第一項 獣と暮らす者達(第43話)
第一部 新世界の産声編 第二章 英雄達の新世界紀行 第四節 密林の部族
春香視点
私がクルルァさん達の住処へ来てから三日経った。
クルルァさんが住処と呼んでいる処は小さな村のようなものが形成されていて、そこには多くの人と獣達が住んでいた。
彼女達は獣と心を通わせることができるようで、幼い頃から獣と共に過ごす風習のようなものがあるみたいで、誰かしらが必ず一匹の獣を連れ歩いている。
彼女達の獣への認識はペットと言うよりは家族のようであり――或いは相棒とでもいうべきかしら?
常に共に在り、苦楽を共にする魂で繋がった自身の片割れのような存在だとクルルァさんは言っていたけれど、生憎とそう言った存在と言うと双子の兄弟くらいしか思い浮かばなかった。
彼女達の文化の中にもそう言ったものを指す特定の言語は存在せず、これ以外にも何かと抽象的な表現が多い辺り、そう言った種族なのだろうと思う。
異形の中にもそう言った種族がいるからそう珍しい事でもないけれど、彼女達の外見は人族とそう変わらないから魔法少女のような超能力者と言われる人類に近しいのかもしれない。それでも種族丸ごとと言うのは珍しいけど。
「ハルカ、何かお困りのことはありませんか?」
魔力の回復を待つ間、手慰みとしての編み物をしていると、クルルァさんが声をかけて来た。
すっかり失念していたけれど、この辺りは泉から離れているから魔力の回復効率が落ちるのよね。
それでも平常時より回復は早いから、ひと月はかからないはず。
「いいえ、ここに来てから随分と良くしてもらっているから大丈夫よ。あ、見てこれ。例のギリースーツ、ここの人達に頼まれて作ってみたのだけれど、どうかしら?」
クルルァさんとリベルスさんに出会った際に身に着けていた変装用のギリースーツはこの村の人達の琴線に触れたらしく、ぜひ作って欲しいという声が複数上がってしまった為、追加で作っていたのよね。
二、三着作ってもらえたらあとは自分達でどうにかすると言うので作ってはいるけれど、ちゃんとした作り方も教えた方が良いかしら? 私も本物の作り方を知っているわけではないけれど。
ちなみに自分用の変装道具はこの村の人からもらった仮面と布切れと毛皮で作った外套があるので変身バレ対策は万全となったわね。
「わざわざすみません。その衣装は狩りに役立ちそうなので……」
なお、ギリースーツが欲しいと言った者の中にはクルルァさんも含まれている。
「いいのよ。私も体調が良くなるまではお世話になるんだもの」
「その、ハルカは本当に北の地へ向かうつもりですか? 流石にそのお身体では無理があるかと」
「あら、心配してくれてありがとう。でも平気よ。もう少し経ったら元気になるから」
魔力さえ回復してしまえば今度こそ変身して空を飛んでいくことができるから、目的地まではそんなに時間はかからないはずね。
とはいえ、クルルァさんが心配しているのは体調の事ではないのは分かっている。
私のような老婆が一人で森を抜けて遠い所にある町へ向かおうとしているのだから、心配するなと言うのが無理でしょうね。
ここ数日の生活で解ってしまえるほどに、ここの人達は純朴で良い人達なの。
最初は警戒心こそあるけれど、相手に敵意が無いとわかるとすぐに心を開いてくれる人達なのよね。
「もう少し、ですか。神鳥様が戻ってくるのが間に合えばよいのですが……」
しんちょう? もしかして神鳥かしら? この村のあちらこちらに鳥をモチーフにした印のようなものがあるのよ。
「神鳥様っていうのは、どのようなかたかしら?」
「神鳥様はこの森の守り神ですね。少し前に何かを調べると告げてどこかへと飛んで行ってしまわれました」
神鳥様と言うのは神様と崇められる程度には超常的かつ知性のある存在のようね。
ただ、今の言葉の中に気になることがある。
「何かを調べる、と言うのは?」
「はい。あの時は何かに驚いておられたようで、随分と慌てた様子でした」
少し前と言うと、私がこの辺りに来た時と一致する……のかしら?
