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第三項 心残り(第41話)

第一部 新世界の産声編 第二章 英雄達の新世界紀行 第三節 雪女とUMA


 俺の治療……というには爛れ過ぎた日々を送り続けて数か月が経った。


「うふふ、また少し大きくなりましたねぇ」


 お雪さんはここ最近、幸せそうに少し膨らんだ下腹部を愛し気に撫でている。


 つまりはまあ、そういう事である。


「私もここのところ月のものが無いし、そろそろできたかも? 身体もなんか怠いし」


 みぞれまでもそのようなことを言うが、こちらもまた心当たりしかない。


 お雪さんの妊娠が判明してからはずっと治療に付き合ってもらっていたのが原因だろう。


 魂を刺激して生命力を回復するという治療の前には必ず気を鎮静化させなくてはならないそうで、治療の度に二人を相手にしていた為、こうなってしまうのは当然の結果とも言えた。


 なお、避妊について説いては見たが、そもそも彼女達には避妊という概念が通用しなかった。


 至極真面目な顔で子を成す行為をするのに子が出来ないようにするとはどういうことかと言われては何も言い返せなかった。


 とはいえ、そんな治療の成果もあってか、心身の調子が頗る良い。


 若返った気分とでもいうのだろうか? ともあれ、この村落に来る以前よりもよくなったのは間違いない。


 ただし、俺の生命力が著しく低下してしまった原因、おそらくは変身の事だが、それが長老に看破されてしまい釘を刺された。その力は二度と使うなと。同時に、使うにしてもあと一回だけにしろとも。


 気はともかく、生命力や魂がどうこうというのは未だによくわからないことが多いが、俺をここまで復調させてくれた長老が言うのであれば間違いはないのだろう。


 そんなわけで、治療自体はつい先日の時点で終了している。


 あとは魂を癒せば良いそうだが、治療前に長老に言われたように、俺の魂は凍てついているのだそうだ。


 心当たりと言えば、結社に捕まり、肉体改造をされ、妻子が死んだ辺りだろうか。むしろそれしかない。


 てっきり復讐の炎で燃え盛っているのかと思っていたが、こうして復讐が終わった後も燃え尽きていない辺り、長老の表現は当たっていたのかもしれない。


「魂か……」


「どうかしましたか?」


「いや、何でもない。そろそろ見回りに行ってくる」


 健康上に問題がない今、何もしないというわけにもいかない為、現在は村落の見回りの仕事をやらせてもらっている。


 仕事の内容は村落の外延を見回りつつ外敵を村落内に侵入させないように撃退するのが主なものとなっている。


「いーなー、私も魔物しばき倒しに行きたい」


「駄目よ。妊娠初期の激しい運動は流れやすくなるんだから大人しくしてなさい」


 そう言っているお雪さん当人は腹が大きくなってきているというのに活発に家事をこなしたりしている。


「はーい」


「じゃあ、行ってくる」


「いってらっしゃい」「いってらっしゃーい」


 二人に見送られて家を出るのがここ最近の日課になってきたな。


 見回りの為に村落の外延部に向かいつつ、今後について引き続き思索する。


 ……なんにせよ、魂の件はすぐにどうにかできるものではなく、じっくりと癒していく必要があるらしい。


 その為にはまず心残りとなっている事柄を全て解消してしまえとの事だった。


 家族の墓参り、好敵手との再戦、それと……心残りというほどの物ではないが、他の怪人達の行方を追いたい。


 俺と同じように結社と戦った者達も居るが、そうでない者も居る。


 大人しくしているのであれば何も言う事はないが、もしも人に害を加えるようであれば、始末を付けなくてはならないだろう。


「となると、いつここを立つかだな」


 お雪さんの出産予定はまだ半年以上先であるし、みぞれの出産はさらにその先になるだろう。


 ここまで回復しておいて半年以上ここに滞在すると言うのももどかしい。


 ならば、半年以内に目的を全て達成できるかと言えば、微妙な所ではある。


 おそらく墓参りだけならばひと月もあれば十分なはずであるが、肝心の奴の居場所がわからない。そもそも生死不明な状態だ。かといって死んだとも思えないのが困りものだ。


 となれば、墓参りをしっかりと済ませ、残る五か月余りの時間を生き残りの怪人達の消息を探るのに使った方が良さそうだな。問題はその情報筋だが……当てがないわけではない。


