012 全ての元凶に対して
「……まずい。非常にまずい」
「まずい?」
ある朝のことだった。
朝食のハンバーガーを食べながら、ユキは唸っている。カナタはその様子をテーブル席の向かいに座り、菜食バーガーを齧りながら眺めていた。
「お兄の大豆ミート、けっこうイケるで?」
「その『不味い』じゃなくて、『拙い』の方だ」
口ではカナタと話しつつハンバーガーを貪っているユキだが、その瞳が捉えているのは一冊の手帳だった。
その手帳はユキがこのダイナーを始めてからずっと記載している、売上帳簿である。
「ぼちぼち足が出てきているんだよ……」
「……赤字、ってことかいな」
小さな田舎町に唯一存在する定食屋なので、競合相手がいないのは大きい。しかし人口が少ない分、客足が伸びないのもまた問題だった。
「以前だったら行商人とかも商売に来たついでに寄ってくれてたんだが、ここ最近の強盗騒ぎでそれもぱったりだ。この前首都に行った時に購入した分を最後に、交易はしばらく見送られるらしいし……」
食糧庫にはまだ在庫がある。農耕地帯もあるから作物には事欠かない。それでも、資本金がなければ店の経営が立ち行かなくなる。
「これまでは買い出しとかで一週間程度閉めてても問題なかったが、このままいくと、完全に店を畳む羽目になる」
「……お兄、やっぱり原因探った方がええんちゃうん?」
ここ最近頻発している盗賊の類の襲撃は、未だに止む気配がない。情報屋からの報告もなく、交易路が次々と潰されてきている状況に、ユキもさすがに焦れてきていた。
「やっぱり、それしかないか……」
襲ってきた盗賊を尋問したこともある。しかし『この店にはお宝がある』の一点張りで、その情報源も曖昧だった。誰かに聞いたというのもあれば、ある町の酒場で小耳に挟んだとかいう、都市伝説紛いの噂まで。
もう返り討ちにしているだけではらちが明かない。とうとう、自分達から動く段階に来ていた。
「でも言っといてなんやけど、どないするん?」
「……そんなもん、決まっているだろう」
――しゃーこ、しゃーこ……
ブッチやシャルロットが二階の自室から降りてきて、フィルも来店してカウンター席に腰掛け、全員が朝食にありついている。カナタは店先の掃除をしているので、店内にはいない。
「……おい、ちょっといいか」
「ブッチさん、ユキのことなら黙ってた方がいいですよ」
刃物を研ぐ音が店内に響いている。フィルはコーヒーの入ったカップ片手にブッチに近寄り、その傍でしゃがんだ。
「多分、盗賊騒ぎの件で苛立っているんだと思います」
「そういえばさっき、カナタが言ってたんだけど……」
気がつけば、シャルロットもまたフィル達の近くに来て、ティーカップを載せたソーサーを持ちながら話に混ざってきた。
「……とうとう財政、破綻したらしいわよ」
「いや、精々赤字程度だろう。本当に破綻しているんだったら、俺達とっくに追い出されているよ」
むしろ、この店に住む全員が追い出されることになるだろう。
持ち家なので路頭に迷うことはない、とは限らない。もしこの店を担保に銀行から運営資金を借りていたとしたら、経営不振を理由に追い出されるのは想像に難くない。
「最近は客より盗賊の方が多かったからな……おまけに賞金首はほとんどいなかったし」
「しかも、私達が横取りしているから、さらに収入が減ってるはず……よね?」
このまま、まずいことにならなければいいが。
全員が心配する中、とうとう新規のお客様が来店した。
「いらっしゃいま~せ~。お兄、一名様入るで~」
店の外から、カナタの声が聞こえてきた。
そして入ってくる男性が一名。ユキ以外の三名は同じことを思った。
『……あ、こいつも盗賊だ』
と。
