第24話 銀髪灰眼の少女とヒーロータイム
「別所君!」
ド〇ールの前で春久を呼び止めたのは意外な事に一祈でも能美でもなく、もうひとりの声楽部一年生、瀬谷リリアだった。
「おっ、おう!? 瀬谷さん? おはよう」
意外な人物から呼び止められた春久のリアクションは、少し間の抜けたものとなってしまった。
「おはよー!! それより何で疑問形? 変なの」
そう笑う瀬谷リリアは驚くほど人目を引いていた。
それはそうだろう、青みを帯びた銀色の長い髪と透けるような灰色の瞳、そして人形のように長い手足をした北欧の美少女が流暢な日本語を話しながら大笑いをしているのだ。目立たぬ訳がない。
服装も上がパールホワイト下はターキーブラックと言うなんとも派手な色の組み合わせのジャージ姿。
しかもそのジャージのサイズが大きすぎるためか、袖や裾は巻くり上げられており、瀬谷本人はそのジャージの中で泳いでいるような状態だ。また、伊達であろう大きな黒ブチの眼鏡と熊をあしらったと言うより、熊そのモノの形をした巨大なリュックもかなり目立つ。さながら熊に襲われている眼鏡の北欧美少女と言った出で立ちだ。
「すごいね」
「ほんと、すごい人ごみ、まるで渋谷みたい。行った事無いけど」
春久は瀬谷のファッションに関しての感想を述べたつもりだったのだが、どうやら別の意味に捉えたらしい。
「指は平気みたいね」
春久に一歩近づき、包帯を覗き込む瀬谷の声。
「問題ないよ」
その距離があまりにも近く春久は思わず一歩後ずさりをする。
「ふーん、よかったじゃん。でも、そのパーカーあんま良くないね。くたびれた感じで古臭いよ」
話の脈絡はよく分からないが、今度は服を覗き込む瀬谷。
「俺、ファッションには感心が無いんだ」
確か先日、一祈も春久のファションセンスはイマイチだと称していた気がする。
「そのパンツも無いな。味も素っ気も無い。マジで!」
「パ、パンツ? あ、あぁ、ジーンズね。コレ、駄目か?」
服装に無頓着な事は認めるがそこまで言われる程の服装なのだろうか。
「駄目よ、はっきり言ってダサい! アキバあたりをうろついている男の子みたいなカッコよ。アキバ行った事無いけど・・・・・・少しは井土ヶ谷君を見習ったら、マジで!」
ボロクソの言われよう。綺麗な顔に似合わぬ毒舌家だ。
「別所、おつかれ」
事の成り行きずっと見ていた当の井土ヶ谷順は苦笑いをしていた。
「よう」
軽く視線を合わせて言葉を交わす。
春久より頭1つ大きい彼は薄い紺色のカットソーに8分丈のベージュのクロップチノ、靴は濃紺のスニーカー、アクセントなのか首にはキーリングのアクセサリーを付けていた。
服装のせいもあってか普段より背が高く見える。瀬谷が言うくらいなのだからこの格好がオシャレなのだろう。
「どうかしたのか? 俺は別所の服装に興味は無いぞ」
変な間を空けたためか、井土ヶ谷が冗談を交えて、春久に尋ねてきた。
「興味をもたれても困る。それより和泉と能美は?」
見回しても2人の姿が見当たらない。
「なにか買うものがあるとかで奥のほうに向かったよ。まだ少しだけ時間もあるし、大丈夫だろ。すぐに戻ると言って……」
井土ヶ谷そこまで言葉を並べたとき、春久の視界にその2人の姿が入ってきた。
大きく手を振っているのは一祈だ。
その服装は淡い黄色のシャツに下はデニム地のゆったりとしたズボン、そして上には長めのドレープの様な薄茶のカーディガンを羽織り、足元はハイカットのスニーカー。肩口から見えるのは外出する時にいつも下げているショルダーバックだ。
その隣で小さく手を振っている能美は白のブラウスにオレンジ色をしたフレアスカート。足元はクリーム色のデッキシューズと言った出で立ちで、手には靴と同じ色のトートバックを提げている。
何となく2人の私服姿を正視する事ができず、春久は思わず視線をそらす。
「おはよー! 1年生全員集合だね」
春久の前まで来た一祈は、笑顔満開。
「別所君、おはよ。連絡があるまで待っていればいいんだよね」
やはり笑顔で尋ねてくる能美。
「おはよ。河野先輩のメール待ちってトコだ。それまでは待機だな」
少し物言いが適当な気もしたが、それが今の春久の精一杯だった。
