第二項 蘇る故郷(第26話)
第一部 新世界の産声編 第一章 交差する世界 第五節 英雄達の凱旋
世界融合による異変は各地で起こっていた。
世界融合の際に優先されたのは存在値と便宜的に付けられている値で、これが高いほど世界への影響力が大きくなるというものだ。
この影響力とは対象が世界に対して与える影響の度合いを指し、これが大きければ世界の力も増すという考えで良い。
それでも例外はあるが、世界の融合という大事に対してその辺りは些事として扱うことにされていた。
その結果、わかりやすい変化として荒廃していた大地が自然に満ち溢れ、涸れ果てた泉が復活するといった現象が各地で起きていた。
それらの中には、過去の戦いで滅びた都市や隠れ里など、失われてしまったものも含まれていた。
人々の大半は世界融合の際に自身の並立存在との融合がなされており、記憶の齟齬を減らす為に融合後の世界を基準とした記憶の改変がされている。
それでも、故郷を失っていた者など、様々な理由により強く記憶に焼き付いていた者等の中には、変わらないはずの故郷を見て涙する者もいた。
〇
世界融合の際、異変に気付いた者の一人であるアルフレッド=ダグラスは、変わり果てた故郷を前に困惑していた。
「一体、どうなってんだ、こりゃあ……」
宇宙での戦いを終えた後、戦後処理に追われながらもどうにか捥ぎ取った休暇を使い、妻子と共に里帰りをしたのは良い。
良いのだが、彼の記憶の中の故郷と今の故郷は、あまりにも違い過ぎていた。
異星物の襲来によって母なる星は荒れ果て、動植物の大半は絶滅寸前であり、地上の建物は敵襲に備えて武骨な建物ばかりだったはずだ。
にもかかわらず、故郷は建物の配置などからその面影を残しつつも、緑が溢れ、温かな色合いの家々が建ち並ぶようになっていた。
まるで、幼い頃に父親から聞いた故郷の様相そのものである光景に、死んだ父の事を思い出して歯噛みする。
彼がここを訪れた理由は、里帰りと同時に父の訃報を母に伝える為だった。
「復興したってこと、なんだよな……?」
あまりの変化に戸惑いはしたものの、星から異星物共が撤退したのはそれなりに前の事だ。
あれから復興したと考えたのなら、これが自然なのかもしれないと思い直すと、妻子を連れてアルフレッドは実家へと向かった。
しかし、実家へ向けて歩いて行く中で、死んだはずの古い顔なじみによく似た者が居たり、見慣れない顔がやけに多いことに気付く。
「……この町、こんなに人が多かったか?」
「どうしたのよ、アルフ。さっきから変よ?」
落ち着かない様子のアルフレッドを気遣うように、彼の妻が手を握った。
その手を握り返し、妻の気遣いに感謝しながらも、アルフレッドは内心で訝しんでいた。
なぜなら、彼の妻は彼の幼馴染、つまりは同郷。
おまけにしばらく帰って来ていないのは同じにも関わらず、彼女は故郷の変化に言及すらしていない。
「……いや、大丈夫だ。ありがとな」
ともすれば気が変になりそうだが、あらゆる感情を飲み込んで、アルフレッドは辛うじて微笑みながら礼をする。
むしろ、これから父親が失踪――状況的に生存は絶望だが――を母に知らせる事を思うと、町の変化など些細なことだ。
そして、色々とあり得ないものを目にしたりしながらも実家に辿り着くと、あまり変わらぬ実家の姿に安堵する。
「うちはあまり変わってないな……」
「ねえ、アルフ。本当に大丈夫? 顔色が悪いわよ?」
「お父さん、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。問題ない」
妻子に心配されるも、どうにか持ち直して、実家の呼び鈴を鳴らす。
しばらくして、懐かしくも聞きなれた母親の声がドアフォンから聞こえてきた。
『はい、どちらさま?』
「母さん、俺だ。アルフレッドだ」
『あら、呼び鈴なんて鳴らさないで入ってきたらいいのに』
「って、施錠してないのかよ! 物騒だろ!」
『大丈夫よ。うちに盗る物なんてないんだし』
