客の二人っきりとなった。
こんな状況でも仕事はちゃんとこなすのか、それとも面倒を嫌っただけか。多分後者だな。
「それで……あんたが来客中の妖精族さんか」
そう尋ねると、客の妖精族――アリシアが貴族らしい整った礼をしながら言った。
「初めまして。アリシアと申します」
「アルバートだ。こちらこそ初めましてなんだが……あんたはどっち側だ?」
「どっち側、と言いますと?」
「今の世界への認識だ」
「そのような聞き方をするという事は、もうわかっているのではないですか?」
「やっぱりそうかよ……で、どういった理由で俺を尋ねてきた?」
「ああ、そうですね。そこから説明しなくてはいけませんね。私がここに居るのは本当に偶然なんです。実家の仕事の関係でこの街に来たら、うちと同じ家名が工場の看板に書かれていたので、つい気になってしまったのです。それで近くをうろついていたらあなたの奥様と出会って、話をしている内に意気投合してしまって……」
「今に至るってか……そんなところまで姉さんに似ているのか」
「そういうあなたこそ、私の弟にそっくりですよ?」
「やめてくれ。死人と話をしている気分だ」
姉の顔がちらつくという話ではない。姉の顔そのものだからな。
言動まで揃えられるとどうしても想起しちまう。
「それは此方も同様なのですが……貴方の方は工場を経営されているのですよね?」
「ああ、そっちは仕事でこの街にってことだが……そっちの世界のここってことで良いのか?」
「なんと申せばいいのでしょうか……もう、街並みは御覧に?」
「ああ、ぱっと見は戦争前の故郷なんだが、そこかしこに見覚えのない建物がありやがる」
「そうですね。まるで継ぎ接ぎのような、それなのになぜか調和しているように見える……不可思議な街並みです」
「世界が融合したって話だからな」
「世界が、融合……なぜそのような話に?」
「なぜって言われてもな。この状況からの推論に過ぎないが、そうとしか思えないだろう? というのも、別の世界の奴が俺達と同じ状況に陥っていてな。そいつとの話でそう言う認識になってる」
「そうなのですね……では、私達の世界とそちらの世界で二つの世界が融合した、という事ですか」
「あー、勘違いしてるところを悪いんだが、少なくとも四つの世界が融合してるみたいだぞ」
「よ、四つも、ですか? その、根拠は……?」
「その推論に至ったのは技術だな特にわかりやすかったのが車の種類だ」
「車? 交通手段の車ですか? 確かに見慣れない物が多くなっていますが……」
「だろうな。一つは前時代的な動物に曳かせるタイプの物、二つ目は解りやすいものだと俺の世界の技術による物、三つ目と四つ目は似通った技術を持った世界による物なんだが、そのうちの片方がさっき言った奴の世界の物でな。その事から少なくとも四つの世界が融合していることが分かった」
「前時代的……獣車ってそんなに前時代的なんですか?」
「獣車ってのが動物に曳かせている車ならそうだな」
「そ、そうなんですね。どうりで家の者が獣車で出るのを渋るわけでした」
「あー、一般的にもそう言う認識になっちまってんのか。でも、その様子だと自動車は家にあったのか?」
「最近になって見慣れない車を幾つか購入しているなとは思っていたのですが、そう言う事だったとは知りませんでした」
「最近となると、世界が融合してしばらく経ってからか?」
「世界が融合したのは何時かわかりませんが、半年ほど前でしょうか。本当につい最近の事で」
「いや、半年は最近と言うほどじゃ――って、そうか、妖精族は時間の感覚が人とは違うって言ってたな」
「そうですね。確かに時間の感覚は定命の人達とは違うと思います。私の場合はハーフなのですが」
「ハーフってことは両親のどちらかが妖精族なのか? 母親の方か?」
「いえ、父がそうですね」
「そっちのダグラス家は妖精族の血筋なのか」
という事は、別の世界の俺も妖精族だったのか。
「はい、世界樹の守り手としての役目を負っております」
「世界樹? なんだそりゃ?」
「世界樹を知らないだなんて……世界樹とはこの世の全ての生命を内包した樹で、尽きることのない魔力を生み出し続けているのです」
魔力を生み出す樹か。その樹がなかったから俺達の世界には魔力が無かったのか?
