信用
彼女は走り続ける。魔術がぶつかる音と爆発音が辺りに響く。その方向へ、無我夢中で駆け抜ける。愛した人の、仇の元へ。
「......っ。」
彼女がそこに辿り着いた時、既にその人物は居なくなっていた。見渡せば、兵士が何人も倒れている。ほとんどが息をしていない。その中に、1人だけ息のある人間がいた。
「ユーマ.....!」
彼女はユーマに駆け寄る。彼は生きてこそいたが、傷が深い。腹を抉られ、袈裟斬りにされている。彼女は抱えあげ、医務室へと戻る。
「何してるの!勝手に出ていって.....!」
「いいから!ユーマを診て!」
「っ.....もう、分かったわよ.....」
ロザがユーマに治癒魔術をかける。ベッドは満床で、ユーマは床に寝かされる。
やがて、ユーマの目が開く。
「ユーマ、大丈夫?何があったの?」
「ゲホッ.....代理人だ。あいつが急に現れて、壊滅させていったんだ。」
「やっぱり、あいつが.....」
彼女の顔が屈辱と悔しさに歪む。こんなに近くにいたのに、眠りこけていた自分を殴りたくなった。
「.....そう苦しい顔をするな。あんたはきっとあいつに勝てる。」
「.....ありがとう。」
彼女は立ち上がり、そのまま医務室を出て行く。ユーマは何も言わず、彼女を見送った。
「......また.....また.....っ!」
彼女は戦線に立っていた。代理人と共に現れたという兵士を切り刻む。味方の兵士はほとんどが休息を取っており、彼女の声だけがその場に落ちる。
「また私から.....奪おうとした.....!」
無茶苦茶に切り刻み、八つ当たりを続ける。魔術も使わず、次から次へと襲い来る敵をひたすらに斬る。
夜が更けても、その音は止まなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
月が真上に登ったころ、彼女は血まみれで帰ってきた。しかしそのどれも彼女の血ではない。全て、彼女の八つ当たりの対象となった不運な敵の返り血である。
ユーマはそんな彼女を見て、目を丸くした。
「......何してるんだ。」
「別に。私情だから、気にしないで。」
「.....そうか。」
彼はそれ以上追求しなかった。彼なりに察するところがあったのだろう。
彼女の怒りは戻ってきてからも収まらなかった。代理人への、尽きない憎悪が彼女の心を、体を埋め尽くす。たかが1度、1度チャンスを逃しただけ。そう彼女は自分に言い聞かせるも、憎悪が消えることはなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
彼女が目を開けると、日が昇っていた。いつの間にか眠っていたらしい。あの憎悪の中眠れる自分に彼女は少し嫌悪した。
「起きたのか。」
隣から、ユーマの声。彼は心配そうに彼女を見ていた。
「あんた、随分魘されてた。俺はあんたのこと、まだよく知らないがあまり気を張りすぎるなよ。」
「.....分かってる。」
「.....もう分かってると思うが、今回の戦争はこちらが敗色濃厚だ。それでも、最後まで俺達と戦ってくれるか?」
「.....どうして、急に?もちろん戦うけど。」
「.....あんたの目的が代理人なのは理解しているが、あんたの大切なものを見誤って欲しくない。手当り次第に壊すようにはならないでくれよ。」
「私が無差別に殺し始める、って言いたいの?」
「そうはならないでくれ、という話だ。俺達はまだ出会って日が浅い。信用も完全じゃない。.....だから、だ。あんたに、監視兼バディとして1人つけたい。」
「.....なるほどね。私はそこまで信用されてない訳だ。別に文句は無いよ。好きにすればいい。」
「助かる。俺としても、ここで信用を確実にしたい。」
そうしてユーマが手招きすると、1人の女性が入ってきた。見た所、アイリスと似た背丈。腰まで伸びる長い髪と、目を引くはその右眼。鮮やかな赤色に染まった右目と、至って普通の左眼。オッドアイ、というべきだろう。
「よろしく。綺麗な目だね。」
「.....ああ。私はナターシャ。これからよろしく頼む、アイリス・ノア。」
ユーマはその挨拶を眺めていたが、やがて立ち去った。2人が残され、少々気まずい沈黙が流れる。やがてナターシャが歩きだし、アイリスはそれを追う。
「.....アイリス。君の魔術を教えてもらえるだろうか。」
「ああ、うん。私は雷を操れるんだ。」
「雷.....そうか。私は攻撃と言うよりは妨害寄りだな。私のこの右眼の視界に届く範囲内、その任意の者の動きを遅くしたり、一時的に止めたりできる。」
「凄いね。任意ってことは敵と味方を区別できるの?」
「そうだ。だが当然大人数にかければ1人あたりの効力は薄れるがな。」
ナターシャが歩みを止める。そして、僅かに微笑みながらアイリスを見た。そして、手を差し出す。
「改めて、これからよろしく頼む。」
「うん、よろしく。」
アイリスも笑みを返し、差し出された手を握った。




