絶望、そして希望
人は、死んだら終わりだ。
少なくとも、私はそう信じてきた。
「...ねえ、起きてよ。」
返事はない。血に染まったアスファルトの上で、彼女は静かに目を閉じていた。何度揺さぶろうと、名前を呼ぼうと、その目が開かれることは無い。
「...千影。起きて、ねえ。」
目の前の親友の体が冷たくなっていく。私はただそれを感じながら、うわ言のように話しかけ続ける。私の親友を跳ね飛ばしたトラックは少し先で停止している。野次馬が私に哀れみの視線を向けるが、そんな事はどうでもよかった。
「千影.....千影.....っ!ああああぁぁぁっ!!」
絶叫が響き渡る。駆けつけた救急隊も、その声に驚いていた。
葬式には行かなかった。いや、行けなかった。彼女が死んだ事実を、受け入れられなかったから。行ったら、死を認めることになってしまいそうだったから。
親友、と言ったものの私達の関係はそれでは言い表せないほどに強く結びついていた。でも、それは私だけだったかもしれない。だから、友達として接した。本当は、この胸に秘めていた思いを伝えたかった。
誰よりも、愛していた。
その最愛の友が、目の前で死んで私は何も出来なくなっていった。
時間だけが過ぎる。朝が来ようが夜になろうがただベッドの上で虚ろに一点を見つめているだけ。家族も愛想を尽かし、食事だけを与えて放置するようになった。
それでも世界は、何事も無かったかのように回り続けていた。
そんな世界が、憎くてたまらない。
───何日経っただろう。何ヶ月かもしれない。
私は終わらせることを決めた。久しぶりに私は重い体を持ち上げ、外出した。しかし、無造作に伸びた髪、虚ろな表情の私を通りゆく人々は蔑みの目で見る。だが、それも今日までだ。
家の近くのホームセンター。家族と行ったきり一度も訪れたことはなかった。それなのに、今はとてつもなく救いに見える。私は必要なものを買い揃え、家へと戻った。
日が落ちて暗くなった自室。電気も付けずに私は椅子を引きずり、天井の電球にロープを括り付けた。沈んでいた心が浮き上がるような感覚。涙が溢れ、それでも私の顔は歓喜に歪んでいた。
「千影...今からそっちに行くから。」
首元にロープを巻き付け、椅子を蹴った。首が圧迫され、体が酸素を求めて暴れ回る。それでもよかった。この一瞬の苦しみを耐えれば、一生幸せになれると思っていたから。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
私は弾かれたように起き上がった。首元を抑え、激しく咳き込む。視界がぼやけ、場所の判別ができない。
生きている、ということは失敗したのか。家族に見つかりでもしたか。私は深く絶望した。
だが、少し違和感を感じる。あまりにも静かすぎる。ここが家であれ病院であれ、自殺未遂の人間が眠っていれば誰か近くにいるものではないのか。
ようやく息が落ち着き、視界が戻る。そこは、どこを見ても果てしなく白が続いていた。
まだ、視界が安定していないのだろうか。しかしいくら見渡しても変わらない。
「氷室様。」
突如として背後から声が響き、驚いて振り向くとコートを着た女性が立っていた。
「...誰?」
「私は貴方様専属の管理人です。あなたを次の世界に送り出すための役割を果たします。」
「世界.....?ふざけたこと言わないでよ。」
私は夢でも見ているのだろうか。一つだけ言えるのは、こんなことさっさと終わらせて早く死んでしまいたいということ。
「......もういいよ。夢なのかなんなのか知らないけど、私は死んで千影に会うの。」
「ここは夢ではありませんよ。それに、貴方様は既に死んでおられます。」
「は...?」
何を言っているんだこの女は。私はただ困惑することしか出来なかった。死んでいる?それは構わない。なら───
「ここは何?天国?」
「いいえ、ここは天国ではございません。」
「なら地獄?なんでもいいから早くしてよ。私は...私は、千影が居ないと駄目なんだって...早く会わせて...」
「ここは、貴方様の1度目の人生の終着点。そして、《第二世界》への始発点です。」
「...第二世界?」
「はい。貴方様は、今から2度目の人生を開始してもらいます。先程まで貴方様が居られた《第一世界》とは別の世界で。」
「だから.....ふざけたこと言わないで!!何なのか知らないけど、夢.....そう、夢......!悪夢なんだ.....!きっとそうだ......」
ぶつぶつと呟き、頭を抱える私を、管理人はただ見つめている。
「ここは現実です。あなたは今から、第2の人生を歩むことになります。」
「.....いらない。千影が居ない人生なんて、いらない。」
「では.....貴方様の言うその千影様が、第二世界で生きていると言ったらどうですか?」
「え......?」
今、なんと言った?千影が、生きてる?私の胸は久々に高鳴る。しかしどこかで信じていなかった。この見ず知らずの人間、いや人間かも分からない。それを信じていいのか。
「.....本当に?本当に千影が生きてるの?」
「はい。第二世界で、確実に生きておられます。」
「なら、その世界に行けば千影と会えるんだね?」
「はい。当然、探すことは必要ですが。」
「.....分かった。なら行く。どれだけの時間がかかろうと、私は千影と会うんだ。」
「承知致しました。それでは、くれぐれもお気を付けて。第一世界とは全く異なる世界ですので。」
その言葉が落ちると、近くに光が集まる。その光は、私の心まで照らすようだった。やがて光が集まり、扉を作り出す。私は、その中に足を踏み入れた。
「待ってて.....絶対会いに行くから....!」
そして、私はその扉の中で意識を失う。だが、この信念だけは消えなかった。千影を探して、千影と生きる。もう二度と離さないように。
私は、死を超えてみせる。