「なんともご大層な樹だが、そんな便利な樹が何処にあるってんだ?」
「見た事が無いのですか? あれだけ大きな樹ですよ?」
「残念ながらないな。まあ、それだけでかいんならそのうち見に行ってみるか」
「それなら後でお教えします。地図があればわかりやすいのですが……」
「なんだ、教えてくれんのか? それじゃあ――ほれ。こっちの世界の地図だが、わかるか?」
テーブルのパネルを操作して地図を表示させてやると、姉さ――じゃなくてアリシアは驚愕の表情で固まっていた。
「な、なんですかこれっ!? こんなの初めて見ました!」
「割と一般的な家庭に備わってる家電の一つだぞ」
「ほ、欲しい! どこで買えますか!?」
こういった反応まで姉さんそっくりで、何とも言えない気分にさせられるな。
「あとで教えてやるから、さっさと世界樹の場所を教えてくれ……」
「ああっ、そうでした! えっと……すごい精巧な地図ですね。本当に此方の世界とそっくりですね……あっ、たぶんここですっ」
「そこか? 本当に間違いないんだな?」
「はい、海上都市がここであれば、この場所に違いありません」
そう言ってアリシアが指し示す場所は海上都市からそれなりに離れた所で、こちらの世界で言う所の重要拠点の一つだ。
「……軌道エレベーターがある場所じゃねぇか」
いや、正確には重要拠点だった場所で、今は放棄された軌道エレベーターってのが正しいのか。
地上の戦力を宇宙に送る際に使われた後は小型の異星物に乗っ取られて放棄せざるを得なかった場所だ。
奴らの親玉を倒した今となっては安全なはずだが……この様子だと世界樹なんてもんと融合しちまったってことか?
「軌道エレベーター、とは何ですか?」
「今は使えないはずだから知らなくていい」
「そうですか……その、アルバート、さん?」
「ん? なんだ?」
「その、良かったら、私の事は姉さんと――」
「断る」
「酷い! でもそんなところもそっくり!」
なんでそんなにも嬉しそうな顔をしやがるんだ。
「頼むからやめてくれ……そっちの俺はどうか知らんが、姉さんのことはトラウマなんだ」
「そ、そうなんですね。その、少しだけ、アルバート……私の弟の事を語っても良いですか?」
「ああ」
「私の弟が亡くなっていることは話したと思うのですが……実は、弟が死んだのは私のせいなんです」
アリシアのせい? いや、まさかな。
そんなところまでこっちと同じなんてことは、無いよな?
「……まさかとは思うんだが、その弟は、あんたを庇って死んだってわけじゃないよな?」
「な、なぜそれをっ!?」
「そして、その時のあんたは……あー、そのだな。妊娠、してたんじゃないか?」
あの時の姉さんは屈託もなく報告してくれたが、こちとらいきなりの事で酷く驚いたのをよく覚えている。
「っ! そうっ、です……その時の子供も、ちゃんと無事に生まれてっ」
そんでもって、取った行動は同じ。しかし、結果が違ったのか。
「…………そうか、そっちの俺は、姉さんを助けられたんだな」
正直、複雑な気分だ。複雑ではあるんだが……なぜだか、救われたような気がした。
「アル、バートさん? 泣いているのですか?」
いつの間にか、アリシアが隣に座ってこちらの顔を覗き込んでいた。
だからそう言う所が似過ぎなんだよ!
「ああっ、いやっ、そう言うんじゃない! 違う、これは違うぞっ!」
くそっ! 調子が狂うな!