「海上都市に向かうか」


 通称を全輸港と呼ばれており、本来の名称よりもそちらの方がよく使われている。


 その名が示す通りに有形無形を問わず全てのものが集まる場所である為にその規模は世界最大級であり、自らが欲するものを求めて世界中から人が集まる場所でもある。


 おそらく融合したと思われる今の世界ではあるが、あの規模の都市が消えてなくなるという事はないだろう。


 ……ないと思いたい。


 とりあえず、行くべき場所は決まった。


 あとは、ここでのすべきことを終えてから出立することになるか。


 現在、雪女達の村落はとある種族の襲撃を立て続けに受けている。


 これは突発性の物ではなく時期的な物だそうで、警備を担当している雪女達も慣れた様子で警備にあたっている。


 その種族というのが――


「燈牙さん! いい所に! 奴さんら、あたしらを攫えなくて焦れて来たのか数を揃えて来たわ! すぐそこまで来てる!」


「冬ねぇ! 来たよ! しかもやたらとでかいのが一体いる! あんなのに攫われたらぶっ壊されちゃうよ!」


「雪男のクソ猿どもめ! 自分の所の雌で我慢しとけっての!」


 ――雪男である。


 俺の世界で言う所のUMA――未確認生物を指す言葉だが、お雪さん達の世界では普通に存在する種族の一つだ。


 俺の持っている知識だと目撃された国によってはイエティだとかビッグフットなどとも呼ばれていたりするが、おそらく類人猿であると推測されている生き物だ。


 こちらでは小さな個体でも全長は二メートルを超え、全身を白い毛で覆われており、さらにその下には分厚い脂肪とそれだけの巨体を持ちながら俊敏に動けるだけの筋肉を持っている。


 肉体構造はゴリラに近く、長く太い腕を駆使した素早い四足歩行がなかなかに厄介だ。


 そんな彼らがなぜ雪女達の村落を襲撃するのかと言われれば、先ほどの雪女達のやり取りから何となく察せられるだろう。


 雪男という名前が示す通り、彼らには男しかいない……というわけでもなく、女も居る。という話だ。


 姿こそ見たことはないが、雪男の女性個体は数が少ないらしく、住処から出てくることはほとんどないらしい。


 女性も存在するのに雪男とは如何なものか?


 なぜ彼らが雪男と名付けられたのかというと、雪女と対を成すかのように男しか存在しない人型種族という事、また、双方間での繁殖が確認されたことからそのように名付けられてしまったのだとか。


 後日になって、それも近年になってようやく雪男の女性個体が確認されたという事もあって改名した方が良いのではと生物学会――詳しい名前は知らないが、そういう組織があるのだとか――の方で問題になってはいるが、命名者がそれなりに功績のあった人物であることや改名の権利を持つその人物の縁者が頑なに拒否しているのだとかで改名には至って居ないそうだ。


「前回あれだけ痛めつけられて、まだ懲りないのか……それもこれも本能故、か?」


 こちらは長老に聞いた話となるが、この時期になると雪男達は繫殖欲――要は性欲が高まるのだそうで、雪男の女性に対して複数の男性が行為に及ぶことになるのだが、女性の方が数が少ないためにどうしてもあぶれるものが出てしまう。


 その為、性欲を持て余したあぶれ者達が近場の女性である雪女達を相手にそれを発散した結果が、雪男の命名者が確認した光景なのだろう。


 長老曰く、双方の生息域が被る為にどうしても起こりうる現象なのだが、雪女側としてはその時期の雪男達に襲われることは高確率で死に直結する為、どうしても避けたいが為に抵抗せざるを得ないのだとか。なお、平常時であれば理性的で紳士的かつ大人しい種族なので相手をするのもやぶさかではないらしい。