「いや、色々あるだろ。とにかく、今入るわ」
『ええ、早く顔を見せて?』
宣言通りに施錠されていないドアを開けて、家の中に入ると、奥の方から母親が出迎えた。
「おかえりなさい。あらあら、エスタちゃんも一緒なのね。それと――あなたがステラちゃん?」
「おばさん、久しぶり。ほら、ステラも挨拶して」
「は、初めまして……」
「あらあら、大きくなったわねぇ。覚えてないと思うけど、貴女が生まれた頃に一度だけ会いに行ったことがあるのよ?」
「あー、母さん。色々話すのもいいんだが……」
「あら、そうだったわね。さ、上がって。実は今、お客様も来ているの」
「ああ、そうだったのか」
これから報告することへの緊張からか、少しおざなりな返事をしながら、アルフレッドは久方ぶりの実家へ足を踏み入れた。
〇
一方で変化に気付けなかった者――王国の宰相は部下からもたらされた降って湧いたとしか思えぬ話にその美貌を歪めていた。
連日の書類仕事で目の下には隈が出来ているものの、その陰りすら宰相の美貌を怪しく彩っていた。
「なに? 荒地と判断されていた土地が肥沃な大地に変わっていた? 馬鹿も休み休み言いなさい」
中性的な声音に含まれた殺意に、報告に来ていたいつもの文官は宰相に見惚れていたのも忘れ、慌てて答える。
「い、いえ、それが、事実のようで……」
「だったら、その判断をした者が間違ってたのでしょう。まったく、この忙しい時に……」
「実は、この件だけではなく、書類上の情報と実際の齟齬は何件も発覚しており――」
「それを早く言いなさい! 人員総出で土地情報――いえ、全ての情報を再確認! 今すぐです!」
「は、はいっ!」
「これは明らかに異常です。どこぞの超常的な存在が私の邪魔を……? ハハハ、冗談でも笑えませんね」
世界融合の影響は書類にまで及ぶことはなく、仕事の増えた宰相はどこぞの誰とも知れぬ元凶へ向けて呪詛を吐くのであった。
〇
子供達を救い出したウララ達は故郷へと戻る為に当面の目的地へ向けて移動していた。
それなりの大所帯になってしまったため、移動には大型トラックを購入して、コンテナの中に子供達と弟を押し込む形となった。
運転はウララが行い、兄には念のための護衛として助手席に座ってもらっている。
「ウララ、本当に船が出るのか?」
「ああ、知り合いが手配してくれると言っていた」
ウララ達が向かっているのは世界でも有数の港町であり、ウララ達が結社を追って船に密航した際に着いた場所でもあった。
悪鬼に助けられた後は兄弟別々に分かれて行動していた訳だが、兄と弟は野性的な生活を送っていた半面、ウララは頑張って社会に溶け込んでいた。
後に二人の話を聞いた時にはやり過ぎたかとも思ったが、諸々の資格や免許に加え、便利な現代機器が扱えるようになったのはウララとしても助かっていた。
そんな中で知り合った友人ともいえる相手は人民軍とやらの兵士の一人で、上手く社会に溶け込めなかった頃のウララを助けてくれた人物だった。
ひょんなことから怪人であることがばれてしまったが、それでも友人であることを続けてくれた彼女には感謝しかない。
その時に、助けられることがあれば手伝うと言ってくれた彼女に甘えることにし、ウララは連絡を取っていた。
結果、彼女は快く承諾してくれて、船の手配までしてくれた。
ついでに向こうで落ち合う予定にもなっている。
「見えてきたぞ。あの町だ」
「む、あそこか。こちらへ来た時の船着き場があるところだな」
「そうだ」
徐々に見えてくる港町の様子に、ウララは疑問を覚えた。
「……あそこまで大きな町だったか?」
「知らん。我々はすぐにあそこを出ただろう?」
それはそうなのだが、どうにもウララの中の記憶にある町の大きさとは一致しない。
ウララの記憶にあるのは、倉庫が建ち並ぶ貿易都市と言った出で立ちだった。
「そう、だな」
釈然としない想いを抱えつつも、ウララの運転するトラックは港町に到着した。
運転席から降り立ち、そこから見える街の要望を見て、ウララは確信した。