「ふふっ、そんなところもそっくりです。可愛い」
「こんなジジイに可愛いだぁっ!? だいたい、あんたまだ若いだろ! 歳だって俺よりずっと下に見えるぞ!」
「あー、よく言われますが……私、もう六百歳は越えていますよ?」
「ろっ! ぴゃくだぁっ!?」
俺の年齢の八倍は上じゃねぇか! おい、別の世界の俺よ。お前の姉さん、かなり長生きしてるぞ。
そして、幾度も大きな声を出したせいか家族がぞろぞろと集まってきやがった。
「おじいちゃん、おっきな声が聞こえたけど、どうしたの?」
「親父、でかい声を出してどうしたんだ?」
「料理が出来たけど……何かあった?」
「あらあら、みんな揃ったのね。それじゃあ、ご飯にしましょうか」
最終的に嫁の一声でそのまま飯を食う流れとなったのは助かった。
で、食事の合間にどうにか落ち着きを取り戻せたんだが、アリシアの方は俺の方を弟のようなものと勝手に認識したらしく、自分の子供や家族の事をこれでもかと語り尽くした。
中でも驚いたのか――
「まあ、子沢山なのね。我が家と同じね?」
「そうなのですか? 私の場合は相手方の跡取り問題などもあって頑張ったのですが」
「ええ、うちの場合は跡取りとか考えてはいなかったけれど、私が子供を欲しがったから、主人が頑張ってくれて――」
「おいやめろ。飯時に生々しい話をするんじゃねぇ。子供だっている――」
と、エスタを引き合いに出すも、当人はこの状況を楽しむように質問を重ねた。
「私は大丈夫だよ? ねえ、それで、アリシアお姉さんの所は何人子供が居るの?」
「あら、お姉さんだなんて。これでもお婆ちゃんなのよ? ええっと、私が産んだ子供は六人ね」
「やっぱり! うちと一緒ね! 私も六人の子供が居るのよ」
――何かとあちらの家庭とこちらの家庭が似通っていると言う所だ。なぜだ?
この状況に対して、なぜかアルフの野郎が俺に疑惑の視線を向けてくる。やめろ、そういう関係じゃない。
確かに貴族の一部にはそう言う風習があるが、俺と姉さんの関係はいたって普通の姉弟だったぞ。
大体、あっちの世界の俺は死んでいるのだから無理があるという話だ。
これもまた推測だが、あちらの世界では死んだ俺の代わりを姉さ――ではなくアリシアが務めたという事なのだろうか?
……いや、流石にその発想はおかしいか。おそらく偶然だろう。
そもそも、あちらとこちらでは世界が違うのだし、様々な状況も異なっているはずだ。
一致していたのは俺と姉さんが死にかかった状況で、こちらでは俺が生き残り、あちらではアリシアが生き残ったという話だ。
「えっ! 六百歳!? 妖精族の人ってそこまで行っても若いんだ!」
「ええ、私の場合はハーフだからゆっくりと歳を取っていくのだけれど、純血の妖精族はずっと若いままなのよ」
「へー。妖精族の人を見たのはアリシアさんが初めてだけど、そうなると日々のお手入れとかは……?」
「それはそれで必要なのが困りもので……これでも妖精族のハーフとしては若作りをしているのです」
「えー、ぜんぜんそうは見えないなぁ。アリシアお姉さん、見た目ならニ十歳くらいに見えるのに」
「あら、そう見える? やっぱり化粧水が良いのかしら?」
「どんなの使ってるの?」
それにしても姦しいな。女が三人どころか四人も居ればこうなるか。
同じ気持ちなのか、盛り上がる女達からこちらへ視線を移したアルフが、俺の手を見て言った。
「……ん? 親父、それって戦闘用の義肢のままじゃないか?」
そう言えばそうだったな。長いことこっちの義肢で生活していたから忘れていた。
「おお、忘れてた。ちょっくら取り換えて来るわ」
ついでにこの場から少しの間でも抜け出したい。
「いや、俺が持ってこよう。親父の部屋だろ?」
てめぇ、同じ魂胆か!
