世界の王にまつわる者
アタシは戸惑っている。
そんなつもりはなかったのに兵隊さん達に囲まれてしまった。
なんとしても逃げ出したいのだがどうしよう。
それはテントを吹き飛ばした時、
兵隊さん達が女神様だと言うから、女神様ならアタシも見てみたいと思い周りを見渡した。
でも該当しそうな人が見当たらない。
兵隊さん達を見るとみんなこちらを見ている。
クラウさんが女神ってことは無いだろう。
それならば森の中での捜索中に貴族の娘さんとは呼ばないだろうから。
いやまさかと思いつつも兵隊さんに話し掛ければ、天から導きし声と同じだと更に敬われてしまった。
どうやらアタシが女神様確定らしい。
兵隊さん達の話では。
あの時、逃げ出した罪人が闇教の為にと叫びつつ腕の中に仕込んでいた魔道具を使い守護するべき貴族の娘の居るテントに取り付き本人共々燃え上がった。
燃え上がる炎は禍々しく通常では考えられない黒い炎。
テントの材料は布である。あっという間に燃え尽きてしまうと思っていたが黒い炎はテントの表面を囲うだけでその物を燃やしている訳ではないようだ。
魔道具を使った本人は灰となり跡形もなく消えた。
表面を囲っていた黒い炎は巻き上がり生きている蛇の様にとぐろを巻きだした。
それを見て近くに居た五人の兵が貴族の娘を救出するために斬りかかったが、ダメージを与えるどころか何の効果もなく剣は燃え尽き腕を炭に代えられてしまった。
どんな状況でも対応出来るように訓練を積んだ兵ではあっても、未知の攻撃には効果的な事が出来ない。
対応を考えている間にとぐろを巻いた黒い炎の蛇は鎌首を上げると、テントの中に天辺から突入していった。
考えている時間もない。展開が早すぎる。貴族の娘はあの黒い炎の蛇に飲まれてしまったのだと兵隊達が絶望した瞬間。
テントが吹き飛び光の柱が立った。
光の柱の中心には白いマントの少女が堂々と立ち、両手を開き上げ見えない光を放ち貴族の娘を守っている。
黒い炎は光の柱の中で苦しみのたうち消滅していく。
あの光の柱は黒い炎に対して何もできなかった我々とは違う高位の光だ。
光のなかで高飛車だった貴族の娘は平伏している。
舞い上がる砂は見えない光によって二人を避ける様に落ちていく。
昨日から続く不思議な出来事や貴族の娘が「妖精さんに助けてもらった」と言っていた。
繋ぎ合わせれば結論は一つ。
あの方は妖精ではない、我らを導びいてくれた女神であると。
そう言うことだそうだ。
アタシはため息しか出ない。
クラウさんはおとなしい物言いの人だと思っていたら兵隊さん達には高圧的な態度なのね。
何をどう間違えれば、この結論になるのだろうか。
クラウさんも「木の妖精さんでは無くて女神様だったのですか」とか言いだしたし。
ほんと、今更ただの冒険者のマッキーですとは名乗る事が出来ないじゃないか。
この場を収拾するには女神の振りをし続けなければならなそうだ。
女神の振りをする。する。する?女神ってそもそもなんだろう。
女の神様って事は分かるのだがどうすれば神様っぽくなるのかな。
神様設定はダメだ、ぜったいボロを出すに決まっている。
では何が良いのか?
アタシが知っている神様に近い存在って言えば。
世界の王しかいない。
でもあんな桁違いの力を真似することは出来ない。
昨日、クラウさんに願いを言ってみろと言ったことを後悔したばかりじゃないか。
それならば魔王は飛ばして大地の王とか大空の王とか?
今度は能力が不明すぎて何も出来なそうだ。
あいだを取ってみるしかないかな。
再びアタシは人心を惑わす悪女になろう。
兵隊さん達の心を惑わす悪女に。
アタシは軽くジャンプしてから空中三回転捻りをして兵隊達の囲みから抜け出した。
ただでさえ注目を浴びていたが掴みはOK?
「兵士諸君、まずは礼を言う。妾の不注意でクラウディア殿を危険な目に遭わせてしまった。
そして恥ずかしながら兵士諸君には救出をお願いしてしまった。あの声だけで立ち向かってくれてありがとう。心から感謝する」
感謝の心は形から、しっかり頭を下げる。
兵隊さん達は、目的は一緒だったし、女神様の言葉であればとか色々言っていたけど遮るように言葉を重ねる。
「だとしてもだ、兵士諸君には感謝したい。礼と言っては何だが、怪我人の治療をしよう。案内してくれ」
確か黒い炎に立ち向かった人が腕を炭にされたと言っていたはずだ。
今の設定なら見られたところで問題はないはずだ。
兵隊さん達は連れて来ますからお待ちくださいと言ってくるところを、怪我人を歩かせて治療等出来るかと一喝して案内させる。
今までのアタシにはない強気なキャラ設定だが、何だか癖になりそうだ、少し楽しい。
怪我人が居るテントに入ると、確かに指先から手のひらまで炭化していて、そこから肘の手前まで赤紫に変色している。
その変色もじわじわと進行しているようだ。
他にも頭や足に包帯を巻いている人達が5人ほど居る。
ここで『癒しの光あれ』とか言って一度に全員の治療が出来れば神様っぽいがアタシの能力では出来ないので地道に包帯巻きを行う。
一度目で進行を抑え、二度目で変色部分がなくなり、三度目で炭になっていたてのひらが戻り、四度目で指が再生した。
怪我をしていた兵士はあっという間に治っていく腕に驚き感激している。
他の4人も同様に治し、その他怪我人も治した。
アタシがテントから出ると兵士が治ったと大騒ぎをしている。
アタシは部隊長と思われる人物に他に怪我人は居ないことを確認してから次の展開に持ち込む。
部隊長に静かにしてもらって、さあここからが正念場だ。
うまく立ち回らないと今後の行動に支障をきたす。大事な場面だ。
「兵士諸君、妾が出来るのはこの程度だ。礼にはならぬが勘弁して欲しい」
あちこちから
十分です。感謝致します。女神の奇跡を見られただけで幸せです。
と声が挙がる。
アタシはそれを手で制して「申し訳ないが妾は……」と話しを続ける。
妾は神では無い。
妖精に近いかもしれないが厳密には妖精でもない。
この世界を見守る世界の王にまつわる者であると。
由縁あってこの身体の持ち主に暫く身体を借りていたのだが、少々力を使い過ぎた。
そろそろ限界なので、この娘に身体を返さないといけない。
この娘は天涯孤独の冒険者。
一人で生きていける能力も持っているが、今妾が示した力は無くなる。
妾が抜けた後は自由にさせてやって欲しい。
ここが重要。
治療する能力も闇を祓う魔道具も作る事が出来なくなる。
ただの娘になるから放置して欲しいとストレートではなく暗に示唆するところがポイントなのである。
これでアタシに戻れば兵隊さん達はがっかりするだろうが知らぬ存ぜずを繰り返せば変に関わってくることはないだろう。
神様ルートも楽しいかもしれないが無用な火種はさっさと消しておくに限る。
さぁ締めだ。
「勇敢なる兵士諸君、貴殿達の進む道に栄光あれ」
アタシは身体が浮かない程度の風魔法を使いマントのお尻部分をめくり上げてから後ろを向き強い光魔法を使う。
兵隊さん達が眩しさに目を瞑っている間にその場に倒れておいた。
うむ。完璧!
アタシは自画自賛しつつ起き上がるタイミングを計ることにした。