「とは言っても、あと20分もないな。ボチボチ側まで移動しておこう」
腕時計を確認しつつ井土ヶ谷は全員を見渡す。
「うわぁ、マジ緊張するぅ~! でさ、みんなは何を歌うか決めてきたの?」
瀬谷の言葉で春久は今日がそう言う状況下である事にはじめて気がつく。カラオケBOXでの歓迎会なのだ、当然晴久も歌を歌わなければならない。
「まぁ、俺の持ち歌なんて、たかが知れてるけど、一応は決めてあるよ」
笑いながらもどこか余裕を感じさせる発言の井土ヶ谷。
「私も歌好きだから、全力で歌うけど、部長や獅子ヶ谷副部長もめちゃくちゃ歌上手いじゃん! 2年の先輩たちもすごい声キレイだし、きっと気合入ってるよね! だから歌う曲とか被ったりしたら、マジヤバくない? 井土ヶ谷君はお姉さんから何か聞いてない? 情報。井土ヶ谷情報」
北欧風美少女・瀬谷の日本人すぎる発言。
「姉貴の話だと声の特性で向き不向きはあるみたいだけど、カラオケは皆んな上手で何でも歌いこなすと言っていたよ」
井土ヶ谷はそう答えつつ、乾いた笑いを洩らす。
「なにそれ? マジ何にもヒントになってないじゃん! 歓迎会とは言え、1年から歌うのが筋でしょ! 先輩たちの持ち歌を歌っちゃったらどうしよう? 能美さんや和泉さんは何歌うの?」
瀬谷リリアの外見と口調、それに発言の内容のアンバランスさはもはやシュールの領域だ。
「あまり考えてなかったけど、今の話を聞いてると古い曲とかの方が無難なのかな」
能美も下を見つめて悩み始めた。
「だよねぇ、お母さんたち世代の曲が良いのかもね……でも歌った事ないしなぁ、せめて1周目さえ回れば何となく傾向がわかるんだけど」
能天気な一祈でさえ、心配し始める始末。
「被っても怒らないと思うぞ。先輩たち優しいし・・・・・・」
春久は今朝からの2年生との一連のやり取りで、それは断言が出来た。
『そう言う問題じゃないの!!!』
1年生女子、3人による同時否決。
「ホンっト、マジ、もっと長幼の序とか考えないとダメだよ!」
瀬谷による真顔での日本人すぎる説教。
「歌が好きな女の子同士だからこそ、難しい部分があるのよ、別所君」
諭すような言葉は能美だ。
「庶務なんだし、上手く調整してくれると助かるんだけどな!」
一祈の言葉は殆ど難癖だ。
「・・・・・・・・・」
返す言葉が無いのは今日何回目だろう?
ひとつ咳払いが聞えた来た。主は井土ヶ谷だ。
「オレが最初に何か歌うからさ、別所がその間に反町先輩から上級生みんなの傾向を聞き出すってのはどうだ? それを女の子たちに教えてさ。入力時間とか持ち歌が被っていた時の事を考えて、俺の次に別所が歌う……コレでどうかな?」
井土ヶ谷からの提案は確かにいい案に思える。春久が2番目に歌うのでなければ。
「それ! マジで良いアイデア」
「うん、いいかも」
「それなら一周目はクリアできるし、空気つかめそう」
今度は3人による同時可決。
春久の歌う順番もめでたく2番目に決定してしまった。
「俺が聞くのかよ?」
聞けない事は無いが何となく嫌な役目だ。
「他に誰が聞くのよ・・・・・・」
瀬谷の冷たい視線。
「先輩たち優しいんでしょ? 別所君」
張り付けたような笑顔で、そう声を掛けてきたのは能美だ。
「頼んだわよぉ、庶務の別所君」
一祈の物言いには、あからさまにトゲがある。
どこかで福引でも行っているのか、当選を告げる鐘の音と“おめでとうございます”との声が聞こえてきた。
「“おめでとう”じゃねえよ」
春久は音のした方向を眺め、そうひとり言を呟いた。
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スマホの時計は13時17分を指していた。
時間が近づいた事もあり春久たちは2Fにあるカラオケボックスの入り口そばまで移動し、河野綾香からの連絡を待っていた。行きかう人は更に増え、一階吹き抜け部分にあるエントランスではヒーローショーを待ちわびる親子連れが列を作っていた。
井土ヶ谷は少し前に姉である部長から電話が入り、今も尚、少し離れた所で通話中だ。
「井土ヶ谷君、部長との電話長いね。何を話しているのかな? 今日の事だよね・・・・・・やばいぃ!マジ、緊張してきた、私、もう一度トイレ行って来るね」
