011 深夜の訓練風景
火縄銃の撃ち方を習得すること、それ自体は簡単だ。
銃口と火皿に火薬を入れ、弾を押し込んでから引き金を引く。すると火縄挟みに取り付けた、火の点いた縄が火皿に着火し、続いて銃口に入れた火薬に引火して弾が放たれる。前世の戦国時代では弓よりも簡単に覚えられる上に威力も高いからと、足軽の主な武装になった程だ。
けれども、撃てるからといって、当てられるというわけではない。『できる』ことと『上手い』ことは違うのだ。
だからユキとカナタは時折、閉店後に町外れまで出掛けては射撃訓練を行っていた。
店がまた襲撃されるかもしれないので長い間は空けられないが、いざという時に当てられなければ意味がない。
限られた時間を練習に充てる為、ユキ達は到着後すぐに準備に取り掛かった。
「ついてきた俺が言うのもなんだが、あのシャルロット嬢ちゃんに留守番任せて大丈夫だったのか?」
「貴重品は隠しているんで大丈夫ですよ。それに長居するつもりもないので」
町外れなので魔物が出てくることもあるし、盗賊の類が襲ってくることも考えられる。だからブッチもついてきて、周囲を見張ってくれている。
「それに……そんな手合いじゃないってことは、もう分かっているじゃないですか」
「まあ、そうだが……」
そんな中、適当に置いた木箱の上に、的代わりに用意した鍋やフライパンといった鉄屑を並べてきたカナタが戻り、火縄銃の装填を始めていた。
「……大体二十メートル、ってところか」
「本当はもっと長い距離を狙えるんですけど、町外れじゃ難しいですからね」
「せっかく双眼鏡も持ってきたのにな……」
「どっちにしても深夜ですよ。使えるんですか?」
おそらく『地球』世界から転移してきたであろう、軍用らしき双眼鏡を弄ぶブッチから、火縄銃を構えるカナタへと視線を移すユキ。
ふと、ユキの口から素朴な疑問が出てきた。
「そういえば、この世界もメートル法なんですか?」
「昔は違う単位だったらしいぞ。転移者が持ち込んだ概念が便利すぎたから、かなり昔に変わったらしいが……」
――ダァン!
カナタが放った弾は狙い違わず、事前に置いてあった鍋を撃ち抜いた。それを見て、ブッチの口が鳴る。
「やるな、嬢ちゃん」
「これ位は余裕やって」
硝煙が収まるのを待ってから、カナタは火縄銃の銃口を降ろした。
銃身が熱くなっているので肩に担ぐことはせず、木製の銃床部分を握ったまま、銃口を下に向けて近づいてくる。
「お前って、本当天才肌だよな……」
「そういうお兄かて、これ位余裕やん」
ユキは肯定も否定もせず、カナタと同様に装填し、構えて引き金を絞った。
――ダァン!
放たれた弾はカナタが撃ち落とした鍋に当たり、反動で一度宙に浮いていた。
「二人共すごいな」
「……この距離じゃ自慢できませんけどね」
ユキは水に浸していた布を火縄銃に巻き付けながら、ブッチにそう返した。カナタも同様に布を巻き、銃身を冷やしている。
銃身が熱し過ぎると、弾道に影響が出るからだ。
「ちなみにおっちゃんも余裕やろ? この距離なら」
「まあ……」
――ドキュゥン!