装備は擦り落とそうとしたのだろうがかえって汚れを目立たせてしまい、鞘無しで佩いている剣の刀身は刃毀れが際立っている。盗賊か物乞いのどちらかだろうが、まともな人間はまず無銭飲食なんて考えないし、身なりは綺麗にするはずだ。
「チキンソテーとパンを」
「……はい。少々お待ち下さい」
しかしユキは研ぎを中断し、注文通りの品を作り始めた。静かに、集中して作る様は相手にとっては普通だと考えているのだろうが、付き合いが浅いシャルロットですら気づいている。
この店内を覆う、暗い雰囲気を。
「……フィル坊。最悪の場合、お前はさっさと逃げろ」
「いえ、隠れています。今のあいつには、ちょっとした疑惑ですら刺激材料になりますから」
方針は決まり、後は様子を窺うだけだ。
ユキと盗賊らしき男には見えないよう、武器を構えるブッチとシャルロット。フィルですらテーブルの足を掴み、即席の盾か棍棒にする準備を終えている。
「……お待たせしました」
静かに給仕されるチキンソテーとロールパンのセットを咀嚼する音だけが響いていく。その音が止んだ時が最後だ。
実際、腹が減っていたのだろう。すごい勢いで鶏肉とパンを平らげ、水を飲みながら腹を落ち着けさせている。
『…………ゴクッ』
誰かが、唾を飲む音がした。
いや、もしかしたら、店内にいる者達全員が飲みこんだのかもしれない。状況が読めずにいる中、とうとう相手は動いた。
「死にたくなければ金を、だ、せ……」
結局盗賊だった男性客の目の前には、ユキの抜き放った小太刀の刀身が、カウンター越しに突き出されていた。しかもよく見れば、もう片方の手で火縄銃を握っている。装填されているかは分からないが、所詮は棒状の鉄の塊だ。その気になれば棍棒代わりにだってなる。
両手に凶器を構えたユキは、普段見せない般若の様相で盗賊を睨み付けていた。
「……他に言いたいことはあるか?」
盗賊は柄に置いていた手を、ゆっくりと降ろしていく。
「……お兄、偶にブチ切れたら、本気で怖いねんよな……」
「見りゃ分かるよ……」
いつの間に店内に入ってきたのか、カナタが壁にもたれながら両腕を組んでいた。
ブッチもテーブルに肘をつき、ユキがカウンターから出てきて、盗賊を店の隅に追い込んでいく様子を眺めている。移動させる前に、佩いていた剣はベルトごと小太刀によって切り落とされていたので、相手に反撃する手段はなさそうだ。
「それにしてもあれ、いい刀だな。フィル坊が鍛えたのか?」
「と言っても、あれは鍛錬したものの中で一番出来のいいものじゃなかったんですけどね……」
「影打ち、って言うんだっけ? たしか」
シャルロットの質問に、フィルは首肯した。
依頼を受けて刀を鍛える際、複数本を打って一番出来のいいものを依頼主に渡すのが通例だ。その一番出来のいいものが真打と呼ばれ、それ以外のものは影打ちとして手元に残すのが一般的だ。
しかし、それもまた商品だ。影打ちは値段を下げて売り、それをユキはフィルから買い取ったのだ。
「前に依頼を受けて小太刀打ったんだけど、当時は丁度戦時中だったから、初めて全部一人でやったんだよな……」
「それであの出来栄えなら、真打はよっぽど良かったんだろうな……」
しかし、ブッチの言葉に対して、フィルは静かに首を振った。
「それが……真っ先に折れました」
それを聞き、カナタは当時のことを思い出したのか、声を上げて笑い出した。
「しかもそれ、稽古中やったもんな。『弟子の腕が上がった』とかで師匠の方が本気出してもうて、あっさり叩き折られてもうてなぁ」
「だからユキが持っているのは、三番目に出来の良かったやつなんですよね」
二本目は半ば強奪された感覚で買い取られたというオチをつけて、ユキの背後ではその話で盛り上がっていた。
「……さて、聞きたいことがある」
「あの、向こうの方々と温度差が激しいんですけど……」
「知るか」