 ともあれそのようなやり取りを長年にわたって続けている間に、この村落の雪女達はすっかり武闘派になってしまったそうだ。


「しつけぇんだよクソ猿共がぁッ! 今日という今日はブッ殺してヤるぁッ!」


 一人やたらと殺意が高いのが居るが、彼女の母親は先述の状況で辛うじて生き残った結果、彼女を産み落としたらしい。


 当人はアレはアレでいい経験になったとしたり顔で頷いていており、遺恨はない様子だったが、その子供である彼女は何か思う所があるのか、一応は父親と同じ種族である雪男達へのあたりがかなり強めである。


 ともあれ、通常の雪男達に彼女らが負けたり攫われるような心配はここ半月程度の付き合いでまずあり得ないことを把握したので、俺は新手の巨大な雪男に意識を向けることにする。


「確かにでかいが……戦意が薄い、か?」


 他の雪男達は興奮した様子で雪女達に飛び掛かる中、俺が視線を向けている巨大な雪男は戦場となりつつある周辺を見渡していたと思ったら、こちらで視線を止めた。どうやらあちらの目的は俺だったようだ。


「オマエ、ツヨイ、オデト、タタカエ」


 発声器官の都合なのか、雪男達の言語は通じはするがやたらと聞き取りにくい。


 しかしながら、強烈な戦意と共に放たれた巨大な雪男の声は辺りに響き渡り、俺の周囲に居た雪女達がさっと距離を取った。


 同時に、空を裂く轟音を立てながら巨体がこちらに突撃してきた。


「なかなか速いな」


 ここ最近の戦闘のおかげで勘はかなり取り戻すことはできているが、ここに来てさらに丁度いい相手が来たらしい。


 妊娠前のみぞれと――たまにお雪さんとも――行っていた鍛錬も悪くはなかったが、鍛錬はあくまでも鍛錬であり、実戦とは違う。


「ふんっ!」


 此方に向かってくる勢いのまま叩きつけるように放たれた巨腕を片手で受け止める。


 体重がしっかりと乗った良い一撃だ。


 ずしりとした重さが腕にかかるが、それでも軽トラックがぶつかってきた程度の衝撃だった。


「ツブレナイッ!? オマエ、バケモノカ!?」


「失礼な。化け物ではない。怪人だ」


 いや、似たような物か? まあ、正直な所どちらでも構わんが。 


 慄く雪男を捕まえようともう片方の手を伸ばすと、びくりと身体を震わせて飛び退いた。


 なかなかに勘は良いらしい。


「オマエ、スゴク、ツヨイ、オデ、ホンキ、ダス」


「なんだ。手加減していたのか? 遠慮することはない。本気でかかってこい」


「オデ、ホンキ、オマエ、タオス! ウガアアアアアアアアッ!」


 雪男が野太い雄叫びを上げると全身が膨れ上がり、一回り大きくなった。


 無論それだけではなく、先ほどまでの様子から打って変わって重圧が増し、びりびりと肌を叩くような戦意を感じる。


 村落での生活で久しく忘れていた命を懸けた闘争の気配だ。


「そう来なくてはな!」


「グルァアアアアアアアッ!」


 巨腕を繰り出す雪男に合わせるように、こちらも挨拶代わりの渾身の一打を放つ。


 拳と拳が激突し、岩石同士がぶつかり合うような鈍い音が辺りに響き渡る。


 見た目にそぐわぬ恐るべき膂力だ。力だけなら向こうに分があるようだが、身体の使い方が甘い。


「グッ、ギャアアアアアアアアッ! イダイィイイイイイイ!」


 殴り合った雪男の手は無残に潰れ、五指があらぬ方向を向いていた。


 腕ごと粉砕するつもりで殴ったが、思いのほか頑丈だったらしい。


 こちらは少し腕が痺れはしたが、骨や筋に異常はない。我が事ながら、相も変わらず出鱈目な身体だ。


 昔はもう少し柔らかかったと思うんだがな? まあいい。相手は今のですっかり戦意を喪失してしまったらしい。


 もう少し食い下がってくれたら嬉しかったのだが、どうやら痛みに慣れていなかったようだ。


 まったく、拳が一つ潰れた程度で情けない。これが奴だったら嬉々として戦闘を続行していたぞ。


 そもそも奴が相手だったら拳を潰されるような愚は犯さないが。


「もう終わりか?」


 拍子抜けではあったが、生身で全力の一撃を出せたのは悪くなかった。