火縄銃とはまた違う銃声が鳴り響く。
ブッチによる早撃ちで鍋は再び宙を舞い、地面の上を二、三転してから動きを止めた。
「……これ位はな」
「お~」
パチパチと乾いた拍手をするカナタ。
ブッチは少し自慢げに銃を回転させてから廻転銃をホルスターにしまった。
「お兄もあれ位、自信持ってもええんちゃうん」
「そういう時に限って外すから、あまり過信しないことにしてんだよ」
銃身が冷えたのを確認してから、ユキは乾いた布で水分を拭い、再び装填作業に入った。
「ところでユキ坊、火縄銃の射程距離はどれ位だ?」
「条件にもよりますが、大体五百メートル位ですね。もっとも、百メートル以上の的は狙ったこともないですけど」
「そもそも見えへんもんな」
火縄銃にも先目当(銃器でいうところの照星)という、照準を定める為の部分がある。ただし小銃とは違い、スコープを取り付けるということがない。なので目視距離しか狙えないのだ。
「照準機器でもつけられれば話が違うんでしょうけれど、狙えなきゃ意味ないですからね」
「そりゃそうだ」
ブッチは近くにある石の上に腰掛けた。その後も警戒を解かないまま、練習するユキ達を静かに眺めていた。
盗賊や魔物の類が襲ってくることはなく、練習を終えた三人はゆっくりとダイナーに戻っていた。
「しかし不発がないのはいいよな、火縄銃。いちいち装填しなきゃならないが」
「構造上、仕方がないんですけどね……ところで廻転銃、不発があるんですか?」
「雷管を使い回しているからな。そりゃ不発も出るさ」
深夜帯なので、周囲にはほとんど灯りがついていない。灯されているのも防犯用の常夜灯なので、町は既に寝静まっていると言ってもいいだろう。
「前から思っとってんけどな、『オルケ』に常夜灯なんていらんやろ?」
「あれな、衛兵の人件費削る為だよ。防犯意識を高めておけば、夜の見回りも必要最低限になるからって、前に町長が言ってた」
「ある意味ケチった結果かいな……」
呆れて息を吐き出すカナタに、ユキはなんともなしに首を鳴らした。
「……あ、お帰り」
ダイナーに帰り着いた途端、店先に出した椅子に腰掛けていたシャルロットが声を掛けてくる。三人もそれに応えてから、一度荷物をその近くに置いた。
「訓練は終わったの?」
「……いや、これからが締めだ」
火縄銃の包みを置き、ユキが代わりに取り出したのは二本の木刀だった。その内の一本をカナタに投げ渡してから、ゆっくりと片手で、中段に構えていく。
「ほら、たまには稽古つけてやる」
「……お兄、うち剣とか使わへんねんけど」
それでも渋々とだが、カナタも下段に構えた。
どちらも小太刀位の長さの木刀の為、二人は両手で構えることはしない。二本の方が力も載せられるが、互いの腕が邪魔をする分取り回しがし辛くなる。
刀よりも短い小太刀の利点を活かすのであれば、片手持ちの方が理に適っているのだ。
「よく言うよ……」
合図はなかった。
一息で距離を詰めたカナタの腕が、まっすぐユキの胴体目掛けて突き出されてくる。
その刃先を弾き、その勢いで身体を回転させて勢いをつけてから、横薙ぎの斬撃を繰り出す。
「ほっ!」
しかしカナタはユキの木刀を自らのもので受け止めるのではなく、身体を下げることで回避した。そして姿勢を低くしたまま、的を小さくすることを意識しながら突きを放っていく。
「天才肌の癖しやがって、くそっ!」
力は性別の差がある以上、ユキの方が上だ。しかし剣術、ことさら技量においてはカナタの方が上だった。
普段も小太刀を振り回せばいいのに、とも思うユキだが、カナタは刀剣の類を握ろうともしない。別に強要する程のことではないので、もしもの際は自分の小太刀を投げ渡せばいい。そう考えているものの、彼女自身が持ちたがらないのでは、そのいざという時が怖かった。
「……嫌なら木刀でもいいだろう? 普段フライパン振り回している癖に」
「まあ、そやねんけどな……」
ブッチもシャルロットも、二人の稽古を黙って見ていた。
小太刀は刀身の長さの為、手数を武器に相手を切り倒すしかない。無論、通常の刀と同様に、両手で構えて力任せに振り下ろしてもいいが、有効範囲が短い分外しやすい。だから小回りの良さを活かすことが重要となってくるのだ。
「……もう眠いから、これで終わらすで」
「ああ」
カナタが小太刀を、逆手に構えた。
右手で刀でいう目釘(鍔のすぐ下)部分を握り、左手を頭(柄の先端部)に添えている。
「……来い」
決着は、すぐについた。
下段からの切り上げ、カナタの得意技だ。その一撃に合わせて回避するか刃を振り下ろして迎撃するしかない。
カナタはこの一撃を確実に当てるか次の一手を用意している。ユキは対応しつつも相手の出方を見ることに専念した。先読みを誤った方が負ける。
それがユキ達の稽古の恒例だった。
「発想は面白いがな……」
そうぼやくブッチの目には、ワザとすっぽ抜けさせた木刀に怯んだところに、カナタが右手を突き出しているところだった。無論、すぐ立て直したユキにその手首を掴まれてしまったのだが。
「勝ちたきゃもっと練習しろ」
「う~……」
ジト目で睨み付けてくる妹から手を放し、ユキはカナタの投げた木刀を拾いに行った。