慌てていたとなると、それだけのことが起こった或いは起こっているという事かしら?
超常の存在が慌てる程度の事象となると、機関が動いていても不思議ではないのだけれど、付近に怪しげな魔力反応があるわけでもなく、派遣されるであろう魔法少女の魔力も感じられない。
クルルァさんは詳細を聞かされていないようだし、あちらだけで解決できそうな問題なのかしら?
「手伝えそうなことがあったら頼って頂戴ね? お世話になりっぱなしと言うのも気が引けるし」
「そうですね……もしよろしければ、子供達に外の世界の事を教えていただけると幸いです」
「あら、それくらいならお安い御用よ。何時頃からがよろしいかしら?」
「良ければ明日からでもお願いしたいのですが、大丈夫でしょうか?」
「ええ、問題ないわ。でも外の世界と言われても、どんな話が良いのかしら?」
「ここでは見られない生き物や文化などの話が望ましいです」
「私もそこまで博識と言うわけではないし、あくまで知っている範囲の話しかできないけれど、それでもいいかしら?」
「はい、構いません」
「わかったわ。それじゃあ、明日の日没後からが良いのかしら?」
「そうですね。雨天と言うわけでもないのなら、その辺りの時間が望ましいです」
この村では乳飲み子以外はみんな何かしらの仕事を持っているから、まとまった自由時間が少ない。
唯一まとまった自由時間が取れるのがクルルァさんが言ったような雨天などの荒天時、或いは食事なども済ませ、あとは寝るだけとなる日没後の時間なのよね。
何しろここでは光源となるものが限られているため、あまり夜遅くまで活動することが許されていない。
それと、夜になると森の獣達が活発化すると言うのもあるみたいだから、夜の外出自体が危険なのでしょうね。
……私が森に居た時は危ない事なんてなかったけれど、どういうことかしら?
あの場所に何かがあったのかしら? そういえばクルルァさんに、あの場所の事は聞いてなかったわね。
「そう言えば、クルルァさんに聞きたいことがあるのだけれど」
「はい、なんでしょうか?」
「森のずっと奥の方に、とても大きな樹があるでしょう? 傍に泉のあるところなのだけど」
「……? そのような場所があるのですか?」
「え? かなり大きな樹だし、知らないという事はないと思ったのだけれど」
思わぬ返答に対して聞き返すと、クルルァさんは思案顔で瞑目し、一つ頷いてから目を開くと真剣な様子で言った。
「……その事なのですが、実は先日から森の様子がおかしいのです」
「それは、神鳥様が動き始めた頃かしら?」
「はい、一見すると見慣れたいつもの森なのですが……それに気づいたのが私と神鳥様だけなのです」
村にはそれなりの人数が居て、気付いたのがクルルァさんと神鳥様だけ?