「いやいや、自分で取ってこられる」
「いやいやいや、親父だって疲れてるだろ? ほら、休んでろって」
一方的にそう言って話を打ち切ると、アルフの野郎はさっさと行ってしまった。
「あっ、てめっ!」
くそっ、逃げ損ねた。仕方がない。義肢の調子が悪いとでも言って離れるか。
そう思っていたら、今のやり取りが気になったらしいアリシアが聞いてきた。
「あの、アルバートさんは義肢なのですか?」
「ああ、見た目じゃわかりにくいだろうがな。両手両足が全部義肢になってる」
「えっ、全部ですかっ!? とてもそうは見えませんでした!」
「随分と長いことこうだったからな。すっかり慣れちまったよ。と、ちと義肢の調子が悪いから席を離れる」
「あら、義肢の手入れなら手伝いましょうか?」
そう嫁が申し出てくる。ありがたいんだが、さっきまでの話はどうした。
「あー、いや、そっちはそっちで話でも――」
「あのっ、その義肢というのを見せて貰っても良いですか?」
「私も見てみたい!」
アリシアに加え、エスタの一声で流れが決まってしまった。
「親父、持ってきたぞ……って、何やってんだ?」
「見ての通り、義肢の手入れをしてる」
現在は両足を捥いで片足を自分で手入れし、もう片方の足を嫁が手入れしているのだが、嫁の方にステラとエスタが居て、こっちにはアリシアが付いて物珍しげに義肢を見ていた。
「えーっと、これはどうする?」
「今付け替えるからそこに置いてくれ」
「わかった」
アルフが義肢の入ったケースをテーブルに置いて、箱の開閉スイッチを押した。
空気の抜ける音と共に箱がゆっくりと展開していく様を、傍に居たアリシアが驚いた表情で見て固まっている。
こういった物に興味を示したり驚いたりと言った反応がいちいち姉さんに似ているのにも慣れちまったな。
「……あら? こちらの義肢は何て言うか……それっぽい、ですね?」
新しい義肢を目にしたアリシアの感想がそれだった。この義肢は保管状態だと作り物感が強いからな。
この義肢が世に出た時はその革新的な技術に驚かされたものだった。
「ああ、これか。こいつは生体樹脂を使用した特製の義肢でな。この充填剤をこっから補充してやると――」
「ひっ! 本物みたいになりました!」
何を隠そう、この義肢は付属の充填剤を補充することで生身に限りなく近い義肢になるんだ。
「まあ、初見は驚くよな」
「私もびっくりしたよ」
初めて見た際に同じような反応をしていたアルフとエスタが頷いている。
「すごいですね……」
アリシアはおっかなびっくりといった表情で義肢を見ている。
「触ってみるか?」
「えっ、いいんですか?」
「ああ、こっちの義肢には危険なギミックの類いはないからな」
「じゃあ、失礼して……うわっ、本物みたいな手触りですね。温度も人肌みたいです」
「そう言う造りだからな。俺としてはここにあるのとはまた違った工作用の物が便利で好きなんだがな」
「私の要望で日常生活用の義肢を特注してくれたのよね?」
「まあ、そうだな」
義肢を取り着けながら答える。俺も大概嫁には甘いもんだ。
とはいえ、これに関しては理由が理由なので語りたくない。嫁も語るつもりはないようだ。
特に関係はないが、この義肢は装着することで感触などもきっちりとわかるようになる。
これも多分関係ないが、義肢を着けている者の間では、この義肢が一番人気だ。
「よし、こんなもんか」
義肢を付け替えてから各部の動作を確認したが、特に問題はなかった。
こいつを使うようになってから随分と経つが、相変わらずこの着用感の無さは異常だな。
売り手の謳い文句も『以前の身体を取り戻せる!』というだけの事はある。
「あなた。残りの手入れは私がやっておくから、少し慣らしてきたら?」
「お、悪いな。それじゃあ、ちょっとそこらを歩いて来るか」
街の変わりようも気になるしな。
「あ、それでしたら、私もそろそろお暇させていただきます。長い間滞在してしまってすみませんでした」
「あら、せっかくうちの人が帰って来たのに、もう行ってしまうの? もう少し居てくれてもいいのよ?」
「いえ、奥様こそ長い間アルバートさんと離れていたそうですし、あとは家族水入らずという事で」
「そう……それじゃあ、またいつでもいらしてね?」
「はい、今回のお礼も含めて必ず」
「あら、別にいいのに。それじゃあ、あなた、途中までアリシアさんを送って行って貰える?」
「わかった。それじゃあ、庭で待ってるから支度することがあったら済ませてきてくれ」
「わかりました」
そう言って立ち上がると、軽く会釈をしてから楚々とした足取りでアリシアは別室へと向かった。
一つ一つの動作が完全に貴族だ。この辺りは姉さんとは少し違うな。こっちの姉さんはもっとガサツだった。
さて、とりあえず庭で待ちながら義肢の調子を見るかね。