 鍛錬もあれはあれで全力だが、流石に殺意を込めた攻撃をするわけにもいかないしな。


「モ、モウイイ! オデ、オウチニカエル!」


「そうか。なら仲間も連れて帰るんだな」


「ワ、ワガッタ! オマエラ! ズラカルド!」


 巨大な雪男が声をかけるなり逃げだすと、他の雪男達もそれに追従するように逃げて行った。


 性欲で暴走している割にはやけに統制が取れていたな。


「まあ、それでもまた懲りずに来るんだろうな……」


「いや、あんなもの見せられたら流石に二、三日は来ないと思うけど」


「それなら良いんだが、そちらは無事だったか?」


「うん、誰も攫われなかったよ。あいつら、燈牙さんが戦い始めてからすっかり怯えちまってさ。ま、あれだけの闘気を浴びたら無理もないんだろうけど」


「闘気か……ここの雪女は気と魔力の扱いに長けていると長老から聞いたが、冬華さんはそういうものに詳しいのか?」


「詳しいかどうかはわからないけど、簡単な説明くらいなら……っていうか、燈牙さんって細雪のところに居るんでしょ? あの子に教わらなかったの?」


「お雪さんにも聞いては見たんだが、どうもしっくりと来なくてな」


 と言うのも、お雪さんもみぞれも感覚型の天才とでも言うべきか、やたらと擬音の多い説明だったのだ。


 あれで理解ができるのは余程付き合いが長いか、同じ感覚の持ち主だけだろう。


「あー、確かにそういうところあったわ……そういう事だったら教えてもいいけど、ただってわけにはいかないかな」


 対価が必要なのか。いや、普通はそうか。無償で教えを乞うのは図々しいにもほどがあった。


「わかった。命以外で俺が差し出せるものなら」


 俺にとっては未知の技術だからな。重要そうであるし、価値もわからないが、相応の物を差し出す覚悟はしておこう。


「いや重いって。そんなもの要求しないから」


「しかし、この手の技術は重要だろう? そんな簡単に教えて貰うと言うのも気が引ける」


「別に重要ってわけでもないけど? ここの雪女にとっては一般教養みたいなものだし」


 一般教養? そうか、どちらも戦闘に必要な技術だ。つまり――


「――なるほど、戦いが日常化し過ぎた弊害か」


「いやそれは……無きにしも非ずなんだけど、どっちも雪女にとって必要になる技術なのよ」


「そうなのか?」


「うん、気に関してはあとで教えるけど、雪女って特に何もしなくても魔力が大きくなっていく種族だから、幼いうちからそれを制御する為の訓練が必要なのよ。むしろ何もしないと魔力が暴走してこの辺りは年中吹雪が吹くようになってるわ」


「この山が定期的に猛吹雪になるのは雪女の仕業だと聞いていたが」


「そう、子供達の訓練をやってるときだね。幼いうちからあれだけの吹雪を発生させられるんだから、どれだけ魔力量が多いかはなんとなくわかるよね?」


「まあ、なんとなくは分かる気がするな」


「うん、魔力に関してはそれでいいと思うよ。燈牙さんって魔力がほとんどないみたいだし」


「そうなのか?」


「そうだね。割と珍しい事なんだけど、燈牙さんって別の世界の人だって話だし、魔力がない世界で生まれたんじゃないかな」


「そういうことか。では、気の方はどうなんだ?」


「そっちはすごいことになってるね。例の治療の効果のおかげか、ここに来た時よりも気が強くなってるよ」


「そうなのか? 気が強くなったと言われてもあまり自覚はないんだが、ここに来た当初よりは身体の調子が良くなっているのは関係あるのか?」


「気の状態如何では如実に身体の調子に影響するからね。で、みたところ燈牙さんは気を感じ取ることが出来てないっぽいね?」


「ああ、なんとなしには魂だとか生命力に直結している力のような気がしているんだが、厳密には違うんだろう?」


「そうだね。まあ、近しいものではあるけれど、それらと気は別ものかな。使い過ぎると死ぬという点ではどちらかというと生命力に近いけどね。とはいっても、それはあくまで私達の認識だから、燈牙さんの言っていることを間違ってるとは断言できないね」


