空気を読むもの、読まぬもの
やった。パンツをはけたぞ。これで一安心だ。
日も暮れ掛かってきたころ、漸く雑居ビルに到着した。
アタシは二人をネットから出すと、森の木陰に隠れて影魔法からパンツをだしてはいたのである。
パンツのことより、二人は再会できたのか、再会のシーンを見なくて良いのか、気にならないのかだって?
正直に言えば、気にはなるさ。でもアタシ的にはパンツの方が重要である。今、はかなければ、はくチャンスが失われると想像できるからだ。自己優先である。
それに、あの組み合わせでは、感動のシーンなんて、あてにならない。絶対に。
アタシは、こんな感じになると妄想する。
『ただいま。優麗。今帰った。待たせてごめん』
『あ。お帰りなさいませ。トンビさん……え!?トンビさん! ーーん。(帰ってきたら。気のきいたことを言おうと考えていたのに何も出てこない)』
そこでトビーが両腕を開いて。もう一度。
『ただいま』
優麗さんが、駆け寄りトビーの胸に飛びつく。トビーは優麗さんを受け止めようとする。
だが優麗さんが身体を物質化するのを忘れて。トビーをすり抜けてしまう。
トビーは、優麗さんの質量を忘れて衝撃を受け止めようと前に重心がいっているから。すり抜けられると当たり前だが。
そのまま前のめりに倒れてしまい、床に額を強打する。
その結果。
「キャー! トンビさん。ごめんなさいー」
雑居ビルから優麗さんの悲鳴が聞こえてきた。妄想通りのラブコメ展開に、ため息をついてしまった。
まあ。しかたがない治療してあげるかと思い雑居ビルの喫茶店に入ると。
唐突に変身が解けた。
ラブコメを、生で見られるチャンスを棒に振ってまでして、パンツをはくことを選んだのに。なんてことだ。
どうやら、二人の再会を確認するまでが、事件解決の鍵であったようだ。
なんだか誰かにイベントを消化させられているような気がする。私的には嫌な感じがするが、喫茶店内は、もっと嫌な状況になっていた。
トビーは、優麗さんに看病されている。問題ない。
当たり前だが優麗さんは、トビーを看病している。問題ない。
マリオは、ラブコメに当てられて居心地が悪そうにしている。諦めろ。でも問題ない。
だけど、なんで宇宙人の女王様がここに居るのさ。これは大問題だ、ぜったいに嫌な状況になる。
アタシは入ってきて早々だが、回れ右をしたくなったので、実行しようとしたが出来なかった。
幻聴なのかもしれないが、女王様が鞭を鳴らしたような気がしたからだ。
その音につい反応してしまい。女王様の目を見てしまった。顔は微笑んでいるのに、眼光は鋭い。
その鋭どさに脳内では『逆らったら食われるぞ』と警告が発せられている。これではドラゴンに睨まれたハムスター……では無くて蛇に睨まれたカエル状態である。何もしていないのに、睨まれているってどう言うことなんだ。この状況を打破するためには、アタシは女王様に、ひれ伏せば良いのか。
強者からの一方的なにらみ付けに、内心怯えてしまっていたが。ふとある事を思い出してしまい。だんだんこの状況にアタシは腹がたってきた。
そうだ。この宇宙人達が来たせいで、アタシはともかく、息子のトビーまでもが、異世界に拐われてしまったのだ。
現状、優麗さんに看病してもらい、だらしない顔をしている所を見ると。
結果的に息子は、異世界に拐われて良かったと思っているのかもしれない。
だがこれはあくまで結果的にだ。更に言えば、異世界に拐われても、挫けずにトビーが苦労して得たのが今の状況だ。
息子の頑張りには、頭が下がる思いだけど、原因である宇宙人に、ひれ伏したり媚びを売るなんて出来ないし、したくない。
アタシは、わざと大袈裟に瞬きをしてから、女王様を睨み返した。肉体的能力では勝ち目はまったくないが、精神力での勝負なら子供の前で親は負けない。負けてはいけない。
アタシが睨み返した瞬間、女王様は一瞬目の色を変えたが、先程と同じように、笑みを浮かべながらアタシを、なぶるように見はじめた。
その間も、トビーと優麗さんは、この張り詰めた空気がわかっていないように、ベタ甘な結界を張っているようだ。
でも流石に一人、かやの外にいるマリオは、おかしなことになっていることは感じているみたいだ。
