一話
「聖女様、聖女様はいらっしゃいませんか!!」
セレスト教会の大扉が勢いよく開け放たれのは、朝の祈りを終えた直後のことだった。
護衛の騎士たち、そして顔面を蒼白に染めた使用人たちの慌ただしい足音が響く。忙しなく、されど丁重に運び込まれた担架。群がる聖女たちの隙間から視界を張り巡らせ、なんとかその姿を認識した。
——王国の第一王子、レオナルド・セレスティア殿下。
腹部には痛ましい穴が開き、お召し物に赤い血が滲んでいる。浅く短い呼吸を繰り返す顔は苦痛に歪んでいた。
「皆、下がりなさい!」
凛とした声が聖堂に響く。慌てふためく皆はピタリと静止し、道を開け渡す。
「セシリア司教……!」
その場にいた全員が深々と礼をする。
「挨拶は不要です。それより、かなり傷が深い……」
「隣国での社交会に向かう最中に矢を。居合わせた治癒師では応急処置が限界でして……」
「状況はわかりました。直ちに治療を……」
セシリア司教は傷口に手をかざし、唇で歌を紡ぎ出した。
寸分の狂いもない詠唱。朝日のように柔らかい祝福の流動が聖堂内を満たし、循環する。
手先から光が溢れ、傷口を照らす。
レオナルド殿下の顔が眠る赤子のように安らぎ、瞬く間に傷が癒えていく。
「はぁっ……はぁっ……」
セシリア司教がその場にへたり込んだのを数人が支える。塞がった傷口を見て、誰もが安堵の息を漏らした、その直後——
「ガハッ……! ゴホッ! ゴホッ!」
レオナルド殿下の体が勢いよく跳ね、口から赤い血が噴き出した。
「そんな、傷は癒えたはず……!」
飢えた獣の唸り声のように低く響く叫び。ドス黒い瘴気が辺りに漂う。
「これは……呪い……っ……」
バタッ、バタッ、と。セシリア司教を始めとした皆が、力なく崩れ落ちる。肉体が床に叩きつけられる音が幾度と響く。
「ガァァァァァァァァァ!!!」
最後には、呪いに蝕まれる第一王子の残酷なほど悲痛な号哭だけが残ったのだった。
***
私が……私が、やらなきゃ……。
意識を失った同僚たちがそこら中に散らばっている中、一人立つ。
誰も動けない。誰も、殿下を救えない。それでも、私にはできることがある。
——落ちこぼれ聖女、クロエ・サクリファイス。
私は祝福の力を持たない。セシリア司教たちのように傷を癒すことができない。
そんな私にできること、それは『肩代わり』。
傷、病気、呪いでさえも、私の肉体へと移し、奥深くで蓋をする。
濁った視界の中、よろけながらもレオナルド殿下の元に近づいた。
「……今、助けますから」
そっと、殿下の手を取る。
それから肉体がドクドクと脈打ち、腹部の傷口から黒い靄が滲み出し、右腕を伝って手のひらに集約する。それから、触れ合わせた私の手を通じて、その邪気が流れ込んできた。
「うっ……くっ……」
殿下の顔色が戻っていくにつれ、意識が朦朧としてくる。脳や心臓、体の節々に至るまでが針で刺されるように痛む。
あと、少し——。
日向で微睡む時のように瞼が重くのしかかりる。視界を閉ざす時間が徐々に増え、やがて——
意識の糸がプツリと切れた。