「やはり、違う……」
以前の倉庫街の面影を残しつつも、漁港としても盛んな様子に加えて、観光にも力が入っているのかそこかしこが小奇麗になっている。
また近くに空港でもあるのか、旅客機と思われる飛行機が飛びあがっていくのが見えた。
「ウララ、どうした?」
子供達を引き連れた弟が聞いてくるが、兄と同様にこの町の有様に疑問を持った様子はない。
「……いや、何でもない。ホテルに行ってから待ち合わせの場所に向かう」
兄弟と子供達を団体に対応しているホテルに預けたウララは、待ち合わせ場所に向かった。
待ち合わせの場所に着くと、松葉杖をついた見知った顔の女性が待っていた。
「やほー、ウララ。無事だったんだね!」
「カスミ! その怪我はどうしたのだ!」
人民軍の一員であるウララの友人――霧隠霞は怪我を負っているようであった。
彼女は生身の人間でありながらウララが認めるほどの戦士であったはずだが、何があったのかとウララは詰め寄った。
「いやー、ドジっちゃってさ。怪人の一体と相打ちになって死にかけちった!」
「そ、そうか、無茶をするな……」
武器を使ったとは思われるが、生身で怪人と相打ったと抜かす目の前の女に、ウララは内心でドン引きする。
「ま、あの化け物はきっちりぶっ殺してやったけどね! だもんであの戦い、序盤も序盤で離脱しちゃったけど、大変だったんだって?」
相打ちどころか、結果としては勝利していることに、さらにドン引きした。
「ああ、言葉に尽くせぬほどには大変であった」
「そかそか、ウララが無事でよかったよー。あ、そっちは子供達も助けられたんだよね?」
「ああ、それよりカスミ、怪我は平気なのか?」
「うん。医者が言うには死にかけで助からないって思われたみたいだけど、急に持ち直したもんで奇跡だって言われたわ」
「そうか。なんにせよ、無事でよかった」
「ほんとねー。で、その後に病院からも確認されたって聞いたけど、結社の方角にオーロラ現象みたいなのが発生してたとか?」
「おそらく悪鬼と総帥の戦いだな。我々も他の怪人と戦っていたので、はっきりとは見ていないが」
「すごかったんだねー。その場に立ち会えなかったのは残念無念!」
「いや、最後には結社の本部が崩れて大変だったのだ」
「あー、死人がすごく出たとは聞いたよ。そういう意味では、あたしは幸運だったのかなぁ」
「うむ、そうだろうな」
「ま、このままここで辛気臭い話もなんだし、どっか落ち着ける場所に行かない? あたしもコレだしさ」
と、松葉杖を持ち上げるカスミを見て、ウララは即座に頷いた。
近場にあった食事処に入り、個室へと案内されてから、ウララはカスミを気遣う様子で伺った。
「すまない、無理をさせたか?」
「いやいや、見ての通りギプスはしてるけど、超元気なのよ」
「む、足が固定されていたのか」
「そ、だからコレが手放せなくてね」
と、カスミが松葉杖を掲げながら苦笑する。
「死にかけたとは聞いたが、その足は骨折なのか?」
「いやいや、全身複雑骨折に加えて内臓破裂が多数、この足は千切れてたのを繋げたのよ」
今はリハビリ中ね。と宣う友人にウララはドン引きした。
「……なんで生きているんだ?」
「ね。あたしもそんな酷い状態だったとは思わなくて、思わず聞き直しちゃったもん」
「今は平気なのか?」
「うん、驚異的な回復速度だって医者がビビってた。まともな人間じゃないとも言われたわ。ほんっと失礼よね!」
「まさか、怪人化を……?」
「いやいや! ちゃんと普通の人間だから!」
「そうか……ともかく、無事で良かった」
「うん、お互いにね……」
しばしの沈黙の後「ところでさ」とカスミが話を切り出した。
「あの戦いの後からさ。なんか、変じゃない?」
「なに?」
思わぬ問いかけに、ウララの心臓が高鳴った。
そんなウララの様子に気付かず、カスミはどこか言いにくそうに、不安げな様子でウララを見つめて言った。
「いや、なんていうか、さ……その、おかしなことを言うかもだけどさ、信じてくれる?」