アタシと女王様から、少しでも離れようとしていることが振動感知により伝わってきた。
そんなおかしな空気であるが疑問が浮かぶ。
アタシには睨む付ける理由があるが、女王様がいつまでも睨み付けてくるのは理由がわからない。
なので目を合わせたまま。
「ここでは何だから、外に出ましょうか」
と、誘ってみた。
外に出たアタシと女王様との間は、依然緊張状態だ。外に出たことによって、女王様の目から発する圧が一段上がったような気がする。
でも、その程度では萎縮などしない。冷静なアタシが主体であるが、心の中では激昂しているアタシが渦を巻いている。
この睨みあいの中で、アタシは意外とガンコな性格をしているのだと気が付いた。普通に何の用事があるのか聞けば良いだけなのに、アタシからは聞きたくないと思ってしまったのだから。
雑居ビルに着いたときに沈みかけていた日は、すでに無く。辺りは真っ暗である。周囲に潜んでいる虫達は、日暮れを喜ぶように合唱している。
だが女王様の目だけは、怪しい光を放ち続けていた。
このまま、膠着状態が続くかと思っていたが、女王様が目を伏せたことにより終了をむかえた。
いったいこの睨みあいは何だったのか、口に出したかったが、言ったら負けた気がするのでアタシは口をつぐんでいると。
伏せた目をあげた女王様が話し掛けてきた。
「冒険者マッキーよ。貴女は強いな。この世界に生きる物など、私がひと睨みすれば、たちまち尻尾を丸めてひれ伏すと言うのに」
強い弱いなんて関係ない。それがどうしたのだと言うのだ。親は子のためなら自身を投げ出しても守るものだと思っている。その思いに強弱の差ははないはずだ。子供を守るために足掻こうとして居ない生き物と一緒にしないで欲しい。
アタシは目に力を入れて更に睨みをきかせる。
「そう睨むな。私の言うことを聞いて貰うなら、自主的にしてもらおうと短絡的に考えた私が悪かった。その事は謝ろう」
なるほど。あの睨みあいは、お前では私に勝てない上位の者の言うことを聞けと、アタシから負けを引き出そうとしていたのか。
それで、その後は女王様の為に働けと。なんと高慢な話しだ。
でも、新しい記憶の心が激昂していなかったら、その通りになっていたかもしれない。危なかった。
でもこれで、少なくとも同じ土俵の上で話しが出来る。
だが、謝られることがアタシの求めているものとは違う。だから謝罪は受け取れない。
アタシは大袈裟に手を振り謝罪の受け取り拒否をした。
「アタシに対して謝罪なんて、そんなことはどうでもいい。女神様に話しがないのならアタシから話す。
女神様よ、どうしてくれる。なぜこの世界に異世界で生きているはずのアタシの子供がいるんだ。しかも身体の成長が見られると言うことは、記憶だけでなく肉体ごとこの世界に来てるということだ。
3千万年後に、元の世界に帰れることは知ってる。だけどあの子は。あの身体では。3千万年も生きられるはずがない。長生きしたところでたったの百年だ。
この世界には、アタシよりも先に来てたけど偶然。本当に偶然。封印魔道具に封じられていたおかげで会うことが出来た。
子供の幸せは親の願い。この世界に居続けることはアタシには不幸にしか思えないし。世界の王から聞いてるだろ。異世界にもアタシは存在していることを。
今、この世界で生きている様に見えるアタシは記憶だけの生き物だ。でもあの子は肉体ごと来てるってことはどう言うことかわかるか? わからないから異世界召喚などするんだよな。
それはな。異世界のアタシの手元から子供が突然居なくなったってことだ。それはどれだけ辛いことなのか、女王様も親ならわかるだろ。
だから。あの子を異世界のアタシの元に直ちに送還することを要求する」
激昂している心が、ここぞとばかり前面に出てきて自分の思いの丈を伝えた。これ程までに相手の言うことを聞かずに、一方的にアタシが意見を言ったことは一度もない。
返事はYesか? Noか?
いきなり要求を出してきたアタシに、女王様は憤然としているようだ。眼光に鋭さが増した。
返事はどっちだ?
空気を読んだ虫達は、固唾を飲んだように合唱を止めて静かにしていた。




