第47話 故郷からの便り
魔法研究の講義は、Ⅰ組とⅢ組の合同だった。
階段状の講義室は、ほとんどの席が埋まっている。包帯を巻いたまま講義に出ている生徒も、まだ何人かいた。
俺の座る列だけは、左右が3つずつ空いていた。
始まる直前に、遅れてきた生徒が1人、空いた席を探しながら階段を上ってきた。俺の列の端で一度足を止めて、それから後ろの列まで上がり、端の席に体を押し込んだ。
扉が開いて、アレク先生が入ってきた。
「ほれ、席につけ。始めるぞ」
白い眉に、少し曲がった背中。片手で腰を叩きながら、ゆっくりと教壇に上がる。
前の方の席から、誰かが声をかけた。
「先生、もう若くならないんですか」
「あれは、一度砕いたら終わりじゃ」
アレク先生は、眉をしかめた。
「それに、わしは今のほうが落ち着く。若い体というのは、どうにもうるさくてかなわん」
何人かが笑った。アレク先生は構わず、黒板に大きく『魔力感知』と書いた。
「あの日、この学院におった者なら、覚えがあるじゃろう。肌がぴりぴりしたり、耳の奥が詰まったような感じがしたり」
あちこちで、生徒たちが顔を見合わせて頷いた。
「それが、魔力を感じ取るということじゃ。強い魔力は、近くにおる者の体に触れる。どう感じるかは、人それぞれでな。肌で感じる者もおれば、音のように聞こえる者もおる。鉄の匂いがする、という変わり者もおった」
「先生は、どう感じるんですか」
「わしは、歯じゃ」
アレク先生は、自分の頬を指で叩いた。
「強い魔力が近くにあると、奥歯が浮く。若い頃は、それで敵の居場所を当てたもんじゃ」
また、小さな笑いが起きた。
「あの」
Ⅰ組の席から、手が挙がった。エリアスだった。
「あの日の……すごく大きい炎と氷の魔力も、それですか」
講義室が、少しだけ静かになった。
黒板に向かっていたアレク先生が、手を止めて振り返った。
「……ああ。あれほどの魔力なら、学院のどこにおっても分かったじゃろうな」
そう言って、また黒板に向き直る。
「じゃが、感じ取れるのは、せいぜい大きさと、火か水かといった属性くらいのもんじゃ。誰の魔力かまで言い当てられる者は、そうそうおらん」
俺は、ノートに目を落としたまま、ペンを動かし続けた。
「じゃあ、リン・レステニアみたいに、気配が全然しないのは何なんですか」
今度は、別の生徒が訊いた。
「あれはスキルじゃ。魔法とは、別もんでな」
アレク先生は、黒板の端に『スキル』と書き足した。
「スキルは、生まれつき持っておる者もおれば、ある日突然目覚める者もおる。鍛えて身につくものではない。持っておる者も、そう多くはないの」
「じゃあ、スキルがない人間は」
「地道に鍛えるしかない。魔力を絞って、外に漏らさんようにする。そうすれば、気配はだいぶ薄くなる。今日はそれをやるぞ」
えー、という声が、講義室のあちこちから上がった。
「文句を言うな。目を閉じて、体の中の魔力を、ゆっくり内側へ寄せていけ。外に漏れとるところに、手のひらで蓋をするような感じじゃ」
生徒たちが、それぞれ目を閉じた。アレク先生が、席の間をゆっくりと歩いて回る。
「お前さん、肩に力が入っとる。それじゃ逆に漏れるわい」
「そっちは寝とるじゃろ」
目を閉じて、魔力を内側に寄せていく。
足音が、俺の横で止まった。
「……ほう」
目を開けると、アレク先生がこちらを見下ろしていた。
「上手いもんじゃな。どこで覚えた」
「……特には」
「そうか。続けとれ」
アレク先生は、そのまま次の列へ移っていった。
前の方の席で、何人かがこちらを振り返っていた。
鐘が鳴ったのは、それから少し後だった。
「次までに、毎晩寝る前にやっておけ。小テストもするからの」
講義室中から、また不満の声が上がった。
――――――――
アレク先生が出ていくと、講義室は一気に騒がしくなった。
ノートを鞄にしまっていると、机の端に影が落ちた。
「なぁ、クレスト」
顔を上げる。Ⅰ組のエリアスが、俺の席の前に立っていた。後ろには、同じⅠ組のホラムとトハナもいる。
「さっきの、あの日の炎の話。……あれ、お前だったんだろ?」
からかっている声ではなかった。本当に気になっている、という顔だった。
「……さあな」
「さあなって」
エリアスが、困ったように笑う。その横から、ホラムが机に片手をついた。
「隠すなよ。もうみんな知ってるって。エリック・フロストフォードをやったの、お前なんだろ」
講義室に残っていた何人かが、こっちを見た。
俺は答えずに、鞄の口を閉じた。
「いや、すげぇなって話だよ。候補生を、1人でだろ」
ホラムは、大げさに目を丸くしてみせた。
