第13話 雨の匂いと気になる視線
「まさかハルちゃんと同じ部になるとはなぁ」
能見家からの帰り道。まだ雨の匂いが残る市道をゆっくりと歩いて行く。影法師が少しだけ長く見えるはやはり夏が近いせいだろう。
「俺もまさか高校で兼部するハメになるとは思わなかったよ」
事情が事情だけに断るわけにも行かず、兼部をする事となったが自分には少し不釣合いな高校生活にも思える。
「でも、ハルちゃんが引き受けてくれて正直ありがたいよ。声楽部のいやがらせ事は、事前にゆかぽんからある程度聞いてたんだ。“イヤな事が起きていている部だけど、ぜひ見学に来て欲しい”って……あまり気持ちの良いものでは無いから、男の人が同じ部にいるだけで皆、少し気持ちが楽になったと思うな」
自分がどの程度役に立つかは分からないが、今日の話を聞く限り一連の行為は、やはり気持ちの良いものではない。
「変なヤツだよな。クリーム新品にしたり、制服やジャージ洗ったり、ブラシ掃除したり……」
「うん! 何がしたいのかが判らないよ」
「まぁ、男性部員がいる事により相手が萎縮して変な行動を止めてくれれば良いよな」
おそらく部長の狙いもそんな所なのだろう。
「一祈も何かあれば直ぐに教えろよ」
「うん」
春久を見ずにそう素直に頷く一祈。
2人の横を大きめのトラックが1台、ディーゼル油の匂いを撒き散らしながら通り過ぎて行く。
「最近増えたね、大きなトラック」
「そういや小田原球場の側に外資系の工場が建つから、その工事の車輌だと文吾が言ってたな」
「ハルちゃん中学卒業してからも杉田君と会ってるんだね」
「たまにな」
「ふーん。ぼっちの騎士さんにも友達はいるんだぁ」
一祈が悪戯っぽく笑う。
「その呼び方止めろって!! その・・・・・・恥ずかしい思いさせて、悪かったな」
春久はそんな一祈を敢えて見ずに語りかける。
「なにが?」
不思議なものを見る様に尋ねる一祈。
「だからその写真だよ。“ぼっちの騎士と眼鏡のお姫様”とか言う、ふざけたハッシュタグの写真」
照れ隠し代わりにボソリと答える。
「ハルちゃんは何も悪くないじゃん。一祈を助けてくれたのは間違いなくハルちゃんなんだからさ。まぁ、確かに今日は質問攻めにあったけど……“別所君って、いつも1人だけど、知り合いなの?”とか“どんな関係”とか“別所君と付き合っているの”とか色々ね。ハルちゃんは何も聞かれなかったの?」
苦く笑う一祈。
どこからともなくアマガエルの声が聞こえてきた。この辺りがまだまだ田舎である事を痛感する。
「昨日1人だけ聞いてきた女子がいたけど、他には特には何も無かったよ。まぁ、一祈は俺と違ってみんな話しかけやすいからな」
慣れているとは言う訳ではないが、中学の時にも同じ様な冷やかしは何度か受けたことがあった。春久はそれを幼なじみの宿命みたいなものだと思い受け入れていた。
「そういう事じゃないと思うんだけどな……まぁ、さっきの一祈の言葉で分かんないのがハルちゃんだよねぇ」
「……?」
春久は一祈の言葉の意味を考えながら暫く歩いていたが、その意味は一向に分からない。
帳が降り始めると風が少しだけ強くなる。その風が一陣、投げ捨てられていた空き缶を巻き上げて乾いた音と共に何処かへ去って往く。
『・・・る』
一瞬感じた視線の様な何か。
慌てて後ろ振り向く。しかしそこには、誰かがいるわけもなく、ただ先程の風が連れ去り忘れた空き缶が一つ転がっていた。
「ハルちゃん? どうかしたの」
一祈が不思議そうに晴久を見つめる。
「どうもしねぇよ」
あんな話を聞いて少し神経質になっていたのだろう。
「そうだ一祈、明日なんだけどな……」
ごまかし気味に春久は一祈に話しかける。
「部活、陸上部も明日から出るんでしょ? 声楽部は明日からで陸上は月曜日からなんて器用な事ハルちゃんに出来るわけないもん。大丈夫だよ、一祈はゆかぽんと待ち合わせして行くから」
お見通しと言いたいらしい。昼間でもある訳だし、明日の行きは警護の件も問題ないだろう。
「ああ。声楽部の話を聞く限り、多分、庚セン……部長が俺みたいのヤツのために気使いしてくれているからさ。お礼を言いたいんだ」
「ゆかぽんも言ってたけどハルちゃん、変に律儀と言うかマジメだよね」
一祈が感心したようにつぶやく。
「俺はマジメが服を着ているような人間だからな」
春久は軽い冗談で返す。無論、庚へのお礼もあるが、実際は庚から見た声楽部の一件の感想を聞きたいというのが本音だ。一祈も何となく気配で春久が何かしようとしているのを感じているだろう。だから深くは聞いてこない。
「じゃ、明日部活でね」
自宅前でそう手を振る一祈の表情はいつも通り明るく朗らかだった。
「薬飲めよ」
春久の挨拶代わりに言葉
「お父さんみたいな事言わないでって言ったじゃん。でもありがとね」
一祈はそう笑顔で返してくれた。




