五話
「目が覚めたか?」
ふんわりとした温もりに包まれて目を覚ますと、そこは木の温もりに満ちた見慣れない部屋だった。
暖炉の中では薪がパチパチと音を立ててはぜ、部屋全体を香ばしい木の実のような香りと柔らかな熱気で満たしている。
私が横たわっていたのは、羽毛がたっぷりと詰まった驚くほど柔らかいベッドの上だった。身に着けていた粗末な布切れは、いつの間にか肌触りの良い清潔な綿の部屋着に着せ替えられている。
「あ……ルーク、様……」
「無理に動かなくていい。まだ顔色が白い」
ベッドの脇に置かれた椅子から立ち上がったのは、あの深緑の外套を羽織っていた騎士団長、ルーク様だった。
甲冑を外し、シンプルな革の胸当てとシャツ姿になった彼は、荒野で見せた凛々しい表情をどこか和らげ、心底安堵したように息を吐いた。
「ここは……?」
「俺の執務室の奥にある私室だ。熱を出して倒れた君を連れ戻し、医術師に診させた。……幸い、酷い栄養失調と疲労、それに極度の冷えによるもので、命に別状はないとのことだ」
ルーク様はゆっくりとベッドの縁に腰掛けると、サイドテーブルに置かれていた湯気が立つスープの木鉢を手に取った。
「スープを飲むかい? 自慢じゃないが、うちの厨房が作る野菜スープは絶品だ。一口ずつでいい、お腹を温めるといい」
「あ、あの! 自分でお持ちします……っ」
恐縮して体を起こそうと慌てる私を、ルーク様は「だめだ」と優しく、けれど断固とした手つきで制した。
「君の手は、まだ冷え切っている。それに……」
ルーク様は匙でスープをすくうと、ふーふーと息を吹きかけて冷まし、そっと私の口元へと運んだ。
黄金の瞳が、至近距離でまっすぐに私を見つめている。あまりの距離の近さに、胸がどきりと跳ね上がった。
「……君を甘やかす許可を、俺にくれまいか?」
「え……? あ、あま……?」
「あんなに痩せこけて、誰の助けも求めず一人で耐えていたんだろう。これからは、誰かを頼る練習をしてほしい。まずは……俺のスープを一口飲むことからだ。ほら、あーん」
「っ……あ……」
恥ずかしさで顔が熟したトマトのように熱くなる。けれど、差し出された匙を拒むことができず、小さく口を開けた。
口の中に広がったのは、じっくり煮込まれた野菜の優しい甘みと、肉の旨味。じんわりと、冷え切ったお腹の奥に温かさが広がっていく。
「……おいしい、です……」
「そうか。良かった」
私の言葉を聞いた瞬間、ルーク様の眉間からスッと力が抜け、子供のように愛らしく破顔した。
王宮の騎士たちが浮かべる計算高くて冷たい笑みとはまるで違う、太陽のように眩しく、心からの笑顔。そのギャップに、胸の奥がキュッと締め付けられる。
「ほら、もう一口」
「ん……ふふっ」
「どうした?」
「いえ……こんな風に、誰かに優しくご飯を食べさせてもらったことなんて、幼い頃の母様以来だったので……」
ぽつりと溢れた言葉に、ルーク様の匙を持つ手がピタリと止まった。
彼の表情が、一瞬で切ない愛おしさに満ちたものへと変わる。
「……これからは毎日でもしてやる。君が望むなら、好きなだけ甘えればいい」
ルーク様はスープの鉢を置くと、ベッドの上に置かれた私の右手にそっと自分の大きな手を重ねた。
彼の指先はとても温かく、ごつごつとした騎士の手をしている。
手の甲に残る『肩代わり』の無数の古い傷痕を、彼は嫌がるどころか、宝物でも慈しむかのように親指の腹で優しく撫でた。
「この手の痕跡も、君がどれほど理不尽と戦ってきたかの証だろ。俺は決して醜いなんて思わない。むしろ……君の健気さと痛々しさに、胸が潰れそうだ」
「ルーク様……」
「君の居場所は、ここにある。王都の連中が君を捨てたなら、俺が全力で君を守る。……だから、もう泣かないでくれ」
言われて初めて、自分の頬をポロポロと温かい涙が伝っていることに気づいた。
傷を治しても感謝されず、落ちこぼれと蔑まれ、最後は濡れ衣を着せられて追い出された。私の人生はずっと暗闇の中だと思っていた。
けれど、いま私を抱きしめるように包み込んでくれるこの手は、世界で一番温かい。
「はい……っ、はい……! ありがとう、ございます……っ!」
「よしよし。いい子だ」
ルーク様は私の頭を大きな手で包み、あやすように何度も優しく撫でてくれた。
暖炉の温もりに包まれた暖かい部屋で、私はルーク様の胸の中に身を寄せながら、生まれて初めて「ここにいていいんだ」という安らぎに満たされていたのだった。