そう言うと、瀬谷アリスは駆け足でエスカレーターの方へと向かい走って行ってしまった。
「瀬谷さんって面白いな」
そんな後姿を見ながら春久は隣にいる一祈に声を掛けた。
「うん。 それにメチャクチャ親切だよ。合唱の事もひとつひとつ何回も丁寧に教えてくれるし、お話も面白い。昨日も電話で1時間くらいイロイロ話しちゃった」
コミュニケーション能力が高く、人の懐に入るのが上手い一祈らしい発言だ。
言葉は尚も続いた。
「それと・・・・・・はい!」
一祈の言葉と供に目の前に表れた白い包。
「えっ、なに?」
突然包みを渡されて少し戸惑う春久を見つめ、一祈はどこか困ったような顔をしていた。
「ハンバーガーだよ。さっき、ゆかぽんと買って来たんだ。どうせ朝から大したもの食べて無いでしょ?」
袋を春久に向けたまま、視線は明後日の方向に向けている。声の感じからすると、さっきの物言いが強すぎたとでも言いたげな感じだった。
「少ないけど、歓迎会でも色々出ると思うし、時間もないから、それで我慢してね」
一祈の横にいる能美も笑っていた。
「わりぃ、助かる。いくらだ?」
春久はポケットから財布を出しつつ尋ねた。
「1年生女子からの奢りだよ。今度、3人に何かご馳走してよね」
それでは貸しだと思うのだが、そんな事を言い出せば、また一祈にどやされるだろう。
「和泉、能美、ありがとな……あとで瀬谷さんにもお礼言わないとな。じゃ、遠慮なく、いただきます」
春久は2人に頭を下げつつ、素直に包を開ける。ふんわりとした肉の匂いに口の中から自然と唾液がでる。見ればベーコンとレタスがふんだんに挟まれたハンバーガーでボリュームもある。買えば300円以上はしそうな代物だ。
「足りないよね? 昔から結構大食いだもんね」
機嫌が良くなったのか一祈がからかうように春久に尋ねてきた。
「いや、ちょうど良いよ。さっき、先輩たちがご馳走してくれたし」
そう話しつつ、春久はハンバーガーを一噛みする。
「ご馳走してもらったの? 先輩達に?」
驚いたような能美の声。
失言。
それはすぐに悟る事ができた。誤魔化すように、そして言葉を探すため春久は3人が驕ってくれたハンバーガーを黙々と噛み続ける。
「腹ごしらえって感じで、先輩たちと軽く食事をしただけだよ」
ハンバーガーをわざとらしく飲み込み春久が何とかひねり出した言葉。
「ホント? 別所君が先輩達と普通に食事できたの? 失礼しなかった?」
ずれた眼鏡の位置を直しつつ驚きの声をあげる一祈。聞きようによっては春久の人格に相当問題があるようにも取れる。
「私だったら緊張で普通には食べれないかなぁ」
真顔で感想をもらす能美。
「先輩たちにもお返ししなきゃ駄目だよ」
トイレから戻って来ていたのか、そう春久に告げたのは瀬谷リリアだった。
「そうする・・・・・瀬谷さん、ハンバーガーありがとね」
「いいえ、お粗末様」
にこやかにそう返す瀬谷の言葉とほぼ同時に、春久のスマートフォンがメールの着信を告げた。
発信者は河野綾香。
「河野先輩からだ・・・・・・ “入って来なさい”だってさ」
メールを読み上げるとタイミングよく井土ヶ谷も姿を現した。春久は残りのハンバーガーを掻きこむ様に口の中に押し込んでいく。
「うぅわあ、マジ緊張するよぉ!!」
大きな声あげる銀髪灰眼の少女の姿に春久たちの前を歩いていたカップルが物珍しそうに目を見開き立ち止まる。
その瞬間、瀬谷の表情が少しだけ曇ったように見えた。
「ごちそうさま!!!」
ハンバーガーを飲み込み終えた春久が大きな声をあげた。
それは声学部の面々や目の前を歩くカップルだけではなく、廻りを歩く全ての人を振り向かせる程のボリューム。
少し、気恥ずかしく感じたのもつかの間、今度はどこからかともなく、アップテンポの曲と供に大きな子供たちの歓声、それに拍手。おそらくは例のヒーローショーが始まったのだろう。集中した視線は一斉に春久からヒーローたちのほうへと移っていく。
「ヒーローも登場したようだし、俺たちも舞台へ上がるとするか!」
井土ヶ谷は少しおどけたように笑っていた。
「だね!」
そう短く返事をした瀬谷リリアは、やたらに白くキレイな歯を春久に見せびらかすように、ニッコリと笑って見せてくれた。