「まぁ、リン・レステニアがさんざん削った後だった、って聞いたけどな」
「おいしいとこだけ持ってったってわけか」
トハナが、横から笑った。
「……そう思うなら、それでいい」
「『そう思うなら、それでいい』だってよ」
ホラムが、俺の声色を真似た。トハナが、腹を抱えて笑う。
鞄を肩にかけて立ち上がる。ホラムが、通路をふさぐように一歩ずれた。
「まぁ待てって。せっかく話しかけてやってるんだから」
「話しかけて、やってる」
「そうだよ。誰も寄りつかねぇだろ、お前のとこ」
ホラムは、俺の左右の空いた席を、顎で示した。
「でも、不思議だよな。入学した時は、魔法ひとつ使えなかったんだろ? それが、グリムウェルの坊ちゃんがいなくなったと思ったら急に使えるようになって、今度は候補生を殺せるくらいになってる」
エリアスが、居心地の悪そうな顔でホラムの袖を引いた。
「おい、ホラム。もういいだろ」
「なんでだよ。みんな思ってることだろ」
ホラムは、俺から目を離さなかった。
「グリムウェルの時も、お前、学長室に呼ばれてたよな」
鞄の紐を握る手に、力が入った。
ホラムの顔を見る。笑っていた。
「……何が言いたい」
「別に? 気味が悪いって話をしてるだけだよ」
「そうそう。気味悪ぃよな」
トハナが、すかさず続く。
少し離れた席で、女子生徒が2人、顔を寄せて何か囁き合っていた。
「……でも、ちょっと怖いよね。同じ教室にいるの」
聞こえていないと思っているのか、聞こえてもいいと思っているのか。どちらなのかは、分からなかった。
「それにさ」
ホラムが、声を少し落とした。
「お前、エリックとずっとつるんでたよな。……本当に、何も知らなかったのかよ」
答える代わりに、ホラムを見た。
ホラムの笑みが、一瞬だけ引きつった。それから、取り繕うように肩をすくめる。
「冗談だって。そんな顔すんなよ」
「うちの親父が言ってたぜ。ケルストとは、そのうち戦になるってな」
ホラムは、机の角に腰を引っかけた。
「エリックだって、どこの村の出かも分からない平民だったんだろ? 身元のはっきりしない奴をほいほい入れるから、ああいうことになるんだよ」
わざとらしく、首を傾げる。
「お前も、似たようなもんだろ。どこの国の領地でもない村の、自由民なんだから。俺たちは家の名前を背負ってここに来てるんだ。お前とは、立場が違う」
「ハルマ……なんだっけ、お前の村」
「ハルマベイルだろ。地図にも、ろくに載ってねぇとこ」
トハナが言うと、後ろの方で誰かが吹き出した。
その笑い声には、聞き覚えがあった。
前の人生で、教室の後ろから毎日聞こえていたのと、同じ笑い方だった。
口を開きかけて、閉じた。
ホラムの肩の横を、黙ってすり抜ける。
「おい、無視かよ」
背中に、声が当たった。
「結局、自由民は自由民なんだよな」
「そうだ、そうだ」
扉の近くで、Ⅲ組のエレリがこちらを見ていた。目が合うと、すぐに逸らされた。
――――――――
廊下に出て、しばらく歩いたところで、ようやく鞄の紐から手を離した。
指の付け根に、紐の跡がくっきりと残っていた。
曲がり角で、ハレス先生と鉢合わせた。左腕にはまだ包帯が巻かれていたが、数日前から教壇に戻っている。
「……クレストか」
ハレス先生は、俺の顔をじっと見た。
「顔が怖いぞ。何かあったか」
「何でもないです」
ハレス先生は、俺が来た方へ一度だけ目をやった。講義室のある方から、まだ笑い声が聞こえていた。
「……そうか」
それから、いつもの調子で言った。
「午後の実技、遅れるなよ」
包帯の腕を軽く振って、ハレス先生は歩いていった。
午後の実技は、いつも通りに終わった。
――――――――
寮に戻ると、部屋の扉の下に、封筒が1通差し込まれていた。
母さんの字だった。
セオンへ
手紙を読んで、ようやく安心しました。学院で大変なことがあったと聞いて、返事が来るまでずっと心配していました。元気にしているならよかったです。
カイルは、次の休みに帰ってくると聞いてから、森へ行く話ばかりしています。何をするつもりなのか聞いても、帰ってきてからのお楽しみだそうです。
村のみんなも、セオンが帰ってくるのを楽しみにしています。学院ではいろいろあったと思うけれど、帰ってきたらゆっくり休んでいってください。母さんも、久しぶりに顔を見られるのを楽しみにしています。
ちゃんとご飯は食べていますか? 頑張るのもいいけれど、無理はしないでね。
次の休み、みんなで待っています。
母より
2回読んで、机の引き出しにしまった。
それから、アレク先生の講義のノートを開いた。
明日までに、魔力を絞る練習をしておかないといけない。