「もしかして、私と出会った時はそれを確認する為に?」
「はい、森の中を見て回っていました。結局は何もわかりませんでしたが、ハルカの言う場所は何かの手掛かりになるかもしれません。詳しい場所を伺っても?」
本当に困っているようで、縋るような目を向けてくる。
確かに、異変があってそれに気づいたのがたったの二人と言うのは困った状況よね。
「ええ、もちろんよ。ただ、それなりに移動したから具体的な場所までは分からないけれどいいかしら?」
「問題ありません。ハルカの言うような大きな樹であれば近くまで行けば分かると思いますので」
それならばと、クルルァさんに大樹のあったおおよその場所や人の手が入っていた事を伝えると困惑した様子で首を傾げた。
「そのような所に大きな樹が……わかりました。明日にでも確認に行ってみます」
「何かの手掛かりになるといいわね」
「はい、貴重な情報をありがとうございます」
「いいのよ。まだ関係があるかどうかもわからないのだし」
「いえ、少なくとも私の知る森の中にハルカが言うような樹はありませんでした。本当に、生えている植物や動物まで見慣れないものが居るのに、皆が違和感を覚えていないのが恐ろしくて……」
「あらあら、大変だったのねぇ」
「す、すみません。つい泣き言を……このようなこと、誰にも相談できなくて」
「いいのよ。こんなお婆ちゃんで良ければいくらでも聞いてあげるわね」
「ありがとうございます。どうかしばらくは知恵をお貸しください」
「ここの事はあまり知らないけれど、遠慮なく頼ってね」
「はい、よろしくお願いします。では、私は見回りがあるのでこれで」
「ええ、行ってらっしゃい。気を付けてね」
クルルァさんを見送った後、切りの良い所で作業を止めた私は休憩がてら先ほどの会話を想起する。
クルルァさんと神鳥様だけが認識できた異変。
いつもと変わらぬ景色、見慣れぬ動植物、異変を認識できない人達。
「……大規模な認識阻害、と言うわけではなさそうね」
クルルァさんには当人も気づいていないようだけれど魔法少女としての才能がある。
神鳥様は話に聞く限りでも明らかに超常的な存在だと思われる。
両者ともに認識阻害程度なら意識せずとも耐えてしまうからこそ、これが候補として挙がった。
とはいえ、仮に認識阻害だとしても、私が仮宿として使っていた大樹の説明がつかない。
この森に長く住んでいて、狩りで頻繁に出入りしているクルルァさんがあの大きな樹のある場所を見逃すはずがない。
そもそも、この辺りの人達は魔法すら知らないようだから、なおの事そのような手段が取られたとも思えないと言うのもある。
魔法自体は公の技術となっている物だけれど誰もが使えるわけでもないし、現在は機関が熱心に素質のある子達を集めている為に魔法を使える者の人口が一つの所に偏ってしまっているから、知らない事自体はそう珍しい事でもない。
そんなところで大規模な認識阻害の魔法なんてものを使おうものなら世界中に網を張っている機関の調査員がすぐに飛んでくるもの。
それに、そもそもの話だけれど、ここでそのようなことをするとして、一体何が目的なのかしら?
魔女以外に何かを企んでいる組織が……?
「……だめね。つい悪い方に考えてしまうのは悪い癖ね」
そもそもこの現象は魔法だとかそう言った問題以前の話かもしれない。
神鳥様と言う超常的な存在が動いているという点を考えると、もっと上位の存在が関わっている可能性もある。
そこまで来ると、もはやこちらにはどうすることもできない。
大体、この現象の良し悪しもわからないうちに判断を決めるのは早計ね。
クルルァさんもいろいろと調べてくれるようだし、もうしばらく見守るのが良さそうだわ。
幸いにも被害らしい被害が出ているというわけでもないようだし。
「さて、もうひと頑張りしましょうか」
現状に関してはひとまずは静観することを決め、私は作業を再開させることにした。
これが終わったら、明日の子供達への話を考えないといけないわね。
外の事を話して欲しいとは言われたけれど、やっぱり興味の向きやすいものが良いだろうし。
ここの子供達は小さい内から何かしらの獣と共に過ごしているようだし、外の動物の話をするのが良いかしら?
ここでは主に家族として扱っているけれど、外の世界ではその限りではないっていうのも知見を広げると言う意味では良いとは思うのだけれど。
家畜の概念なんかはここの人達には衝撃的かもしれないわね。
一応、この村にも家畜としての役割を持つ獣はいるみたいだけれど、主に農作業の労働力だとかお乳を分けてもらうのが主な役割で、食肉として育てているわけではないのよね。
大きな怪我を負ったり寿命が来た時は苦しまないように絞めてから食べてしまうようではあるけど、それは食べる為と言うよりも弔いの意味合いが強いみたい。
とりあえず、この作業が終わったら話す内容をまとめて、一度クルルァさんに聞いてもらうのが良さそうね。