「そうなのか」


「まあ、それくらい難しいものだと思ってもらえたらいいわ」


「わかった」


「じゃあ、燈牙さんにも判りやすくなるように色々とやっていくにあたって、どの程度理解できたらいい?」


「どの程度、というと?」


「まず第一段階が気の存在を明確に感じ取れるようになる。これは割とすぐに可能だね」


「それだけでも十分に思えるが、第一段階という事は幾つかの段階に分けられるのか」


「そうなるね。もちろん、段階ごとに物にするまでの日数もかかるよ」


「だったら、ひと月程度で行ける範囲まででいい。少しの間、ここを出ようと思っているからな」


「そっか。それじゃあ、ぎりぎり可視化まで行けるかな? あ、でも、そこまで行くための修業はかなり厳しいけど、大丈夫だよね?」


「構わないが、具体的にどういったものになるか聞いても?」


「うん、もちろん。雪女式房中術っていうんだけど――」


 名前から何となくどういう物か察せられたが、村落での生活や治療の影響で良くも悪くもその手の事に慣らされていた俺は、その修行方法を何の抵抗も抱かずに受け入れることができた。




 そうして、修業を始めてからひと月が経った。


「……本当に、見えるようになるんだな」


 自身の体内を巡る力の流れを見て感じることができるようになった。


 無論、自身だけではなく他者を始め、自然物であれば有機物無機物関係なく気を視る事ができるようになっている。


 世界が輝いて見えるという比喩表現をそのまま体現したかのような光景に呆然としていると、倒れて横になっていた冬華が気怠そうに起き上がりながら言った。


「最初からそう言ったでしょ? それにしても、よく耐えきったね。お雪とみぞれちゃんと立て続けに妊娠してたから、そっち方面は弱いのかと思ってたよ」


 確かに、この手の事は妻以外を相手にしたことが無いので弱かったことには違いない。


「あの二人に鍛えられたからな」


「それはそれで負けた気分になるわ。ま、最後に濃ゆいの一発貰ったし、運が良ければ私も授かるかな?」


 さすりと、裸身の下腹部を撫でる冬華から目を逸らし、若干の気まずさと共に呟く。


「……正直、未だに雪女の倫理観が良くわからないんだが、問題はないのか?」


「ん? 問題って?」


「複数の雪女を同一の男が妊娠させることだ」


「まったく問題ないしむしろ大歓迎だけど? なんなら村落のみんなを孕ませると喜ばれるよ?」


「本当に問題はないのか……恐ろしい所だ」


「ここまで男が来るってすごく貴重な機会だからね。雪男が相手だとあいつらの巣に攫われて女日照りの雄共に嬲られるから、妊娠するにも命がけだし」


「しかし、同じ男の子供ばかりというの大丈夫なのか?」


「あー、それには理由があるんだけど、雪女の子供が女しか生まれないっていうのは知ってるよね?」


「ああ、それは知っている」


「雪女が女しか生まれないのはそういう体質なんだっていう話だよ。色んな人型種の男と交わることができるけど、生まれてくる子供は必ず雪女になるっていう……ええっと、細胞みたいなものを持ってるって話」


「遺伝子の事か?」


「そうそれ! 代々そういう遺伝子を持っていて、父親側の遺伝子の影響をほとんど受けないらしいよ」


「となると、生まれてくる子供は母親に限りなく近い存在という事になるのか?」


「そういうことになるね。だから親子間は外見がかなり似通ったものになることが多いよ」


「確かに、お雪さんとみぞれは顔立ちがよく似ていたな」


「身体の大きさは違うけどね。まあ、あれはみぞれが特別なだけだと思うけど」


「そういえば、みぞれは特殊な存在だとは聞いたな」


「そうだね。突然変異って言われてるけど、稀にそういう雪女から派生する種として生まれることがあるんだよ」


「そうなるには理由があったりするのか?」


「さあ? 突然変異って言われているだけに珍しいことだし、滅多にないからいちいち記録に残してもいないよ。ただ、そうなりやすい傾向と兆候はあったかな? 長老に聞いた話だけど」