そんなカスミの様子から察すると同時に安堵したウララは、先に確信的なことを伝える。
「……ああ、信じよう。いや、私からも言わせてくれ。この町は、こんなにも大きく、栄えていたか?」
「っ! やっぱりそうだよねっ! 良かったぁ。あたしだけじゃなかったんだ……」
「カスミも私と同じだったのか……では、確認したいのだが、結社があったのはごみ捨て場の地下……で、あっているか?」
「うん、あってるよ。今は綺麗な高原に変わっちゃってるけど、あそこは間違いなくごみ捨て場だった」
「そうか。私の気が狂ったわけではなかったのだな」
「あはは、あたしも同じこと思ってたよ。親友だと思ってるウララにまで変な顔されたらどうしようかと……」
「ん? しんゆう、とはなんだ?」
「え? ああ、特別に親しい友人の事、かな? あ、迷惑だった?」
「いや、そういう事ならば、私にとってもカスミはしんゆうだ」
「嬉しいこと言ってくれるじゃん。ウララが男だったら惚れてたわ」
「気持ちは嬉しいが、女同士で子供は作れんぞ」
至極真面目な顔で言い切るウララに、カスミはげんなりした表情で告げる。
「いや、ものの例えだって……っていうか、女性同士でも子供作れたら良いんだ……」
そういう技術が存在することを告げてしまったら変な誤解を生みかねないと判断し、カスミはその話題を永遠に封じることにした。
「うむ、我が部族の女は強き者の子を産み育てるのを至上としているからな。相手が女性だとて、強者であり、子を成せるのであれば一向にかまわん」
ウララの部族の話は知っているため、カスミはすかさずウララが主目的としている対象を挙げた。
「それで、あのオーガにご執心なんだっけ」
「オーガ? ああ、悪鬼の事か」
「そ、コードネームをオーガって呼ばれてる怪人だね。あの戦いの後は行方が分からないって話だけど」
「ああ、脱出した様子はなかったが、私は奴が死んだとは思えん」
「うん、あの人って異常にしぶといもんね……」
同じ怪人の姿を思い浮かべ、片方は思慕の表情を浮かべ、もう片方は畏怖の表情を浮かべるのであった。
〇
様々な異変が徐々に一部の者達の間で認識されていく中で、また一つ、不可解な異変が起こっていた。
「えっ、異形の里で異変が?」
機関からの知らせを受けて、まず藤堂桜が思ったのは至極当たり前の疑問であった。
異形の里とは、魔法少女達と契約を交わしていない人ならざる存在達にとって数少ない生存圏の一つであった。
個々の理由によって人里で生きることのできない彼らにとって楽園ともいえる其処は、かつてとある異形の目論見によって崩壊した。
今では人も異形も入り込めない禁足地として封鎖されていたはずであったが、そんな所で何が起こったのだろうか?
そう思って詳細を訪ねると、思わぬ答えが返ってきた。
「え? 住人が一人もいない?」
それは当然である。人も異形も入り込めない土地に住む者など居るわけがない。
当時の桜は新人の魔法少女であったが、その時のことはしっかりと覚えている。
異形の里が崩壊した後、そこに住んでいた者達は世界各地に点在する異形の里と同様の生存圏へと移り住んだのだから。
「待って、状況が呑み込めないのだけれど、異形の里は昔に崩壊したはずよね?」
桜の質問に対し、応答先の職員は否定を返してくる。
異形の里は以前から健在である、と。
「……わかったわ。とりあえず、異形の里の住人に関しては資料室にある異形達の住民登録票に移住先が載っているはずよ」
そう告げると、確認してみます。という返答と共に、通話が切れた。
しばし、受話器を握ったまま固まっていた桜であったが、ゆっくりとそれを戻すと、誰に聞かせるともなく呟いた。
「何か、想像以上の事が起こってない……?」
〇
世界の融合による異変は、分かる者には分かる形で、少しずつ浸透していく。
駄目ですね
文字数ってどれくらいが読みやすいんだろ
自分は何文字あっても苦にならないんだけども