「傾向と兆候?」


「うん。傾向としては父親が極まった強者であること、兆候は妊娠最初期の強い倦怠感、初期から中期にかけての肉体の充足感だったかな? 中期から後期は安定していて普通の胎児と同じ感覚だけど、明らかに魔力や気が大きいみたいだね」


 なにやら思い当たる節があるんだが、気のせいであって欲しいと思うのは親心なのだろうか。


 いずれ生まれてくる我が子の将来を心配していると、寝そべっていた冬華が不意に声を上げた。


「あっ」


「どうした?」


 どこか戸惑った様子の冬華に声をかけると、思いもよらない答えが返ってきた。


「もう着床した……えっ、燈牙さんの子種、強過ぎない?」


「それは流石に気のせい……とかではない、か。そうか……その、めでたいな」


 そんな馬鹿なことがと思いはしたが、至って真面目な様子で告げてくる冬華に対して祝福の言葉を贈る事しかできなかった。


 雪女の生体なのかは知らないが、お雪さんもみぞれも似たようなことを言ってから妊娠が発覚したからな。


「ありがと。元気な赤ちゃん産むからね」


「ああ、頼む」


 ……このままこの村落に居たら俺の子供で溢れてしまうかもしれない。冗談抜きに。


 それにしても、ここに来てから体調こそ良くなったが調子が狂うな。


 あれだけ殺伐とした闘争の日々の反動なのか、はたまた天上の存在からの褒美なのか、日常が余りにも爛れ過ぎている。


 そして何よりも、そんな生活に慣れてきている自分が恐ろしい。


 いや、いずれここで生活していくのだから慣れていた方が良いのだろうが、そういう意味ではないと言うか……そう、これまで培ってきた倫理観が壊れていくのが恐ろしい。これだ。


 お雪さんと共に生きていくのであればいずれは受け入れるべきものだとは言え、それはこれからしばらくの間、外の世界へと赴く俺には不要の物だ。




「というわけで、明日にでも立とうと思う」


「それはまた急なことで……寂しくなりますね」


「安心してくれ、半年で帰ってくるつもりだ。遅くても子供が生まれてくる前には必ず戻る」


「……はい、必ず戻ってきてくださいね?」


「ああ、必ず」


「なんか感動を誘うようなやり取りしてるけど、要はあまり長くここにいると燈牙さんの倫理観が壊れちゃうから多少でもまともなうちにやるべきことを済ませたいってことでしょ?」


 その通りではあるんだが、実際に指摘されると辛いな。


「情けない理由で済まないが、そうなる」


「まあ、ここの外では私達みたいな考え方の人が圧倒的少数派だってのは分かってるからいいよ。燈牙さんがここでの生活に馴染もうと努力してたことも知ってるし」


「そう言ってくれると助かる」


「じゃあ、今晩はごちそうにしましょうか」


「いいわね! どうせなら村落のみんなにも声かけてくる!」


「そうね。トーガさんがしばらく戻ってこないとなると、また男日照りが続いてしまいそうだし」


 今にも飛び出していきそうなみぞれに、お雪さんがそう続けた。


「まあ、今の燈牙さんなら全員相手にしても大丈夫でしょ! じゃ、ちょっと行ってくる!」


「ゆっくりでいいから大丈夫……もう、そんなに張り切らなくてもいいのに」


 飛び出していったみぞれにお雪さんが声をかけるも、既にその姿は見えなくなっていた。


 なんともほほえましい親子のやり取りなんだが――


「……うん? 今日は妙に冷えるな」


 ――何か、不穏な気配がする。

燈牙の魔力

燈牙の居た世界は魔力がない世界ではありますが、世界が融合した後は彼の居た世界の人間は魔法を使えるようになっています

燈牙にほとんど魔力が無いのは怪人化の影響もあり、普通の魔力を受け付けない身体となっています


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